*やぶのなかにいる*・3
「ルサールカの隣に、民間船が停泊するなんて変な話よね。裏事情があるんじゃないか、そう考えちゃうのは当然よ」
エリーザはブラシに溜まったフルフルの抜け毛をちみちみと剥がして、ダストシュートへ放り込んだ。
車と違って船や飛行機や宇宙船は、係留場所を詰めたりしない。原則として一つ以上空けて停泊する。安全上の離隔距離を確保するためだ。――もっとも、第三艦隊と〈ルサールカ〉のような例外は別だが。
「空きスポットはたくさんあるのに、わざわざ隣に停泊するなんてマナー違反なの。でも、お隣さんには事情があったの」
「えぐっ、ひっ……そもそもルサールカの隣、空いてたか?」
「いい加減に泣き止みなさいよ。ほら、タオル」
エリーザはすぐ脇においてあったタオルケットを、無造作に渡した。
「……これ、フルフルさんの毛布じゃね……?」
「鼻水付けたらどうなるか、判ってるな?」
フルフルに凄まれ、フレデリコはタオルケットを慌てて押し返す。
「空いてるはずがないの。ルサールカは旗艦なの。両脇をフリゲート艦が固めているのが当たり前なのよ。……本来はね。
あのね、お隣のウミウシ柄は劇団Sicyoniaの船なの。しつこい追っかけに困っていたから、フリゲート艦をどかして、隣を空けてあげたの」
「これも『民間船保護の一環』さ」
マッコイは真面目くさった顔で嘯いたが、そんな自主的かつ殊勝な理由からではない。劇団Sicyonia団長に押し切られただけである。
一応最後まで渋っていたマッコイだったが、ミュージカル仕立ての泣き落としに思わず吹き出し、つい承諾してしまったのだ。もっとも、追っかけ対策という建前は、結果的に都合が良かった。
貨客船から視線を逸らすのに、格好のデコイとなったから。
「……ウミウシ柄」
ナイジェルは件の宇宙船を思い起こした。鮮やかな青に、蛍光イエローの曲線模様。ウミウシと呼んで差し支えの無い色彩ではあった。
「ツアーの演目、主人公がウミウシの冒険譚だったの。題は『ムーンライト・トゥインクル -夜露に濡れて煌めく貝殻の少女』なの」
「タイトルだけ聴いたらロマンス映画みたいね」
「ウミウシの寿命って大抵一年程度なんだけど、冒険する余裕あるのかな」
「まーたナイジェル先生の謎知識だよ。どこで仕入れた?」
「一般教養の海洋基礎生物I。教授のウミウシ愛が重くて」
「つか、月光がTwinkleでいいのか。俺ァそこを問い詰めてぇな。ちかちかしねぇだろ」
「なぁなぁ、寿命が短いから題が長いのか?」
マッコイは二度手を叩き、快調に脱線していく学生たちの会話を強制停止した。
「……もう、部屋に帰って寝ていいかい?あたしゃ眠いんだ」
「だめなの。コロの話を聞いてほしいの」
「そういや、話したいことがあるっつってたっけ」
「うん!」
コロはフレデリコの足下を離れ、ぴょこんと跳ね上がった。
「『二つ目の』ジオフェンス・メッセージがあるの」
「なんだって?」
マッコイは眉間に深い皺を刻み、鋭い目付きでコロを見据えた。
「開示条件が三十分前に成立したの。だからコロは、フルフルのお部屋に来たの」
「三十分前?聞き取りの直前じゃないか。……特に何も起きていないはずだが……?」
この三日間ときたら、学生たちの詮索を躱しつつ、じりじりとマヒルジャンの鈍重きわまる挙動を見守るだけの、気疲ればかりする時間であった。追いついてくるまでは待てぬから、明朝ジルチナーダを立ち、明後日にヴィレン入りする予定である。「マヒルジャンを待つ」ことは、即ち「ヴィレン自治政府を待たせる」ことに直結するからだ。もはや口実も名目も限界であった。
「ジルチナーダでの待機時間が七十二時間を超過したときだけ、開示される『お知らせ』なの」
「……閣下はマヒルジャンのウスノロっぷりも、想定の範囲内だったってことかい。どうしたもんかとやきもきしてたのに、拍子抜けだね。どんなご命令なんだい?」
「お知らせなの。命令じゃないの。フルフルに伝えなさいって言われてるの」
「あたしが聞いてもいいのかい?」
「フルフル『だけ』って定義されてないから、問題ないの」
「そうかい」
マッコイは不可解な「開封指定」の存在に胸騒ぎを覚えた。七十二時間――三日間、待機する羽目になったらこれを開示せよ、と最初から伝えておけばよいだけなのだ。わざわざ時限式のメッセージなど使う必要が一体どこにあるというのか。
しかも知らせるよう指定している相手がフルフルだ。マッコイではない。
「聞かせとくれ」
「うん、読み上げるね――『一人、応援を送ります』だって」
「……そんだけかい?」
「追伸、ジルチナーダ・ステーションのVIP室で、たぶん、ピアノでも弾いていると思います。……以上なの」
「迎えに行けってことだね。いいさ、あたしがちゃちゃっと回収してくるよ。すっきり眠りたいからねぇ」
「むぅ……俺様の推理ぃ……」
「答え合わせはコロがしてあげるの」
「ちぇー……。査問、楽しみにしてたのに」
「だから査問ってーのはなぁ――」
フルフルの呆れ声を背に、マッコイは部屋を出た。
そして身支度と移動に要した十数分後、ジルチナーダ・ステーションのVIP室に、マッコイの「ぎゃあ」とも「ぐわぁ」ともつかぬ絶叫が、景気よく轟いた。
*****
マッコイが出ていった直後、フルフルがぷふー、と大きく鼻息を鳴らした。
「おいジェスター。さっさと答え合わせを済ませて出ていけ」
「ここでやっていいの?フルフル、眠いんだろ?」
「ふん、気を遣うならもっと早く遣えってんだ。おめぇがテウメッサ族の名に恥じぬ推論を構築出来てるかどうか、確かめてやる」
「出来てるもん!ナイジェルといっぱい考えたもん!あとフレデリコも」
「おまけみたいに付け足すなっつの」
「あとさ、そんな長くないよ。なぁナイジェル」
「一言で済んじゃうからね」
ナイジェルは苦笑と共に言い添えた。
「フルフルさん。解答は、隠されてすらいなかった。フレデリコも言っていたでしょう?『百年かけて』と」
「『今』のシュレディンガーだけを追っかけて考えちゃいけなかったんだ。百年前なら、前の前の……えっとー」
「三代前の、ヴィルヘルム様だ」
フルフルが助け舟を出した。
「そう、その人!」
「敬意を払え!」
「へぶっ」
フルフルが尻尾でジェスターを叩いた。
「ヴィルヘルム閣下がなさったこと。僕たちはそれを調べ直したんです」
「始まりの中に、動機と最終目的があるはずだもん」
「答え合わせをお願いします、フルフルさん。これから起こる『ヴィレン崩し』、それは――」
フルフルはエリーザに再びブラシを掛けられ、瞳を閉じた。ナイジェルとジェスターの語りを聞き流し、瞼の裏で現当主・ジークリンデとの会話を思い起こしていた。




