第26話 王候補という火種
王位選出評議会の設置が公示された翌日。
王都は、静かに熱を帯びていた。
戦争ではない。
暴動でもない。
だが確実に、何かが燃え始めている。
――次の王は誰か。
その問いが、街角で囁かれていた。
*
商会会館。
「正式に擁立を提案します」
若手商人カイルが立ち上がる。
「リリア・ヴァルテを、王候補として」
ざわめきが走る。
「正気か」
「商人が王に?」
「市場を守ったのは誰だ」
声が割れる。
リリアは席に座ったまま、動かない。
「私は立候補していない」
「ですが、可能です」
制度上、可能。
平民でも。
商人でも。
条件を満たせば。
それが、王位解体の意味。
「王位は利益の座ではない」
リリアは静かに言う。
「責任の座よ」
「だからこそです」
カイルの声は真剣だ。
「あなたは責任から逃げなかった」
港で。
市場で。
群衆の前で。
彼女は逃げなかった。
それを民は見ている。
*
一方、王城。
「アーネスト卿の立候補が正式に受理されました」
フィオナが報告する。
「支持基盤は」
「王族復帰派を中心に安定」
「だが単独では過半に届かない」
当然だ。
血統は、もう絶対ではない。
アーネストは執務室を訪れた。
「陛下」
「来ましたか」
「私は、逃げません」
その目は揺れていない。
「制度の中で戦います」
「血を武器にはしません」
私は頷く。
「それでこそ、王族です」
皮肉ではない。
本心だ。
彼は特権を捨てた。
その上で立つ。
それは尊い。
*
軍本部。
「軍からも候補を出すべきだ」
古参将校が言う。
「政治は軍を軽んじている」
ざわめき。
セラフィナは黙って聞いている。
「誰を?」
「将軍クラスが妥当だ」
「いや、若い象徴が必要だ」
視線が一瞬、彼女に向く。
沈黙。
「私は立候補しません」
セラフィナが言う。
「軍は国家を守る」
「国家を治める場に立つべきではありません」
静かな拒絶。
軍は、政治を奪わない。
それもまた、制度の成熟。
*
王都の広場。
掲示板には候補名が並び始める。
・アーネスト・グラン=カリオ
・数名の地方行政官
・学者出身の法学者
・元財務監察官
そして噂だけが流れる。
――商会代表、リリア。
彼女はまだ、名を出していない。
だが火は広がる。
*
王城、夜。
私は一覧を見つめる。
王候補。
王を選ぶということは、
国家の未来を選ぶことだ。
血か。
民か。
軍か。
商か。
制度は平等。
だが選ぶのは人間だ。
感情もある。
野心もある。
恐怖もある。
扉が叩かれる。
リリアだ。
「話があります」
彼女は真っ直ぐ言う。
「私の名前が広がっています」
「知っています」
「私は王になりたいわけではありません」
「ですが」
一瞬の沈黙。
「逃げたくもありません」
私は静かに問う。
「恐れていますか」
「ええ」
即答。
「でも、恐れたからと言って、制度を信じないわけにはいかない」
強い。
彼女もまた、逃げない。
*
その夜。
セレスタ公国。
「王候補が複数名」
ミレイアが報告する。
「内部競争が始まりました」
カイエルは微笑む。
「いい」
「制度は試練を経て強くなる」
「だが」
彼の目が細くなる。
「試練が過ぎれば、壊れる」
王候補という火種は、
希望でもあり、
分裂の種でもある。
王位は制度になった。
だが人の欲望は、制度では消えない。
七王国会議は近い。
その前に、国内は選ばなければならない。
誰が王となるのか。
それはまだ、誰にも分からない。




