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「……どうしたんだお前ら? 確か、森のもっと奥の方に用事があったはずじゃないのか? クエスト帰りにしちゃ、時間が早過ぎるし……」


「ちょうど良いっ! リオ、それどころじゃないんだよっ!!」


 のんびりと声を掛けたリオでしたが、予想に反しハリーは必死の形相で叫びました。全く想定外の反応に、リオも戸惑います。


「ちょっと待て。どうにも穏やかじゃない雰囲気みたいだが――」

「リオッ!! 手を貸してくれっ!!」


 立て続けにアルヴィドが叫びます。


「……は? いや、お前……」

「頼むっ!! 大変な事になってるんだっ!! 頼むよっ!!」


「ちょ……おま、落ち着け……っ!?」

「僕のせいなんだっ!! 早くしないと取り返しの付かない事になってしま

うっ!! 頼むリオッ!!」


「……訳が分からんぞ……」


 輪をかけて想定外の展開に、リオは完全に混乱してしまいます。状況がまるで飲み込めない、と言うのもありますが、何よりアルヴィドが他人を頼る場面などこれまで一度も目にした事はありません。厳密に言えば、他人に仕事や役割を任せる場面こそ珍しくも何ともありませんでしたが、他人の力を当てにした上で助けを求めるなど全く考えられない事です。そんな彼が、しかもリオに対してなりふり構わずに頭を下げるなど、全く想像の埒外(らちがい)でありました。


「……ひょっとして、さっきのあれと何か関係でもあるの?」

 二の句が継げずにいるリオに代わって、ティエラが尋ねます。


「さっきの……? まさかお前らも見たのかっ!? あの"動く遺産"をっ!?」


 ハリーの口から出て来た"動く遺産"と言う単語で、瞬時にリオ達は確信しまし

た。アルヴィド達がここまで取り乱しているのは、ほぼ間違いなく先ほど目撃した謎存在が関係しているのでしょう。


「……それについて、心当たりがある。取りあえず落ち着け。落ち着いて、それからお互いの話をすり合わせよう」






 ハリーはリオ達に、これまでの経緯を報告しました。


 クエストに向かう途中、アルヴィドが土に埋まっていた"遺産"を発見した事。その"遺産"が突如動き出し、こちらへ攻撃を仕掛けて来た事。応戦している最中、

"遺産"が突然戦闘を中断し、村の方角へと走り去って行った事。


 リオ達も、先ほど謎の存在が走り去って行く場面を目撃した事を報告し、外見的な特徴からハリー達の見た"遺産"と同一存在である事は間違いないだろう、と結論付けました。


「――あいつは先史文明時代に作られたもので、人を襲う存在で、今現在村へ向かっている……」

 ハリー達から聞いた情報を整理するように、リオは呟きました。


「……マジかよ……。マジであれが先史文明の遺産なのかよ……。この目で実物見てもなお信じられんぞ……」


「ボクもだけど……事実として受け入れるしかないよ。あれをこのまま放っておく訳にもいかない。ボクらで何とかしないと」


「ああ、それはその通りだ。あいつが村を襲うかも、ってのはあくまでハリー達の推測だが……この状況だ。それはもう前提として考えた方が良いな」


「うん。……そうだとすると、まずい状況よね。あたし達も急いで後を追って来たんだけど……あいつには追い付けそうにないわ。リオ達が目撃したって言う時間から判断すると、完全に突き離されてるって訳じゃないとは言え」


「ならば、村人達に"信号球"で知らせてはどうだ?」


 ヴェネッサの言葉に、シエロが提案します。"信号球"とは魔 具(アーティファクト)の一種であり、開拓者達の間で狼煙(のろし)代わりに使用される道具です。名前の通り球状の物体で、本体から伸びる(ひも)を強く引っ張ると、色の着いた煙が立ち上ります。煙の色は数種類あり、遠方の人々へ色ごとに決められた固有情報を伝える事が出来る……と言う仕組みです。


「ここから煙を上げても、村からは十分に確認出来るはずだ」


「確認は出来るでしょうが……難しいと思います」エマが答えます。

「何しろ、信号球で知らせる事の出来る情報には限界があります。赤の『救助を求める』、黄色の『ここは危険、近付くな』、青の『放置素材あり、回収を頼む』

……だけです。これだけでは、『村へと危険が迫っている』のを知らせる事が出来ません」


「一応、離れた相手と会話が出来る魔 具(アーティファクト)も存在はするんだが……」アルヴィドが言います。

「この状況じゃ無理だろうな。この中の誰かが持っていたとしても、村人側にも同じものを用意しなければならないし、第一ここから村まで距離が離れている。通話するには遠過ぎる」


 リオ達の間に、重い重い沈黙が降ります。このままでは、村に危機を知らせるより先に"遺産"が襲撃する事となるでしょう。村側も自衛のために相応の備えはしてあるとは言え、何の前触れもなく未知の存在から奇襲を受けてしまえばひとたまりもないでしょう。リオ達が村へ到着する頃には、"遺産"の攻撃によって重大な被害を受けた後だった……と言う可能性は高いと言えます。当然、この期に及んで

『"遺産"が村の方角へ向かったのは単なる偶然、今頃は森の中で大人しくしているはず』……などと言う楽観論を唱える者は誰一人としておりませんでした。


 こうしている間にも、"遺産"は村へと向かっている事でしょう。暗澹(あんたん)とした思いを押し殺しながら、ハリーが口を開きました。


「……あまり時間を掛ける事も出来ない。策がなくとも、今すぐに村へ戻らなければ……」


「……そうですね。皆さん、足元が悪い森の中を走るのは大変でしょうが、ここは一つ頑張って――」


 マールの言葉を聞いていたリオの目が、突然大きく見開かれました。そのまま彼は確認を取るかのように、マールの顔をじっと見つめました。


「……? あの、リオさん? どうかしましたか?」

「……いるじゃないか。あいつより先に村へたどり着く事の出来る人材が」


 怪訝顔を浮かべるハリー達四人とは対照的に、ティエラとシエロが名案に気が付いたように「「あ」」と声を揃えました。


「おいリオ。それはどう言う――」

「説明は後だ。……マール。お前、身体強化魔術(ストレングスニング)を駆使して村まで全速力で走ったとして、体力や魔力(マナ)は持つか?」


「…………あの、まさか……」


「お前が考えているであろう、そのまさかだ。……マール、お前に村への連絡役を頼みたい。今すぐ全力で走って行ってあいつよりも先に村へたどり着き、住民達へ危機を伝えてくれ」


「…………私一人で、ですよね?」

「お前一人で、だ」


 リオの言葉を脳へじっくり浸透させるようにマールは数秒黙り込み――完全に理解した瞬間、顔を真っ青にして狼狽し始めました。


「ちょちょちょちょちょちょっ!? ちょっ、なな何て事を言い始めちゃってるんですかリオさんっ!? ビビリ代表な不肖この私に魔物が闊歩(かっぽ)している森の中を護衛もなくたった一人で、徒歩で片道何時間も掛かる道を休まず全速力で駆けろと、つまりはそう言う事ですよねっ!?」


「そうだ」


「無茶苦茶ですっ!! いや、確かに私体力と身体強化魔術(ストレングスニング)には自信あります

よっ!? けど程度ってもんがありますっ!! 少なくともこんな障害物だらけな森の中を長時間全速力で駆け抜ける経験なんてありませんし、それにもし途中で魔物と遭遇したら――あるいは、あの"遺産"とはち合わせて狙われでもしたら、私一体どうなっちゃうと思ってるんですかぁっ!? ビビる程度じゃ終わりません

よっ!? 漏らす自信ありますよっ!? 卒倒する自信ありますよっ!? ショックで心臓止まって一人勝手にあの世行きって顛末迎える自信ありますよっ!? 私は他人の背中にコソコソ隠れる安心感があって初めて実力発揮出来るタイプなんですよっ!! 助けてくれる人もなく一人危険に晒されて、なお普段の逃げ足の速さを発揮出来るとか思わないで下さいっ!! 縮み上がって一歩も動けなくなる可能性大ですよっ!! そんときゃ一体どうすりゃ良いんですかぁっ!?」


「根性で何とかしろ」


「さっきから逡巡(しゅんじゅん)なく言い切りますねこの人っ!?」


「すまん。……だが、冗談で言っている訳じゃないぞ」

 涙目で喚き立てるマールを正面から見つめながら、リオは静かに言いました。


「本気で、絶対に出来ないって言うのなら俺も引く。だが、あえて言わせてもら

う。このままじゃ、あいつが村を襲って大量の犠牲者が出るって事態を防げない。何とか出来るのはお前の脚力だけだ。お前があいつよりも先に村へたどり着き住民に事情を説明し、避難なり防衛準備なりを行わせるのが現状の俺達が打てる最善手だ。それ以外に打つ手がない。少なくとも、俺にはそれ以外に思い付かない」


「……う……うう……」


「お前が頼りなんだ。お前の逃げ足の速さこそが、この事態に対処出来る唯一の手段なんだ」


「……ううう……」


「お前は無茶苦茶だと言ったな。だったら頼む。その無茶苦茶な事をしてくれ」


「……うううううう……っ」


 真顔のリオに真正面から言われ、マールはしばらく胸中で渦巻くあらゆる葛藤を混ぜこぜにしたような唸りを上げ、


「……うああああ〜〜っ!! もうっ!! 分かりましたっ!! 分かりました

よっ!! やってやろうじゃないですか――――っ!!」


 遂に、森中に響くような大声で宣言しました。


「頼めるか?」


「ええ、もうバーンとやっちゃいますよっ!! やりゃ良いんでしょーがっ!! やったろーじゃねーですか――っ!!」


「……もうヤケだね……」


「ヤケなんて十でも百でもいくらでも起こしたくなりますよっ!! めっちゃ怖いですよっ!! 無茶苦茶だって思いますよっ!! いっそ今すぐにこの現実から全速力で逃げ出したいですよっ!! でも他に手がないんじゃ仕方ないじゃないですかぁっ!!」


 マールはゼイゼイと肩で息をした後、幾分か落ち着いた声で続けます。


「……そ、そもそも私だって何とかしたいって思いは同じですし。私の足の速さが皆様のお役に立つと言うのなら、ぜひとも使いたいと思いますし。仮にも準司祭で開拓者、この危機に立ち上がらずしていつ立ち上がるんだって話ですし」


「すまん、恩に着る」

 リオは深々と頭を下げます。


「住民への報告を済ませさえすれば、お前自身は戦闘に参加しなくても良い。防衛準備の手伝いなり、負傷者へ回復魔術掛けるなり、後方支援をしておいてくれ」

「わ……分かりました」


「しかし、住民に理解してもらえるのか?」

 アルヴィドが言いました。


「『先史文明時代の遺産が動き出して攻撃を始めた。村を襲うかも知れないから、防衛の準備を整えろ』……にわかには信じられない話のはずだ。住民がその娘の話を聞いたとして、即座に対応するとは限らない。むしろ、単なる与太話と思われるかも知れない」


「それなら多分大丈夫だ」

 ハリーが言いました。


「非正規員であるとは言え、俺達は開拓者ギルド所属の人間だ。だからティルノア島内で何らかの発見をした場合、ギルドにそれを報告する義務がある。何らかの危険が生じる可能性を察知したのなら、それも報告しなければならない。そう言う立場である俺達の報告だからこそ、信用されやすい。確かに『"遺産"が動き出した』なんて話をいきなり聞かされても、すぐに受け入れてはくれないだろう。だが無下には扱われないはずだし、そもそも虚偽報告は最悪ギルドから除名処分を受ける可能性がある悪質行為だ。そんなリスクを犯してまでデタラメな報告を行うなんて事はまずあり得ない。少なくとも、村に危険が迫っているって部分に関しては即座に対応してくれるはずだ」


「そう言う事だ。……じゃあマール、早速出発してくれ」


「まま、任せて下さ――いっ!!」


 マールは己を奮い立たせるように叫び、村の方角へと向かって走り出しました。 さながら、疾風の如き猛烈な速さでした。


 俊足自慢の開拓者ならハリー達にも数名心当たりがありますし、ヴェネッサも()には覚えがあります。しかしマールの脚の速さは、それらと一線を画しておりました。大地を蹴るごとに速度を増す青い服の少女は、ハリー達が唖然とするのを尻目にどんどんと遠ざかり、あっという間に緑林の中へと消えて行ってしまいました。


「……さあ、俺達も早いとこ戻ろうぜ」

 呆気にとられ、マールが走り去った方角をただただ眺めるばかりのハリー達に、リオは言いました。


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