46 村へと急ぎます
「……マール一人で大丈夫だろうか」
村への帰路を急ぎながら、ハリーが言いました。
「確かに、あの脚力なら間に合うかも知れないが……途中で魔物に襲われていないだろうか……」
「考えても仕方ない」
リオが言いました。
「ここは、あいつの逃げ足の速さに任せるしかない。それより、俺達も心の準備をしておかなければならない。村に到着、即戦闘って可能性が高いからな」
「……ああ、そうだな」
「報告はマールに任せるとして……問題は"遺産"とどう戦うか、って事よね」
少し前を走るヴェネッサが、振り返りながら言いました。
「あいつは全身が鎧みたいなもんよ。並の攻撃はそうそう通らないでしょうね。ただ、付け入る隙が皆無って訳じゃない。何があったのかは知らないけど、あいつは左腕が壊れてる。そこの付け根部分を狙えば、あたしのナイフでも十分なダメージを与えられたわ」
「魔術は効くのか?」
「ああ」今度はアルヴィドが答えます。
「……とは言っても、僕の氷系魔術で一時的に足止め出来たくらいだ。全く効かないとは考えられないが……それ以上の事は分からないな」
「それに、攻撃面も油断ならない」ハリーが言います。
「リーチの長い腕もそうだが、特にあいつの目がやばい。赤く光ってる部分だ。あそこから、何か攻撃魔術みたいな光が発射された。あれのせいで、エマが負傷し
た」
「辛うじて防御は間に合ったのですが……盾はこの通りです」
エマは左手の盾を掲げます。中心よりやや右側を中心に真っ黒い煤が付着し大きくえぐれており、その周辺が高熱のために溶けております。接合金具も破損してぷらぷらと浮いており、まだ盾としての機能こそ保っておりますが、確実に強度が落ちている事が伺えます。
「……なるほど。防御は一応可能らしいが……喰らわないに越した事はないな」
リオは頷きました。
「まあ何にせよ、手の内がある程度分かったってだけでも収穫だ。それに、あいつも完全に無敵って訳じゃないとも分かった。対抗手段はあるし、しかも次は多人数であいつを攻められる。お前らが最初に戦った時よりも、確実に有利な状況で戦える。どれもこれも、お前らが生きて貴重な情報持って帰ってくれたおかげだな。ありがとよ」
「……リオ……」
ごく当然のように出て来たリオの言葉に、ハリーは静かに目を見開きます。
「……お前はそう言う奴だよ。良い奴だ。それに頼りになる」
「急にどうした?」
「今さらだがすまない。お前には悪い事をした。パーティーから追い出した上、酷い事も言ってしまった」
「……やっぱ気にしてたか」
そう言ってリオは軽い苦笑を浮かべました。
「もう過ぎた事だろ。それに、開拓者やってりゃこう言う事もある。俺は別にお前の判断を恨んでなんかいないぞ」
「……すまない」
「今は村へ戻る事に集中しよう。全部終わったら、みんなで飯食おうぜ」
「……ああ!」
笑みを向けるリオへ、吹っ切ったようにハリーが言いました。
「うびゃああああああああ〜〜〜〜っ!!」
背後に複数の魔物を引き連れつつ、マールは森の中を爆走しておりました。
現在のところ彼女の脚力が勝っており、徐々に魔物との距離を引き離してこそおりますが、マールにとっ
てそれは何の慰めにもなっておりません。『魔物に追われている』と言う現実こそが彼女にとって恐怖と絶望の対象であり、悪夢以外の何者でもありませんでした。
もっとも、魔物に発見される事そのものは無理からぬ事であります。
現在のマールは、全速力で森を駆け抜けているためです。足音や葉音などは抑えようもなく、周囲へと盛大に鳴り響きます。振動も決して無視出来ず、敏感な小動物達が驚き、あちこちへと逃げ去って行き――これがまた葉音が広がる原因となります。好奇心の強い魔物、縄張り意識の強い魔物が音の中心点へと引き寄せられるのも必然でありました。
縄張り意識の強い魔物に関しては、彼らの縄張りから遠ざかればそれ以上追って来ない分まだマシです。厄介なのは、好奇心の強い魔物の方です。彼らは興味が失せるまで、あるいは昂ぶった気が落ち着くまでどこまでも追い掛けて来ます。現に今、マールは遠方から音を聞き付けた魔物に追い回されている最中なのでありました。
「死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃいます――――――っ!! これ死んだっ!! もう死んだっ!! 絶対死んだっ!! ダメやばいっ!! これもう村たどり着く前に頭からバリバリ食べられる流れっ!! ……ああ主よっ!! 神様っ!! もし私が御前に導かれた際は、取りあえず飲み水お願いしますっ!! それから鍵付きの部屋に引き籠もらせて下さいっ!! 魔物が絶対入って来れないくらいガッチガチに鍵閉めた部屋で一週間ぐらい頭から布団被って隅っこで丸まってガクブルさせて下さいっ!! あと、めっちゃ労って下さいっ!! 『魔物に追われて怖かったねー、良く頑張ったねー』ってな感じで、ベッタベタに甘やかして下さいっ!! あったかいお風呂と美味しいごはんも用意して労い倒して下さ――――――いっ!!」
これでもか、と言うくらい下心を満載した絶叫をしながらも、マールはひたすらに走る続けます。ろくに背後を振り返る余裕もないため現状を正確に把握出来てはおりませんが、実際には彼女の絶望とは裏腹に魔物との距離はどんどんと離れております。このままのペースで行けば、やがては魔物も追い掛けるのを諦める事でしょう。
マールは疾走します。行く手を遮るように生い茂る草を突き抜け、地上に露出し大きな突起を作る巨木の根を飛び越え、木々の低い位置を渡るツタをくぐり抜け、ひたすらに脚を動かし続けます。体力にも保有魔力量にも自信のあるマールではありますが、流石に限界と言うものはあります。足場の悪い中、長時間極度の緊張に晒されながら全速力で駆け抜けるのはかなり堪えます。息は荒くなり、汗は滴り落ち、筋肉は苦痛を訴えております。
それでも、脚を止める事はありません。ひたすらに動かし、動かし、動かし続け――疲労で上手く動かなかった脚がもつれます。
かろうじて一歩目は踏み止まり、二歩目でわずかに姿勢を崩し、無理に踏み込んだ三歩目で足が滑り――
「ふんぬぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」
ド根性で踏ん張り、地面に崩れ落ちそうな身体を奇跡的に持ち直します。そのまま脚を止める事なく、引き続き全力疾走へと戻ります。
「……あ……あっははははは――っ!! やっぱ私持ってますね――っ!! 奇跡持ってますわ――っ!! そうなんですよね――っ!! まさかこんなところですっ転んで魔物に美味しく食べられちゃうなんて末路なんて迎える訳ないじゃ――」
言葉の途中で気が付きました。
今しがた踏みしめた岩が、何処からか流れ出て来た湧き水によって濡れている事に。長い事水の通り道となっていたためか、苔むして大変滑りやすくなっている事に。
「……ぎゃんっ!?」
奇っ怪な悲鳴を上げ、マールは盛大にすっ転びました。小柄な身体が派手な音を立て、走る勢いのまま地面を転がり回りました。
その間にも、魔物はどんどんと向かって来ます。一旦は離れつつあった距離が見る間に縮んで行き――




