44 一方のリオ達は
「下位電撃魔術!」
リオの放った魔術の電撃が眼前の魔物――"コブイノシシ"へと襲い掛かります。名前の由来となっている頭部の頑強なコブを避け、対象の側頭部へと寸分違わず命中した魔術の電撃は、コブイノシシへ若干『ピリッ』とした刺激を与えました。
「――今だっ!!」
リオの合図で一気に距離を詰めたティエラがコブイノシシへと斬り掛かり、同時にシエロの矢が胴体左側面を射抜きます。致命傷を負った魔物は断末魔を上げながら、音を立てて地面へと崩れ落ちました。
「……ふう。良くやってくれたな、二人共。こうして無事に魔物を仕留められたのも、お前らの力添えあっての事だぜ」
「……うん、そうだね。そして念のため言っておくと、リオの魔術ほぼダメージになってないからね? どことなく『主に俺のおかげで倒せた』みたいな雰囲気出してるっぽいけど、それ完全な筋違いだからね?」
「止めておけティエラ。いずれは醒める白昼夢なんだ。せめて両肩まで浸らせて、十数え終えるのを待っててやるのが優しさと言うものだ」
「うっせバーカッ!! お前らなんて嫌いだっ!!」
冷たい視線と生暖かい視線のツープラトンに耐え切れず、リオは涙目で叫びました。
「ほら皆さん。無駄口叩いてないで、早いところ魔物に吸魂管使っちゃいましょ
う。周囲に他の魔物もいないみたいですし、肉が傷まない内にささっと解体して、ギルドバッグに詰めましょう」
「さっきまで木の上にいた奴が、ごく自然に場を仕切り始めたしさ……」
「気にしないで下さい、木だけに。周辺の安全も確保出来た事ですし、これでミドリタケのさいぷふっ……採
取も、安全に行えますね。手分けして作業に当たりまぷひゅっ……当たりぶふっ!」
「ええ……何自分のダジャレに一人ツボちゃってんのこの半人前……」
「じゃあ、ボクとシエロで解体をふふっ……進めるから、リオとマールはミドリタケの採取おね、がい……っ!」
「ああ、任せてふふぇっ……まか……ぶはっ……ふっ……ははっ……まか
せ……っ!」
「俺、今お前らとの間に壁感じてるわー。そっち側行けたら色々楽なんかなー、
ってちょっと思い始めちゃってるわー」
じんわり暖まりつつあるティエラ、マール、シエロの空気と、どこまでも荒涼としたリオの空気。両者の間を走る絶壁の如き隔たりが、くっきりと見事なコントラストを場に描き出しておりました。
「……ああもう。じゃあ、さっさと用事終わらせるか……」
脱力しつつ、リオがミドリタケ採取のために手近な樹木へと足を向けようとした時、
「……?」
シエロが何やらきょろきょろと首を巡らせ始めました。
「どうした? まったりしてないで、早いとこ始めようぜ」
「静かに」
短く鋭く、シエロが言いました。そのまま彼女は地面へと伏せ、耳を土へと近付けました。
「……足音……? こっちの方角か……?」
「何があった?」
流石にふざけている雰囲気ではない事を察し、リオは手短に尋ねます。
「……山の方から良く分からん音が複数聞こえる。強いて言えば足音みたいだが、それにしては音が固い。リズムにも聞き覚えがない」
「魔物なの?」
「分からん。正体の心当たりが全くない。それにどうやら、こっちに近付いて来ているようだ」
それを聞いたリオとティエラは咄嗟に武器を軽く構え、マールは音もなく身を隠します。
「……どうするの? 迎え撃つ?」
「いや、何か不気味だ。それに敵とも限らん。まずは様子を見た方が良い。木の影に潜んで、来るのを待とう」
リオとティエラは、先客のマールがいる樹木の裏側へと身を隠します。シエロだけは別の樹木へと登り、高所から改めて警戒を始めました。
「……ふふふ。ようこそ皆さん、こちら側へ。身の縮こませ方から息の潜め方ま
で、先達たる私が教授して差し上げますよ?」
「ここぞとばかりに上から来やがるなコイツ。同じ隠れるのでも、お前のとは全然意味合いが違うからな。……冗談はほどほどにしとこう。マジで事態が分からん」
「わ、分かってますって。……と言うか、そうしてないと私の気が持たないんですよぉ。あんまり怖がらせないで下さい」
リオの真面目な口調に一層緊張感が増したのか、マールは声を震わせました。
一分、二分と経過し、ガシャガシャとした金属質の足音がリオ達の耳にも聞こえて来ました。
「……この音だ、間違いない。来るぞ」
「……仮にこいつが魔物として、倒せるようなら奇襲。厄介そうならこのまま見送りだ」
会話もほどほどに、息を潜めて様子を窺います。
やがて、藪を強引に突き抜ける葉音と共に足音の主が飛び出し、
(……っ!?)
驚愕の声が飛び出しそうなところを、リオは咄嗟に口を覆って堪えました。
彼らの前に姿を現したのは、土汚れに塗れた黒い樽のような身体から、一本の長い腕と八本の脚が生えた謎の存在でありました。あれが野山に住んでいるだけの平凡な魔物などでは決してない、と言う事を四人は瞬間的に察しました。それどころか肉感を全く感じられないほどの硬質で、自然に形成されたとは思えないほど整えられた身体は、彼らに『人工物』と言う単語すら想起させておりました。
(な……何あれ……)
辛うじて聞き取れるほどの小声で、ティエラが尋ねます。
(……分からん。だが、あの表面の質感は……)
リオの脳内では、『まさか先史文明時代の遺産ではないか?』と言う疑問が浮かんでおりました。浮かんだ想像を、彼はすぐに『あり得ない』と否定しました。単に見覚えのある質感だから、と言うだけで"大昔の謎の物体が今になって動き出
し、表を歩いている"――など、発想として突飛にもほどがあります。それでも、否定する側から疑念がぐんぐんと膨らんで行くのを止められませんでした。
シエロが木の上からリオへと目線を送り、『射るか?』と尋ねて来ます。リオは首を横に振って『待て』と合図を返しました。
そのまま謎の存在は一心不乱に八本の脚を動かし続け、やがて木々の向こうへと姿を消してしまいました。
「…………っ」
立ち去ったのを確認してからリオは地面に手を着き、渦巻く混乱に任せた呼吸を大きく荒く繰り返しました。
「だ……大丈夫?」
「……あ、ああ……。……なあ、二人共。さっきのあれ、魔物に見えたか?」
一度大きく深呼吸をし、リオはティエラとマールに尋ねます。
「……ううん。それ以前に、生き物にも見えなかったよ……」
「ゴーレムなんかの、非生物系の魔物でしょうか……? ……いえ、それにして
も……」
二人も戸惑いつつ、答えました。
「……俺の目には、先史文明時代の遺産に見えたぞ。あいつの質感は、島に転がっている謎物質とそっくりだった」
膨らみ続けた疑念を抑え切れず、遂にリオは浮かんだ仮説をはっきり口に出しました。
「です、ね……。私の目にも似てるように映りました」
「まさかあれ、魔 具の一種なのか……? ……いや、飛躍し過ぎか。そもそも
魔 具なら、それを扱う人間がいるはずだ。だったら遠隔操作……? それとも中に人間でも入ってる……?」
「リオ? ねえリオー?」
否定なのか肯定なのかさえ分からない事をぶつぶつ呟き始めたリオの眼前で、ティエラは手をひらひらと振ります。
「あ、ああ、すまん。……何にせよ、この事はギルドに知らせておいた方が良い
な。帰ったら報告しておこう」
「それもそうなんですけど。……あの謎存在が向かって行った方角って、村のある方じゃないですか……?」
マールが言いました。
「そうだっけ。……って、もしかしてそれ、結構大変な事態なんじゃ?」
「う〜ん……何とも言えないな。偶然って事もあり得るし、そもそもあれが有害なのか無害なのかさえ俺達には判断出来ん。一応、分からん時は慎重になった方が良いとは言え……。何にせよ、まずは本題からだ。ミドリタケの採取とコブイノシシの解体を済ませよう」
リオはシエロを手招きで呼び寄せ、それから当初の予定通り手分けして採取と解体を進めて行きます。
「ちょっと良いか」
しばらくして、シエロが言いました。
「今度は何だ?」
「また足音が聞こえる。断言は出来ないが、さっきのあれとは違う感じの音だ。方角も少しズレている」
「何?」
「詳しい事は何とも言えん。随分、距離が遠くてな。ギリギリ探知出来る程度だ」
「分かった。お前はそのまま足音へ注意を向けておいてくれ」
「ああ」
大方済んでいた解体の残りはティエラに任せ、シエロは地面に耳を近付けます。
「……これは……人の足音か? だとすると四、五人分ってところだ。かなり乱れている辺り、走っているようだな。こっちに向かってどんどん近付いて来ている」
数分ほど経ってから、シエロが耳で捉えた結果を報告して来ます。
「山の方からやって来る人間……て事は、開拓者か?」
「かもな。……さっきのあれと、何か関係でもあるのかもな」
「……一概に否定も出来んな」
リオ達も採取と解体を済ませてしまいましたが、音の正体が気になり、シエロに探知を続けさせます。
それからまた数分ほど経ち――木陰の向こう側、狭い林道から四人分の人影がリオ達の視界に飛び込んで来ました。
その人影の正体は、
「――ちょっとっ!! あれってリオ達じゃないっ!?」
「何っ!? ……ちょうど良いっ!!」
「……あれは確か、ハリー、だったか?」
見間違いようもなく、ハリー達四人の姿でありました。




