第6話:溶けた偶像(前編)
黒の審判 第6話
溶けた偶像
序章
「……『嫉妬』とは、人間誰しもが持つ自然の理であると共に、醜さの一つでもございます。
持つ者はそれを誇り、持たざる者はそれを引き剥がさんとする愚者となる。嫉妬の前には、良心や道徳は色を失い、時に激しい牙を剥く」
キイ……キイ……キイ……。
妖しく光る羅針盤の針が揺らめき、微かな音を立てる。
「天より二物を授かり、女王のように振る舞う者と、それにかしずき尊厳まで奪われた者。…さて。今回のお客様は、自身の嫉妬で身を焼かれ始めた事に、ようやくお気付きになられたようです」
羅針盤の針が、凍りついたような音を立てて止まった。
第一章
「ねえ、百合子。さっきの授業のノート、見せてくれる?」
スクールカーストの頂点、藤森美絵が、取り巻きの男子たちを従えて佐野百合子の前に立った。
その整った顔立ちには、慈悲など微塵も感じられない、歪んだ愉悦が張り付いている。
「あ……うん、これ……」
百合子が震える手で差し出したノート。
美絵はそれを指先でつまみ上げると、中身も見ずにゴミ箱の上で手を離した。
「あはは! ごめーん、手が滑っちゃった。でもいいじゃない、あんたの書く字って、ジメジメしてて見てると不幸になりそうなんだもん。……あ、そうそう」
美絵はわざとらしく、自分の最新スマートフォンの画面を百合子の目の前に突きつけた。
「見てよこれ。あなた見覚えあるでしょ?」
画面には、百合子が初めて出来た彼氏が、美絵の肩を抱いて鼻の下を伸ばしているのが映されていた。
「なん…で…?裕太くんが…?」
百合子の愕然とする様を見て、美絵が腹を抱えて笑い出す。
「そうそう、その顔見たかったのよね!ドッキリ大成功♡私に乗り換えた途端、彼、泣いて喜んでたわよ。…ま、昨日こっぴどく振ってあげたけどね。だって、あなたの残り香がする男なんて、生理的に無理なんだもん」
「…どうして……こんな、ひどい……」
美絵は一歩詰め寄り、百合子の長い髪を指に絡め、ぐいと引き寄せた。
「あのね、百合子。世の中には『持ってる人間』と『持たざる人間』がいるの。あんたは私の退屈を紛らわせるために存在してるのよ。……ねえ、みんなもそう思うわよね?」
背後に控える男子たちが、下卑た笑い声を上げる。
美絵はその反応に満足げに頷いた。
百合子にとって、学校生活は地獄に等しかった。
第二章
放課後の教室。
遂に常軌を逸したイジメが、一線を超えた。
部活動へ向かう生徒たちの喧騒が遠ざかり、重苦しい静寂が漂う中、美絵の甲高い笑い声が、百合子の鼓膜を刺す。
「百合子、今日は彼氏くんを奪っちゃったお詫びをしてあげるわね。みんなが、あなたと遊んでくれるって言ってるの。…たっぷり楽しんでね」
取り巻きの男子たちが、下卑た笑みを浮かびながら百合子に迫る。
「い、嫌…!…止めてっ!」
逃げようとするも、男子に羽交い締めにされ、口に雑巾をねじ込まれる。
「むぐっ?……むうぅ…!」
必死に叫ぼうとするたび、汚水に濡れた布が舌を押し潰し、声がくぐもる。
涙を流しながら嗚咽を漏らす百合子に、男たちが近付いていく。
「あんたみたいな地味な子が、絶望する瞬間ってどんな顔なのかしら?……最高の思い出を、動画に撮っておいてあげるわね」
美絵はスマホを揺らし、獲物を追い詰めた猛獣のような瞳で笑った。
その日百合子は、複数の男たちによって、筆舌に尽くし難い辱めを受けた。
女性としての最低限の尊厳すら、遊び半分に引き裂かれた。
百合子は耐え難い恥辱と、身体中に走る痛みを堪えながら、薄汚れた服の乱れを直す。
ふと目をやると、漆黒の手紙が、彼女の机の上に置かれていた。




