48 遺産から村を守ります
「戦況はっ!?」
リオ達は指揮を執っている男の元へと駆け寄り、状況を尋ねます。複数人と共通の装備を着用している事から、開拓者ギルドから派遣された警備隊員である事が分かりました。
「今のところ押し留めてはいる。負傷者も出たが、あの準司祭が回復魔術で治療してくれている。死者はゼロだ。……ただ現状、攻め手には欠けている。このまま戦闘が長引けば、いずれ防衛線が破られるだろう」
「それでもあの嬢ちゃんが知らせてくれたおかげで、何とか事前に防衛準備だけは整えられたからな」
隣にいた別の警備隊員が言いました。
「泥だらけ、草だらけな嬢ちゃんがいきなり村に飛び込んで来て、開口一番『村の危険がヤバいですっ!!』だとか言い始めてな。何事かと思って話を聞いてみれ
ば、先史文明時代の"遺産"が動き出して村を襲いに来る……だなんて言い出しやがった」
「にわかには信じられない話だった」
最初の男が言いました。
「だが、とんでもなく必死な様子でまくし立てて来るんだ。嘘を吐いている風にも見えなかったし、どうも危険が迫っている事には間違いないと思って準備だけは整えておいたんだ。魔物と見間違えた可能性も考えていたが……まさか本当だとは思わなかったよ」
「……上手く行った……」
「リオ、ほっとするのはまだ早いよ。あいつを倒さなきゃ」
安堵のあまり脱力しかけるリオに、ティエラが言います。
「そうだな。……あんた達、俺らも加勢するぞ」
「助かる」
「ティエラ、ハリー、ヴェネッサ。お前らは前に出てあいつを押さえろ」
「うん」「ああ」「分かった」
「エマは後衛を守れ。お前の盾は壊れかけているから、耐久力は低くなっているはずだ。決して無理はするな。シエロは弓で援護。矢が通らなくとも相手の気を逸らすだけでも良い」
「はい」「了解だ」
「おーいマールッ、聞こえるかーっ!! お前はそのまま負傷者の治療を続けて
ろーっ!!」
「ばっち任せて下さーいっ!!」
「アルヴィドと俺は魔術で足止めだ。……アルヴィド、氷系魔術の準備をしておいてくれ。タイミングを見てあいつの動きを封じろ。短時間だけでも十分だ」
「すぐ始める」
リオは各人に指示を送り、
「……待たせてすまないっ!! これから俺達も戦闘に加わるっ!! 前衛は一旦下がって体勢を整えてくれっ!!」
次に前衛で"遺産"の侵攻を押さえている他の警備隊員や開拓者達に声を張り上げます。前衛で戦っている
者達から「助かるっ!」「手強いぞ、気を付けろよっ!」と声が上がりました。
武器を構えてティエラ、ハリー、ヴェネッサの三人が"遺産"の眼前へと駆け出します。同時に、先ほどまで前線で戦っていた者達が一旦後方へと下がり始めます。大半の者達は迂闊に構えを解かず、"遺産"に背中を見せないよう注意しながら移動しておりましたが、その内の一人、若い男剣士は――警備隊とは違う装備である事から、開拓者だと分かりました――安堵の表情を浮かべつつ背を向けて走り出しておりました。恐らくはまだまだ実戦経験が足りていないのでしょう。援軍の存在
に、すっかり気を抜いた様子でありました。
当然、敵からすれば"無防備な隙を晒した、狙うには絶好の相手"と映ります。
「……いけないっ!」
男の背中に容赦なく突き出された"遺産"右腕の軌道上へと、ティエラは素早く割り込みます。同時に下位障壁魔術を発動させ、鋭く尖った遺産の四本爪を青白い魔術障壁でがっちりと受け止めました。
「急いで下がって下さいっ!」
「あ……ありがとう」
フォローに駆け付けたエマに守られつつ、男は下がって行きました。死にかけた事を遅まきながらに理解したのか、その顔は恐怖で真っ青になっておりました。
「……ヴェネッサにティエラ、二人は囮を頼むっ!! 俺は隙を見てあいつの左腕付け根を狙うっ!!」
ハリーが叫びます。短剣を使うヴェネッサより、長剣や太刀を使うハリー、ティエラの方がより深く刺し貫く事が出来る、つまりは確実に致命傷を負わせられる
事、障壁系魔術を扱うティエラは敵の攻撃を引き付けるのに適任であると言う
事……二つの理由によって下された判断でありました。
「任されたわっ!! あたしが動き回ってあいつを攪乱するから、ティエラは攻撃を受け止めてっ!! 出来るっ!?」
「頑張りますっ!!」
「任せたわっ!!」
ヴェネッサは低い姿勢で駆け出し、"遺産"の側面へと回り込みます。少し遅れ
て、援護のためにティエラがヴェネッサの後を追います。
"遺産"がヴェネッサの動きを追うように姿勢を向けます。巨体の印象に反し、八本脚を細やかに素早く動かして彼女の動きに追従しようとします。ヴェネッサは軽い身のこなしで右、左、右とステップしながら距離を詰めます。当初は彼女を追おうとしていた"遺産"でしたが、それよりも一息に潰した方が早いと判断し、まるでテーブル上の食器を全て床へと払いのけるように、大きく横薙ぎに腕を振るい、
「下位障壁魔術!」
ティエラがヴェネッサの前に出て、振るわれた腕を受け流します。障壁に阻まれ上方へ軌道が逸れた右腕が、ヴェネッサの頭上を通り過ぎて行きます。
遠心力の乗った攻撃は、かなりの衝撃を与えます。重く強力な反動にさしものティエラも押し込まれ、二歩三歩と後退りましたが、何とか体勢は崩しませんでし
た。
標的をティエラに定め、追撃のため"遺産"はさらに右腕を振るおうとして――それを妨害するように、シエロの矢が放たれました。
右腕先端部に命中。ガンッ、と硬い音が響き、矢が真ん中から裂けるように折れ曲がって弾かれます。一方で"遺産"の右腕も、命中時の衝撃でのけぞるように後方へと押し込まれます。
「……やはり通らんか」
呟き、シエロは射撃位置変更のために身を翻します。小走りで移動しつつ、牽制のために矢を連射します。案の定全て弾かれましたが、"遺産"の意識がシエロに集中します。
「二人共下がれっ! 上位水流魔術!」
その間に、魔術発動準備を終えたアルヴィドが上位級魔術を発動させます。警告を聞いたティエラとヴェネッサは、素早く"遺産"から距離を取ります。
アルヴィドの発生させた強烈な冷気が"遺産"を包み込み、見る見る内に黒い身体に白い霜が付着し――全身が凍結する前に、"遺産"は脚を動かして魔術の範囲外から逃れます。纏わり付く白い霧をたなびかせ、あちこちを硬い霜に固められながらも、重々しい見た目から想像出来ない素早い動きで魔術の効果範囲から待避しました。脚の関節部が凍り付き、多少は動きを鈍らせる事にこそ成功しましたが、それでも完全に動きを止める事までは出来ませんでした。
「くそ……っ! 二度は喰らわないか……っ!」
「いや、まだだっ! 上位火炎魔術!」
立て続けに、リオの上位級魔術が発動。
杖の先から放たれた火の玉が、"遺産"へ向かって真っ直ぐに飛びました。
"遺産"は直線的に迫る炎の軌跡から軸をずらして回避し――しかし、火球は途中でぐい、っと大きく軌道を変化させました。まるで動きを追尾するように、魔術の炎が"遺産"へと向かって行きます。
ならば、とばかり"遺産"は右腕を振って火球をかき消そうとします。
(させるか……っ!)
リオは魔術を操作し、振るわれた右腕の軌道から巧みに火球を回避させます。そのまま胴体部へと真っ直ぐ向かう――と見せ掛けて直前で再び軌跡を大きく曲げ、火球は"遺産"の身体をぐるっと回り込んで左腕付け根を狙います。
着弾。軽い爆発。炎がぱっとオレンジ色に爆ぜ、命中点周辺を高熱で炙ります。ダメージ……と言うほどの損害を与える事こそ出来ませんでしたが、"遺産"の動きを一瞬止め、左腕付け根から露出している何かの部品を焦がすくらいは出来まし
た。
その一瞬の停止を好機と見て、ハリーが左腕付け根を狙って駆け出します。剣の間合いに入り、渾身の力を込めて両刃の切っ先を突き出そうとし――
しかし"遺産"は即座に硬直から復帰、樽みたいな胴体を反時計回りに回転させ、腕を横向きに叩き付けて来ます。ハリーは咄嗟に地面へ投げ出すようにし、ギリギリで回避します。
回転の勢いは止まらず、そのまま"遺産"の腕が今度はヴェネッサとティエラへと襲い掛かります。両者共、身を屈めて回避します。通り過ぎる風圧で、それぞれ青と赤の髪が軽くそよぎました。
"遺産"は高速で回転させた身体をピタリ、と停止。反動でごく一瞬硬直した後、即座に右腕を高々と掲げ、ヴェネッサへ向けて振り下ろしました。
「……っ!」
身を屈めたまま、ヴェネッサは叩き付けられる右腕から横っ飛びに逃れます。しかし連続して回避行動を取った影響で、わずかに体勢が崩れます。横っ飛びに跳
ね、素早く立ち上がろうと脚へ力を込めた際、地面との摩擦を捉え損ねた足裏が軽く滑りました。
ごく一瞬、ヴェネッサが見せた隙を逃さず、"遺産"が腕の爪を突き出して来ま
す。
「させないっ!!」
既に体勢を整え終えていたティエラがヴェネッサをかばい、下位障壁魔術でガードします。もう一突き。これもガード。
三突き目が振りかぶられた時、右腕先端にシエロの矢が命中します。弾かれこそしましたが、狙い通り命中時の衝撃で"遺産"の攻撃を妨害出来ました。
「弓矢使いは腕や足を狙ってくれっ!! 相手の動きを阻害するんだっ!!」
シエロの指示に、後方で弓、ボウガンを構えて攻め時を窺っていた者達が、一斉に矢を放ちます。
練度の差もあり、半数ほどが外れましたが、もう半数が"遺産"胴体部や腕、脚などに命中します。堅牢な身体を前にことごとくが弾かれてしまいましたが、衝撃までは無効化出来ません。多少動きが鈍ったところを見計らい、ヴェネッサ達は後方へと距離を取りました。
「も一発っ! 上位火炎魔術ッ!!」
再度リオが炎の魔術を放ちます。拳大の火球が右へ、左へ、また右――と見せかけて左……と、複雑な軌道で攪乱しつつ、"遺産"へと向かって行きます。
さしもの"遺産"も不規則なその動きを読めず、樽のような身体をひっきりなしに右、左、と動かして火球を追います。
「今だっ!! 前線を援護するぞっ!!」
そこへ、後方へ控えて魔術の準備を整えていた魔術師達が、一斉に魔術を発動させます。炎が、電撃が、風刃が、閃光が空間を飛翔し、"遺産"の足元へと集中します。
次々に着弾。下位級ばかりとは言え、魔術の集中砲火が"遺産"の脚を揺さぶります。やはり有効なダメージこそ与えられませんでしたが、その動きが鈍ります。
タイミングを見計らい、リオの火球が再び左腕付け根を狙います。咄嗟に動けなかった"遺産"は右腕を動かし、まるで『左肩を右手で押さえる』ような動作で魔術攻撃から損傷部をかばい――
「なんて……なっ!」
火球の軌道が命中寸前で大きく曲がり、そのまま"遺産"の胴体上部中央に赤く灯る目へと着弾しました。
眼前で広がる炎が、"遺産"の視界を一時的に奪います。数瞬とは言え外部からの視覚情報が遮断された"遺産"は、ごくわずかながらもその動きを鈍らせました。
「……今だアルヴィドッ!!」|
「上位水流魔術ッ!!」
アルヴィドの魔術が、今度こそ"遺産"を捉えます。発生した冷気が"遺産"の身体を包み込み、霜が付着して行きます。関節などの可動部が凍り付き、相手の動きを拘束する事が出来ました。
「――今っ!!」
この隙を見逃す事なくハリーは再度剣を構え、一旦離した距離を一気に詰めて行きました。
動きを止められた"遺産"は、今度こそ対処出来ません。ハリーの突き出した剣の切っ先が、そのまま左腕付け根に鋭く突き入れられ、
「……っ!?」
ガッ、と途中で止まりました。驚きつつも、一度剣を引き抜いき改めて突き刺します。しかしやはり結果は同じ、途中で鉄のような硬い手応えと共に、剣の切っ先は止まりました。
損傷部から火花が飛び散り、体内から得体の知れない異様な音を響かせる"遺産"の様子を見れば、相応に損傷を与えている事には間違いありませんが――致命傷に至っている様子はありませんでした。
短時間の間に"遺産"は動きの自由を取り戻しつつありました。『バキ……バキ、バキ……ッ』と派手な音を立てつつ霜を砕き割り、胴体を一回転させて右腕でハリーを薙ぎ払います。流石に動きは幾分か遅かったために回避自体は容易でありましたが、それでもハリーの胸中では動揺がさざ波を立てておりました。
精神の乱れが少なからず行動に影響を与えます。攻撃回避後のハリーの動きが単調になり――狙い澄ましたかのように、"遺産"の目が強く輝きます。
「……っ!! 下位障壁魔術ッ!!」
ティエラが咄嗟にハリーをかばうように眼前へ立ち塞がり、下位障壁魔術を発動させました。
目から発射された赤い閃光が一瞬で虚空を走り抜け青白い魔術障壁へと到達、
「くぅぅ……っ!!」
眩い光を辺り一帯に爆ぜ散らかして霧散するのと引き替えに、ティエラの障壁を打ち砕きます。まるでガラス片のように魔力が飛び散り、相殺し切れない猛烈な反動がティエラを吹き飛ばしました。
「ティエラッ!!」
リオが叫びます。
「……ったた……。だ、大丈夫だよ……」
地面を激しく転がされたティエラでしたが、多少よろめきながらも立ち上がります。軽い打撲こそ負ってはいますが、特別行動に支障はない様子でした。事前にハリー達からの情報を頭に入れていたため、『目から出る魔術攻撃』への備えが心、姿勢共に十分出来ていたのが幸いでありました。
「すまない、ティエラっ!」
少し遅れて、体勢を整えたハリーが言いました。
「何があったの? 剣突き刺したんじゃなかったの?」
ヴェネッサが尋ねます。
「……損傷部を突き刺したんだが、途中で硬いものに止められた。多分内部にも硬い部品があって、それに邪魔されたんだろう」
「じゃあ……左腕付け根を攻撃しても無駄って事?」
「無駄ではない。攻撃自体は効いていた……はずだ。だがそこを突けば即勝利、と言うほど単純な話じゃなかったんだ。……くそっ、想像以上に厄介な奴だ」
吐き捨てるようにハリーが言いました。唯一見出した『弱点』を突いたにも関わらず仕留め切れなかった、それどころか予想に反して『弱点とまでは言えなかっ
た』現実は、ハリーの精神をしたたかに打ち据えるものでありました。心が折れる……とまでは行かなくとも、ヒビが入ったくらいの心理的負担は否定し難いほどにはっきりと感じておりました。
「このままじゃマズい……よな」
リオが呟きます。
「ああ」
アルヴィドが答えます。
「あいつを倒すための前提が崩れたんだ。そして他に付け入る余地を見出せない。現状、しばらくは持ちこたえられるだろうが……長期戦になれば、こっちが押されるだろう。犠牲者が出る事は避けられないだろうな。……くそっ!!」
「……だよな。……こうなりゃ、俺が腹括るしかないか」
冷や汗を一筋流すリオに、ハリー達が怪訝顔を浮かべます。
「? それはどう言う――」
「極位級魔術を使う」
きっぱりと、リオが宣言しました。




