47 村へ戻って来ました
リオ達一行は、村へ向けて走り続けます。
「……ぜは……っ、……か……っ」
「リ、リオ大丈夫?」
リオの苦しげな呼吸音に、前を走るティエラが心配そうな顔を振り向けます。
「……き……に、す……な……っ」
リオはしっかりと答えたつもりでしたが、意に反し掠れた声しか出ませんでし
た。足場の悪い中、片道で数時間掛かる距離を休みなしで走り抜ける……と言う、普段であればまず行わない無茶を実行に移した結果が、分かりやすい形で現れておりました。
見るからに限界なリオは元より、ティエラ達にも疲労の色は隠せません。息は大いに乱れ、汗は全身をだくだくと流れ、脚はまるで鉛でも仕込まれたかのように重くなっておりました。
「無理はしないで下さい。ここいらで少し休んだ方が……」
「……い……いや……むら、まで……あと十分ほどってところ……っ」
「ちゃんと喋れてないじゃない。ほら、止まった止まった」
ティエラから強引に制止されます。足取りの止まったリオは、そのまま地面へ倒れ込むようにうずくまりました。
「……げほ……っ、かは……っ」
「ほら水だ、飲め」
ハリーから受け取った水をぐびっ、ぐびっ、と派手な音を立てて飲み込みます。溢れた分があごを伝い、襟元を濡らしました。
「……すまん。少し、落ち着いた……」
「まあ、流石に私達もキツかったからな。休憩は必要だ」
「大体、村に着いたら即戦闘の可能性があるって言ったのはリオでしょう? ここから村まであと十分ほどってところだし、休憩のタイミングとしては妥当でしょ」
「……そうだった、な……」
疲労困憊の状態で戦闘に突入したとして、満足に戦う事など出来ません。村へ入る直前に休憩を入れて呼吸を整えるのは妥当な判断でありますが、何しろリオにとっては皆の走行ペースに付いて行く事がやっとでありました。遅れないよう必死で走る事に集中するあまり、うっかり意識から抜け落ちておりました。
「……しかし……こんなに走ったのは始めてだぞ……」
「……みっともないな。まあ、体力不足の君が付いて来られただけでも上出来だけどね」
「……こんな時でも相変わらずだよな……」
同じく息を切らせるアルヴィドに言われ、リオは眉をひそめます。アルヴィドもティエラ達に比べ体力的には一歩劣りますが、それでも学園時代それなりに運動をして体力を鍛えていた分、リオよりはマシな状態でありました。
以前までなら真っ向から言い返すところでしたが、昨日のやり取りでアルヴィドは自分を嫌っている訳ではないどころか、むしろ友人とすら思っているらしい事を知ったばかりです。ひとまずは苛立ちを飲み下し、リオは口を開きます。
「……取りあえずお前は、その上から目線な言い方を止めろ。俺には喧嘩売ってる風にしか聞こえんぞ」
「僕がいつ喧嘩なんて売ったんだよ。君の体力不足は事実だろう。|むしろ褒めてや|るよ。ティルノア島に来て少しは鍛えたんだろうね」
「……そりゃどうも……いやだからだな、その上から目線……自覚ゼロか。……ああくそっ」
リオは頭を振って、
「お前はまず、自分の直言癖を認識しろ。自覚がないってのが一番タチ悪い。お前の言葉を普通に聞いてる限り、相手は十中八九悪意としか受け取らんぞ」
「……僕は単に、思った事を思った通り口にしているだけなんだが……」
「それが喧嘩売ってると思われる原因だ。一方的に欠点を指摘されて面白い訳がない。"褒める"ってのも、裏を返せば"お前より上の立場である自分が判断してやる"って事でもある。せめて言い方を工夫しろ。なるべく柔らかい言葉を選んだ方が良い」
「……上から目線だと思われているのか……?」
「少なくとも俺はそうだ」
「……そうか……」
もっと反論して来るだろう……と思っていたリオは、しおらしい態度で聞き入れたアルヴィドに首をかしげます。
「……妙に聞き分けが良いな」
「ま、まあ色々とあったんでしょ。それよりもしっかり身体を休めましょう。のんびりともしていられないけど、焦りは禁物よ」
横合いからヴェネッサが言いました。疲弊していたリオは、少々ナーバスになっているアルヴィドのフォローだと言う事に気が付きませんでした。
「その通りだ。ほら、チーズでも食って落ち着け」
シエロから差し出されたチーズを、リオは受け取ります。
「……お前って、他人に食料分け与えられる奴だったんだな……」
「君も存外失礼な事を言うな。私にだってまれにはそんな時くらいあるぞ。それに今日はお前達がそこそこ間食をくれていたから、そこそこ腹は満足している」
「予期せぬ副次効果だよ……」
ミドリタケから目を逸らす目的で与えた干し肉が巡り巡った結果を、リオは半眼で眺めました。
「……それよりも、だ。今ちょっとばかり耳を澄ませてみたんだが……村の方角が騒がしい。これは多分、戦闘の音だ」
「……そうか」
シエロの報告に、リオは静かに目を閉じます。ある程度は予想していたため、慌てる事はありませんでした。
「"遺産"が村を襲おうとしている、って推測はどうやら当たっちまったようだ
な……。それでも、マールが警告を間に合わせてくれたはずだ。迎撃用意は出来ているはずだ」
「しかし……もし間に合っていなかったとしたら……」不安げにエマが言いまし
た。
「彼女とは道中で出会わなかった。先に村へたどり着いたって事だろう?」アルヴィドが言いました。
「村への道は一つじゃない」リオが答えます。
「それに魔物を避けるために迂回路を選んで、到着が遅れてるって事もあり得る。魔物に襲われて……ってのは、あまり考えたくはないな」
「途中で恐れをなして、役割を放り出して逃げた……とは流石に考えないか」シエロが言いました。
「辛辣だなオイ……」
「貶めたい訳じゃないぞ。だが精神力にだって限界はある。振り絞ったなけなしの勇気を恐怖心が覆い尽くして、気が付けば全く明後日の方角に……なんて事がないとも限らない。もしも私が空腹時、目の前に美味そうな料理を山ほど積み上げられたら我慢出来るか……と考えれば、仮にマールが逃げ出したとしても無理からぬ事だと思うぞ。根性でどうこう出来るものではない」
「忌憚なく言えば確かにそうなんだが……あいつも何だかんだで責任感はある奴だからな。どっちみち、俺達にどうこう出来るもんでもない。やってくれてると信じよう――」
リオの言葉に覆いかぶさるように、遠方から『ドーン……』と重低音が響いて来ました。
「……あの音は……」
「多分、"遺産"だ。あいつの目から出る魔術が炸裂したんだ」
一行の空気が焦燥感に染まります。こうしている間にも、"遺産"によって村が徹底的に蹂躙されているのかも知れません。数十年前、人々が魔物の脅威に晒される中、木材採取拠点構築のために時間を掛けて少しずつ森を切り開き物資を集積し小さな集落を作り上げ、ささやかながら産業と呼べるものを獲得し、着実に規模を広げ"村"となった歴史――現代アラケル王国によるティルノア島開拓史の一端が、今まさに踏み潰されようとしている。ティルノアの大地を故郷と定め、生命の営みを紡ぎ上げる人々が踏みにじられようとしている。その現実を耳朶に打ち付けられ、強いて蓋をしていた不安の釜から感情が溢れ返る心地でありました。
「……休憩はここまでだ。一気に村へ駆け付け、そのままあいつと一戦交えるぞ」
リオの言葉に、一行は強張った表情で頷きました。
村へと近付くにつれ、リオ達の"強化されていない聴力"でも戦闘の音がだんだんと聞こえるようになりました。
とは言え激しい衝撃音と人々の怒声とが判別出来る程度で、詳しい戦況までは分かりません。何とか戦線を維持出来ているのかも知れませんし、一方的に押し込まれているのかも知れません。
一行の目に、破壊された門戸が飛び込んで来ました。魔物の侵入を防ぐため頑丈な板を組んで作られた扉が押し破られ、大穴を開けられ吹き飛ばされております。穴の周囲が焼け焦げ、薄い黒煙が昇っているのを見るに、"遺産"の『目から出す魔術』が使用されたのでしょう。
「無事でいてくれよ……っ!!」
不安を吐き出すように、ハリーが叫びます。口にも態度にも出しませんでした
が、ここにいる全員が全く同じ思いを抱いておりました。
村にも防衛のためにギルドから派遣された警備隊が駐在しておりますし、クエストのために村へやって来た開拓者が防衛に回っている可能性もあります。ですが、あの"遺産"を相手にまともに渡り合えるかと問われれば、疑問符を付けざるを得ません。
この辺りの魔物はそれほど手強くありません。あくまでティルノア島西部など
の、より危険度の高い箇所と比較した上での話であり、もちろん安全な訳では決してありません。戦闘力の低い一般人にとって"弱い魔物"でも脅威である点に変わりありませんし、開拓者でも油断すれば命を落とす危険性も十分にあり得ます。それでも、注意していれば危険な事態に陥る可能性を問題なく防ぐ事が出来ます。
そのため、村の防衛も厳重と言えるほどではありません。派遣された警備員の数もそう多くはなく、練度も決して低くはありませんがあくまで"自衛には十分なレベル"に留まっております。また、この周辺で行われるクエストも比較的簡単な部類に入ります。位置付けとしては"駆け出し開拓者が、次の段階へ向けての経験を積む"くらいの難易度であります。リオやハリー達が採取クエストを受けたのも、ティエラやアルヴィドと言った新人達に経験を積ませる事が最大の目的です。
つまり、この辺りで見掛ける開拓者はほとんどが初心者以上、中級者未満程度の腕前だと言う事です。十分に戦闘経験を積んだハリー達でさえ苦戦した"遺産"を相手に、彼らがどの程度渡り合えるでしょうか。防戦に徹する事が出来れば御の字ですし、それでも既に犠牲者が出ているかも知れません。
そして全く対抗出来ずに犠牲者を積み重ねている可能性も否定出来ません。ましてや警告が間に合わず、全く準備を整えていない状態で奇襲を受けた場合は――
湧き出る思考を強引に押し止め、リオは指示を出しました。
「ティエラとエマは俺達の前に出てくれっ!! 流れ矢が飛んで来るかも知れな
いっ!!」
「任せてっ!!」
ティエラとエマが前に出ます。つまりは流れ矢に備え、後に続く仲間達を魔術及び盾で守れ、と言う指示です。
そのまま一行は門を抜け、村へと飛び込み――
「――落ち着けっ!! 増援は必ず来るっ!! 無理に攻めようとせず、防御に徹しろっ!!」
「魔術なら足止めが出来るぞっ!! 下位級で良い、魔術師はあいつの足元を集中的に狙えっ!!」
「ここを通すなっ!! 住民は絶対に守れっ!!」
そこには、"遺産"を前に必死の防戦を繰り広げる人々の姿がありました。
全員が全員装備をしっかりと整え、地面にありったけの置き盾を立て掛け、土袋や樽、材木を積んだ荷台をバリケード代わりに設置して、全力で"遺産"の侵攻を食い止めておりました。
完全な奇襲を受け、混乱の渦中のままに交戦に入ったのであれば、絶対にあり得ない光景です。事前に襲撃を察知していなければ、絶対に行えない万端の対応で
す。
これが意味する事はただ一つ。
「……皆さんっ!! ほらあれっ、私のパーティー仲間ですよっ!! 増援です
よっ!!」
前線からかなり離れた後方、民家の壁に隠れて戦況を見守るマールが叫ぶのが確認出来ました。
「――良くやったマールッ!!」
リオが叫ぶと、マールが右腕を高々と突き上げるのが見えました。




