第二話 クローン第零世代
第二話 クローン第零世代
かつて世界最初のクローンヒツジが死んだ時、クローン生物はテロメアが短くて、寿命が短いとされた。
しかし、それは間違いだった。あの後、クローン生物でもテロメアは普通に長くて、オリジナルの平均的な寿命と同じくらいの長さの寿命であると証明された。
「でもさあ、クローン作製には世代限界があるはずだろ?」
「世代限界?」
クローンの体細胞から再びクローンを作る『再クローニング』を繰り返していくと、第二十六世代以後は成功率が低下し、第五十八世代目で限界に達することが、マウスでは判明している。遺伝子変異の蓄積により、無期限にクローンを作製することは不可能であることが科学的に証明されているのだ。世代を重ねるたびにDNAのコピーミスなどの変異が修復されず指数関数的に蓄積し、生存に不可欠な遺伝子が機能不全に陥ってしまうのだ。
「人間でもか?」
「人間での研究は行われていなかったから、マウスと同じかどうかはわからないよ」
その限界世代が来る前に、自然繁殖を復活させなければならない。
研究員たちは動物と平行して自分たちの体細胞でクローンを作っている。
自分達だけではなく、一般から提供された体細胞を保存して、順次クローニングしていく。
マウスは三か月で成体になるが、人間は成体になるのに長い時間がかかる。だから、世界中どこの国でも細胞を提供することが国民に義務付けられた。少しでも多くのオリジナルの人間と哺乳類の細胞を保存しておかなければならないのだ。
政府はクローンの元になる人間や動物の細胞を保存しておくための施設を各地に設けた。当初は巨大なものをひとつだけにして国が管理しようとしたが、万が一そのたったひとつの施設になにかあったらすべての保存細胞が消滅してしまう。そうしたら取り返しがつかないと学界や世間から袋叩きにされて、各地に保存施設を設置した。
クローンに関する法を整備し、人々に献血と同じように献細胞を促す、キャンペーンをした。
その法律によると。
クローン人間に人格や人権は認められず、細胞提供者に所有権も認められない。
あくまで、正常な雌雄生殖による人間や動物の自然繁殖が復活するまでの『つなぎ』として、クローン人間を作る。労働を担わせる。また、クローンを成育する『母胎』として利用される。人工子宮も使われているが、生体内での育成と人工子宮での育成の違いを見るために使われる。
クローン第零世代は、生まれる前から既にそう定められた。
田中タカユキはまだ若い研究員である。
今日も一日中、培養中の細胞を観察したり記録をつけてパソコンの画面を睨み、電子顕微鏡を覗き込み、一日が終わった。
毎日毎日、同じことの繰り返しだ。
眼精疲労が酷い。
アパートに帰りつくと、タカユキはすり寄ってきた飼い猫のリリーちゃんを抱き上げた。
「リリーちゃん聞いて~。今日、ヒトミちゃんから卵子の成長を助ける卵丘細胞を採取して、あらかじめDNAがある核を抜いたユミコちゃんの卵子に核を移植したんだけどさあ~」
ヒトミとユミコは、同じ研究所で働いている同期だ。
体細胞を提供しあう仲間。それ以上でもそれ以下でもない。
「にゃあーん」
見上げて愛らしい声でお返事してくれるリリーちゃんを、タカユキはぎゅっと抱きしめた。
「ヒトミちゃんってば、なんて言ったと思う? キモチ悪い、って、こう、眉間に皺を寄せてさあ、汚物でも見るみたいな、さも嫌そうな顔で言ったんだよ! 酷いと思わない?」
「にゃあーん」
タカユキは知らなかった。ヒトミとユミコは、実は仲が悪いのだ。
ヒトミと仲がいいのはアキエである。ヒトミはアキエの卵子を使ってほしいと言ったのにユミコの卵子を使ったから怒ったのだが、タカユキはわからない。
それだけではない。ヒトミはグロイものを見て気分が悪いからと言って、アキエと気分転換に飲みに行くと言って、行ってしまった。
「にゃあーん」
可愛く鳴いてすりすりしてくるリリーちゃんの細胞も、すでに採取済である。そのうち、クローニングする時が来るだろう。




