39 その頃、ハリー達は
リオ達が森を進んでいる頃――
「上位水流魔術!」
アルヴィドの放った上位級魔術が、『コボルト』と呼ばれる魔物達の群れへと襲い掛かりました。
渦を巻きながら荒れ狂う雹の嵐が、人型の魔物を容赦なくなぎ倒して行きます。子供の背丈程度の小柄な体躯では、打ち付けるような猛烈な風と無数の氷塊を前にまともな抵抗すら出来ません。次々と飛んで来る大小の雹に為す術もなく蹂躙さ
れ、あっという間に全滅してしまいました。
「やったなアルヴィド。流石の腕前だな」
巻き込まれないよう距離を取っていたハリー達が魔物の全滅を確認し、武器を収めながらアルヴィドへと歩み寄って来ました。
火炎・水流・電撃・岩石・風塵・聖光・暗黒――と、七つに分かれている属性魔術の中で、『氷を扱う魔術』は"水流属性の一部"に分類されております。しかし、『魔力で水を生み出し、その上で凍らせる』と二段階の手順を踏む必要があるた
め、"水を生み出してそのまま使う"よりも使用難易度が高いのです。事実、氷を使う魔術には下位級に分類されているものはありません。
このような氷の魔術を得意とする魔術師は、それだけで『高い技量の持ち主』であると窺い知れるものです。そして実際、アルヴィドの技量は相当なものであります。ハリーが彼へ称賛を送るのは誇張も何もない、全くの本心からでありました。
「ふん……」
しかしハリーの言葉にも、アルヴィドは素っ気ない返事を返すばかりです。さっさと背を向けてしまい、そのまま森の中を歩き出します。森とは言っても、リオ達の歩いている場所が"山の裾"部分であるのに対し、ハリー達は"山"部分へと差し掛かっております。進路方向には緩い上り坂が続いており、そのため既に"登山"と呼んでも差し支えのない道程となっております。もちろん、頂上を目指している訳ではなく、用事があるのはあくまでも途上にある湧水点――魔力を含んだ特殊な水が湧く場所です。
アルヴィドを追って、ハリー達も歩き出します。以前までの彼らはアルヴィドの態度を『少々困ったものだが、まあ馴れ合いを好まない性格なのだろう』……と、解釈しておりましたが、
(……ねえハリー。まだ昨日の事で拗ねてるよねアレ……)
(……こちらが話し掛けても、ロクに口聞いてくれませんし……。一体どうするんです?)
(……むしろ俺が知りたいよ……)
ヴェネッサとエマにヒソヒソ声で話し掛けられ、ハリーは溜め息を吐きました。彼らの視線の向こうには、アルヴィドのどんより淀んだ暗い背中がありました。彼の纏う拒絶の気配は、以前であれば触れるものを見境なく切り裂く冷徹な刃……であったのですが、現在は駄々をこねるチビッ子がケンカ相手に振り回すオモチャの木剣(怪我防止に緩衝材をたっぷり入れた布で被われたタイプ)と成り下がっておりました。
(ハリー、昨日同じ部屋に泊まってたんでしょ? どうだったの?)
(今とほとんど同じだ。こっちが話し掛けても無視するか、『ああ』とか『ん』とか『ふん』とかの適当な返事をするか、それだけだった)
(何とも面倒くさ……もとい、厄介な事態になりましたね……)
(エマの言う通りね……。本当に面倒くさ……もといこじれた事態になっちゃったわね……)
(……お前達、くれぐれも本音は隠せよ……。例え面倒くさ……もとい、大変な事態だと思っていても、決して表情には出すなよ)
大変に身も蓋もない失礼千万な感想が、要所要所で三人の口から漏れておりました。
とは言え確かに、いつまでもあのような調子では困るのも事実です。最低限、ハリー達の指示を聞いてくれてはいる辺りまだマシであるとは言えますが、当然望ましい状況からはかけ離れております。スムーズな意志疎通が出来なければ危険が差し迫った時などに適切な対応が取りずらくなりますし、それ以前にギクシャクした人間関係に置かれた状態では互いの精神面に多大なストレスが生じてしまいます。実力を十全に発揮出来ない可能性が高く、当然クエストの成否にも大きな悪影響を与える事でしょう。
(……焦ってしまったかな……。クエストの期限には余裕があるんだから、まずはアルヴィドと話をして互いに和解して、それから森に入るべきだった……)
(ハリー、あんまり自分を責めちゃ駄目よ。そもそも、あたし達だって今日森に入るのに賛同したんだから。アルヴィドに『クエストに出られるか?』って聞いて、その結果『出来る』って返事を受けて、こうしてここにいる訳なんだから)
(だが……)
(ヴェネッサの言う通りです。この判断の責任は私達にもあります)
(……もしもリオだったら、止めていたかな……)
(何でここでリオが出て来るのよ)
(あいつはああ見えて、冷静な奴だったからな……。そもそも、リオを仲間に誘ったのは俺なのに……あいつに酷い事を言って追い出してしまった……。こんな調子で何がリーダーだ……)
「ハリー。あまり考え込み過ぎてはいけません」
思わず大きな声が出てしまい――それでも普段より小さい声量ではありましたが――、エマは慌てて口をつぐみます。
(失礼。……ですがハリー。あなたは何でもかんでも思い詰め過ぎなんですよ。割り切らなきゃいけない事だってあるじゃないですか)
(しかし……)
(エマの言う通りよ。そもそも、一番最初にリオを追放しようって提案したのはあたしじゃない。そりゃあ、リオに悪い事したなって思ってはいるけど。でもあれが間違った判断だったとは思わないわよ)
(だが……)
(あのねえ。開拓者として、一緒にパーティー組む相手の能力をチェックするのは当然でしょ? しばらく辛抱しながら様子を見て、その結果リオはあたし達が必要とする能力を持っていない、って判断したから『リオを外そう』って言ったの。代わりにアルヴィドと組んで試しにクエストに出て、結果十分な能力を持っていると思ったから引き続きパーティーメンバーとして加える事にした。……それのどこに責められるべき要素があるの。これは遊びに誘う友達選びなんかじゃないの。危険の伴う仕事において、命を預けるべき相手を選ぶ事なの。ハリーだって言ってたでしょ? 『情に流されちゃいけない』って)
(…………)
(要するに、何だかんだ言ってハリーが一番情に流されちゃってるのよ。割り切ろうよ。誰が悪いだとか、ああしていれば、なんて言い始めても仕方ないでしょ。リオだって、新しい仲間とパーティー組んで頑張ってるじゃない。その上で、あたし達を恨んでる様子も全くなし。ハリーが気に病む必要なんてないわよ。むしろいつまでも引きずっていちゃ、かえってリオの方が気にするわ。ハリー、リオと話をする時そわそわしてるでしょ? 多分、向こうも気付いてると思うよ)
(……そう、なのか……)
(そうです。気付いていて、その上で触れないでくれているんです。ハリーも早いところ割り切るべきです。……それよりも、今はアルヴィドです。何とか彼と話をしなければ……)
三人は少し前方を歩くアルヴィドを見ます。背後でハリー達がヒソヒソ話をしているのを、アルヴィドは全く聞いている様子はありません。何やらぶつぶつ独り言を呟くばかりです。
そっと耳を澄ませてみると、
「……畜生、リオの奴。折角僕と言う友人とこの島での感動的再開を果たさせてやったと言うのに。何て奴だ。あいつは昔っからそうだった。友達を全っ然大事にしてくれない。無能だから心配して魔術教えてやるって言ってるのに、あいつはいっつも邪険に扱いやがる。ハリー達だってそうだ。僕の事を体の良い穴埋め要員みたいに考えやがって。仲間同士、もっと心通わせたって良いだろ。もっと趣味は何かとか、子供の頃どんなアダ名で呼ばれてたとかの取り留めもない話題で盛り上がりつつ、夜更かししてカードゲームとか心理占いとかで遊んでも良いだろ。何なんだよもう……」
「「「………………」」」
三人は強靭な自制心を働かせ、辛うじて『面倒くせぇ』と言うのを押し留めました。何はともあれ、話をしない事には始まりません。恐る恐る、ハリーは声を掛けました。
「……おい、アルヴィド……」
「……何だ?」
「……あ〜、そのだな……その……」
「話掛ける前に内容纏めろよ。ふん……」
「……あ〜、すまん。……って、待てよ。そんな先急ぐな」
「僕に指図するな」
ハリーから距離を取るように、アルヴィドは早足になります。彼の気難しさに当惑しつつ、ハリーも早足で追い掛けます。
「待てって。みんなとペースを合わせろ。勝手に突出するな」
「ふん……」
「! ……待て、アルヴィド!」
「何だ……?」
「前だ前!」
腹に渦巻く感情ばかりに気を取られロクに足元を確認せず歩いていたアルヴィドは、進行方向が崖状の急な下り坂へ向いている事に気が付いておりませんでした。そもそも道が緩やかにカーブしており、事前に崖側へと寄って歩いていた事もあります。崖の縁部分の植生のせいで崖の存在が隠れていた事もあります。巨木から張り出した枝のせいでハリーの視界が覆われており、気付くのが遅れた事もありま
す。
いずれにせよ、ハリーの警告は一歩間に合いませんでました。
「うわ……っ!?」
「アルヴィドッ!!」
アルヴィドは足を踏み外し、そのまま落ち葉を散らしながら崖の下へと滑り落ちて行きました。




