第57話 信仰が火種になる
石が投げられた。
乾いた音が広場に響く。
次の瞬間、誰かが叫んだ。
「異端だ!」
怒号が一斉に広がる。
ルクサリア北部、臨時投票区。
まだ投票は始まっていない。
それでも人は集まり、すでに対立していた。
*
白い布を巻いた信徒たちと、
黒い印を掲げた別派の群衆。
互いに睨み合い、距離はわずか数歩。
間に立つのは、均衡機構の監視官。
「下がれ!」
声を張り上げるが、誰も聞かない。
宗教は、命令では止まらない。
*
次の石が飛んだ。
今度は誰かの額に当たる。
血が流れる。
そして。
均衡は崩れた。
*
殴り合いが始まる。
悲鳴。
怒号。
逃げる者。
踏みとどまる者。
祈る者。
そして。
燃え上がる者。
*
「鎮圧しろ!」
現地監視官が叫ぶ。
だが兵は動けない。
命令がない。
均衡機構の原則。
軍は介入しない。
まだその段階ではない。
*
その報はすぐにレギオンへ届く。
「宗教衝突、発生」
円卓が静まる。
カミラが言う。
「予想通り」
リュネが目を閉じる。
「……早すぎる」
エルミナ。
「市場も反応する」
サディーク。
「難民もさらに動く」
レオナが低く言う。
「選挙は止まるな」
*
イリスは一言。
「現地へ」
全員が顔を上げる。
「誰が行く」
短い沈黙。
リュネが立ち上がった。
「私が行きます」
空気が変わる。
神権国家の大巫女。
宗教対立において最も影響力を持つ存在。
*
レオナが言う。
「危険だ」
「分かっています」
リュネは静かに答える。
「ですが」
一歩前へ。
「これは剣では止まりません」
沈黙。
その通りだった。
*
カイエルが言う。
「同行者が必要です」
カミラ。
「公開性のため、私も行く」
エルミナが笑う。
「市場も見ておかないとね」
サディーク。
「資源も絡む」
レオナ。
「護衛は私が出す」
短時間で決まる。
均衡機構の現地介入。
初の“直接行動”。
*
ルクサリア。
衝突は拡大していた。
投票所は破壊され、
旗が燃え、
祈りの場が踏み荒らされる。
信仰は、最も強く、最も壊れやすい。
*
エリアナはその中心に立っていた。
「やめて!」
叫ぶ。
だが誰も止まらない。
彼女の声は届かない。
公女でも、信仰の前では無力。
その時。
鐘が鳴る。
異様なほど静かな音。
全員が一瞬だけ動きを止める。
*
白い衣の女が歩いてくる。
リュネ。
大巫女。
その存在だけで空気が変わる。
彼女は言う。
「祈りは争いのためにあるのですか」
静かな声。
だが重い。
群衆が揺れる。
*
「神は争いを望むのですか」
誰も答えない。
それは答えられない問いだった。
*
リュネはゆっくり言う。
「信仰は人を救うためにある」
「殺すためではない」
沈黙。
怒号が止まる。
完全ではない。
だが。
確実に熱が下がる。
*
カミラがその様子を記録する。
エルミナは市場の反応を確認する。
サディークは補給路を確保する。
レオナの兵が周囲を抑える。
均衡機構が動いている。
人の上にではない。
人の間に。
*
エリアナはその光景を見ていた。
そして理解する。
これは王ではない。
制度だ。
*
だがその夜。
新たな報が入る。
「南部」
「王弟グラント、選挙無効を宣言」
円卓が凍る。
レオナが言う。
「完全拒否か」
カミラ。
「民意を否定した」
サディーク。
「なら次は軍だ」
イリスは静かに言う。
「いいえ」
一言。
「まだです」
全員が彼女を見る。
「選挙は続けます」
強い声。
「拒否されても」
沈黙。
それは新しい段階だった。
制度は、
従わない相手にも成立するのか。
*
地下牢。
オルディスは笑っていた。
「いい」
低い声。
「信仰は止めた」
そして。
「だが権力は止まらない」
その目は冷たい。
「次は」
一言。
「決断だ」
均衡は、次の試練へ進む。
それは。
最も重い選択。
――強制か、崩壊か。
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