第39話 神意と民意
通貨は踏みとどまった。
だが緊張は解けない。
数字の波が一度引いた後に来るのは、思想の波だ。
静かに立ち上がったのは――
神権国家エルダリア、大巫女リュネ。
白銀の衣がわずかに揺れる。
「問います」
その声は柔らかい。
だが逃げ場がない。
「王を人が選ぶなら」
「神は、どこに立つのですか」
空気が凍る。
*
「王は神に選ばれる」
「それが我が国の原理」
「人の多数決が神意に優越するのですか」
リュネの視線はイリスへ。
攻撃ではない。
だが鋭い。
*
共和国議長カミラが先に立つ。
「神意は検証不能です」
「民意は可視化できる」
即座に反論。
「国家は検証可能な原理で動くべき」
ざわめき。
リュネは微笑む。
「民意もまた揺れる」
「昨日の正義は明日の暴力」
静かな真理。
カミラの目が細くなる。
「だから制度で縛る」
「多数決は万能ではない」
「だが神意も万能ではない」
思想がぶつかる。
*
イリスはゆっくり立つ。
「我が国は神を否定しません」
視線が集まる。
「だが神に統治を委ねません」
沈黙。
「信仰は自由」
「政治は責任」
「この二つは交わるが、混同しない」
リュネの目がわずかに動く。
「信仰自由条項を盟約に明文化します」
「神殿の自治は保障」
「だが国家政策への直接介入は禁止」
会議場がざわめく。
それは一線の提示。
*
「神意に反する王が選ばれたら?」
リュネは問う。
「その王は神を否定するか」
イリスは即答する。
「王は信仰を否定しない」
「だが信仰も王を否定できない」
均衡。
信仰と国家の分離。
だが対立ではない。
共存。
*
リリアが口を開く。
「市場は信仰を否定しません」
「だが不確実性を嫌う」
「神意が国家政策を左右すれば、予測不能」
リュネは静かに返す。
「信仰は暴走しない」
「暴走するのは人」
短い沈黙。
それは否定できない。
*
その時。
会議場の扉が再び開く。
「王都で大規模集会!」
「王制不要を叫ぶ民衆が拡大!」
空気が張り裂ける。
カミラの眉が動く。
「共和国の関与ではありません」
先に言う。
だが疑念は残る。
リュネは静かに呟く。
「民意は揺れる」
現実が思想を裏打ちする。
*
イリスは報告を受け取り、静かに言う。
「鎮圧はしない」
ざわめき。
「表現の自由は守る」
「ただし暴力は許さない」
制度は揺らぐ。
だが揺らぎを許容しなければ成熟しない。
*
リュネはゆっくり頷く。
「信仰自由条項、文書化を」
「確認の上、検討する」
それは拒絶ではない。
条件付きの対話。
*
外では群衆が叫び、
市場は数字を刻み、
国境では兵が睨み合う。
内と外が同時に揺れる。
神意と民意。
どちらが上でもない。
だがどちらも無視できない。
七王国会議は、理念の頂点に達しつつある。
次に来るのは――
沈黙の国。
砂漠王国ザハルが、ついに口を開く。
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