第四話 オススメはワニの尾肉
第四話 オススメはワニの尾肉
女性たちは沸き立つ者と顔を顰める者に別れた。
「BLが現実になるの?!」
「漫画のBLとリアルゲイは別物でしょう?」
しかし共通項目として、女性だけが子どもを産むのではない、という部分だけは確かだ。産みたくても産めなくなったのだから、喜ぶわけにはいかないわけだが。喜んだり顔を顰めたりしているのは、フィクションでしかなかったBLが現実になるかも、ということに対してであって、産めなくなったことに対してではない。
もっとも、男達に性欲が無くなったので世の中から痴漢やレイプという性犯罪がすべて無くなったのは、喜ばしいことだろう。そういう危険が無くなった今、夜の巷は戦前とは比べ物にならないほど平和になった。酒を飲んで酔っ払って路上で寝ていたとしても、貞操の危険は無い。痴情の縺れによる殺人事件なども、無くなった。
もちろん、貞操の危険が無いからといって路上で寝るわけではない。財布やスマホを奪われる危険は、無くなっていないのだから。
きちんと節度を持ってアルコールを愉しむ。
畜産が成り立たなくなった今、食用の肉の主流は鶏肉と爬虫類や両生類の肉である。牛肉と豚肉はクローンオンリーだ。豚肉はそこそこ出回っているが、牛肉は潤沢に流通しているというほどではなく、とても高価だ。オリジナルを殺して食用にすることは法律で禁じられているが、天文学的な金を払って違法に残り僅かなオリジナルを食すクソのような金持ちも、世の中にはいるらしい。
しかし、研究者たちは知っている。金持ちが法外な金を払って違法に喰っているオリジナルの牛肉は、大事に大事に管理され細胞を提供して長生きして天寿を全うして死んだ個体のなれの果てだ。戦前、普通に出荷されていた牛肉は若くてやわらかい肉だったが、今、違法に高額で取引されているオリジナルの牛肉は、年老いて硬くなった、しかも天寿をまっとうして死んだ後に解体された肉なのだ。そんな出がらしのような肉をオリジナルだからと高い金を払って喰っている金持ちを、研究者たちはせせら笑っている。まあ、経済がまわるのはいいことだから、せいぜい金を使って老衰して死んだ硬い肉を喰っていればいい。
「かんぱ~い!」
タカユキの同僚であるヒトミは、今日も同僚とビールジョッキで乾杯した。彼女の好物は塩味の焼き鳥だ。
「ねえ知ってる? 戦前はやわらかくて美味しい牛肉を育てるために牛にビールを飲ませていたんですって」
「え、本当?」
同僚のアキエの好物は、ワニ肉のステーキである。クロコダイルの尾肉がオススメだと言う。
哺乳類以外の生物、つまり卵生の生物はあの戦争で使われた遺伝子兵器の影響を受けなかったので、古式ゆかしく自然繁殖で生存している。カモノハシはどちらなんだろう、今度の休暇にオーストラリアに行ってみようかと、ヒトミは計画している。
ワニは人気食材の一画を占めていて、ワニ牧場がこの五年で三十倍に増えた。
「犬や猫や豚は同性生殖で妊娠出産したんでしょう?」
「人間も早く同性生殖するようになるといいわね」
アキエとユミコはそう言って、ヒトミを見る。ヒトミとユミコは以前は仲が悪かったが、今ではそんなにでもなくなった。
「ヒトミは腐女子でしょう? どーよ? BLがリアルになったら嬉しい?」
「えー、ビミョーかも」
「やっぱりイケメンに限る、ってこと?」
「そこはテッパンでしょう」
ブサメンのBLなんて論外、と切って棄てる。
「それにこんな世の中ですもの、ブサメンはクローニングしなくてもよくない?」
当然のことだが、ブサメンのクローンはブサメンである。クローンには人権が無いので、美容整形でイケメンになることもできない。
「俳優の○○の細胞が、A26細胞センターにあるらしいわよ?」
「え、マジ? クローニングさせてほしい!」
「あの俳優、整形でしょう? クローニングしてみたらブサメンだったら、どうするの?」
「やっぱり天然もののイケメン俳優もしくはモデルじゃないとね」
「モデルの××の細胞ならG77細胞センターに伝手があるから頼めるけど」
「う~ん、好みじゃないのよね」
腐女子であるヒトミの好みのイケメンは、なかなか難しい。




