表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
―その声が届く日―
PR
100/117

蒼の季 向夏-18.友達

 石と向き合うリシェは、感覚のすべてを使って指先に集中している。

 人差し指に嵌めた使い込まれた指輪は、リシェの指から伝わる魔素を受け取って、黄褐色の紋様が浮かび上がる。


 魔導具ではない。

 指輪の中央にある石は魔導石でなく、魔素を受け止める核のような役割だろうか。


 人差し指の先端には、針先ほどに細く、密度が高められた魔素が見える。

 それを動かしながら、リシェは石の内部に直接何かを刻んでいる。

 指の周りを漂う魔素は彼女の色に染まり、生きているように自由に動く。

 この魔素の動きは、覚えている。


 フウを助けてくれた、リンネの記憶の力だ。



 午前中に王城でウィランの研究を手伝い、リュサールの畑にも足を運んだ。


 ウィランの研究室は、以前の数倍散らかっていた。

 熱意は相変わらずで、すごい数の陣を構築し、片っ端から試していた。

 ひとつの魔法が、誰にでも扱える魔法陣として完成するまでには、早くても数季かかるのが当たり前だそうだ。

 それをひとりで、たった数日で、複数の魔法を並行して進める。

 彼の一日は人の数倍ありそうだと、会う度に思ってしまう。

 

 リュサールの畑も、すくすくと育った茶葉で緑一色になっていた。

 今は目下、虫対策に追われる日々だそうで、ウィランは試行錯誤しながらその対策も考えているそうだ。

 何事にも動じないミオルが、虫だけは何とかしろとウィランに迫っているのが面白かった。

 彼にも苦手なものがあったのだ。



 今日の予定を午前中に終えて、リシェの店に遊びに来たのが今だ。

 仕事をする姿を見せて欲しいと言ったら、恥ずかしそうにしながらも了承してくれた。


 リシェと過ごす時間を取りたいと思った。

 蒼の季の終わりには今のように会えなくなると思ったら、残っている時間が急に短く感じた。


 ユアンが言った、リシェが森に来るという景色がずっと心に残っている。

 自然に想像できるなら、そうなる未来もあるかもしれない。

 今はそれを伝える勇気はないが、リシェと一緒に過ごしたいと望む自分の気持ちは、確かに強くなっていた。



 店の中の空気が緩んだ。

 意識を解いたリシェは、仕上がった石飾りを両手に包んで、目を閉じて確認している。


「……うん」


 小さく呟くと、こちらに目を向けて立ち上がる。


「完成……ですか?」

「うん。昨日の夜から始めて、2つ一気に作ったから、さすがに疲れたかも」


 疲れたと言いながら、石飾りを見つめる瞳は満足そうだ。

 リシェは2つの石飾りを、柔らかい布が貼られた台に乗せて見せてくれた。


「石が……やっぱり変わっていますよね? 加工する前よりも、整っている気がします」


 リシェの手は、いつも魔素が濃く集まっている。

 作業の余韻が手に残るのは自分と同じだ。


「ルティナの感覚は本当にすごいね。魔素って、時間と共に少しずつ抜けてしまうの。魔素がそこに留まるように、石の中に記憶を刻むの」

「記憶の力……」

「うん。人にはできないし、リンネにもできない」

「リシェだけの力、ですね」

「……そう。自分である証」


 この力を、どれだけ大切にしているか。

 リシェに寄り添う魔素が、淡い光で応える。


 彼女は、自分という存在をちゃんと認めている。

 リシェにとってのこの力は、そう思わせてくれたものなのかもしれない。


 ルティナにとっての、調律のように。



 ラウラの石飾りは、首輪に飾りを取り付けるようになっており、外して鞍に付けることも考えられていた。

 漆黒に見える石は、陽にあたるとその奥に濃い褐色を感じる。

 淡い毛色に映え、アーグリンネの凛々しい雰囲気にもよく似合う。


「良さそうだね。ちょっと強いかと思ったけど、よく馴染んでる」

「ラウラ、かっこいいです」


 リシェに付けてもらうと、ラウラは自慢げにその場でひと回りした。

 ラウラは感情表現が豊かだ。

 とても素直で奔放なのは、リシェがラウラの意思を一番に考えて接してきたからだろう。



「これからどこかに行くの?」


 自分用に作った首飾りを付けながら、リシェはルティナを振り返る。

 リシェの首飾りは、後ろ側に石が固定されるように作られていた。

 髪の長いリシェだと、せっかくの綺麗な石が隠れてしまう。


「……リシェ、髪を結ったらどうですか?」

「え……、そういうの……面倒で……」

「分かります……わたしも苦手です。でも、せっかく綺麗な飾りが見えないのは残念な気がします」


 緩く波打つような暗髪は、ラウラの首飾りの石のような色だ。

 普段はほとんど黒に見えるが、光に透けると柔らかさを感じる暗い茶色になる。


 自分の髪が白銀だからか、濃い髪色に憧れてしまう。

 編み込んでも、結い上げても、リシェならどんな髪型でも可愛いに決まっている。


 入口付近に立っているセラと目を合わせると、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「今日だけでも結いましょう。せっかく作ったんですから。セラに頼めば、どんな髪型でも似合うようにしてくれます」


 目だけでセラを見上げて、リシェは困ったように苦笑いを浮かべた。



 セラが結った髪はリシェによく似合った。

 こめかみから後ろへ、斜めにざっくりと編み込まれ、髪の束が前に来るようにまとめられている。

 首の後ろにある石飾りはぴたりと首に沿い、細い首をより華奢に見せた。


「リシェ、可愛いです!」


 髪をまとめると、顔立ちの印象が強くなる。

 どこか物憂げな目は、いつもよりも大きく感じる。

 褐色の肌も相まって、年の割に雰囲気に艶がある。

 しなやかな豹のような、静かで凛とした空気だ。


「首が涼しくていいね。夏はまとめようかな……」


 セラは、満足そうにリシェを眺めてから、扉の方に戻った。



「これからノルヴァに鞍を取りに行きます」


 ノルヴァに頼んでいた鞍が仕上がったと、今朝連絡が来ていた。

 石飾りを付けられるようにして貰ったのがどうなったのか、秘かに楽しみにしているのだ。


「そうなんだ。オーダーするなら、ノルヴァが安心だね」


 リシェは作業場を片付けて、外に出していた看板を中へ入れる。


「……リシェ、今日はもうお仕事は終わりですか?」

「うん、今日は父さんも店には戻ってこないし、早めに閉めちゃう」

「じゃあ、一緒に夕食をいかがですか? 帰りに市場で食材を買って、何か作ります」


 動きを止めて、怪訝な顔でこちらを見る。


「ルティナ、料理できるの?」

「普段食べるものは、だいたい自分で作っていますよ?」

「アベリスの家に住んでるのに?」

「わたしは離れで暮らしているので、食事は自分で作っています」


 あまり信じていないような、疑いの空気が流れてくる。


「そうなんだ……じゃあ、一緒に作ろう。手伝うよ」

「……リシェ、信じていないですよね?」

「いや、なんていうか……ルティナって生活感がないっていうか。いや、でもなんでも作りそうだし、普通に考えれば料理もすごく上手そうなんだけど、想像がつかないっていうか」


 慌てた様子で言い直すリシェが新鮮だ。

 こうやって、今まで見たことがなかった部分を見ると、それだけで嬉しい。


 今日はずっと、どこか心がふわふわしている。

 ただ一緒に過ごすための時間は、少しだけくすぐったいものなのかもしれない。





 離れに戻って、市場で買って来た材料を机の上に並べ、リシェと顔を見合わせる。

 一緒に見て回るのが楽しくて、思うままに買ってしまった食材は、2人で食べきれる量ではない。

 フェンと一緒で、荷物が運べる状況だったのも追い風だった。


「ちょっとやり過ぎだね」

「リシェはたくさん食べる方ですか?」

「どっちかというと、食べるのは苦手な方……」


 それはルティナも同じだ。


「傷みやすい物から使おう。日持ちするのは明日に回してもいい」

「そうですね。リシェは何を作りますか?」


 リシェが買ったのは、小ぶりな青魚だ。

 身が締まっていて生でも美味しいと言われて、目を輝かせていた。

 お店の人がおまけしてくれて、3尾買ったはずが5尾入っていた。


「軽く酢で締めて、生で食べようか」

「塩じゃなくて、お酢ですか?」

「塩で締めてから、軽く酢で締める。さっぱりするし、暑い時期はその方が安心だしね」

「なるほど……」


 半生くらいの仕上がりになるのだろうか。

 それなら、パンではなく穀物を炊いた方が合いそうだ。

 キノコと野菜を雑穀に炊き込んで、味も付けてしまおう。


 それに冷やしたスープでもあれば、バランスの取れた食卓になりそうだ。


「じゃあ、わたしはご飯とスープを作ります」

「飲み物は……いつもどうしてる?」

「飲みやすく割ったお酒が多いですが……リシェはどうしていますか?」

「うちは父さんがお酒大好きだから、暑い時期はずっとエール」


 そういえば、リシェがエールを買っていた気がする。

 エールはほとんど飲んだことがない。


「エールを飲んでみたいです」

「じゃあ、おすすめの飲み方で用意するね」



 火床に2人で立って、それぞれに調理を始める。


 リシェは慣れた様子で魚を捌き始める。

 それを見るだけで、リシェも料理が好きなのが分かる。

 うっすらと微笑んでいる気がするのは気のせいだろうか。


 肉よりも魚の方が、体質的に合いそうだと思う。 

 こってりした濃い味付けの物は好まないかもしれない。


 スープは、多めの出汁で煮たジャガイモを滑らかに潰して、冷やしておこう。 


 鮮やかに色付いた甘唐辛子と、夏瓜、シメジ、小さく切った鳥肉を加えて炒めると、浅い鍋からいい香りが上がり始める。

 暑い時期はなるべく火を使いたくないけれど、この香りを嗅ぐと暑さを我慢する気になれる。

 乾燥ハーブがないので、今回もハーブ塩で代用することにした。

 料理に使うハーブがなかなか手に入らないのだけが、王都での小さな不満かもしれない。


 水洗いした雑穀を加えて更に炒めたら、水とバターを足してゆっくり炊き上げる。

 あとは待つだけだ。


 リシェを振り返ると、ちょうど飲み物を準備しているところだった。

 コップの縁を小ぶりの柑橘で湿らせて、粗塩を纏わせている。

 そこにエールを注いで、その柑橘をぎゅっと絞ってひと混ぜする。


「まだ出来ないよね? 先にエールで乾杯しよう」


 冷えたコップを手渡すと、リシェは立ったままぐいっとエールを傾ける。

 その姿が異様に絵になる。

 かっこいいのだ。


 さすがに立ったままは気が引けたので、火床に置いてある作業用の椅子に座り、グラスに口を付ける。


 エールと一緒に、塩が口の中に流れ込む。

 遅れて、爽やかな柑橘の香りが広がり、淡い炭酸が喉から下りていく。

 後味はとてもすっきりしている。

 エールはもっと苦いイメージだが、とても飲みやすい。

 柑橘の香りと、この塩のお陰だろうか。


「美味しいです。爽やかで、この塩が効いていますね」

「暑い日には最高でしょ。父さんは、これだと1ダースくらいさらっと飲むよ」


 ザハルなら飲みそうだ。

 瓶をそのまま呷る姿が似合い過ぎる。


「リシェも強そうですね」

「あんまりお酒で酔ったことないかも」


 笑いながら、すでにグラスはほとんど空だ。

 これは、相当強そうだ。



 リシェが2杯目を作り始めると、離れの戸口に人の気配がした。


「今日はそういう日? なんかいい匂いもしてる」


 まだマントを羽織ったままのユアンは、いい匂いにつられて入って来る。

 夜になると、来られる日はだいたい様子を見に来てくれるが、最近は食事を済ませていることが多かった。


「今お戻りですか?」

「うん、ちょっと遅くなったから、そのまま来た」


 リシェは軽く会釈をすると、新しいコップに同じものを用意して、ユアンに持って来る。


「お疲れ様」

「ありがとう。今日の髪型も可愛いね」

「すごく涼しくて気に入ってる」


 照れる様子もなく、エールを注いだコップをユアンに差し出した。

 もう片方の手には2杯目のコップを持っている。

 もしかしたら、リシェも相当飲むのかもしれない。


「これは……エール?」

「そう、うちの飲み方」


 ユアンは冷えたエールをひと口飲むと、驚いたようにグラスを眺める。

 塩が残っているところに飲み口を変えて、一気に飲み干した。


「これ……最高だ」


 手で口を拭いながら、目を丸くしている。

 よほど気に入ったようだ。


 リシェはそれを見て、満足そうに頷いた。



「今日は夕食は終えられましたか?」

「まだなんだけど……」

「ご一緒に召し上がりますか?」


 ユアンは、遠慮がちな視線をリシェに送った。


「今日は軽く締めたアオと、炊き込みだよ」


 当然一緒に食べるだろうという返事に、心が浮いた。

 リシェは、ユアンにも心を許しているのだ。


「それは……ぜひ食べたい。着替えてから戻って来ても間に合う?」

「ちょうど炊き上がる頃だと思います。ユアン様だけですか?」

「どうだろう。レイランはまだ戻ってなかったみたいだけど、居たら絶対ついてくると思う」

「じゃあ、そのつもりで準備しておきます」



 ユアンを見送り、卓を整え終わる頃には、鍋からくつくつと音が鳴り始めた。

 火を止めて蓋を開けると、勢いよく上がる湯気が火床に立ち込める。

 ふっくらとした雑穀には、鳥と野菜の出汁が染み込み、香りだけで味が想像できる。


 届いた香りを吸い込んで、リシェも鍋の方に寄って来る。

 2杯目のエールを飲み終わりそうなコップを片手に、ぴたりと身体を寄せて鍋を覗き込む。


「……美味しそう」


 リシェの雰囲気が柔らかい。

 酔ってはいないが、いつもより力が抜けてリラックスしている。


 感じる体温が近い。

 人との距離が近いのはあまり得意ではなかったはずだが、不思議と違和感がない。

 フウやフェンとくっついているのと同じような、ふわふわとした心地よさだ。

 

 何よりも、緩んでいるリシェが可愛い。

 心を許し始めた猫のようで、思わず頭を撫でたくなる。


「あんまり嗅いだことのない香りがする」

「ハーブでしょうか。森に暮らしていると色んなハーブが手に入るので、よく使うようになりました」

「ルティナの柔らかい空気は、その森に近いのかもね」


 飲み切ったコップをすすぎ、リシェは3杯目を作り始める。

 これは……

 食事を摂るのが苦手というより、お酒を飲むから食べられなくなるのではないだろうか。

 きっと夕食は、軽いつまみ程度で充分というタイプだ。


「リシェも手慣れていて驚きました」

「家では母さんと交代で作るから、毎日作ってるとさすがに慣れるよ」


 火床の椅子に腰掛けて、残っていた緑色の柑橘を八つ切りにした。

 これがなくなるくらいは飲むということだ。

 エールは足りるだろうか。

 

 火床の端に目をやると、しっかりエールが箱で置いてある。


「リシェのお家では、おつまみでお酒を楽しむ夕飯ですか?」

「そう。父さんたちが飲み始めるから、一緒に飲みながら夕飯を作る」

「楽しそうです」

「誰かと一緒に作るのも楽しい。いつも小瓶を片手に作る側だから。ルティナの家はどんな感じ?」

「我が家は、父の故郷の習慣が強いので、だいぶ雰囲気が違いますね」

「今度教えて。ルティナの日常にも触れてみたい」


 こうやって、日ごとに食事の雰囲気を変えながら暮らすのも、きっと楽しい。

 それを思い浮かべると、そこには自然とリシェがいる。


 でも、それを思うのはわがままな気がしてしまう。

 リシェには家族が待つ家があることも実感してしまった。


「ルティナ?」

「……じゃあ、明日はわたしが腕を振るいますね」


 自然に口から出た言葉に、空気がしんと静まった。


「明日……うん。明日も遊びに来るね」



 リシェはルティナに身体を寄せて、髪に顔をうずめた。

 ふわりとセージの香りが鼻に届く。


 適度に体温が上がったリシェの身体は、今の時期にはちょっと熱い。

 でも、その熱さの分、心が温まる。



「えっと……お邪魔だったかな……?」


 戸口に立っていたユアンとレイランは、その光景を遠目に眺めて、なんとも言えない温かい視線を向けていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ