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49 極位(レガリア)級魔術

極位レガリア級魔術……?」

 後方から"遺産"へ向かって足止めの矢が飛ぶ中、ティエラが言います。


「……そう言えば、リオも使えるって言ってたね。だったら――」

極位(レガリア)級だって……っ!? 正気かっ!?」


 ささやかな期待を込めたティエラとは裏腹に、アルヴィドはにわかに血相を変えます。


「もちろんだ」

「馬鹿を言うなっ!! 君の極位(レガリア)級魔術はあんな欠陥(・・・・・)抱えた代物なんだぞっ!? それを――」

「だが、やるしかない」


 リオがきっぱり言いました。


「こんな状況だ。使える手は何でも使うべきだ。俺の極位(レガリア)級魔術が実戦じゃまず|使えないレベルの欠点(・・)を持ってるってのは、他でもない俺が一番良く知っている。それでも、打てる手段には違いない」


「……詳しくは良く分からないけど……」ティエラが言います。


「とにかくリオの極位(レガリア)級魔術なら、足止めなり何なりであいつを倒す手助けになるって事だよね?」

「そうだ」


「だが」ハリーが言います。

「こう言っては何だが……お前の魔術では、あいつにダメージを与えるのは難しいだろう。確かに一般的な極位レガリア級なら、大型の魔物相手でも致命傷を与えられるほどの威力を持つが……お前の場合、上位(ノーブル)級を使ってようやく下位(コモン)級レベルの威力だろう? だったら、仮に極位(レガリア)級を使ったとしても――」


「詳しく説明している暇はない。任せてくれ」

「しかし……」


「今だけで良い。俺の魔術を信じろ」


 短く、決然とした言葉が、ハリーの心を強く揺さぶります。単なる出しゃばりなどでは決してない、確信と覚悟とを見出せる強い言葉でした。


 わずかに気圧されたようにハリーは目を見開き、


「……頼んで良いのか?」

「ああ」


「待てよっ!! ハリー、君は知らないからそう言えるんだっ!! リオの極位(レガリア)級魔術は――」

「他に手はない」


 なおも抗議するアルヴィドの言葉を、リオは遮りました。


「代案をじっくり考える時間もない。だったらもう、これで行くしかない」


「……本気、なのか?」

「本気だ」


 アルヴィド視線を真っ直ぐに受け止め、言いました。


「そう言う訳でティエラ、ハリー、ヴェネッサの三人は、引き続きあいつを引き付けておいてくれ。その間に発動の準備をする」


「任せて!」

「ああ」

「やってやるわ!」


 三人がそれぞれ言い、


「ねえティエラ」

 次にヴェネッサは、ティエラへと顔を向けました。


「あたし達を守らなくて良いわ。あなたも"遺産"への足止めだけに注力して。個々人がそれぞれ別方向からあいつを攻めましょう」

「大丈夫なんですか?」


「舐めないでよね。自分の身一つ、ばっちり守って見せるわ。分散して攻撃すれ

ば、あいつを撹乱する効果も高くなるはずよ。回転攻撃には要注意だけどね」


「分かりました。……だったら、ボクが正面を担当します。いざって時、あいつの『閃光』を止められるのはボクだけですから」


「それこそ大丈夫なの? 下位障壁魔術(シールド)があるとは言え、そう何度も喰らって良い攻撃じゃないでしょう?」


「ここが正念場です。それこそばっちり踏ん張って見せますよ」

「分かった。頼りにしてるわ」


「俺は奴の右後方から攻める。ヴェネッサは左だ。……みんな、頼んだぞ」


 ハリーの言葉を合図代わりに、三人は武器を構え"遺産"を取り囲みます。その頃には、"遺産"もアルヴィドの氷系魔術の影響から完全に脱しておりました。後方の警備隊、開拓者達からの弓、ボウガンによる射撃も止んでおりました。


 "遺産"を正面に見据え、ティエラは"影分(かげわけ)"を構えます。


「――はあっ!!」


 裂帛(れっぱく)の気合いと共に、ティエラは駆け出します。身体強化魔術(ストレングスニング)を乗せたしなやかな脚が土を蹴り、ツインテールの鮮やかな赤髪が二筋、後方へと流れます。


 真っ正面から迫る敵に対し"遺産"は鋭い爪を向け、槍のように右腕を突き出します。ティエラは伸びる"遺産"の腕を最小限の右ステップで回避、ついでとばかりに腕を斬り上げます。


 秋水(しゅうすい)の白刃が接触。やはり硬い手応えが返って来ましたが、伸び切った"遺産"の腕を向こうへと押し除ける事は出来ました。そのままティエラは接近、斬り上げた勢いのまま今度は胴体部を斬り下ろします。


 乾いた金属音。渾身の力を込めた分、腕には骨に響くほどの強い反動が伝わります。思わず太刀の柄を手放したいほどの痺れを感じましたが、甲斐あって"遺産"胴体表面には一筋の傷が刻み込まれておりました。もちろん身体内部にまで達するような深手ではありませんし、相手の戦闘行動そのものには全く影響を与えないでしょう。しかし正面から"手傷"を負わせた事実は、ティエラ自身の志気を高揚させる効果と、"遺産"の注意をこちらへと集中させる効果とを発揮させました。


 さらに追撃。今度は"遺産"の目を狙い、"影分"の切っ先を突き出します。『生物の常識』で考えれば、目は弱点候補として非常に有力です。視界を潰せる上、大抵の場合筋肉や骨などに守られておらず、防御が弱い箇所であるためです。


 易々と貫けるかも――と淡い期待を込めた剣先でしたが、半ば予想していた通り身体とほとんど変わらない硬い手応えが返って来ました。そもそも、リオの火炎魔術が直撃して"目(くら)まし"程度の結果であった事を考えれば、生物の常識通りであるとは限らない……と想像する事は出来ました。結果に落胆するよりも、むしろ"確認が取れた"と言う気分の方が先立ちました。


 敵の懐へと潜り込み、なおも攻勢を仕掛けようとするティエラ左側面後方から、"遺産"の鋭い爪先が飛んで来ます。気配を察し、冷静に下位障壁魔術(シールド)でガード。追撃のために"遺産"が腕を引き――その引いた腕を、背後に位置していたハリーが大上段から斬り付けます。ジーンと痺れる手応えにも構わず、もう一撃。二度の斬撃で、"遺産"の腕に幅が狭いX字の傷が付きました。自在に動く腕部は胴体部に比べ頑丈さで劣るらしく、(ふち)の盛り上がりが確認出来る深さの傷でありました。


 なおも斬り付けようとするハリーへ、"遺産"の腕が飛んで来ます。突くのではなく殴るような、人間で言えば背後の人間へ繰り出す"裏拳"のような攻撃です。ハリーは咄嗟に胸の前に両腕を交差させ、攻撃を受け止めます。


「ぐ……っ!」


 衝撃で後方へ吹き飛ばされつつも、即座に体勢を立て直しました。


 敵の主な攻撃手段である腕が、後方へと伸びた瞬間を逃すティエラではありませんでした。至近距離を保ったまま、さらに胴体部を斬り付けます。同時に、別方向からタイミングを窺っていたシエロが矢を射ます。正確な狙いで放たれた一矢が

"遺産"左腕付け根へと命中、動きが一瞬硬直します。


 すかさずヴェネッサが、脚の関節部を上方から短剣で突きます。両手で柄を握りしめ、体重と重力を乗せ、刺すと言うより叩き付けるように振り下ろした一撃でした。ガンッ、と伝わる強い衝撃に耐え、もう一撃。未知の技術が使われているとは言え、これまでの戦闘で"遺産"の本質が『人の作った道具』である事が彼女には十分理解出来ておりました。道具と言うものは可動部が脆いものです。構造上どうしても繊細な作りにならざるを得ません。破壊そのものは困難でしょうが、部品が歪めばそれだけ動きにも支障をきたすはずです。


 手に返って来る痛みを無視し、ヴェネッサは連続して突きます。本人の器用さとリーチの短い代わりに取り回しの良い短剣故に、一点箇所への集中的な狙いはハリー達に決して真似出来ないほどの精密さでありました。


 三方向からの執拗な攻撃に対し、"遺産"はまず眼前のティエラへと狙いを定めます。踏み込みの勢いを付けるため一旦下がった彼女を逃さじとばかり、右腕の爪を突き立てます。瞬時に動きを見切ったティエラは後退動作を活かした大きめのバックステップで回避。彼女を貫くはずだった爪先が目標を見失い、そのまま何もない地面を突き刺しました。ごく一瞬だけ固定され、眼前で動きを止めた爪目掛け、ティエラは太刀を振り下ろします。


 甲高い音。四本爪の内一本が真ん中から叩き折れ、切っ先がくるくると回転しながら放物線を描き、草と土の入り混じった地面へと転がりました。


 爪を折られた事にたじろぐ事もなく、"遺産"は腕を引き抜き胴体を回転させ始めます。


 いえ――生物的な感情の発露こそ全く伺えませんでしたが、"遺産"の動きに『動揺』が見て取れました。今まで以上の鋭さで胴体部を回転させ、猛烈な勢いで腕を振り回す"遺産"の様子からは、これまでとは違う『焦り』を感じ取る事が出来ました。実際にそうであるのかは分かりません。ただ、"遺産"の行動に明確な変化が起こった点だけは確かでありました。


 ハリーとヴェネッサはギリギリのところで回避、大きく距離を取って後退しま

す。一方のティエラは下位障壁魔術(シールド)で防ぎ、攻撃を続行しようと食らい付きます。戦意が昂ぶっていた事も、判断に影響を与えておりました。


 しかし"遺産"は障壁にも構わず猛烈な追撃を行います。回転攻撃の直後、連続で突き刺して来ます。斜め上から叩き付けるように何度も何度も、激しく何度も爪先を突き出します。


「く……っ!」


 さしものティエラも押し込まれます。一撃受けるごとに青い燐光を散らして障壁の強度が落ちて行き、反動がティエラの腕を通って全身を打ち抜きます。何度目かでたまらず後退。障壁を消し、飛び退(すさ)って間合いを離します。


 ティエラが着地し、顔を前へと向けた時――"遺産"の目が輝くのが見えました。現在の彼女は、右腕の攻撃からの回避に手一杯で着地の体勢がわずかに崩れております。再度回避しようにも脚が上手く動きません。

下位障壁魔術(シールド)を発動しようにも魔力マナの制御が完全ではありません。こちらが"息継ぎ"する瞬間を見切って打たれた絶妙な一手――ティエラの胸裏に、わずかな称賛と切迫した危機感が満杯に湧き上がりました。


 "遺産"の目に輝く真っ赤な光が見る見る内に溢れ出し、


「――させません……っ!」


 後方から声が飛んで来たと思った時には、警備隊達を守っていたはずのエマがティエラの視界へと飛び込んで来ていました。ランスは手放しており、破損した大盾を両手で持っております。


 エマはティエラの右隣へと移動、眼前へ立て掛けるように大盾を構えました。


「合わせてっ!!」


 鋭い一言で、ティエラは彼女の意図を察しました。


下位障壁魔術(シールド)ッ!!」


 エマの大盾へと重なるように、ティエラの青白い魔術障壁が展開されます。


 "遺産"の目から閃光がほとばしります。


 命中。破損によって強度の落ちた大盾と、不十分な魔力(マナ)制御によって強度の落ちた障壁とが互いと一つになり、荒れ狂う力の奔流を受け止めます。津波のように押し寄せる暴力を両者それぞれが支え合い分担し、物理的衝撃と魔術的反動に耐えます。押し込まれ後退しつつも両足は地面をしっかりと捉え、閃光の威力に徹底抗戦しておりました。


 エマの大盾から接合金具が飛び散り、ティエラの下位障壁魔術(シールド)が"砕け散り"――嵐が去るように、赤い閃光は消滅しました。


「助かりました、エマさん!」

「良い魔術の腕前ね、ティエラさん」


 即席ながらも息の合った連携に二人は笑みを向け合います。


「みんな離れてろっ!! 上位水流魔術(リフリジレイト)ッ!!」


 "遺産"が閃光を撃ち終えた直後を狙い、アルヴィドは魔術を発動させます。魔力(マナ)によって発生した水蒸気が"遺産"の身体へと付着、瞬時に冷却され凍り付いて行きます。胴体や腕、脚などの関節部が霜によって固められ、"遺産"は動きを封じられます。


「――今だリオッ!!」

「任せろっ!!」


 アルヴィドの合図に呼応し、リオが手にした杖を"遺産"へと向けます。体内で練り上げた魔力(マナ)を杖の先端へと一気に流し込み、渾身の叫び声を上げました。


「――極位火炎魔術(クルーエルクリムゾン)ッ!!」


 瞬間、杖の先から極大の炎が現れました。リオがこれまでの魔術で披露したロウソクみたいな火や、拳大の炎――それらとは全く桁外れな規模の炎が、目が(くら)むほどの光を撒き散らして膨れ上がりました。


 かつてのパーティーメンバーであったハリー達や、現在のパーティーメンバーであるティエラ達、後方に控える警備隊、開拓者達が衝撃に目を見張る中、極位(レガリア)級の魔術が"遺産"へと向かって猛烈な勢いで飛んで行きました。


 同時に、リオの身体が後方へとぶっ飛びました。


 発動させた魔術と全く同じ猛烈な勢いで、背後へ向かってぶっ飛ばされました。


 極大の炎が"遺産"へと着弾。


 同時に、耳をつんざき大気を揺らすほどの大爆発が起こりました。猛火が天を()き、凄まじい熱が爆風に乗って周囲へと広がって行きます。


 "遺産"を飲み込んだ爆炎はまず付着していた霜を一瞬で溶かし、次に頑強な黒い身体を焼き尽くして行きます。可動部から侵入した高熱が内部機構を蹂躙し、大小あらゆる部品をことごとく舐め尽くして行きます。殴り付ける爆圧が外殻を割り、耐久限界を遥かに超えた熱と衝撃が"遺産"を破砕しました。


 炎の中で"彼"は苦痛も後悔も感じる事なく、最後に何を想うでもなく、断末魔もなくただ静かにこの世界から姿を消して行きました。


 煙が晴れます。


 リオの放った魔術の爆心地には、クレーター状に抉られ真っ黒い焦げ跡に染まった村の地面が残されておりました。周辺の緑草も黒々とした炭と化し、(だいだい)色に(くすぶ)る余炎が、夜空の星のようにちらちらと瞬いておりました。


『『『………………』』』


 ティエラ達はその光景をしばし呆然と眺め、


「……ってリオ!? リオ――――ッ!?」


 にわかに後方へぶっ飛ばされたリオの安否に思い至り、ティエラが慌てて顔を向けました。


 当のリオは背後にあった民家の木壁へ派手に叩き付けられ、ぐったりと倒れておりました。


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