第73話 最初の一票
静かだった。
あまりにも静かすぎて、耳が痛くなるほどに。
ルクサリア、公都ルクス。
焼け跡の残る広場。
人は、いない。
*
リリアは、その中央に立っていた。
前回の残骸。
焦げた投票箱。
散らばった紙。
踏み跡。
すべてそのまま。
*
「……ここからね」
小さく呟く。
誰もいない。
だが。
彼女は迷わなかった。
*
箱を起こす。
灰を払う。
歪んだままの木箱。
だが。
立つ。
*
机を置く。
紙を並べる。
筆を置く。
*
それだけ。
それだけの準備。
*
エリアナが後ろで見ている。
「……本当に、やるんですか」
声はまだ不安定だ。
*
リリアは振り返らない。
「やるわ」
*
「誰も来なくても?」
*
「来るまでやる」
短い。
だが揺るがない。
*
沈黙。
風が吹く。
紙が揺れる。
*
時間が過ぎる。
*
一刻。
二刻。
*
誰も来ない。
*
エリアナが拳を握る。
何もできない。
それが一番辛い。
*
その時。
足音。
*
一人の老人が現れる。
あの、前に問いかけた男。
*
リリアは顔を上げる。
*
「……まだやってるのか」
老人が言う。
*
「ええ」
*
それだけの会話。
*
老人はしばらく立っている。
動かない。
*
リリアも動かない。
ただ待つ。
*
長い沈黙。
*
やがて。
老人がゆっくりと歩く。
*
机の前に立つ。
紙を見る。
*
「……どうせ壊れる」
小さく言う。
*
リリアは答える。
「かもしれない」
*
老人が顔を上げる。
*
「でも」
リリアは続ける。
「やらないよりはいい」
*
沈黙。
*
老人は目を閉じる。
そして。
紙を取る。
*
震える手。
だが。
書く。
*
名前を。
*
そして。
ゆっくりと。
箱に入れる。
*
音。
*
小さな音。
だが。
確かに響く。
*
リリアはそれを見る。
何も言わない。
*
老人が言う。
「……これで何か変わるのか」
*
リリアは答える。
「変える」
*
その目は揺れていない。
*
老人は小さく笑う。
「……なら」
一言。
「もう少し見る」
*
その言葉は、確かに残る。
*
その様子を、遠くで見ていた影。
一人。
また一人。
*
近づく。
*
二人目が来る。
*
何も言わず、紙を取る。
書く。
入れる。
*
三人目。
四人目。
*
流れは小さい。
だが。
確実にある。
*
エリアナの目が揺れる。
「……来てる」
*
リリアは言う。
「当たり前でしょ」
*
「最初は、こうよ」
*
レギオン。
その映像が映る。
*
カミラが呟く。
「……少なすぎる」
*
エルミナ。
「でもゼロじゃない」
*
サディーク。
「流れはある」
*
リュネが目を閉じる。
「……祈りが届いた」
*
カイエルが静かに言う。
「いいえ」
*
「これは」
一言。
「選択です」
*
イリスが頷く。
*
地下。
オルディスはそれを見ていた。
*
「……一票か」
*
小さく笑う。
*
「無意味だ」
*
だが。
その目は細い。
*
「だが」
一言。
「芽だ」
*
彼は手を上げる。
*
「潰せ」
*
影が動く。
*
ルクサリア。
広場。
*
人が少しずつ増えている。
*
だが。
その中に。
紛れている。
*
刃を持つ者が。
*
均衡は、再び始まった。
だが。
それはまだ、あまりにも小さい。
*
そして。
それを壊そうとする力は――
すぐそこまで来ていた。
読んでいただきありがとうございます!
ついに「最初の一票」が生まれました。
ここから逆転の物語が始まります。
ただし、この小さな流れを敵は見逃しません。
すぐに“次の一手”が打たれます。
次話では、この一票を巡って再び衝突が起きます。
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次話もお楽しみに。




