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精霊の往く先  作者: 流留架
序章
14/22

序章-14.理

「この世界は、森羅万象すべての事物が、相反する二つの属性で構成され、

 互いに対立し、依存し、その間で揺れ、巡りながら、調和を保ち存在する。


 その二つ――太陽から注ぐ陽、月から降りる陰。


 太陽の注ぐ恵みの光は、生命(いのち)を芽吹かせ世界を巡り

 月から降りる癒しの雫は、生命(いのち)を育み、空へ還る


 我らはこの陰陽をもって、世界の理を言祝ぐものである。

 


 わたしが教えられた古い言葉です。

 その素を、わたしたちは“霊素”と呼びます。


 呼び方や解釈の違いはあれど、この陰陽の概念をもつ種族は多くいるそうです。

 妖精族(エルフ)、ドワーフ、獣人族、竜人族……

 空の民アエルナ、海の民渚人(なぎと)


 自然と共に暮らす、あまり知られていない少数の種族に多いようです。


 陰陽は、それぞれ異なる質を持ちます。


 陽は、太陽、火、温、上昇、拡散、剛、夏、昼、男、動物、生など。

 外へと向く“動”のイメージでしょうか。

 

 陰は、月、水、冷、下降、凝縮、柔、冬、夜、女、植物、死。

 内へ向かう“静”を連想するものが多いです。


 お2人に分かりやすい例えだと、アンバーガゼルが陽、アッシュガゼルが陰。

 見た目や性格、纏う空気も……。あの2頭は分かりやすく現れています」


 視線を上げ、2人の顔を見る。

 

「……俺が陽、あなたが……陰……」


 ぽつりとこぼれた言葉に、ルティナは思わず微笑みが浮かぶ。

 レイランも小さく頷いている。

 感覚が鋭い人は、直感で分かるのかもしれない。


「そうです。……そして、それがバランスよく調和が取れている状態を、中庸といいます。レイラン様は、美しく中庸でおられます」

「中庸……」


 言葉の意味を嚙みしめるように、レイランは呟いた。

 ユアンの瞳は、ルティナを通り抜け、遠くをみているようだ。


「陰と陽は、どちらが良い悪いということはありません。


 互いに対立しながらも、互いがなければ存在できず、

 どちらか一方しか持たないものはありません。

 陰と陽は共に在り、互いの中に、互いがあります。

 片方が極まればもう片方へと変化し、それを繰り返し巡り続けます。


 太陽と月が巡り、昼と夜があり、一日となります。

 その一日が積み重なって、春から夏、秋、冬へと季節が巡ります。


 大きな巡りの中に、小さな巡りがあり、

 小さな巡りが積み重なって、また大きな巡りを形づくる。


 これは時間の経過だけのものではありません。

 この世界のすべてがそうなのです。生物にも同じことが言えます。


 この辺りの森には、核といえるものが存在します。

 その核は、陽の霊素が水たまりのように集まって固定化したものです。

 それは、自然界でごく稀に起こる偶然です。


 核から広がる陽の波動は、一帯を植物が喜ぶ寝床に変えます。

 波動は外へ広がり、植物は核へと引き寄せられる。

 それぞれの核を中心に、森の中だけで巡り、育っていく。

 この辺りの森が、各々で異なる生態系を持つのはそのためです。


 陽をきっかけに始まるこの巡りですが、植物は陰が強いものです。

 陰の強い植物が集まって森となり、その森が集まって大森林があります。

 全体で見ると陰が濃く出ます。


 逆に、太陽の光がよく届き、風通しが良い大地、

 動物……これは人も含みますが、それが多く、活気がある大陸の中心は、

 陽に寄る傾向があります。

 アルデ大陸は、中心から北西が陽、南東が陰。

 大陸全体で見るとバランスが保たれる。


 太陽と月、この世界全体の大きな循環の中で、

 核と植物が織りなす小さな森の巡りが生まれる。

 偶然が必然のように繋がり、いくつもの繋がりが重なり合って、

 小さな巡りは、やがて大きな循環へと還っていく。


 わたしはこの成り立ちを、心から美しいと思います」



 ルティナは、ふっ、と息をつく。

 ひとしきり話し、喉の奥につかえを感じる。


 2人は大丈夫だろうか。

 心と頭は、追いつけているだろうか。

 ルティナはこの話を、幼いころから少しずつ伝えられてきた。

 一気に言葉で流し込んで、受け止められるだろうか。


「……あの、お茶をご用意してもよろしいでしょうか? 少し……喉が渇きました」


 その問いかけに、2人の呼吸が戻ったように感じた。

 2人はそれぞれ姿勢を取り直した。


「あ、ああ……。ありがとう」


 ユアンは、顔の前で手を組み、斜め下の一点をじっと見つめている。


「……わたしはアウリスの鞍を外してきます。少し失礼します」


 立ち上がったレイランは、淡々と庭へと出て行く。



 茶葉が置いてある戸棚には、いくつもの瓶や箱、紙で包んだ茶葉が並んでいる。

 指先で縁をたどりながら、茶葉を選んでいく。


 ユアンには、ユラギ草の焙じ茶を。

 優しい陰で、心を休ませ、揺らぎを落ち着ける。

 香ばしい香りで、お茶に不慣れでも飲みやすい。

 少し冷たくして出した方が良いかもしれない。


 レイランには、白澄花(しらすみか)の花茶を。

 陰陽の均衡が保たれ、心を調える。

 爽やかな香りが思考を澄ませ、安定させる。

 程よい温かさで、香りがふわりと広がるように。

 

 ルティナ自身には、ホノシズクの成葉茶を選んだ。

 穏やかな陽で、心と体をほぐし、喉の奥へすっと入る。

 今は飲み口の軽いお茶が飲みたい。


 ゆっくりと丁寧に、茶の香りと風味が立つように淹れていく。

 茶葉の様子を見ながら湯を注ぐこの時間は、ほどよく心を落ち着けてくれる。


 集い間の様子を見ると、レイランも戻っている。

 ルティナは用意したお茶を運び木(はこびぎ)に乗せ、2人の元へ戻った。



「お待たせいたしました」


 ルティナはお茶を出し、元の場所へ腰を下ろす。


「違う、お茶……ですか?」


 レイランは少し、言葉を詰まらせた。


「ユアン様には、ユラギ草の焙じ茶を、少し冷やしてあります。レイラン様には、白澄茶の花茶をご用意しました」


 どうぞ、と、手で促し、ルティナ自身も喉を潤す。

 ホノシズクの成葉茶は、喉をするりと通り過ぎ、後味もほとんど残らない。

 喉には刺激の少ない常温が心地よい。


「美味い。冷たいのに、香りをしっかり感じるものなんだな」


 手に取ったグラスを傾けながら、ユアンは感心している。


「薬草茶は少しクセがありますが、冷やすと慣れない方でも飲みやすくなるのです。焙じ茶を濃く出し、清水で割ると、香りも感じられておすすめです」

「なるほど……。喉がとてもすっきりします。ルティナ……殿のお心遣いを、嬉しく思います」


 少したどたどしく感じるのは、普段とは違う話し方をしているからだろうか。

 それがそのまま表に出ているのが、逆に好ましく感じる。


「好きなようにお呼びください。わたしは気にしませんので」


 ユアンは困ったように笑い、レイランに少し睨まれていた。

 この2人は、本当に微笑ましい。


「この花茶は、大変香りが良いものですね。香りそのものを頂いているようです」


 カップを持ち上げたまま、目を閉じ、楽しんでいる。


「花茶は、香りも大変楽しめますが、見た目も美しいので、透明な器で淹れるのも良いですよ」

「お茶の淹れ方を教わるのも、気が遠くなるほど時間がかかりそうですね」


 レイランもまた、少し困った顔をしている。


「淹れ方も楽しみ方も様々ですが、あまり堅苦しく考えず、自分が美味しいと思えればそれでよいと思います」


 ルティナは静かに続ける。


「お茶の話もそうですが……


 さきほど話した内容は、あくまでもわたしたちの解釈です。

 父の故郷では、陰陽の概念をとても大切にしているようでした。


 世界を理解するため、自然に寄り添い、共に暮らし、考え、解釈する。

 それを長い間繰り返し、今の形に至っています。

 ただ、それはまだ辿り着いていない、とも言っていました。

 世界が続くのであれば、変わり続ける世界を追う。


 陰陽は概念であり、そこに正しさはありません。

 それぞれの解釈が、それぞれの正しさです。


 たくさんの種族があれば、それぞれ陰陽の解釈も異なります。


 わたしの言葉を、そのまま信じる必要はありません。

 そのまま理解する必要もありません。

 ご自身の解釈で、ご自身の理解のまま、心に落として頂けば十分です」



 言葉の切れ目に、ユアンは少し大きく息を吐いた。


「あなたの声と、言葉は、不思議だな。頭では理解しきれていないのに、すっと入ってくる。とても聞き心地がいい」


 ユアンの笑顔は、そのまま太陽のようだ、と思った。

 人の陰陽はその性質を際立たせるが、ないものを付け加えることはない。

 もともと、ユアンはそういう人なのだ。


「嬉しい限りです」


 温かくなる心を感じながら、ルティナは笑顔を返した。



「陰陽の霊素は、この世界のどこにでもあります。


 ですが、人には感じられません。

 見ることも、触れることも、存在を感知すること自体ができません。

 霊素とは確かに存在しますが、存在する次元が違うものなのです。

 

 ただ、まったく分からないということもありません。

 例えば……果物がたくさん並んでいて、その一つが美味しそうに見える。

 道を歩いていて、なんとなく目を向ける場所がある。

 エルゼド大森林に、言葉にできない存在感を感じる。

 無意識で感じる、感じていることに気付かない、といった方が良いかもしれません。


 これを感じることは、生まれ持った素質であり、変わることはありません。

 

 霊素は、人や魔獣など、生物の体内にも存在します。

 呼吸をすること、霊素を含む食物を摂取することで体内に入ります。

 霊素に適応した種族は、体内で霊素を作ることもできますが……

 人はそれができませんので、外から取り込む必要があります。


 体内に入った霊素を、わたしたちは気素とよびます。


 気素が豊富な人ほど、やる気に溢れ、身体も心も逞しくなります。

 逆に、病は気からという言葉通り、気素が不足すると、

 病にかかりやすくなり、覇気がなくなり、心も弱ります。

 気素とは活力です。生きる力そのものなのです。


 気素は、血流のように、身体の中を常に巡っています。

 その巡りが妨げられたり、途切れたりすると、身体に不調が出ます。


 リズの脚は、この巡りが途切れていたため、不調が出ていました。

 おそらく、右脚の先にはほとんど感覚がなかったはずです。


 気素の不調は、物質的な不調とは異なる次元にあります。

 治癒師の治癒魔法は、身体の物質を修復することは出来ますが、

 気素に触れることは出来ません。


 気素の不調は、治癒魔法では治せません。

 感知することも出来ません。

 

 この気素の巡りを正常に戻せば、感覚は徐々に元に戻ります」



 ルティナは、まっすぐに前を向き、2人を見る。



「わたしは、この霊素を、視て、感じて、扱うことができます」


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