29 待ち伏せをしました
リオ達は慎重に林の中を進んで行きます。シエロを先頭、少し後ろをリオとティエラ(背後にマール)が左右……と言う"三角形"の隊列です。事前の打ち合わせ通り、四人それぞれが別方向の監視を行いながらの進行でした。
モモモモンガをあぶり出すためにこちらの存在感を全く消す事まではしません
が、かと言って無用に音を立てて先手を取られる危険性を高める事もしません。不必要な会話をする事もなく、間違って木の枝を踏み折らないよう気を付けつつ、四人は歩きます。
「……待った」
やがて、シエロが立ち止まりました。
「どうした?」
「これを見ろ」
そう言ってシエロは一本の木へそっと近付き、根本を指し示します。リオも近付いて確認をすると、
「……生き物のフンだな」
「そうだ」
「シエロ、地面の方を見てたの?」
ティエラが尋ねました。
「ちゃんと木の上も確認していたぞ。だがモモモモンガが樹上生活を送っているからと言って、地面に全く痕跡が残らない訳じゃない」
シエロは拾い上げた枝の先端で、落ちていたフンを軽く突きます。
「小さくて丸いのがたくさん落ちているだろう? こいつは草食獣が出すフンの特徴だ。乾いているところを見ると、結構な時間が経っているようだ。大きさから言って、こいつの主は中型動物以上だろうな」
「だろうな、って……フンの主を特定出来る訳じゃないんですか?」
「流石に専門家ではないからな。だが推測は出来る。良く見てみろ。周辺にバラけて落ちているだろう?」
シエロの言葉に、尋ねたマール始め三人が周囲を確認します。確かに、同じ形のフンがポツポツと点在しているのが見えました。
「……なるほどな。お前の言いたい事が分かった」
納得がいった、と言う風にリオは大きく頷きます。
「……ええっと? つまりどう言う事なの?」
「草食獣がフンをしたのなら、普通は一カ所に複数個が固まって落ちている。ところが、こいつは散らばっている範囲が広い。これは、地面に直接出した訳ではないと言う事だ」
「……あっ」
「そうだ。これは木の上で出されたものが、そのまま地面へと落ちたものだ。途中で風に流されたり、落ちた勢いで転がったりした結果、広範囲に散っているんだ。つまり、このフンの主は――」
「枝の上で生活している草食獣――モモモモンガの特徴と合致するな」
シエロの言葉を引き継いだリオが立ち上がり、周囲へ注意深い観察の目を巡らせました。
「……でかしたシエロ、当たりだ。あれを見ろ」
リオが指さした方向へ三人の視線が向かいます。木の幹の上部――枝の根本に樹皮が切り刻まれ、繊維がささくれ立っている箇所が見えました。間違いなく、獣が爪を研いだ跡でありました。
「あの高さで爪研ぎを行った生き物がいるって証拠だ。モモモモンガの武器は両前足に生えた鋭い爪、条件に合う。しかも良く見ると、桃色の毛が枝に引っ掛かっている。……この辺りが奴らの巣に違いない」
断定的な口調でリオは言いました。
「普通ならとっくに見付かって襲撃を受けているはずだが、それがない。奴らがこの場にいないって事だ。餌でも取りに出掛けたのかも知れん。……ここで待ち伏せをしていれば、いずれ戻って来るはずだ」
「す……凄いですよシエロさん!」
称賛を堪え切れない、とばかりにマールの口が開きます。
「つまり、こっちが先手を取れるって事じゃないですかっ。私達は安全な高みにあぐらをかいたまま、不利な相手を一方的に攻撃出来るんですよっ。素晴らしいで
すっ」
「言い方な? 間違ってはなくても、他に言い方あるからな?」
喜々として人聞きの悪い発言を垂れ流すマールに、リオは言いました。彼女の輝く瞳を見れば、本心からの言葉であろう事は疑う余地もありません。どうも彼女
は、自身の安全が確保されている状況下においては調子に乗る傾向にあるようで
す。
「そもそも、相手は複数だぞ? 先手は取れても、相手からの反撃を受ける前に倒し切る保証はない」
「む……」
「それは仕方ないよマール。そこは我慢しよう?」
「む〜ん……」
リオから突っ込まれ、ティエラから諭され、マールの気勢が一気に弱まります。しばらく胸のモヤモヤを整えるように唸り声を上げ、
「……まあ、それもそうですね。だいぶマシになったと思えば気も楽になるってもんです」
最後は自身を納得させるよう、一言一言をゆっくり噛み締めながら言いました。
「まあ、取り敢えずはそこらの茂みに潜んで、モモモモンガ達が戻って来るのを待とう。どれくらい掛かるのかは分からんが、餌を取りに出ただけならそうそう長く不在って事はないだろう」
「そうだね。……折角だから、ボク達も食事にしようか」
「……メシぃっ!」
「落ち着きなさい」
"食事"と言う単語へ敏感な反応を見せるシエロに対し、腹違いの弟妹へ言い聞かせるような調子でリオは言いました。
食事とは言っても、当然火を起こして調理する訳には行きません。"待ち伏せ"と決定した以上、炎や煙、枝の爆ぜる音でこちらの居場所を悟られては困ります。加工済みの食料のみで本日の昼食を取る事にしました。
「たくさん、とは行きませんけど……それなりに取り揃えておきました。遠慮なく頂いちゃって下さい」
「メシぃっ!」
「分かったから落ち着きなさい」
なお、昼食最大の功労者はマールです。流石荷物持ちだけあって、背面の巨大なリュックサックからは柔らかいパンに骨付きのハム、四等分にされた円形チーズに布に包まれた瑞々しいトマトが出て来ました。おかげでリオ達は味も色彩も豊かな食事を楽しめ、クエスト前の英気を十分に養う事が出来ました。
「待たせたな。水汲んで来たぞ」
「リオさんありがとうございます。念のため浄化 魔術を掛けておきますね」
同時に、近くの小川から水も補給しておきます。各自で水筒を持って来てはおりますが、それだけで十分とは考えません。野外で水場を見付けた場合、余裕のある内に確保しておく事も大切です。そして彼らには『一見綺麗に見えても、川や池の水をそのまま飲むのは望ましくない』と言う知識があります。可能であれば魔術による浄化や器具を使っての濾過、煮沸……など、安全に飲むための処理を行います。今回は浄化 魔術を使えるマールが同行しているため、彼女の魔術に任せました。
そうして静かに時が過ぎ――
「……来たぞ」
がさり、と葉を揺らす物音を敏感に察知し、シエロが小声で呟きます。それぞれ別箇所を監視していた三人も、彼女の指さす方向へと首を向けます。
樹上へと送られた視線にはやがて、鮮やかな桃色の毛を持った一体の魔物――モモモモンガが奥から手前の枝へと飛び移って来る姿が映りました。魔物、つまり
"魔力の影響を強く受けた生物"らしく、全長は人間の腰ほどと一般的なモモンガより遥かに大柄です。両前足には、遠目でも分かる鋭い爪が生えております。引っ掻かれれば痛い程度では済まないでしょう。
さらに注意深く観察していると、後を追って来たように二体のモモモモンガが枝の上に姿を現しました。いずれも、こちらに気付いている様子はありません。
「待ち伏せた甲斐があったな。……ティエラは左に回り込め。俺は右だ。シエロはここから弓で射ろ。射撃を合図に全員で一気に攻めるぞ」
「うん」
「ああ」
「マールはそこら辺で待機だ。昨日みたいに逃げるなよ?」
「わ、分かりました」
リオの指示に、三人は頷きました。
リオとティエラが持ち場へと移動します。音を立てないよう、静かにゆっくり
と。移動を終えたら、それぞれ手で合図を送ります。
「始めるか」
シエロが立ち上がって大きく深呼吸し、愛弓"ペレグリン"に矢をつがえます。彼女の長く美しい腕が細く丈夫な弦を引き絞り、きりり……、と強く静かな音を奏でます。
シエロの|瞳が、鏃の突端に魔物の姿を捉え――
空気を裂く音と共に、一条の矢が放たれました。




