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精霊の往く先  作者: 流留架
序章
12/26

序章-12.邂逅の前

 わずかに気配を感じて、目が覚める。

 射し込む陽を追いかけると、澄んだ天色(あまいろ)が見えた。

 

 太陽が強くなると、世界の目覚めが早くなる。

 リシアは良い街だ。人々の活気を、肌で感じる。


 目覚めた時のこの気配にも、ようやく慣れてきたようだ。



 身支度をして階段を降りると、セラが茶葉を選んでいた。

 こちらに気付くと、またか、と言いたげに顔を歪める。

 この顔が見られるのは、ユアンだけだろう。


「おはようございます。お呼び頂ければ参りましたのに」

「おはよう。いいよ、朝は忙しいだろうし。ここでは自分でやるよ」

「仕事を奪われるのは好みません」

「じゃあ、ここではその仕事はなくそう。それとも、どこかおかしいか?」

「……いえ、とてもお似合いです」

「ありがとう」


 セラからは、納得していない空気が滲んでいるが、気付かないことにする。

 ここにいる皆の世話を、ほぼ1人でこなしているのだ。

 セラにあまり面倒をかけたくはなかった。


 リシアに着いて、3日が経った。

 ここに来るために、レイランはかなりの無理を通したようだ。

 自分のためにそこまでしてくれるのは素直に嬉しい。

 だが、バルドとセラには申し訳なさもある。


 バルドは近衛、セラはメイド兼とはいえ、本来は護衛だ。

 ここまで付いてきてくれたことに感謝している。

 事情も知らされず、ただ護れと言われることをどう納得しているのだろう。

 彼らにとってそれが仕事だとしても、思うところがあった。



 目の前に出されたカップから、温かな香りが広がる。

 セラは、どうぞ、とだけ言い、音もなく後ろに控えた。


「とてもいい香りだね」

「先日市場で求めたもので、ダーラという花の花弁から作る紅茶だそうです」


 甘酸っぱい柑橘の香りは、朝にぴったりの爽やかさだ。

 口に含むと思った以上に甘みを感じるが、後味はとてもすっきりしている。


「いいね、爽やかな甘さだ」

「お気に召したのであればなによりです」

「バルドとレイランは?」

「バルドはまだ休んでいるかと。夜はバルドに任せましたので」

「……そうか」


 ここには2人しかいないのだ。交代だとしても大変だろう。

 セラは日中にやることが多いし、夜は当然バルドになる。


「ユアン様、私とバルドは自ら望んでここにおります」

「分かっているよ、感謝している」


 セラは表には出さないが、実は感情の起伏が大きい人だ。

 その変化はわかりやすい。

 だが、望んで付いて来てくれるからこそ、なのだ。


「レイラン様は、風鈴果を買いに行くと、先ほど出ていかれました」

「ああ、昨日の……」

「朝食はいかがされますか?」

「朝市で何か買って食べてもいいかな?」


 セラが苦い顔をする。

 表情の変化は些細なものだが、普段あまり動かないせいで際立って見える。


 セラは黙っているが、こちらから沈黙は破らない。


「レイラン様がお戻りになってからご一緒に、きちんと対策をなさった上でなら」

「わかった、楽しみだ」


 セラからは、隠しきれていない圧が、じわりと漏れ出ていた。




 ユアンがレイランの兄になったのは、7歳の時だった。

 王族の末弟として生まれたが、身体の不調が続き、魔法の素養も出なかった。

 そんな自分を守るため、母の生家であるアベリス家へ養子に出された。


 身体の成長と共に体調は安定したが、魔法は結局使えないままだ。


 行動が自由で直感的に動いてしまうせいで、子供の頃は色々と迷惑をかけた。

 感情がうまく抑制できず、大暴れしたりもした。

 1人で王都の外に出て、3日帰らなかったときは大騒ぎだった。

 酷く叱られる覚悟をしていたが、泣かれてしまった時の自己嫌悪は今も忘れられない。


 そんな子供時代から、ずっと付いていてくれたのがレイランだった。

 常に冷静で、周りを観察し、問題が起こりそうなときには先回りをして対処していた。

 頭が良く、誰よりも勤勉で、真面目に鍛錬し、気遣いも出来る。

 出来過ぎた弟に、“剣を捧げる”と言われたのはこの上ない誉だ。


 レイランには、言葉にできない感謝と、絶対に覆らない信頼がある。

 そんな彼が、そこまで言う薬草師に、興味が湧かないわけがない。


 昨日の夜、部屋の前で動かなかったレイランには、迷いと戸惑いがあった。

 何があったのかと扉を開けたときの空気は、朝とは明らかに違うものだった。


 きっちりとした正方形が、丸みを帯びた。

 前に向きすぎていた目線が上がり、視界が広がった。

 思考に偏りがちだったのが、感覚を知った。

 こうなったレイランは、もはや最強だと思う。


 ユアンでは与えることが出来ない変化だ。

 ユアンのために、レイランはそう在ったからだ。


 その変化をくれたその人に、深く感謝している。

 そして、微かな嫉妬も、確かにあるのだ。




 「戻りました」


 帰ってきたレイランは、どこか嬉しそうだ。

 

「おかえり、良い買い物ができたみたいだね」

「はい。お待たせしてしまいましたか?」

「いや、今日は朝市で朝食を取ることにしたんだ」


 レイランはセラの方へ目をやり、状況を確認する。

 セラはあまり納得をしていない様子だが、目を瞑ってくれるようだ。


「かしこまりました、お供いたします」

「じゃあ出ようか」

「アウリスはどういたしますか?」

「街中だと動きにくくないか?」

「何か買って、街の外に出てもよろしいかと」

「それはいいね。少し走らせるのも気持ちよさそうだ」


 セラから丈の短いマントをかけてもらい、剣を取って家を出た。

 外はぐっと気温が上がって、もうすっかり春だ。


 レイランはセラと何か話しているようだが、先に厩へ向かう。

 リシアに来てから、ほとんど家から出ていない。

 アウリスもそろそろ走りたいだろう。


 ユアンが厩へ近付くと、気配を察したアウリスが軽く蹄を鳴らした。

 相当ご機嫌斜めのようだ。


「そんなに怒らないでくれ、今日は走りに行こう」


 リズよりもひと回り大きいアウリスは、ガゼルの王と言われる種だ。

 体躯は逞しく、力も強い。

 蹄を鳴らし戦いに向かう姿は、王の名にふさわしい風格だ。

 気位も高く扱いが難しいが、信頼を勝ち取れば頼もしい相棒となってくれる。


 鞍を乗せ、準備を始めると、レイランが走ってきた。

 厩から出たがるアウリスとは対照的に、リズは静かにレイランを見つめる。

 もともと静かな子だったが、今日はより一層そう感じる。

 脚が治って、身体の不調を感じなくなったせいだろうか。


「リズは落ち着いたね。また並んで走れるのが楽しみだ」


 アウリスとリズが並ぶと、互いの空気が美しく際立つ。

 ユアンはこの2頭が駆ける姿が好きだった。

 リズに不調が出てからは、あまりそういうことも出来なくなっていた。

 久しぶりに少し遠出してみるのも良いかもしれない。


「……脚が治って落ち着いたのもありますが……」

「うん?」

「アッシュガゼルは、夜行性だそうです……」

「……は?」




 朝市で買い物を済ませ、リシアから少し離れた丘の上にいた。

 目の前は、深い緑一色。広大なエルゼド森海だ。


 朝市で買った、野菜や肉、チーズを挟んだ焼き立ての麦パンにかぶりつく。

 まだほんのりと温かい麦パンは香ばしく、香りすら美味しいと感じる。

 太陽の下、こういうのがいい。

 この開放感が、何よりのご馳走かもしれない。


「最高だな」


 口からこぼれたつぶやきに、レイランが小さく笑った。


「リシアは少し窮屈でしょうね」

「そんなことはないよ。いい街じゃないか」

「わたしもそう思いますが、自由には動けませんから」

「それはどこにいても同じだろ?」


 身分や立場というのは、得られる自由が極端だ。

 欲しいものが手に入る人には良いかもしれないが、ユアンにはどうでもいいものの方が遥かに多い。

 大人になって自制はするものの、すべてを忘れて飛び出したいと思うこともある。


「そういえば、何をそんなに買ったんだ?」


 リズに乗せてある荷物はそこそこの量だ。

 準備が入念だと言っても、さすがに多すぎないだろうか。


「リズの治療の報酬と、あとは森で手に入らない食材です。あの方は代金をあまり求めませんので」

「本当に不思議な人だね。それだけの治癒能力ならいくらでも払うだろうに」

「……価値の基準が違うのだと思います」


 レイランは微妙な顔をした。

 話せない、いや、話していないことがまだ多くあるのだろう。

 

「ますます会うのが楽しみになってきた」

「あまり心配はしておりませんが、その、少し時間をかけて頂けたらと……」

「わかってるよ、大丈夫。焦らずのんびりいこう」

「ありがとうございます」


 なぜだか、とても嬉しかった。

 レイランが、彼女の方を気にかけているのだ。


 レイランにとって、ユアンは常に最優先に置かれる人だ。

 どんなときも、ユアンはレイランが一番に気にかける相手であり、前に出て守り、後に控える。

 絶対に隣に並ぶことはないのだ。


 それが、今はユアンを隣に置いている。

 同じ側の人として、肩を並べてくれていることが嬉しかった。



「それで、アッシュガゼルが夜行性ってどういうこと?」

「まだ、可能性があるという段階です。ただ、今のところ否定する要素がありません」


 レイランは、アッシュガゼルの特性や、その可能性を考える理由などを話してくれた。

 それはあまりにも自然で、納得せざるを得ない内容だ。


「……その人はアッシュガゼル研究家か?」

「おそらく、あの時初めて見たんだと思います」

「アッシュガゼルを?」

「はい」

「それで、そこまで考察するの?」

「なんというか、視点がすごく客観的なのです。そして、ひとつずつ理由を探し、“なぜ”を解決しようとする」

「根っからの研究者だね」

「そして、それをするのが楽しくて好きなだけなのです」

「なるほど、ね……」


 レイランの話を聞いて、なんとなく分かってきた。

 好きなもの、興味のあることが明確なのだろう。


「それを聞いて、昨日、灯りなしでエンの森からリシアまで帰ってきました」

「問題なかったわけだ」

「むしろ、今までで一番速く、軽やかに走りました。真っ暗の中を」

「……夜に、隠密行動できると思う?」

「夜は足音もほぼしません。気配を薄めるという効果を考えれば、気付かれにくいでしょう」

「その効果って、人にも魔獣にもあるのかな?」

「まだわかりません」


 レイランの心配は分かる。

 でも、すぐにどうこうというものでもない。 


「心配?」

「わたしが危ういと思うのは、それに価値を見出してないところです。人とあまり接してこなかったからか、自分の知識の広さと深さに自覚がありません」

「なるほどね」


 だとしても、少し心配し過ぎなようにも思う。

 森に暮らし、人とあまり関わらず、探求はするがそれを誇示しようとしないのであれば、特に問題はない。

 だが、今の話を聞くと、他の魔獣の可能性を考えない訳にはいかない。


「誰かに利用される可能性? それとも今の生活が脅かされること?」

「どちらもです」

「今までは大丈夫だったんだろ?」

「半年前までは父親がいたそうです。その父親が、ひたすら守っていたように思います。おそらくですが、その父親がいたらわたしに関わることもなく、治療の依頼も受けていただけなかったのではないかと思います」

「もしかしてさ、俺を会わせたい理由ってそれもあるのか?」

「今は」


 ユアンは少し考える。

 どちらにせよ、会ってみないことには何も分からない。

 レイランがその人を信頼し、心配しているのは伝わってくるが、今の話だけでは足りない。

 だが、更に興味が湧く。


「わかったよ。それも踏まえて、会ってから考えよう」


 柔らかな朝の空気が過ぎ、少し陽射しに熱を感じるようになった。


 気が逸るのはなぜだろうか。

 身体が治るかもしれない期待か、自分にない世界を知る人に会うことなのか。


 アウリスに跨ると、高くなった視線の先、霧がかった大森林がより大きく感じる。

 この大森林に人が抱く、表現しがたい感情にも理由があるのだという。

 それを知るだけで、世界の見え方は変わってくる。


 手綱を返し、足で合図すると、アウリスは意気揚々と駆けだした。

 


 エンの森に近付くと、アウリスが少しずつ速度を緩めた。

 怯えているとまではいかないが、あまり進みたくはなさそうだ。


「降りて歩きましょう」


 レイランもリズから降りて、手綱を引いて歩き出す。

 リズに変化は感じないが、アウリスは少し落ち着かない。

 首をしきりに動かし、足音も大きくなっている。


 レイランは何も感じなかったと言ったが、ユアンにはこの森の空気が違うとわかる。

 表現が難しいが、“濃い”のだ。 



 森の中はとても静かだった。

 人がいない場所は、こんなにも音が少ないものなのか。

 ここまでの静けさを、ユアンは感じたことがないような気がする。


 しばらく歩くと、一軒の家が見えてきた。

 

 一歩進むごとに、胸がざわつく。

 鼓動が大きく、速くなる。

 嫌な感じはしない。

 不安とも期待とも違う。

 この感覚を、なぜか身体が知っている気がする。



 レイランが門の前から声をかける。

 戸口を遮るように立つエルドポニーは、耳を立て、こちらに警戒の視線を向けている。


 扉が開き、中から出てきたその女性は、酷く戸惑っているように見える。


 理由はわかった。

 ユアン自身がそうだからだ。


 頭ではなく、全身が理解する。

 身体の奥底が、この人はそうだと伝えてくる。


 この感覚が何なのか、分からないことがもどかしい。


 彼女はエルドポニーを落ち着かせ、静かにこちらに歩いてくる。

 ぴったりと寄り添うエルドポニーの視線は、ユアンから一瞬も動かない。


 白銀の髪が風に揺れる。

 透き通るような白い肌は、光を放っているようにすら見える。


 レイランと言葉を交わし、こちらに向かって丁寧にお辞儀をした。

 どこか異国を感じるその装いは、彼女の雰囲気をいっそう際立たせる。


 言葉が出ない。

 身体が動かない。

 

 控えめに近付いてきた彼女と、視線が絡み、息が止まる。


 ユアンを見る灰青(はいあお)の瞳に、淡い不安が滲んだように見えた。


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