第五話 オメガバになりそうでならない
第五話 オメガバになりそうでならない
野生動物がたくさんいる地域では、ありとあらゆる哺乳類を片っ端から捕まえて個体識別して細胞を採取してリリースしている。全部を保護することは不可能だから、子孫を残さずに死んでしまうとわかっていても、野生のままにしておくしかない。動物園や牧場の動物の細胞も採取しているが、それでは少なすぎる。極力たくさんの遺伝情報を保存しなければ、種は滅ぶのだ。
ましてやクローン。
クローニングはオリジナルの遺伝情報をそっくりコピーするはず、なのに、再クローニングしていくとコピーミスをする。ミスはするけれど、修復はしない。雌雄繁殖でなければ、遺伝情報のコピーミスを修復しない。つまりクローンは、世代を重ねれば重ねるほど、遺伝情報が脆弱になっていくのだ。
それでも動物は、同性生殖した。同性生殖から生まれた個体は、わずかながらコピーミスを修復している。
「やっぱりクローニングは自然交配には敵わないのだな」
人類はまだ、雌雄はもちろん、同性でも、繁殖しない。
クローニングするしかない。
「動物以下だな」
いや、それをもってして動物以下、って断じられるのは、人間としてどーよ、と、タカユキは思ったけれど、現実問題としてクローニングでしか次世代を生み出せないままである以上、生物として最弱と言って、過言ではない。
クローン動物のオスが同性生殖していることに触発されたのか、メスと、それから人間のクローンの女にも、変化が現れ始めた。同性生殖で生まれた幼体のお世話をする個体が現れたのだ。
「自分で産んだのではないのに、健気なものだな」
「やっぱりメスの本能なんですかねえ」
戦前、人間は、育児放棄をする母親が増えて社会問題化した時代があった。人間よりも動物のほうが母性愛があるんじゃないか、そういうところも動物のほうが上じゃね? と思ったけれど、言ったら怒られそうだから、タカユキは言わなかった。
幼体のお世話をするようになったクローンの女と動物の中から数体を選んで再クローニングした。
それらが成長してから検査したところ、妊娠出産能力が復活した個体がいた。ただし、妊娠出産機能にかなり個体差があった。犬や猫のクローンのメスも妊娠出産機能がまちまちだったが、人間のクローンも、卵子が成熟しても生理があったり無かったり、卵細胞が成熟したりしなかったり、生殖能力に大きな個体差があるのだ。さらには気分のムラが極端で、性行為に応じたり拒絶して暴れたり、それも厄介だった。
クローン体の女の個体差や気分に配慮して雌雄による自然繁殖を目指すのは、メス化した男とそれに反応する男の組み合わせよりも時間や手間暇がかかったが、それでも研究者たちは有性生殖による自然繁殖を最優先とした。合理主義者である研究者たちの中には同性愛者だった者がまったくいなくて、雌雄生殖、有性生殖を絶対視してきた、つまり異性愛至上主義である研究者たちは、同性愛を忌避し、同性生殖を行うクローン体をオリジナルの人間とは区別すべきだと思った。
オリジナル体とクローン体を区別するために、クローン体は人間であっても動物のようにオス、メスと呼称していたのだが、人権団体が口喧しく抗議してきたため、クローン体の男でメス化して妊娠出産機能を獲得した個体をオメガ、オメガを妊娠させる能力がある個体をアルファ、オメガを妊娠させる能力が無い個体をベータと呼称することにした。
「メス化とは言っても外見が変わるわけではないからな。そこをしっかり区別しなければなるまいよ」
ヒトミは喜んだ。
「オメガバ! オメガバだわ!」
BLのマンガや小説の特殊設定であるオメガバースがリアルになった! と、ヒトミは歓喜したが、わかってくれる同好の士は、研究所にはいない。
「オメガバってなんだ?」
「さあ・・・?」
人間のクローン第零世代が、十八歳になった。
自然繁殖は、数例は成功したけれど、大半の男には性欲が無いし、第零世代では女は卵細胞が成熟しない。排卵もしない。幼体のお世話をするようになった個体のクローンでも、生殖のための同衾を嫌がるものがほとんどだった。
そんな中、ひとつだけ、注目すべきトピックがあった。
クローンではないオリジナルの精子と、クローン女性から採取してホルモン剤で強制的に成熟させた卵子の人口受精に成功したのだ。一ヶ月ほどですべて死滅してしまったが。
「自然繁殖を復活させるためには、クローンではないオリジナルの細胞のほうが可能性が高いということか?」
クローンとクローンを交配させるより、クローンとオリジナルのほうが、コピーミスが修復される可能性も高いかもしれない。
今、クローンではないオリジナルの人類でもっとも若い世代は、十代だ。
二十代から四十代のオリジナル体の男性が、クローンの男でメス化して生殖能力を得た者、便宜上通称『オメガ』を妊娠させることが、クローニングではなく自然交配で人間を増やす最短の方法ではないかと研究者たちは仮説を立てた。
しかし、もともと同性愛者ではないオリジナル男性は嫌がるし、オメガは同じクローン体の男性である便宜上通称『アルファ』を性交相手として求め、オリジナル体を嫌がる。仕方が無いので人工授精や体外受精で、オリジナル男性の精子を使ってクローン男性オメガを妊娠させた。
結果、生まれた個体はやはり、遺伝子のコピーミスが少しずつ修正されていた。
「やっぱりクローニングよりも自然交配のほうが種の保存には有益なんだな!」
「BLばんざい! 同性愛ばんざい!」
かつて世の男達はBLや同性愛を差別して忌避、侮蔑していたのに、礼賛、称賛する日が来るとは思わなかった、と、タカユキは思った。




