第三話 BLになりそうでならない
第三話 BLになりそうでならない
七年が経過した。
マウスとヒツジ、犬と猫と豚は比較的早い世代で、クローンから自然繁殖が成功したようだった。いずれも安産や多産を謳われる動物だ。他にもウサギや山羊、キツネやタヌキなど小型から中型の動物で、自然繁殖が復活した。
いっぽう、人間と、牛や馬、象やキリンなど大型の哺乳類は、クローンから自然繁殖ができないままだった。いずれの動物も、クローン体の雌雄を一緒にしておいても、生殖活動をしないのだ。人間や大型動物のクローン体は、生殖本能が発生しないようだった。
研究者たちが根気よく観察を続けてみると、クローンから自然繁殖に成功した犬や猫は、雌雄で繁殖したのではなかったことがわかった。オス同士で交尾繁殖していた。クローンのオスの個体のなかの数体が変化して妊娠出産能力を会得したらしい。
「なんということだ・・・」
「雄性先熟か?」
「いや、違う」
研究者たちは最初、クマノミなどの魚類に見られる雄性先熟という生態と同じ現象が起こっているのかと推察した。雄性先熟とは、生まれた時には全ての個体がオスとして成熟し、成長や群れの中での順位変動などの社会的要因をきっかけにメスへと性転換する。群れの中でもっとも身体が大きくなった個体がメスになり、二番目に大きな個体と繁殖するものだ。
「雄性先熟じゃないよ。犬でも猫でも、大きな個体はオスのままだ」
観察した結果、むしろ大きな個体ではなく小柄な個体がメス化しているようだった。
「個人的な見解だが、比較的小さくて可愛い個体がメス化しているように見受けられる」
さらに観察を続けると、メス化した個体にはわかりにくいものの発情期があることがわかった。また、発情したメス化個体に対して繁殖行動を起こすオスにはある特徴があり、その特徴をもたないオスはメス化したオスに対して無関心であることがわかった。
それよりも驚いたことがあった。
メス化した個体が産んだ仔犬や仔猫の遺伝子を調べてみると、オリジナルでは兵器によって損傷した遺伝子が、僅かながら修復されて正常に近くなっていることがわかった。きちんと作動するのかどうかは成熟してから後の再調査と実際に繁殖させてみるまで待たなければならないが、クローン同士が同性生殖をした結果として雌雄生殖の復活が可能になるかもしれないことに、研究者たちは茫然とした。
もしも人間もそうなったら。
『アダムとイヴ』ではなくて『アダムとアダム』から、新しい人間の歴史が始まることになる、・・・かもしれない。
「人間のクローンも、同性同士だったら自然繁殖するのかな?」
オリジナルでもクローンでも、人間はマウスや犬猫に比べて成熟するのに時間がかかる。大型哺乳類もだ。人間の場合、体細胞を採取できるのは十六歳からと決められている。細胞が分裂増殖して赤ん坊になるまでの十月十日と合わせて、ざっくり計算で十七年後でなければ、クローン体から細胞を採取してまたクローンを作る『再クローニング』はできないし、自然交配実験は十八歳になってからと定められている。
十七年を二十六世代で四百四十二年、それまでに自然交配が復活しなければ、クローニングの成功率が減少に転じる。十七年を五十八世代で九百八十六年、それまでに自然交配が復活しなければ、クローニングもできなくなる。
「まあ、実際にはべらぼうな数の細胞が保存してあるから、それをクローニングしていけばいいわけで、九百八十六年後にスパッときれいさっぱり滅亡するわけじゃないだろうけどさ」
自分達の存命中に滅亡するわけじゃない。だからタカユキたちは、わりとお気楽である。各地の細胞保管庫にはオリジナルの細胞が大量に保管され、その数は日々増えている。それをクローニングできる間は、人類と哺乳類は滅亡しない。理論上は、しない。
しかし、細胞保管庫に事故が起きて大量の細胞が失われたら。
自然交配が復活しなかったら。
人類は、哺乳類は、絶滅するのだ。
雌雄生殖なら自然の営み、クローニングは科学技術の結晶である。雌雄生殖でもなくクローニングでもなく同性愛で子孫が生まれるなんて、と、科学者たちは苦虫を噛み潰したような顔になったが、滅亡を食い止めるためには四の五の言っていられないので、同性生殖についても進行させることになった。
タカユキはリリーちゃんをナデナデしながら問うた。
「ねえリリーちゃん、猫のオス同士で繁殖したら、どう思う?」
猫にBLという概念は無いだろう。しかし研究所では、オス同士で自然繁殖し、メス化したオスの猫が子どもを産んだ。
「にゃあーん」
「そうだよねえ、びっくりだよねえ」
リリーちゃんのにゃあーん、の意味を正確にはわからないのに、タカユキは勝手に、自分に都合のいいように解釈する。
タカユキは童貞のまま終戦を迎えて性欲が消失した。そのまま歳月が経過したので、戦前だったら魔法使いと呼ばれていただろう状態である。
同じようなオリジナル男性はたくさんいる。魔法が使えるわけではない魔法使いが、これからどんどん増えていく。
なぜなら動物とちがって、人間のクローンはまだ同性生殖をしない。そもそもまだ成熟していない。
もしも。
もしも突然変異で性欲のある個体ができて、女のクローンを妊娠させることができたら、そのほうが魔法使いなんじゃないか、と、タカユキは思った。
十八年後。
成長した人間のクローンの男同士で繁殖するかをみる実験が始まった。数人を一カ所に集めてしばらくの間、共同生活をさせた。
「さあ、がんばって繁殖してくれたまえ」
研究者たちは期待に目をキラキラさせて観察していたが、クローンの男達は、言葉は交わすものの、身体的な接触はいっさいしなかった。




