第56話 市場は戦争を嫌う
穀物の価格が、跳ね上がった。
レギオンの市場はざわめいていた。
「三割上昇だと?」
「いや、もう四割だ」
「ルクサリア経由の輸送が止まってる!」
怒号と不安が混ざる。
数字は冷静だ。
だが人はそうではない。
*
エルミナは市場の中央に立っていた。
商人たちの視線が集まる。
「落ち着きなさい」
一言。
それだけで空気がわずかに止まる。
「価格は上がる」
「それは事実よ」
誰も否定しない。
「でも」
彼女は続ける。
「パニックは利益にならない」
沈黙。
商人たちは知っている。
恐怖で動くと、損をする。
*
「均衡機構は動いてる」
エルミナは言う。
「共同備蓄の放出準備が進んでる」
ざわめきが広がる。
「本当か?」
「どこまで出る?」
「全部じゃない」
彼女は即答する。
「でも市場を壊さない程度には出る」
それが重要だった。
市場は完全な安定を求めない。
崩壊しないことを求める。
*
一方、均衡評議会。
緊急会議。
「価格上昇、予測を超えています」
報告が上がる。
サディークが低く言う。
「備蓄放出を急ぐ」
レオナ。
「軍の護衛を付ける」
カミラ。
「公開する」
リュネ。
「民衆に安心を」
カイエル。
「速度が重要だ」
すべてが同時に動く。
*
イリスは静かに言う。
「発動します」
円卓が止まる。
「共同資源備蓄」
「初発動」
その言葉は重い。
制度が、初めて経済に直接介入する。
*
命令は即座に伝達される。
ザハルの倉庫。
マレクの港。
アウレリアの備蓄庫。
各地で封印が解かれる。
穀物が運ばれ始める。
護衛が付く。
記録官が同行する。
全てが公開される。
*
市場。
最初の輸送隊が到着する。
袋が積み下ろされる。
人々がそれを見る。
「……来た」
誰かが呟く。
それだけで空気が変わる。
*
価格はすぐには下がらない。
だが上昇は止まった。
それだけで十分だった。
市場は崩壊しない。
*
エルミナはそれを見て、小さく笑う。
「合格ね」
完全ではない。
だが機能している。
それが全て。
*
レギオン。
イリスは報告を受ける。
「価格上昇、停止」
短い沈黙。
「よかった」
それは本音だった。
制度は初めて「守った」。
人ではなく。
仕組みが。
*
だが。
その直後。
新たな報告が届く。
「ルクサリア南部」
「王弟派、選挙拒否」
円卓が凍る。
レオナが低く言う。
「来たな」
カミラ。
「当然ね」
サディーク。
「時間がない」
リュネ。
「信仰対立も激化」
カイエル。
「選挙は成立しない可能性がある」
*
イリスは静かに言う。
「では」
一言。
「次の段階です」
誰も動かない。
だが全員理解している。
ここからが本当の試験。
制度は、
拒否されても成立できるのか。
*
地下牢。
オルディスは笑っていた。
「いい」
低い声。
「市場は救われた」
そして。
「だが人は従わない」
その目は鋭い。
「均衡は」
一言。
「強制できない」
静かな確信。
ルクサリアは、
まだ燃えている。
そしてその炎は、
制度そのものを焼きに来ていた。
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