28 林の中へ入りました
酒場を後にした四人はファインダの街門を抜け、地図で示された林へと向かいました。
しばらくは街道に沿って進みます。途中までは、リオとティエラの二人でグリーンスライム討伐に向かった道程と同じです。人の行き来が活発な街道付近は基本的に魔物があまり近寄らず、また見晴らしも良好であるため、注意深く周囲を警戒する必要はありません。放っておくとあちこちをフラフラさまようティエラの面倒以外に何ら問題となるものはなく、のんびりと雑談を交えつつリオ達は順調に進んで行きます。三叉路に差し掛かった一行は北へ向かう道を選択、さらに歩いて行きます。
やがて街道から外れ、魔物の生息域へと足を踏み入れます。
「ここからは私が先頭を行こう。注意はしておくが、皆も油断はしないでおいてくれ」
「ああ」
"感覚強化による周辺の索敵能力"に優れたシエロを先頭に据え、リオ達は進みます。移動速度そのものは先ほどまでと大して変わりありませんが、周囲への警戒度は一段階引き上げられます。リオとシエロはそれぞれ背負っていた杖と弓を手に
し、ティエラはいつでも背中の太刀を抜けるように身構え、マールは両手に握り締めた偽装用具(枝葉×2)を顔の横に付けました。
無駄な戦闘を避けるため、二日前グリーンスライムと戦った窪地は迂回しつつ、一行はさらに北へ。
それからしばらくして、四人はクエストの目的地である林へと足を踏み入れました。
背の高い広葉樹が言葉通り林立した林は、リオ達の頭上を緑の蓋で覆ってこそおりましたが、日光を遮るほどに密集している訳ではありません。まばらに覗く青空が適度な光量を林の中へと落とし、まだらの陰影を足下へと広げております。落葉が敷き詰められた地面はところどころ樹木の根で盛り上がり、膝ほどの草が群生している箇所も目立ちますが、基本的には起伏の少ないなだらかで歩きやすい場所でした。
「……それで、どこに魔物はいるんでしょうか」
木の陰に身を隠しあちこちへキョロキョロと首を動かしながら、マールは言いました。リオからの言い付けで敵前逃亡こそ御法度でありますが、性格的に戦いには向かない点を考慮し、一人で物陰に隠れて身の安全を守る事は許容されておりま
す。
「目撃された大体の場所は依頼書に併記された地図で示されてはいるが……具体的な位置までは分からん。が、モモモモンガは縄張りに進入した相手に対して好戦的な奴だ。地図に書かれた場所の辺りを歩き回っていれば、その内向こうから姿を現すはずだ」
「それだと、奇襲を受ける危険もあるんじゃない?」
ティエラが言いました。
「その通りだ。幸いにも、ここの林は案外見通しが悪くない。注意深く周囲を観察していれば、発見するのも決して難しくない。しかもモモモモンガは、普通のモモンガよりも遥かに身体が大きくて体毛も目立つ色だ。昼行性な点も含めて隠れるには不利だし、そもそもあいつらは隠れる事をしない。こちらの姿を見付けたら、小細工抜きで真っ直ぐに向かって来る」
「へえ」
「普段あいつらは樹上で生活しているから、枝の上なんかに潜んでいるはずだ。それぞれが別方向を見る、下じゃなく上側を重点的に注意する……この二つを心掛ければ発見もしやすくなるはずだ。少なくとも、なすすべもなく奇襲を受けるって事態は防げる」
「なるほど。……念のためボクも下位障壁魔術をいつでも使えるようにしておくから。仮に襲い掛かられても、ボクがみんなを守るよ」
「頼りにしてるぞ。じゃあ――」
「嫌ですよぉっ!!」
まとまり掛けた話を蹴っ飛ばすかのように、マールが叫びました。
「声大きいって。どうしたのマール?」
「それって要は"相手に先手取らせる"事前提の作戦じゃないですかっ。嫌ですよそんな危ない作戦っ。どうせなら、こっちが先手取れるような作戦立てて下さい
よっ。寝ている最中だとか、無抵抗の相手を一方的に襲って一方的に勝つような、そんな作戦ですっ」
「……やたら都合の良い作戦を他人にブン投げて来るな……。あと、聖職者としてその発言はどうなんだ……」
「大丈夫です。"託宣の書"のどこにも『寝込みを襲ってはならない』とは書かれていませんから」
「確かに書かれてないけどな。ないけどな。俺は職業倫理的な意味合いで聞いたんだけどな……」
「それも大丈夫です。今の私は"開拓者"なんで」
「嫌々始めたくせに、都合の良い時は喜々として開拓者名乗るのな……」
『ふんすっ』とばかりに胸を張るマールに、リオは心底呆れたようなジト目を送り付けます。ちなみに、"託宣の書"とはフォルト教の聖典です。
「残念ながらそんな作戦は思い付かん。闇雲に探すより、相手に出て来てもらう方が良い」
「だったら罠を仕掛ければ良いじゃないですかっ。モモモモンガの縄張りに罠を仕掛けた後、私達は安全な場所でぬくぬくしながら相手が引っ掛かるのを待っていれば良いんですっ」
「生憎と道具も用意していなければ、そもそも魔物相手に通用するような罠の知識も持っていない。どこに、どんな種類の罠を仕掛ければ良いのか俺にはさっぱり分からん。それに、さっきも言ったがモモモモンガは縄張りに侵入した相手へ積極的に攻撃を仕掛けて来る。罠を仕掛けている最中に見付かって襲われる可能性の方が高い。……それともお前は、罠に関する十分な道具や知識を持っているのか?」
「持ってませんけど……むう〜」
「大丈夫だって。警戒さえしておけば、そうそう致命的な事態にはならん」
「そう言う問題じゃないんですっ。『怖い目に遭うかも知れない』と言う可能性そのものが問題なんですよっ」
「……本当、何でお前開拓者やってるんだろうな……」
戦闘に向かないにもほどがあるマールの性格に、リオは頭を抱えます。
「ここまで来た以上、覚悟を決めろ。戦闘中は隠れてて良いから。そもそも俺達は相手を探す手掛かりなんてほとんど持っていないんだぞ。ある程度の危険は仕方がない――」
「いや、手掛かりなら探せるぞ?」
横合いからサラッと当然のような口調で割り込むシエロの言葉に、一瞬リオの口が硬直します。
「……何?」
「いやだから、モモモモンガの居場所だろう? 今は持っていないが、林の中を探していれば手掛かりが見付かるかも知れない。確実に先手を取られるのを防げる
……とまでは言えないが、アテもなく探し回るよりはマシになるはずだ」
「……出来るのか?」
「任せてくれ」
気負うような様子も見せず、シエロは答えました。
「……ホントに大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。私を信じろ」
「それでも不安だったらマール、ボクの背中に隠れてて良いから」
「……は……はい。分かりました」
言い切るシエロと助け舟を寄越すティエラの言葉に、マールはゆっくりと頷きました。




