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38 森へ入りました

「……じゃあみんな、森に入る準備は良いか?」

 一夜明け、宿屋のロビーで出発の確認を取るリオにティエラ達三人は頷きまし

た。


「……そういえば、ハリーさん達の姿見掛けないね。食堂でも会わなかったし」


「ああ、あいつらは俺らよりも早い時間に森へ入ったんだろう。俺らがミドリタケを採取する箇所より、さらに奥に用があるんだ。山の裾辺りに魔力(マナ)を蓄えた湧き水があるから、それを汲んで来いってクエストなんだとさ。……それに、会ったってどうせお互い気まずい思いをするだけだろう。会わなくて正解かもな」


「……まあそうかもなんだけど……」


 ティエラ達の脳裏には、昨日のリオとアルヴィドとの斜め上なゴタゴタが思い起こされておりました。


「そもそもリオ。事情は良く知らんが、君があのアルヴィドと言う男に冷たく当たっていたのが、話のこじれた原因の一つじゃないのか。事情は良く知らんが」


「念を入れて言うな。お前は気軽に言うがな、俺の立場にも立ってみてくれ。何しろあいつとは、顔を合わせるなり嫌味を言われ続ける学生時代を過ごして来たんだぞ。『お前の魔術は弱い』『僕が教えてやろうか?』だとか何とか、上から目線でこき下ろす調子で。そんな事を言われ続けて、何で『友好的に接する』なんて出来るんだよ。……今さらながら、何か無性に腹立って来たぞ。あれは何をどう考えたって、あいつが悪い。実は構って欲しかった? いやふざけんなよ。『誤解を招く言い方だった、悪気はなかったんだから仕方ない』なんて問題じゃねーぞ。物事には限度ってもんがあるだろ。それ棚に上げておいて、何『俺が悪い』みたいな流れ作ってやがるんだ。まず真っ先に、あいつが俺に対して謝るべきだろう。普通そうだろう普通は。ああくそ、畜生」


「わ、分かった、分かったから。私が悪かったから落ち着け」

 グチグチとした早口で何やらまくし立て始めたリオに、シエロは若干の後悔をしつつなだめました。


「そ、それよりもクエストに集中しましょうよ。さぞやご立腹の事と思われます

が、身体と頭を動かしていればその内気分も切り替わるってもんです」

「………………まあ、そうだな。じゃあちゃっちゃと行くぞ」


 いかにも不満たらたらな様子を見せながらも、リオは言いました。






 村の裏手側に立つ門をくぐり、リオ達は山裾に広がる森へと入りました。


 ひんやりと朝霧の立ち込める空気をかき分け、草に付着した(つゆ)で足を濡らしながら四人は進んで行きます。村に近い内は魔物と遭遇する確率も比較的低いため、歩も順調そのものです。


 とは言え、地面へ張り巡らされた樹木の根や、枝から枝へあちこちを渡るつる植物及び蜘蛛の巣、ぼうぼうと無遠慮無秩序に生える草々や湿り気の帯びた柔らかい黒土などなど、快適さとはほど遠い環境です。当然、平原と全く同じ歩行速度で進む事など叶いません。地面の凹凸でつまずいたり、濡れた木の根で足を滑らせたりしないよう十分注意しながら慎重に進んで行きました。


 やがて日が昇り朝霧が去り、光が木々を()って地面にまだら模様を描き始めました。落ち葉へわずかに残る水滴が太陽の光を反射し、てらてらと輝きます。森へ足を踏み入れた時と比べて多少は明るくなりましたが、それでも視界は薄暗いままです。四人はなおも黙々と進んで行きます。


『ピキ――――ッ!!』


「はぁ――ッ!!」


『ピキ――――ッ!?』


 この辺りから、魔物と遭遇する可能性も高くなって来ます。今も茂みの奥から一匹のグリーンスライムが飛び出して来ましたが、ティエラが回し蹴りの一撃で返り討ちにしてしまいました。背中の太刀を抜くまでもない、秒単位の一方的決着でありました。


「……お見事。体術もバッチリじゃないか」

「へへ。武器が使えないって状況に備えて、格闘術も鍛えてるんだ」

「凄いな。私が構える暇もなかったぞ」


 矢をつがえた姿勢を崩さず周囲の警戒を続けながら、シエロは言いました。例え眼前の驚異が過ぎ去った直後であろうとすぐには警戒を緩めず、油断なく追撃に備える姿は手練の実力者である証でした。


「頼もしいですね。その調子でバンバンやっちゃって下さいね」

「……秒で枝の上へと登り切ってしまうお前も、ある意味では大したもんだよ

な……」


 魔物の撃退を確認次第、マールは幹をズルズル伝って地面へと降りて来ました。さも慣れ親しんだ日常的行為の如き手際は、彼女が幾百幾千いくひゃくいくせんと繰り返して来た樹木の登り降り技術の蓄積を物語っておりました。


「お任せ下さい。有事の際には一切の遅滞なく我が身を守って見せますから。皆様は要所要所で私の身を案じつつ、思う存分戦って下さい」

「褒めてねえからな? 賞賛の気持ちなんてこれっぽっちも込めてねえからな? でもって最後、微妙に図々しいからな?」

「ソツのなさと言って下さい……おや?」


 マールが何かに気付いてしゃがみ込み、木の根本を探り始めました。


「どうした?」

「見て下さい。ミドリタケですよ。樹木に生えていた(こけ)なんかが保護色になっていて、見えづらかったんですね」


 マールの指し示す箇所には、クエスト目標であるミドリタケがひょっこり生えておりました。全体がくすんだ緑色をした、大地から魔力(マナ)を吸い上げて成長する種類のキノコでありました。このキノコが蓄えている魔力(マナ)を抽出し作られた液体薬こそが魔力薬(マナポーション)であり、魔術師達の魔力マナ回復用アイテムとして愛用されております。


「本当だ。マールお手柄だね」

「ああ。……クエストで要求された量にはまだまだ遠いけどな」

「野暮ですねぇリオさんは。分かってますって、それくらい。素直にクエスト達成への第一歩を喜んで下さいよ」


 そう言ってマールはミドリタケを根本から引っこ抜き、自身の肩に掛けている

"ギルドバッグ"へと放り込みました。自前の魔術でリュックサックの容量を増やしているマールは、普段ギルドバッグを借りる事はありません。しかしミドリタケを採り次第、いちいち背中のリュックサックを降ろしてから入れる……とするのも面倒なので、今回のような採取系クエストでは利用しているのです。


「まあ、この辺はまだ光量も多いし、風通しも良い。必要分を採取するには、森のもっと奥、湿度の高い場所へ行かなきゃならん。まあ何にせよ、今後は木の根元なんかに注意しておいた方が良いな」

「そうだな。……ところでみんな」


 シエロが言います。


「何だ?」

「知っているか? ミドリタケは焼くと中々美味いんだぞ? 独自の苦みがあって味の好みこそ分かれるかも知れないが、柔らかくも歯応えのある食感は癖になる」


「ティエラ。周辺の魔物の警戒と共に、シエロの動向にも細心の注意を払ってお

け。もし少しでも怪しい動きがあれば、『考え過ぎかも?』なんて事は一切気に掛けなくて良いから、早め早めの注意喚起を頼むぞ」

「うん。リオもお願いね」


「マール。何があってもギルドバッグからは決して目を離すな。特にシエロの接近には最大限の警戒を持った上で、十二分に距離を取る、鞄を奴の視界から隠す……などの対処に当たってくれ」

「分かりました。念のため、干し肉をここに。予備も十分に用意しています」


「シエロ。お前は魔物の警戒だけに集中し、ミドリタケ採取の事は一切合切、心に(わず)かばかりであっても思い浮かべなくて良いからな。ほら、干し肉だ。頑張ったらおかわりも出るぞ」

「肉ぅっ!!」


 リオの手から奪い取るように直接干し肉へと喰らい付くシエロの姿に、三人は顔を見合わせまずは頷きました。


『ミドリタケを全部食べられてクエスト失敗』と言うしょっぱい可能性を確実に潰すための、実に見事な連携プレーでありました。


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