第42話 越境
七王国会議が続くその時。
大陸の北境では、静かに一線が揺れていた。
アウレリア王国北方国境。
薄い霧の中、両軍の旗が対峙している。
アウレリア軍。
ヴァルド軍事王国軍。
距離は、わずか数百歩。
*
アウレリア側。
指揮を執るのは、セラフィナ・レティシア。
王国軍総司令官。
「前進するな」
短く命じる。
「警戒線維持」
副官が頷く。
「敵部隊、さらに接近しています」
「確認した」
セラフィナは視線を上げる。
ヴァルド軍の隊列は整っている。
だが様子がおかしい。
正規演習の動きではない。
*
「将軍」
斥候が駆け込む。
「敵先鋒、越境!」
副官が息を呑む。
越境。
それは演習ではない。
衝突だ。
セラフィナは一瞬だけ考える。
そして。
「撃つな」
副官が驚く。
「しかし!」
「撃つな」
もう一度。
「越境部隊の数は」
「小隊規模」
「挑発だ」
冷静な判断。
ここで撃てば戦争になる。
*
一方。
ヴァルド軍側。
若い指揮官が笑う。
「アウレリアは撃たない」
隣の兵が言う。
「将軍の命令ではないのですか」
「違う」
男は肩をすくめる。
「だが戦争は、こうして始まる」
その瞬間。
遠くで馬の音。
砂煙が上がる。
ヴァルド本軍。
その先頭に立つ女。
レオナ・ヴァルド。
*
彼女は馬を止めると、越境部隊を見た。
「……愚か者」
短く言う。
「誰の命令だ」
若い指揮官が震える。
「将軍、これは」
「下がれ」
声は静かだが、刃のよう。
兵が一斉に退く。
レオナはアウレリア側を見た。
視線の先。
セラフィナが立っている。
二人の女将軍の目が合う。
長い沈黙。
そしてレオナが言う。
「撃たなかったな」
距離は遠い。
だが声は届く。
セラフィナは答える。
「戦争を望まない」
「それは弱さだ」
「違う」
短い否定。
「制度を守る」
レオナの口元がわずかに動く。
*
「退け」
彼女は部下に命じた。
ヴァルド兵が後退を始める。
越境は終わった。
だが緊張は残る。
*
レオナは最後に言う。
「次は」
「撃て」
それは挑発ではない。
忠告。
セラフィナは答える。
「越境すれば撃つ」
均衡。
細い線。
それが保たれた。
*
その頃。
七王国会議。
報告が届く。
「北方国境、衝突回避」
円卓の空気がわずかに動く。
レオナは静かに言う。
「私の命令ではない」
事実だった。
イリスが問う。
「誰の命令ですか」
レオナは首を振る。
「知らない」
だがその目は鋭い。
「だがいる」
「この会議を壊したい者が」
円卓が静まる。
通貨。
資源。
軍事。
三つの危機は、偶然ではない。
誰かが動かしている。
カイエルが小さく呟く。
「試験ではなく」
「破壊か」
会議場の空気が変わる。
これは単なる外交ではない。
見えない敵がいる。
七王国の均衡を壊そうとする者。
誰なのか。
まだ誰も知らない。
だが確実に。
影は、すぐそこまで来ていた。
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