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精霊の往く先  作者: 流留架
翠の季 春
18/22

翠の季-02.二人の時間

 目を開けると、真っ白な光が目に飛び込んで、思わず目を伏せる。


 身体を動かそうとして、その重さを自覚する。

 ぎぎぎ……と音がしそうに、全身が軋む。

 その痛みで、少し頭が動き始める。


 目の奥には白い靄がかかっていて、前がぼやける。

 指先で目を抑えると、手が酷く冷えているのに気づいた。

 その冷えから手繰る様に、記憶が戻ってくる。


 下腹部に手をあて、自分の中の霊核を確認する。

 身体の中には、もうさきほどの球体はなくなっていた。

 感じるのは微かな名残、芯から伝わる冷たさだけだ。


 背中にふわふわと、いつもの柔らかさを感じた。

 視線を横にむけると、そこには静かに、ルティナを見つめるフェンの瞳がある。

 心配するでもなく、甘えるでもなく、ただ静かな瞳だ。

 ルティナが起きたのを知らせるように、フェンは小さくいなないた。



「ルティナ!」


 まだはっきりとしない目でも分かる、黄金色の髪が揺れた。

 さっき見た美しい気素と同じだ、と思った。


「ルティナ、わかるか?」


 少しずつはっきりする視界の真ん中で、琥珀の瞳が覗き込んでいる。

 心配そうに揺れる瞳は、少し辛そうに見えた。


「ユアン様、腕はいかがですか? まだあまり動かぬように、水分をたくさん取って――」

「俺じゃない、まずはルティナだ。どうしたらいい?」


 ユアンはとても心配しているようで、口調も強くなっている。

 ここは素直に、何かお願いした方がいいかもしれない。


「……では、保冷棚にある青い瓶の水を1杯と、その後に白湯を飲みたいです」

「分かった、取ってくる」


 戸口に向かっていく足音は、とてもきれいに聞こえた。



 庭の若草の上、フェンを背もたれにしたまま、目の前には2人が座っている。

 レイランの目は少し厳しく、ユアンはやっと落ち着いたようだ。


「あの、ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫ですので」


 ルティナが恐る恐る口を開くと、レイランが静かに口を開く。

 こういう雰囲気のレイランは、多分とても怒っている。


「ルティナ様、ご無事で何よりです。が、……あれだけの説明では足りなかったと思いますが」


 レイランの指摘はもっともだ。

 伝えることを躊躇ったわけではないが、正直どうなるかがあまり予想できなかった。

 でも、きちんと伝えるべきだったと思う。

 レイランの前で倒れるのは2度目だ。

 また、迷惑をかけてしまった。


「少し、気が急いていたのかもしれません。申し訳ありませんでした……」

「俺たちは迷惑なんてかけられていないよ。心配しただけだ。だから少し、ゆっくり話をしよう」


 ルティナを落ち着かせるように、柔らかい声色だ。

 レイランは小さく息をつき、言葉を飲み込んだようだ。


「レイラン様がここまで運んでくださったのですか?」

「いえ、ユアン様です」

「ユアン様が……それは……ありがとうございます……」



 ルティナは施術の直前に、レイランにだけ伝えていた。

 “もし、倒れてしまったら、フェンの近くに運んでください”、と。


「ルティナは施術前に、俺を動揺させないようにって思ってくれたんだろ? でも、ごめんね、俺耳がすごくいいんだ」


 いたずらっぽく笑うユアンを見て、なぜ気付かなかったのか、と思う。

 父と同じ、ユアンもまた、聞くことに強いのだ。


「そうでしたか……、余計なことを致しました」

「いや、むしろあれですごく冷静になれた。それだけ大変なことなら、自分ができるだけ邪魔にならないように、ただ心を平らに……って。レイランはかなり焦っていたと思うけどね」


 レイランは短く何度も頷く。


「それはそうです。倒れる前提だなんて思っておりませんでしたし。お2人には、ただ見ていることしか出来ない者の気持ちを分かって頂きたい」


 確かにそうだ。

 施術している側もされている側も、集中していてそれどころではないのだ。

 ルティナも気持ちが先に行ってしまい、そこまで気が回らなかった。


 謝ろうとすると、先にユアンが口を開く。


「レイランが居るから、俺たちは安心して集中できるんだ。とても助かっているよ」

「そう言っていただけるのは嬉しいですが、なるべく先に……いえ、もういいです」


 謝罪ではなく、感謝が出るのが、ユアンの強さであり温かさだと思う。

 こう在りたい、と思う姿だ。


「わたしも、レイラン様に頼ってしまいました。ご心配頂きありがとうございました」


 レイランは穏やかな表情に戻り、立ち上がった。


「わたしも施術についてお話を伺いたいのですが、リシアに戻らねばならない時間なのです。また後程お迎えに上がります。ルティナ様、今日の土産は、勝手に保冷棚に入れさせて頂きました。くれぐれも安静になさって下さいね」


 リズがすぐに立ち上がり、近くまで歩いて来る。

 本当にすごい意思の疎通だと、関心してしまう。


「あ、レイラン様、食の間の卓の上に包みがありますので、お持ちになって下さい。先ほど焼いた平パンが入っておりますので、よろしければお召し上がり下さい」

「それはありがたいです。今日はルティナ様の料理は諦めておりましたので」


 そう言うと、家の中に取りに入り、そのままリズに飛び乗って駆けていく。

 とても急いでいるようだ。

 ルティナが気付くまで待っていてくれたのだろう。


「レイラン様には、助けられてばかりです……」


 声が沈んでしまった気がして、慌てて取り繕おうしたが、すぐに諦めた。

 ルティナを見るユアンの瞳を見ると、それに意味がないことが分かる。


「ルティナは、“汲み取る”と“伝える”はとても上手だけど、“受け取る”と“頼る”はとても苦手だね」


 ルティナは、言われた言葉を考える。

 ユアンの言わんとすることは、なんとなく分かる。

 でも、とてもぼんやりとしていて、しっかりと掴めない。


「それが悪いと言っているわけではないよ? それも含めて、ルティナの美しさだ。とても控えめで、心遣いが細かくて、一緒にいるととても心地よく過ごせる。だから俺たちはルティナと一緒に居たいと思う。ルティナはいつも相手が先だ、自分よりも先にまず相手のことを思う。それはきっと今まで生きてきた中でごく普通のことで、無理をしているつもりもないんだと思う」


 ユアンの空気は不思議な安心感がある。

 全身をフェンのふかふかで包まれているような感覚だ。


「だから、それと同じように、俺たちがルティナにそうすることも、受け取って欲しいんだ。俺とレイランが助けられたように、俺たちもルティナを助けたいと思う。ルティナに心地よく過ごして欲しい。俺たちと一緒に居たいと思って欲しいんだ」



 胸の奥から、すごい勢いで何かが湧き上がってくる。

 それは黄金色をしていて、とても優しくて、温かいものだ。



「昨日話してくれた世界の巡りを、本当に美しいと思った。世界は何も変わっていないのに、それを知っただけで見え方が変わったんだ。世界との距離が近付いて、それまでなんとなくでしか認識していなかった世界が、美しく、愛おしく、ここに今居ることが特別で幸せなことに思えた。それと同時に、ここにずっと共に在りたい、ここにあるすべてを守りたいと思った」



 止まらない。

 洪水のように、溢れて、溢れて、次から次へと溢れ出してくる。


 

「だからさ、これも同じで、ルティナが自分よりも俺を思うなら、俺がそれを受け取ってルティナを思うよ。それが君に届けば、ここで巡っていくだろ? これも、この世界の小さな巡りのひとつだ。もちろん俺はルティナに、自分自身のことも、人と同じように大切に思って欲しいけどね」



 ルティナの中で、光が灯った気がした。

 その一瞬で、世界に新たな色が生まれた。


 それは、ルティナには見えなかった、新しい世界のかたちだ。


 体内にある霊素が色めき、身体の真ん中、深いところから黄金色の光が溢れている。

 その光はとめどなく溢れ、新たな色としてルティナに寄り添う。


 その人は……その言葉と心すべてで、ルティナを包んでいる。



「あ、のさ、ルティナ……」


 目の前が揺れるまま、その人を見ると、少し困ったような顔をしている。


「耳……でてる……」





 火床に人が2人いるのは、初めてかもしれない。

 霊素の補給という意味でも、何か少し口に入れた方がいい。


 身体はだいぶ落ち着いたので大丈夫だ、と言ったが、聞き入れて貰えなかった。

 ユアンは昼食の準備を手伝ってくれた。


 朝、思いつきで平パンを焼いておいて良かったと思う。

 今日の昼食は、手のかからない簡単なもので済ませることにした。


 平パンに葉物野菜や、蒸し鳥をハーブオイルで和えたものを乗せ、挟んで食べる。

 ジルハ入りには、昨日のサーラを焼いて、炙ったチーズと丸ねぎのピクルスを乗せた。


 料理を作る工程がとても楽しいらしく、食材やハーブにも細かく驚き、笑っていた。


 まだ身体に少し冷えを感じると言ったら、太陽を浴びながら庭で食べることを提案してくれた。

 ユアンはとても考えが自由だ。

 自分勝手ではない絶妙な塩梅なのも、彼の人柄だと思う。



「相変わらず美味いな。すごくシンプルな作り方なのに、なんでこんなに複雑な味になるんだろう」


 ユアンがかぶりついているのは、ジルハ入りの方だ。

 不思議そうに手元を見つめ、首をかしげながら美味しそうに食べる。


「ハーブのせいかもしれませんね。わたしの料理は父から教わったものですが、父よりも使うハーブの種類や組み合わせが多いのです。料理が好きなせいで、色々試していたら楽しくなってしまって」

「それで美味しくなるなら最高じゃないか」

「食べてくれる人がいると作り甲斐がありますから、とても楽しいです」


 ルティナは蒸し鳥を挟んだものを口に運ぶ。

 淡泊な鳥に、ハーブオイルの香りが際立つ。しっとりした食感も口当たりがいい。

 平パンのほどよい厚みともっちり感で全体がまとまって、想像よりもいい感じだ。


 ふと気なって横を見ると、ユアンは右手で平パンを持っている。


「ユアン様、右腕の感覚はいかがでしょうか……?」


 ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 施術したあと、きちんと確認をしないまま今になってしまった。

 感覚は戻っているだろうか……。


「自分でも驚いているんだ。もうしっかり自分の腕なのが分かる。手の握りが弱いと感じるが、これもそのうち戻ってくるのが感覚で分かる」


 ユアンは、慈しむように腕を見る。

 そして、持っていたパンを置き、立ち上がって姿勢を正した。


「ルティナのお陰だ。感謝という言葉では表せないほどだ。でもこれしか言葉が見つからない。本当に、ありがとう」


 深く頭を下げるユアンに、慌ててルティナも立ち上がる。


「いえ、ユアン様の身体が無事で、なによりです。わたしも救われた思いです」


 不安がない訳ではなかった。

 正直、始める前までは震えていた。

 失敗したら、もう立ち上がれないだろうと思った。

 

 調律は、世界の理に干渉する行為だ。

 父とも、これをどう捉えるかをずっと考えていた。


「話せないのなら、無理には聞かない。でも、俺は共に立ち、考えたいと思う」


 この人が同じなら、きっと心の動きや感情が分かってしまうんだろう。

 これを、自分のためさせたと感じたら、この人はどう思うだろう。

 

「何度でも言うよ。心の巡りも、この世界の巡りのひとつだと、俺は思う」


 喉の奥から、じんわりと熱を感じる。

 ユアンは、話すことを躊躇う理由を分かった上で、尊重しつつ伝えてくれている。


 ユアンの大きさには、到底かなわない。

 そう思った。



 再び長椅子に座り直すと、目の前には昼寝をするフェンとアウリスがいる。

 2頭は身体を寄せ合い、フェンはアウリスの腰に頭を乗せている。


 身体の大きさもだいぶ差がある2頭が、昨日初めて会ったにも関わらず、こうして一緒に昼寝をしているのだ。

 魔獣はとても直感的だ。無駄なことを考えず、心地よさをそのまま受け入れる。



 いいな、と思った。

 自分でもまだ、きちんと心に落とせていないことだ。

 長い時間をかけて、考え続けていることでもある。

 それを曖昧なまま、言葉にして伝えるのを無責任だと思ってしまうのだ。


 考えがまとまっていても、それを言葉にするのは難しい。

 まとまっていないことなら尚更だ。

 違和感が残る言葉のまま音にして、それを自分が聞いてしまうのが怖い。

 意図しない意味で、誰かに伝わるのはもっとだ。


 言葉や音には、魂が宿る。

 音にした言葉は、口から放れた瞬間から、自分の意思や意図とは関係なく動き始める。

 

 本来の意味が歪み、違った解釈でいつか自分に戻ってくる。

 それは、世界をまっすぐに見る目すら、歪めてしまう気がする。


 ユアンの言っていることは分かる。

 思いやってくれていることも。

 でも、今まで積み上げた価値観と時間が、素直にそうさせてくれない。

 だれかに無条件で寄りかかれるほど、ルティナは優しい世界で生きてこなかった。



「ユアン様、ありがとうございます。ユアン様のお気持ちは、本当に嬉しいのです」

「お礼を言われるようなことはないよ。俺が望んでいるだけだ」

「でも、わたしの心がまだ、それを許せそうにありません」


 本当は話してしまいたい。

 ルティナ自身の融通の利かなさに情けなくなる。


 調律というものが、何なのか。

 これを自分ができる意味と、その結果を。


 何かが身体の中でざわつく。

 自分が何をしているのか、その本質を掴めていないのだ。

 

 それを正しく理解するまでは、言葉にしたくないと思ってしまう。


「……そうか。無理しなくてもいいと言った癖に、本音は少し寂しい」


 気まずそうに目を逸らし、アウリスがいる方を見る。


「……でも、それは欲張りだな。“まだ”と聞けただけで充分だ。その選択肢があるということを知ってもらえただけで、俺は嬉しいよ」



 視線の先の2頭は、相変わらずほのぼのとしている。

 いつかああいう風に、心地よさだけの中で、眠りたいと思った。


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