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第6話:溶けた偶像(中編)

第三章


百合子は錆びついた扉を開け、漆黒の館へと足を踏み入れた。

「佐野百合子様……ですね。お待ちしておりました。私、ノワールと申します。どうぞお掛けください」


重厚なベルベットの椅子に座った百合子は、震える声で呟いた。


「最初は、ちょっとした嫌がらせでした…。物を隠されたり、陰口を言われたり。でも、どんどんエスカレートしていったんです。イジメは周りの目が届かないところでされるので、証拠もありません……」


「……美絵は成績もいいし、先生たちの評判もいい。読者モデルまでやってます……。何もない私が訴えても…先生たちは聞く耳すら持ってくれませんでした」

屈辱と無力感に、百合子は嗚咽を洩らした。


「美絵は…あいつは、私の全てを、遊び半分に踏みにじって奪って行きました…!あいつだけは、絶対に許せないっ!」


「なるほど。相手にとって、貴女は『退屈を紛らわせる玩具』に過ぎなかったのですね」

ノワールはヴェールの奥で、微かに目を細めた。


「いいですか、百合子さん。人間は序列を付け、差別を愉悦とする生き物です。貴女は相手が貼り付けたレッテルを、甘んじて受け入れてしまったのが現状です。その心の甘さを、今後捨て去る覚悟はありますか?」


百合子は、屈辱に打ち震えつつも、強く頷いた。



第四章


「……では、私から三つの道を指し示しましょう」

羅針盤の針が出鱈目に跳ね回り、金属の摩擦音が響いた。


「一つ目は、暴力。貴女自身で、相手が一番誇りとしている美貌を徹底的に破壊しなさい。相手は絶望し、貴女は尊厳を取り戻す。しかし貴女は逮捕され、後の人生を踏み外すでしょう」


「二つ目は、逃亡。今すぐ転校するのです。加害者たちとの接点がなくなる事で、貴女は安息を得るでしょう。ただ、貴女の絶望と人間不信は、後の生涯を苛むでしょう」


「そして三つ目。…報復。相手が拠り所にしている全てを根底からへし折り、再起不能にさせる。貴女が屈辱に満ちた日常に戻り、自らの手を汚す「業」を負う覚悟があるのなら、この道を選びなさい」


「…もう、外に出るのも、人と会うのすら苦痛です……。私は、二つ目の道がいいのかもしれません…」

羅針盤の針が乱れ、不協和音を奏でる。


「…どうやら二つ目は、貴女の本心では無いようですね。貴女は最下位のカーストに甘んじてい過ぎた為に、自らの心を閉ざしている」


ノワールは棚から、毒々しい紫のボトルを一瓶取り出した。

グラスに注がれたその液体は透明だったが、まるで人間の醜悪さが滲み出ているような不快感を伴っていた。


「これは『嫉妬のジン』。持たざる者が飲めば、持つ者への嫉妬と妬みが燃え盛る。その炎が、貴女本来の道を指し示すでしょう」


百合子が、震える手でグラスを持ち、ジンが喉を通った瞬間…。

今までの屈辱が鮮烈に蘇り、 美絵への嫉妬が、憎悪が、止め処もなく燃え上がった。

視界が赤く染まり、心臓の鼓動が耳元で爆音のように鳴り響く。


「あいつだけは、絶対に許さない…三つ目を選びます…!あいつを再起不能に出来るなら、「業」なんて幾らでも背負ってやる…!」

百合子は、三つ目…「報復」の道を選んだ。

羅針盤の針が一際高い音を立て、止まった。



第五章


翌日、百合子の元に宛先不明の小包が届く。

禍々しい漆黒の小包…。ノワールからの物だと、一目見て分かった。

開封してみると、いつも美絵が使っている高級ブランドの化粧水だった。残量はあと僅か、数回分という量を残すのみだった。


添付された用紙には、

『この化粧水を、相手の物とすり替えなさい。しかしこれを実行した瞬間から、あなたは相手を地獄に叩き落とす『加害者』となります。その重みを受け入れられる場合のみ、実行なさってください』


また、もう一つの袋には別の機器と、詳細な指示が添えてあった。


「これが『業』…でも、もう泣き寝入りはしない。あいつらだけは絶対に許さない…!」

百合子の心に迷いは無かった。


体育の授業中、百合子は更衣室が無人であるのを確認すると、美絵のロッカーにある化粧ポーチを開いた。

そこには、寸分たがわぬ量の化粧水が入っていた。

(なんで…美絵の化粧水の量まで分かってたの……?)

百合子は、ノワールの底知れなさに戦慄を覚えつつ、すり替えを実行した。

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