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精霊の往く先  作者: 流留架
序章
16/22

序章-16.名送りの後

 ようやく、父の名を呼べた。

 共に名送りをしてもらったことで、心にひと区切りがついた気がする。


 父を知らない2人が、こうして祈ってくれたことに、感謝する。

 


「ありがとうございました。やっと名を音にできました」


 ルティナは笑い、静かに頭を下げた。



 森の息を聴く者。

 これ以上に、父を表す言葉はないように思う。

 魂名はその者の在り方、生きる意味、使命のようなものだとも聞いたことがある。

 その名でそう生きるようになるのか、そう在る者にその名が宿るのか。


 とても神秘的なものだ。



「父のために祈って下さった感謝と、わたしからの信頼の証として、真名を、預けさせて下さい」


 誰かに真名を伝える日が来るとは思わなかった。

 この2人に出会えたのは、この上ない幸運だ。



「わたしの真名……、ルナティアーラリア、と申します」


 名を音として聞いたのは、3度目だ。

 初めて父に伝えられた日、16歳の成人の儀、そして今。


 この名を自分の声で聞くのは、とても不思議な感覚だ。


「……ルナティアーラリア」

「美しい名です」


 急に、恥ずかしさがこみ上げ、顔が熱くなる。

 真名を伝えた途端、とても距離が近くなった気がするのは、秘密を明かしたように感じるからだろうか。

 

 そわそわする気持ちをなんとか落ち着け、顔を上げる。

 そこには、微笑ましいものを眺める笑顔が、2つ並んでいた。




 午後が深まり、そろそろ次の話に進むことにした。

 さきほどまでの内容で、まだ半分ほどしか伝えられていない。

 ここからの話の方が、より捉え方が難しいかもしれない。


 午前と同じように、集い間で向かい合う。


「先ほどの話は、一般的な人の気素の巡りとして聞いて頂きました。ここからは、ユアン様の身体の話になります」


 これをどう伝えるかが、とても難しい部分だ。

 ルティナにもなぜなのか、よく分からないからだ。


 そして、ルティナ自身のことも話さなければならない。



「人というのは、この世界の生物の中でも、特に中庸にあります。

 陰と陽が均等である中庸が、一番安定している状態ということです。

 人によってある程度のぶれはありますが、大きく差はありません。


 生物はその種特有のバランスを持っています。

 アッシュガゼルなら陰に寄り、アンバーガゼルは陽に寄っている。

 それは、その種が一番心地よく安定する状態なので、異常ではありません……」



 言葉が、詰まってしまう。


 これを話すのは、自分が人ではないと明かすようなものだ。

 尋ねられれば、答えるだろう。

 では、尋ねられなければ伝えないのか。


 それは、信頼の証として真名を預けた意味を、自ら消してしまうことではないか。



「あなたが伝えたいことを、俺たちは聞きたい。無理はしないで欲しい。今でなくても、話せる機会はいくらでもある」


 ルティナは目を伏せたまま考え、言葉を続ける。



「人は……霊素を体内で作り出すことが出来ないと申し上げました。

 それは人だけではありません。

 霊素を視たり、感じ取れる種族であっても、それは同じです。

 

 感じることは、本能や種の特性による部分が大きく作用します。

 自然に多く触れ、自然の中で生きるものほど、強く感じられるようです。


 そして……、感じることができる種族でも、

 霊素を意図的に扱うこと、霊素に触れることはできません。


 感じることと、触れ扱うことは、まったく異なることなのです。


 わたしや父のように、霊素を扱える者は、

 体内に霊素を生み出す源泉のようなものを持っています。

 それを“霊核”と呼びます。

 

 霊核は、霊素が極まった結晶です。

 それは混じり気ない陰か陽でしか存在しません。


 父は、陽の霊核を、わたしは陰の霊核をもっています。

 これは種族の特性であり、霊核を持つ者しか、霊素を扱うことはできません。


 父は、陽の霊核をもつ種族――

 精霊族、太陽の民・天日人(アマヒト)です」



 ひとときの間、誰も口を開かず、沈黙が続く。

 ルティナは、この時間が酷く長く感じた。


 信じられる話ではないだろう。

 人の間では、物語の中で語られるような存在だ。

 エルフやドワーフのように、数は少ないが知られている種とは違う。



「……本当に、存在するのか」


 ぽつり、とユアンが沈黙を破る。


「神話や伝承は、元になるものがあって語られるもの。居てもおかしくはないです……」

「たしかにそうだ。ずっと驚いているが……今日一番かもしれない」

「わたしもです。少し、感動しています……」


 思いもよらない2人の様子に、ルティナの方がどう受け止めたらいいのかわからない。


 ――じゃあ、どういう反応が返ってくると思っていたのだろう。

 よくよく考えれば……彼ららしい。勝手に不安になっていただけだ。



「続けて……よろしいですか?」

「もちろんだ。すまない、少し置いていかれそうになっただけだ」


 レイランも、小さく頷いた。



 ルティナの心は、今までよりも落ち着いていた。


「この霊核は、精霊族の体内にのみ存在するものだそうです。

 父は、アマヒトの中でもかなり強い家系で、霊素の扱いにも長けていました。

 

 わたしの陰の霊核は、その父から見ても、相当に強いものだそうです。

 父の数倍。父が知る誰よりも、わたしの霊核は強く、扱うのが難しいものでした。

 大きすぎる力のせいで、幼いころのわたしはよく体調を崩していました。


 霊素の本質を理解し、それを扱うことは、

 理を求め、寄り添うこと。

 そして、それを愛し、受け入れ、共に生きること。


 それをするためには、心と身体の成長が必要で、時間がかかります。


 安定しない霊素の影響で、心が揺れ、感情が揺れ、身体が揺れます。


 強すぎる陰の力で、感情が内側に向くせいで、

 ひたすらに閉じこもり、父を困らせたりもしました。

 

 視ようとせずとも視え、聞こうとせずとも聞こえ、常に何かの気配を感じる。

 人の感情を引き寄せ、流れ込んできてしまうせいで、

 自分がわからなくなったりもしました。


 霊核は、精霊族の体内にしか存在しないはずのもの。

 わたしも今日までそう思っていました。


 理由は分かりません。

 わたしと同じか、もしくはそれ以上の霊核。

 ――それが、ユアン様の体内に、確かにあります」

 



 ユアンは、それほど驚いていないように見えた。

 ただ、納得をして受け入れているように、とても静かだ。

 

「俺が最初に、あなたに感じた感覚は、これ、ということか……」

「だと、思います……陰と陽は対極にあるもの。より強く感じるのだと思います」


 レイランは視線を落とし、一点を見たままだ。



「霊核は、霊素を送り出します。

 

 それは人の五感をより強く、感覚を鋭く澄ませます。

 野生の生物が、音や匂いに敏感なことに近いものだと思います。

 

 強く影響が出る感覚は人によって異なるようです。

 わたしは視ることと触れることに強く、

 他は普通の人よりも感じやすくはありますが、霊核を持つ者としては並みだと思います。


 父は聴くことにとても強く、アマヒトにはその傾向があるそうです。

 音を大切にするのはそのせいかもしれません。


 霊素は生きる力そのもの。

 それを理解し、うまく扱えばとても大きな助けとなります。

 ですが……扱いを覚えねば、逆にとても危ういものです。

 

 何事にも言えることですが、すべては度合いとバランスです。

 太陽は生物を育てますが、強すぎると逆に枯らすこともあります。

 月は落ち着かせ癒しを与えますが、度を超すと生物を止めてしまいます。


 わたしやユアン様の中にある霊核は、その中でもとても強いもの。

 大きな助けとなる反面、強すぎる力は、自身を傷つけ、蝕む可能性も持っています。

 それが出てしまったのが、今のユアン様の状態です。


 わたしは幼い頃から、この力を制御することを学んでいます。


 制御が効かない力は、自身だけでなく、周りに影響を与えることもあります。


 それを知らないまま、しかも人の身で、今まで過ごしてこられたのは……

 奇跡に近いことのように、思ってしまいます」



 一点を見つめたままだったレイランが、顔を上げる。


「ルティナ様が、人から離れた場所で暮らしているのは、その為だったのですね」


 ルティナを見つめたままの瞳には、少しの苦しさが見えた。


「話を聞く限り、特異であるとはいえ、そこまで頑なに隠れる必要がないように思っていました。わたしからでは、ルティナ様がそうだとは分からないからです。霊素を感じられないわたしは、ルティナ様は自分と同じ人だとしか思えません」


 レイランは自分の感じたまま、それを伝えてくれている。

 それがどれほど救いになるか、分かってくれているだろうか。


「……ありがとうございます」


 ルティナは立ち上がり、少し椅子から離れたところに移る。


 ほんの少しだけ、体内の巡りを強くした。



 ――2人が息をのむ。



 ルティナの身体に、霊核の姿が映された。

 

 頭の上には、白銀に輝く狼の耳。

 ほのかに光を帯び、うっすらと浮かぶ瞳。

 腰から足元へ落ちる、やわらかく揺れる尾が顕現する。



 静かにそれを戻し、元の椅子に腰掛ける。



「……これは、霊核に宿る力、源となる精霊の姿が映されるもの、だと言われています。

 すべての霊核に、これが現れる訳ではありません。

 父にはありましたが、アマヒトにも数は少なく、稀なことだそうです。


 わたしがこれを制御できるようになったのは、12歳のとき。

 それまで、わたしはこの森からほとんど出たことがありませんでした。


 今でも、自分が制御できないほど感情が揺れれば、現れてしまう可能性があります。


 周りに影響を及ぼす危険も、もちろんあります。

 ですが、父がわたしを隠し、常に人を遠ざけていたのは……

 人の目からもわかる、これの方が大きかったと思います。


 ユアン様は、かなり特殊な例です。

 

 わたしはこの例を知りません。

 人の身であるのなら、生まれた後にその霊核を宿したことになる。

 なぜそれが起こったのか、わたしには分かりません。

 精霊族でない身体に、どんな影響があって、今後どうなるのかも。

  

 今の身体を元に戻すことは可能だと、わたしは思っています。

 でも、体内の霊核に関しては……

 どうすればいいのか、何が最善なのか、その答えを持っておりません。


 解決方法を知らないまま、これをお伝えしたことをお許し下さい。

 お力になれず、申し訳ありません」



 話し終えて、息が詰まる。

 すべてを伝え、その結果、どうしたらいいのかを答えられない。


 伝えずに施術することもできたと思う。

 ただ、話せないことが大きければ大きいほど、矛盾が出てきてしまう。


 ユアンとレイランは、とても聡い人だ。隠せるとは到底思えなかった。

 どこかで矛盾に気付くだろう。


 その時が来ることを考えると、その方が怖いと思った。

 話さなかった自分を責めないこの2人に、まっすぐ向き合えなくなる自分が。

 そして、その自分で生きることが怖かった。


 ユアンのために伝えたのではなく、自分を守るために伝えたのだ。

 自分勝手だと分かっていても、ルティナは彼らと向き合っていたかった。

 向き合える自分で在りたいと、そう願った。



「謝る必要などどこにもない。俺は今、過去の自分を掬い上げて貰い、この身体も救ってもらうだろう。そして、この身体と向き合い、これから先を探す道を示して貰ったんだ」


 ユアンの柔らかな表情の中に、あのときの泣きそうな目があった。


「俺は正直なところ、もう諦めていた。生きにくい感覚も、思うようにならない身体も。生きるとはこういうことなんだと、腹に収めたつもりでいた。でも、あなたはそれを、とても素晴らしいことだと教えてくれた。あなたに出会えたことと、あなたの元に連れて来てくれたレイランに、今は感謝しかないよ」


 目を伏せて、ユアンは小さく笑う。


「ルティナ様には昨日お伝えしましたが……わたしは期待していませんでした。それでもここに来たのは、何もできず、ただ苦しむ姿を見ていることしかできない、不甲斐なさと罪悪感を拭いたいだけだったように思います」


 遠くをみるように、レイランは目を細める。


「ユアン様はそれを汲んで、ここまで来てくれました。そこで出会ったルティナ様に、わたしは自分と世界を見せて貰いました。リズを救ってもらい、唯一人と決めた主人まで救ってもらったのです。感謝こそすれ、謝られることなどひとつもありません」


 ルティナを見つめるその瞳は、とても強いものだった。



 ルティナは必死に、声を振り絞る。


「……ありがとうございます」


 出てきたのはただひと言。


 自分の耳で聞いたその言葉の意味を、しばらくの間考えていた――。



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