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34 酒場で一悶着ありました

「ご苦労さん。今日でお前達の作業は終了だ」


 夕方、作業を終えたリオ達に現場監督者から"間違いなく依頼を完了した"旨の記された証明書を手渡されました。


 ギルドからは、今夜分までの宿代諸々が出ます。今日は宿場の村で一晩を明か

し、翌朝にファインダの街へと帰還する予定です。


「……ふ〜……。タダで風呂に入れるのはありがたいな……」


 その夜宿屋に併設された浴場で入浴を済ませたリオ達は、夕食を取るべく宿の酒場へと向かいました。


 小さな宿場とは言え、酒場は活気ある賑わいを見せておりました。もっとも、客の大半は街道整備に携わっていた作業員及び開拓者です。本土の宿場に比べ、ティルノア島の宿場は人の行き来が活発であるとは言えません。"島の開拓や調査"に関係のある人物以外、ほぼ街道を行き来しないためです。商業面も"ファインダから各開拓の前線地へと、必要な物資を届ける"が主であり、街道の利用は『双方向の交流』ではなく『片方向の運搬』へと比重が偏っているのです。


 リオ達は空いていた適当な席へと座り、酒場の店員へと注文を行います。"注文"とは言っても、この酒場では『メニュー表を見て客が自分の食べたい料理を選ぶ』……と言う仕組みにはなっておりません。ただ"四人分の料理を席に運んで来てくれ"と告げるだけです。メニューは"一種類"、その日提供する料理は酒場側が決

め、客はただ運ばれて来るのを待つだけ――と言う仕組みなのです。


 しばらくして、リオ達のテーブルへと本日の夕食が運ばれて来ました。(こう)ばしい香りのライ麦パンと、ゴロゴロ大きく切り分けられた野菜と丸豚(ポーキィ)の入ったシチューでありました。


「いやー、ようやく終わったな」

 木皿に入ったシチューを早速一口頂きつつ、リオは言いました。


「帰ったら、お待ちかねの報酬受け取りだ。基本四等分、今回人一倍働いていたマールには色付けとこう。……これで次の納入金も大丈夫だろう。しばらくは宿を取る余裕も出るはずだ。晴れてあのオンボロ宿舎生活からも脱出だな」


「だね。……だからって、調子に乗って無駄遣いしちゃ駄目だよ?」

「信用ねーな。大丈夫だって、それくらい俺だって分かってる」

「本当ー?」


「おう。……取りあえずファインダに戻ったら、まずは自分への労いに上等な宿を取ろう。メシも思い切って商業区にあるワンランク上のレストランで取って、さらには――」

「それを"無駄遣い"って言うんだよ……」


「ふっ、ティエラ。俺をあまり見くびるなよ。一泊だけに留めておく予定だから」

「はい却下。宿は安いところ、食事もいつもの酒場。労いなら、食事に一品追加だけ。『手元にある分贅沢して良い』って考えをまず捨てようね」


 何故か決め顔なリオへと、ティエラは柔らかくもピシッとした口調で言いまし

た。


『ギャ――――――ッハッハッハッハッハッハ――ッ!!』


 その時、別のテーブル席から下卑た笑い声が上がりました。見れば、作業員の男達――屈強な体格の割に、武器を持っている様子がないため分かりました――三人がテーブルを平手でバンバン叩きながら盛り上がっているところでした。


 それ自体は珍しくありません。夕食時の酒場ではごく日常的な事ですし、事実他のテーブルにおいても同じように下世話な話題で盛り上がる声が聞こえます。


「全くケッサクだよなぁっ!! 今日見たあのヘボ魔術師っ!!」

「だよなぁ、上位ノーブル級であれだぜっ!? 突撃鳥の一羽にすらまともなダメージ与えられねぇとか、恥ずかしくねーのかなぁっ!!」

「ひ……ひっひひひっ!! あんま笑わせんなよっ!!」


 問題は、明らかにリオの話題であった事です。リオがその場にいる事にも気付かず――もしくは気付いた上でなのかも知れませんが、他の客に聞こえるほどの大声でリオの魔術を嘲笑しておりました。


「……酷い。あの人達、ちょっと言い過ぎじゃない?」

「放っておけティエラ。たまにある事だから」


 眉をひそめるティエラに、リオは素っ気なく言いました。実際、こう言った経験は何度もあります。道端で指をさされて笑われた事もありますし、陰口を耳にした事も一度や二度ではありません。リオ自身も慣れており、不愉快ではあってもショックを受けるなどと言う事はありませんでした。


「あんなんで開拓者とか、ただの馬鹿じゃねーのかっ!! ただの役立たずじゃねーかっ!!」

「とっとと荷物まとめて本土に帰れって話だよなぁっ!!」

「ヒャ――――ッハハハハハッ!!」


「――お前達」


 押し殺した声で呟き、シエロがゆらり、と席を立ちました。


「おいシエロ」

「止めるな。仲間を侮辱されて黙ってはいられない」


 リオが止めるのも聞かず、シエロはずかずかと足音を立てて男達の前へと向かいます。


「……? 何だ姉ちゃん?」

「私の仲間を貶めるのはそこまでにして貰おう」

「ほーう?」


 男はシエロの来た方向へと視線をたどらせ、リオの姿を見付けてニヤリ、と嫌な笑顔を見せました。


「つってもなあ? あいつがヘボなのは事実だろーがよ」

「そうそう。何だよあのクソみたいな魔術は。足止めすら出来ねーとか」

「カス過ぎんだろあんなもん」


「確かに、リオの魔術はヘボかも知れない! クソかも知れない! カスかも知れない! ダメダメのポンコツかも知れない! ……だがな! ……………………」


 勇ましい顔を貼り付けたまま、シエロはたっぷり十秒ほど沈黙します。


「…………正直勢いで来てみたが、反論が全く思い付かん!」


 シエロはぐるりとリオ達が着くテーブルの方へと向き、


「――すまないリオ。君の名誉は守れなかったよ……」

「おう、お前ら。女の顔面にグーがめり込む場面を見てみたくはないか?」


 周囲で様子を眺める他の客達へ向けて怒りを込めた拳を振り上げつつ、リオは言いました。


「……なんだよ。何にもねーのかよ。つまんねーな」

「それよりもねーちゃん、どうだい? 俺達と一緒に楽しくやろうぜ」


 ニタニタとした笑みをシエロへ向けながら、男達は言います。


「――待ちなさいっ!」


 今度はマールが立ち上がり、男達の前へと歩み出ました。


「人の悪口を大声で……あなた達は恥ずかしいとは思わないんですかっ!? 仮にもリオさんは、あなた達を始めとした作業員の方々を守るために戦っていたんですよっ!? 実力うんぬんより先に言うべき事があるでしょうっ!! それを棚上げしておいて……あなた達に人を馬鹿にする資格なんてありませんっ!!」


『……ああん?』


 男達は凄みを利かせて睨み付けますが、マールの毅然とした態度は崩れません。キッ、と自分より遥かに身長のある男達を決然と見上げ、彼女は叫びました。


「――と言った旨の言葉をあちらの方から言付(ことづ)かりましたっ!! では私はこれ

でっ!!」

「ボクそんな事言ってないよっ!?」


 一切迷いのない動作でティエラを指さした後、マールは迅速にテーブルの下へと引っ込みました。


「……何だ、お姉ちゃんよ? 俺達に言いたい事でもあんの?」

「真に受けたっ!? ……ええい、もうっ」


 一瞬否定しようかとも思ったティエラでしたが、確かに彼らへと抗議したい気持ちがあります。勢い良くテーブルを立ち、男達へと正対しました。


「ボク達さっきからあなた達の会話聞いてたんですけど、酷くないですか!? リオに謝って下さいっ!」

「おー、怖い怖い」


 男達はおどけるような仕草で肩をすくめます。


「で? 謝んなきゃ俺らどうなる訳? どう言う目に遭っちゃう訳?」

「ふざけないで下さいっ! ボクは真面目に話をしてるんですっ!」

「つってもなあ。あいつがヘボいのが悪いんじゃねーか。なあ、どう思うお前

ら?」


 話を振られた男の仲間達は「そうそう」「だよなあ」と、意地の悪い笑みを浮かべて言いました。


「姉ちゃんも開拓者なんだろ? あんな奴とパーティー組んだって損するだけだ

ぜ。手ぇ切る事考えた方が良いんじゃねーか?」

「余計なお世話ですっ!」


「大体何だよ。連れをけしかけておいて、自分は尻尾巻いて引っ込んでやがるんだぜ? ただのヘタレ野郎じゃねーか」

「言えてんなあ! ぎゃははははっ!!」


「撤回して下さいっ!」

「……鬱陶しい姉ちゃんだな。ちょっと黙ってくんねえか?」


 そう言って男がティエラへ手を伸ばそうとし――


 両者の間に割り込むように、水の塊が空中をふよふよと飛んで来ました。


 コップ一杯ほどの水はさながら意志を持っているかのように男の顔目掛けて飛び――そのまま鼻の穴(・・・)へと一気に流れ込みました。


「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?」


 男は悶えました。『ツーン』と鼻に来ました。


 むしろ『ツゥゥゥゥゥ――――――ンッ!!』……くらいある激烈な刺激が鼻の内側を不羈奔放(ふきほんぽう)に駆け巡り、男は声もなく悲鳴もなく床の上を悶え転がりました。


 残った仲間二人が、水の飛んで来た方向へと首を向けます。リオが右の手の平をこちらに向けておりました。瞬間的に、彼の魔術の仕業なのだと理解しました。


「手前ぇ……」


「どうした? 俺のヘボ魔術程度でそんなのたうち回ってんのか?」


「……やっちまえっ!!」


 二人の男がいきり立ち、リオへ殴り掛かろうとします。片やただの作業員、片や戦闘慣れした開拓者。普段であれば男達も直接喧嘩を仕掛ける真似などしません

が、リオは魔術師です。殴り合いに持ち込めば勝てると踏み、手前勝手な怒りに身を任せて床を蹴りました。


 その頃には既に、リオは下位水流魔術(スプラッシュ)を発動させておりました。まずは手前の一人。立て続けにもう一人。先ほどと同様に、鼻の穴へたっぷりと水を流し込んでやりました。


「「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?」」


『ツゥゥゥゥゥ――――――ンッ!!』と鼻に来て、男達は仲良く床をのたうち回りました。


「……ぐぅ……っ」


「もう一丁行っとくか?」


 よろよろと立ち上がる最初の男に、リオは冷たい声で言います。


「……チッ! い、行くぞお前らっ!」

「こ……これで勝ったと思うなよっ!」

「つ……月のない夜道にゃ気を付ける事だなっ!」


 まるで三下のような捨てゼリフを吐き捨て、逃げるように三人は酒場を後にしました。その姿は、(まご)う事なく三下でした。一部始終を見守っていた他の客達は――その大半が娯楽感覚でこそありましたが――勝者であるリオ達へと拍手喝采を浴びせました。


「……ったく。お前らもあんな言葉聞き流せば良いんだよ」

 拍手には適当に応えつつ、リオはティエラ達へと言います。


「う〜……だけどさ……」


「……まあでも、みんなありがとうよ。俺のために怒ってくれて」


「リオ……うん!」

「当然ですよ」

「気にするな」


 照れくさそうに言うリオに、三人は答えました。


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