第60話 均衡は万能ではない
進軍の音は、静かだった。
夜明け前。
霧の中を、均衡機構の軍が進む。
旗は七つ。
だが掲げられている紋章は一つ。
重なり合う円。
均衡の印。
*
レオナは馬上から前を見ていた。
「進軍速度、維持」
「接敵まで二刻」
短い報告。
軍は無駄がない。
選挙とは違う。
迷いがない。
*
一方。
レギオン。
均衡評議会室。
誰も座っていない。
全員が立っている。
ただ一つの水晶を見ていた。
現地の映像。
*
カミラが言う。
「これが……」
言葉が続かない。
彼女は分かっている。
これは必要だった。
だが。
それでも。
*
エルミナが小さく呟く。
「市場は安定する」
それは事実。
戦争が始まれば、不確実性は減る。
だがそれは――
代償の上に成り立つ。
*
サディーク。
「航路は守られる」
リュネ。
「……祈りが必要です」
カイエル。
「制度の限界です」
それぞれが理解している。
だが受け止め方は違う。
*
イリスは何も言わない。
ただ見ている。
*
ルクサリア北部。
エリアナは軍の到着を見ていた。
均衡機構の軍。
敵ではない。
だが味方でもない。
その曖昧さが、最も怖い。
*
「……来た」
誰かが呟く。
兵たちがざわめく。
公女派の兵も、民も。
誰もが迷っている。
*
レオナの軍が前に出る。
整然と。
無駄なく。
そして。
「武装解除を要求する」
声が響く。
冷静で、感情がない。
それが軍だ。
*
一瞬の沈黙。
その後。
公女派の兵が、ゆっくりと剣を下ろした。
一人。
また一人。
そして。
広がる。
戦いは、起きなかった。
*
レギオン。
カミラが息を呑む。
「……止まった」
エルミナが言う。
「市場は回復する」
サディーク。
「航路も」
リュネは目を閉じる。
静かな祈り。
*
だが。
報告が続く。
「南部」
「王弟派、抵抗継続」
空気が変わる。
レオナが低く言う。
「そっちは違う」
*
南部。
グラントは立っていた。
彼の前には、均衡機構の先遣隊。
そして。
彼は剣を抜いた。
「来い」
一言。
迷いはない。
*
戦いが始まる。
短い。
激しい。
そして。
血が流れる。
*
レギオン。
その映像が映る。
誰も言葉を発しない。
ただ見る。
これが現実。
*
カミラが小さく言う。
「これが……制度の答え?」
誰も答えない。
*
イリスは静かに言う。
「いいえ」
全員が彼女を見る。
「これは」
一言。
「途中です」
*
彼女は続ける。
「均衡は」
「完璧ではない」
「失敗もする」
「間違いもする」
静かな声。
だが強い。
「それでも」
一歩前に出る。
「最悪を防ぐ」
*
沈黙。
誰も否定しない。
*
その時。
新たな報が届く。
「南部戦線」
「グラント、撤退」
空気が変わる。
レオナが言う。
「……終わったか」
*
だが。
次の一報。
「グラント、逃亡」
沈黙。
そして。
カイエルが言う。
「終わっていません」
*
イリスは窓の外を見る。
レギオンの空は静かだ。
だがその下で。
何かが動いている。
「均衡は」
小さく呟く。
「万能ではない」
*
地下牢。
オルディスは笑っていた。
「いい」
低い声。
「勝ったな」
誰に対してかは分からない。
だが彼は確信している。
「均衡は」
一言。
「穴だらけだ」
そして。
「そこから崩れる」
*
ルクサリア。
戦いは一旦終わった。
だが。
選挙は終わっていない。
王は決まっていない。
グラントは消えた。
そして。
均衡機構は。
まだ試され続けている。
――ここからが、本当の始まりだった。
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