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*やぶのなかにいる*・1

マッコイはちょうど休息に入るところだったらしく、制服を脱ぎ、航宙保安省艦艇部隊用のジャージに着替えていた。〈ルサールカ〉をイメージした薄撫子色に、濃いピンクの三本線。第三艦隊専用のモデルだ。


「で? 我が王国民にあるまじき、他国侵略の思想に染まった馬鹿はどいつだい?」


どかりと筆記机に腰掛け、マッコイは四人と二尻尾――あるいは一尻尾と一台を睥睨した。 温度のない視線が順番に若者たちを貫いていく。


「こいつら全員だっつってんだろ。一人二人ならおめぇを呼ぶ前に、さっさと懲罰房に放り込んでる」

「こうなった以上、あんたたちを作戦に参加させるわけにはいかないよ。ルサールカで大人しくしててもらうしかないが――さて、どいつから査問いてやろうかね」

「お言葉ですが、マッコイ提督」


ナイジェルがプリシラ夫人仕込みの高位貴族らしい所作で、優雅に礼を執った。ふてぶてしいとさえ形容出来る態度だ。


「ヴィレンを壊すことと、侵略はイコールではありません。そうですよね?なぜなら――」

「ナイジェル。あたしがいいと言うまで、黙ってな。……ジェスター、あんたも後がいいだろう?」

「うん。俺様とナイジェルは、最後がいい!」

「了解しました。順番が来るまで、待ってます」


ナイジェルとジェスターはそれきり大人しく口を閉ざした。恐れや反抗の気配は全く無い。むしろフルフルとマッコイから得た反応こそが、「最後の検算」であると言わんばかりの心得顔だ。


「……話を聞くなら、エリーザからがいいと思うぜ。一番、断定から遠い口ぶりだったからよ」


フルフルはひょいと机に飛び乗り、マッコイの傍らで悠悠舒舒、毛繕いを始めた。先刻までの威圧感はどこへやら、これで自分の仕事は終わったとでもいうように。



――提督(マッコイ)に問われたる諜報員見習いE(エリーザ)の証言――



え?私から?別にいいけど……。一番考察が浅いっぽい扱いは、少し悔しいわ。

最初は誘拐事件の重要参考人、マヒルジャンの情報を精査してたの。すっごく気持ち悪いわね、あいつ。ったく、人物像のプロファイリングなんかするんじゃなかったわ。意味不明な「頑張りマウント」を、文筆家気取りで書き散らして。せめて誤字脱字くらいチェックしなさいよ。本当に気色が悪い。

あんなのを基準にするなら、世の大半の人間は比較にならないレベルで頑張ってるっての。なのに自分だけが努力してますーみたいな面してるから、誰からも共感されないのよ。


「……おいエリーザ、話が逸れてるぞ」


表現の自由には、セットで感想の自由がついてくるのよ、フルフル。


「マヒルジャンの中身なんざ、おが屑以下だろ。そっちはもういい。査問の主題から全力で離れてるじゃねーか」


……ごめんごめん、私としたことが。まあ、もし興味があっても読まないことを勧めるわ。得られるものなんて、微塵も無いから。

結局、そこで得た情報で役に立ったのは、マヒルジャンの現在地だけ。あいつにヴィレンまで来てもらって暴発させないと、そもそも囮捜査が成立しないでしょ?

だから、あいつがちゃんとヴィレンに向かってるかどうか、そのエリアの旅客船と貨客船の予約状況を〈ルサールカ〉のサブAIに追わせてたの。昨日やっとヴェルザンディを離れて帝国に戻ったところだから、こっちに来るまであと二日くらいかかるかもね。イーディスさんを追っかけてるはずなのに、何をぐずぐずしてたのかは、さっぱり不明だけど。


「あー……それなら、第二のカウロから連絡が入ってるよ。『ようやくヴィレン行きの情報を掴ませた』ってね。あいつも、馬鹿の取り巻きは馬鹿しかいなくて骨が折れる、なんてぼやいてたさ」


そうなんだ……。あまりに暇だったから、ついでにヴィレンに出入りする貨客船の積荷も洗ってみたのよ。あそこの取引はどうしたって物々交換限定になるでしょ?恒星間航行してまで、ヴィレンで手に入れたいものがあるのか、気になって。


「ヴィレンの特産品は『宝石』と『タイル』なんだぜ!タイルなんて重くて運ぶのがめんどくさいもんが特産って変だよな。だから稼げないんだと俺様は思う」

「ジェスター、しーっ」

「あ、ごめん」


ううん、いいのよ。私も変だと思うもの。宝石の方もその、胡散臭いところがあるのよね。特産と呼べるほどなら、大手の宝飾ブランドやジュエリーデザイナーが大々的に買い付けたり、出資して商社を噛ませたり、鑑別機関を置いて管理を固めてもいいはずなのに。そういった活動が一切見当たらない。惑星の性質から見て、採れないことはないはずよ。

だから逆に、出入りする貨客船が何を納入してるのかを調べたわ。正確には、何を運び入れたか、ね。物々交換でやり取りされてると、取引内容の詳細までは拾えないから。

そこで入手したデータからの推論を、フレデリコに検証してもらおうと思って、一緒にフルフルの部屋まで来たのよ。私の部屋じゃ駄目だっていうから。


「そら駄目だろ」

「ほーん、そういう経緯でこの俺がご指名を受けたんか。どんなデータ?」


フルフル、そこの壁に投影してもいい?


「好きにしな」


これと、これ……納入してると思われる素材のリストよ。フレデリコ、この組み合わせ、あなたはどう見る?



――諜報員見習いE(エリーザ)に問われたる宇宙工学部生F(フレデリコ)の証言――



だから!化学は専門外っつったじゃんか!一応考えてみるけどさ、あてにすんなよ?

む……んー?なんつーか、偏ってんな。んでもって、純度や配合率にあんま煩く無さそうな反応や置換を使いそう。現物で使う系の薬品や素材じゃねぇな。

トルヴィン変換あたりを中心に、芳香族カルボニルやピロール環の操作を組み合わせる形になると思うんだよな。


「そう?トルヴィン変換は同意するけど。私は芳香環のホルミル化とカルボニル導入かなって」

「はいそこまで。あたしに判る言語で話しとくれ」

「あ、ごめんマミィ。要するに雑に環を繋いだ巨大な分子を、副生成物お構いなしに生成してるんじゃないかって話。そうでしょ?フレデリコ」


薬学的っつの?繊細な条件で管理するような合成なら、もっと元の段階から精製すると思うんすよ。純度を担保するならそっちのが楽だしさ。エリーザさんが俺に見せた理由はそういうことじゃないっすかね。工業的大量生産か?みたいな。圧力どーん、強酸どばー、水じゃばー、なんて製薬じゃあんまりやらんでしょ。フルフルさんに聞けよって思わなくもないけど。


「俺ぁ化学系統にとんと興味がねぇんだよ。つかフレデリコ、お前ほんとに専門外か?」


うっかり取っちゃった工業化学IIがなかなかシビアで……軽く地獄っす。


「ドンマイ、フレデリコ」


くぅ……俺もナイジェルと同じ生物取っときゃよかったわ……。ちょっと待ってエリーザさん。捜査の途中で、っつってたよな。この臭そうな材料群って、もしかして――


「ヴィレンは、合成麻薬を作ってるかもしれない――これが私の見解。あの星には石油や石炭みたいな生物由来資源が無いから、芳香族原料の輸入自体はあり得る話ね。バイオマス資源はまだ環境の段階から構築中、外から持ってくるのが一番安上がりで簡単だもの。でも、こんなにメトキシ基やアルデヒド基がくっついた中間体の段階まで合成されちゃってたら、プラスチックにも転用できないし、第一、汎用性が無いわ」


ベンゼン系は有毒だもんなぁ。特にこの辺、規制対象だから誰がどれだけ持ち出してどこに置いてきたか、管理報告義務がある。取引自体は物々交換でも、「外」にデータが残留してたってわけか。さっすがエリーザさん。


「ずっと気になってるんだけど、どうして、私だけさん付けなのよ」


同い年で諜報員で、しかも有能じゃん?呼び捨てしにくいっつかさ。


「見習いだってば。でね、私の推測が的中してたら、自治権を剥奪されてもおかしくないでしょ?だから『捜査の途中でヴィレンが無くなっちゃうかも』と思ったのよ。……どうしたの、マミィ?そんな疲れた顔して」

「あー……うん……エリーザは侵略思想じゃないね。安心したよ」

「エリーザはもういいだろ、マッコイ。おい、フレデリコ。お前はどうなんだ」



――航宙保安官Fフルフルに問われたる宇宙工学部生Fフレデリコの証言――



……別に、俺たちが主体になってどうこうするって話じゃないんですよ。


「さっき『ぶっ壊す相談』つってただろうがよ」


俺たちはヴィレンをぶっ壊す道具っていうか?……ちょっと違うか。最後の一押しをする礫の中の一欠片?無数に用意されたドミノの起点?そんな感じだと思います。誰のせいで倒れ始めたか判らないように。死刑執行のボタン、あれに近い。どれか一つが当たりじゃなくて、こっちは全部当たりですけど。

最初はね、「壊さないように」用心深いのかと思ってたんすよ。

だって辺境伯閣下が打った手の――俺に見えてる範囲限定になるけど、その共通点は、ヴィレン統治階級を「ちょっとだけ」、でも確実につまずかせること。躓く方向には全然拘ってない。むしろ手当たり次第っつか。全然、意味が判らなかった。それじゃ何も「動かない」ように見えたから。

で、ふと思ったんす。……考え方を、こう、ひっくり返してみたっていうか。もしかして、「もう指先で最初の牌を倒すだけで事足りる」状態なんじゃねぇかなって。

大雑把なくせに、力加減だけは、何がしたいのか読めないくらい繊巧せんこうなんですよ。さっきまでの化学で言うなら、ホールピペットで中和滴定してるレベル。

なんだか「突き飛ばして派手に転ばれたら困る」――そんな風に見えたんです。他を巻き込まないように、用意しておいた落とし穴に追い込んでるんじゃないかって。支離滅裂っすね、すいません。

はっきり言いますね。ワダツミ重工は――いや、シュレディンガー辺境伯家は、ヴィレンを自滅させる気なんでしょう?王国と帝国の承認のもとに。

正直、百年もかけて何が欲しくてヴィレンを消そうとしてるのか……そこまでは、判りませんでした。目的は金や実権なんかじゃない。シュレディンガー辺境伯家がその気になれば、星系ごと買い取れちまうんだから。

閣下が作戦の全容を教えてくれない理由わけも、説明がついちまう。俺たちを、ただの『何も知らない礫』のままでいさせたかったんでしょうね。なんだかんだ過保護ですもん、あの人。

……でも、想定外だったんじゃないっすか? ジルチナーダでの待機時間が、予定より長引いちまったのは。もっと早くヴィレン入りするはずだったんでしょ?さっきエリーザさんが言ってましたよね。マヒルジャンが「ぐずぐずしてた」って。

あいつに待たされた時間のせいで、俺たちが余計なこと――つまり、この推理に辿り着くのを、閣下は防げなかった。マナー講習もご馳走も、作戦本体のためじゃない。『俺たちの注意を逸らすためのデコイ』だったんでしょう?元の予定じゃ、宇宙遊泳した後すぐ、ヴィレンに向かうはずだったんじゃ?

せっかく〈ルサールカ〉をぴかぴかに磨き上げたのに、三日もジルチナーダに停泊してるなんて不自然っすよ。

……俺はね、ヴィレンなんか無くなっちまった方がいいと思います。だってあそこの統治――いや支配体制って呼ぶべきですよね。知れば知るほどクソですもん。あの公爵領がマシに思えるくらい、酷いもんです。

だから最後の一石として、力加減を間違えたくないんす。俺がしくじったって、たぶん誤差の範囲だろうけど。

そうですよね?「作戦に参加させるわけにはいかない」――つまり、俺たちを参加させなくても、作戦要素の致命的な欠落にならないってことですから。


「……ベクトル場から全体のポテンシャルを割り出しやがったか。おい、マッコイ」

「ああ。こいつも侵略思想に汚染されたわけじゃないね」

「フレデリコはそんなこと、嫌いなの。侵略なんかしないの」


コロはフレデリコの足元に身を寄せ、尻尾で彼の脚をぺしぺしと叩いた。


「コロ、あんたからも話を聞かなきゃならないね。なぜ勝手に、ジルチナーダ・ステーションのサーバーに侵入したんだい」

「勝手じゃないの。コロはちゃんと、作戦通りに行動したの。命令を実行しただけなの」

「この作戦の全権を任されてるのはあたしだ。そんな命令を出した記憶はないよ。……あんた、ジオフェンス・メッセージで、閣下から直接、特別指令でも受けてるのかい?フルフル、あんた何か心当たりはあるかい?」

「無ぇな。フレデリコ、コロに誤認されるような発言を――」


びたん、とコロは尻尾を床に叩きつけた。


「フレデリコに駄目って言われたことは、してないの」

「ちょいちょい暴走しそうなコロを止めた覚えしかないっすね」

「コロは命令系統を理解できるの。与えられた命令を実行しただけなの」

「ますます意味が判らないね……」


ナイジェルは考え込んでしまったマッコイの前に進み出て、小さく挙手した。


「……ナイジェルか。いいよ、発言を許可する」

「ありがとうございます。……コロ、二つ質問するね。その命令を君に与えたのは誰かな?答えられる?」

「フルフルなの。口止めされてないから答えられるの」

「俺ぇ?」


フルフルの声が裏返った。コロを除いた全員が、ぽかんと口を開けた。


「うん」

「……俺……だと……?」

「うん」


後日、ナイジェルはこう語った。

狐が「狐につままれた顔」をすることもあるんですね、と。

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