30 林での戦闘です
強靭な弦の張力を速度へと変換させた矢が、樹上にのんびりと伏せていた一体のモモモモンガへと襲い掛かります。
命中。左側頭部を捉えた切っ先が頭蓋骨を貫入します。
致命傷を負った魔物はギャッ、と短い断末魔を残して枝から滑り落ち、音を立てて落葉の上へと転がり、それきり動かなくなりました。
仲間の急死に、残りのモモモモンガ達が外敵からの攻撃を察知します。二体それぞれが混乱と警戒の声を荒げ、穏やかな空気の流れる林へピリピリとした緊張を張り巡らせます。
しかし、その頃には既にリオとティエラが動いておりました。一体目を仕留めた時点で茂みから飛び出していた二人は、にわかに場を支配する修羅場の空気に臆する事なく、それぞれが別々の魔物へと突き進みます。
「こっちだよ!」
ティエラが叫び、予め拾っておいた石を左手で投げ付けます。
石は二体の内一体、向かって左側のモモモモンガの更に左側の空間を通過、そのまま放物線を描いて対面側に生えていた樹木にぶつかり、明後日の方向へ跳ね返って地面を転がりました。
ティエラも命中するとは思っていません。彼女の武器は太刀であるため、このままでは樹上の相手へ攻撃が届きません。投石はあくまでも注意を引いて、こちらの手の届く距離へと引き付けるための行動です。彼女は足を止めず進路を左側へと変え、足を横に運ばせるように動き続けます。
投石で狙った側の一体が大きな唸り声を上げます。縄張り侵入者へ敵意を発露させるような、攻撃的な唸り声でした。もう一方のモモモモンガは別方向のリオへと警戒を向けております。少し距離が離れていたため、こちらからは手出し出来ません。そちらは彼に任せ、ティエラはこちらを見据える一体に集中します。
次の瞬間、モモモモンガが枝から飛び出しました。空中で前足、後ろ足のすべてをピンと伸ばし、大きく皮膜を広げます。林の空気を一杯に受けた飛膜が揚力を生み出し、魔物の身体を支えます。桃色の獣が滑るように空を飛び、一直線にティエラへと襲い掛かって来ました。
移動の勢いを生かし、ティエラは飛び込むように側転回避します。一瞬後にモモモモンガが直前まで彼女のいた空間へと接近、抱き締めるように両前足を交差さ
せ、爪でX字に引っ掻きます。むしろ"切り付ける"と言うべき振りの鋭さでした。
首尾良く回避に成功したティエラは地面を一回転、側転の勢いそのままに半身を起こします。
両前足を振った結果揚力の源である皮膜が閉じられ、モモモモンガの滑空の勢いが弱まります。当然、相手も承知の上でしょう。魔物は見事なバランス感覚でティエラ背後の地面へと着地、残った勢いを利用して土を蹴り素早く別の木に向かいます。スルスルと幹を伝い高度の利を得たモモモモンガは再び滑空、燃えるような赤髪の垂れる、少女の無防備な背中へと迫ります。
「……っと!」
振り向くと同時にティエラは左手で下位障壁魔術を展開、真っ正面からぶつかって来る魔物を受け止めます。滑空の勢いをまともに受けたしなやかな腕が、魔術的反動に押されます。
足を踏ん張り、反撃の"影分"を突き出します。右手一本で真っ直ぐに押し出された切っ先はしかし、虚しく空を貫くばかりでした。予兆を察知したモモモモンガは攻撃の直前にティエラの下位障壁魔術を蹴って距離を離していたためです。着地した魔物はそのままティエラに背を向け、別の幹へと登って行きました。
ティエラが魔物の一体と戦闘している時、リオももう一体へ戦闘を仕掛けておりました。上位級魔術の発動準備を整え練り上げた魔力を体内に保持しつつ、枝から枝へ、あちらこちらと移動するモモモモンガを追って走ります。
適度に距離を詰めた辺りで、リオは手にした杖を突き出します。目標は樹上のモモモモンガ。腕を通して杖の先端部へと、準備していた魔術を一気に流し込み、断固たる意思を持ってその威力を行使しました。
「上位電撃魔術!」
パリパリッ、と軽い音の弾ける、枝切れみたいな電撃が杖の先端から飛び出しました。モモモモンガはさっとその場を離れ、木の幹の裏側へと身を隠します。普通であればそのまま素通りし、頭上に繁る広葉を数枚ほど焼きつつアッサリと消滅するところでしょう。
しかし、
「……舐めんなっ!」
リオは魔術の軌道を操作します。ググッと軌跡を曲げ幹の裏側へと回り込んだ電撃は、回避出来たとすっかり油断していた魔物へと直撃しました。胴体部から全身へ予想外の衝撃がバリッと襲い掛かり、モモモモンガの悲鳴が短く響きました。肉体的なダメージこそそれほど大した事はない様子でありますが、慌てて幹の裏側から飛び出しその場から逃れようとする動作には、かなりの精神的動揺が見て取れます。
無計画に姿を晒した魔物へ、シエロの矢が容赦なく襲い掛かります。ある程度引いた状態で保持していた弓矢を構え、放ちます。
「!」
しかし矢が迫る一歩手前、モモモモンガは飛び退くように滑空し、別の枝へと逃れました。攻撃を見切ったと言うよりも、その場から離れる一心で取った動作が偶然にも回避に繋がった、と言う様子でした。矢を外しても冷静に、シエロは指の間に挟んでおいた二の矢をつがえ、浅く絞って射撃します。威力よりも連射を重視した撃ち方です。間髪を入れずにもう一射。
しかし、二本の矢はモモモモンガが飛んだ軌跡を射抜くに留まりました。尻尾を掠めた一射が魔物の毛を散らし、シエロの視界で桃色の体毛がはらはらと落ち葉のように踊りました。
「素早いな」
「ああ。捉えたと思ったが……動き回る相手は流石に狙いづらい」
背中の矢筒へ手を伸ばしながら、シエロは答えました。
「とは言え、滑空中に急激な軌道変更は難しいし、速度も一定だ。移動先を狙えばあるいは――」
「二人共ッ!!」
言葉の途中で割り込んで来たティエラの叫びに、シエロは口を閉じて振り向きます。もう一体の魔物が――ティエラと交戦していた方のモモモモンガがその矛先をシエロ達へと向け、滑空しようと枝から飛び出す姿が映りました。
風を切って飛ぶモモモモンガを、シエロは手早く身を引いて回避します。一方のリオは、反応が一歩遅れます。
「のわ……っ!」
爪を振りかざす魔物から逃れるように、リオは地面に身を投げ出して回避しま
す。彼も決して運動神経が鈍い訳ではありませんが、かと言って特別優れている訳でもありません。普段から切った張ったの立ち回りを行っているティエラのよう
に、軽やかな身のこなしで華麗に回避……とは行きません。
結果として地面に身体を強かに打ち付ける事となった彼が、痛みを堪えて身を起こすまでにはどうしてもワンクッションの間が空きます。その隙を突くように、もう一体――リオ達が相手取っていた方のモモモモンガが追撃をします。リオが気付いた時には、魔物がすぐそこまで迫って――
「リオッ!!」
リオの視界にティエラが割り込み、飛んで来たモモモモンガを下位障壁魔術でガッチリと防ぎました。青白く輝く魔術の障壁に阻まれた魔物は一旦飛び退き、今度は地面を蹴ってティエラへと飛び掛かろうとします。
「下位暗黒魔術!」
その間に、片膝姿勢を取ったリオが下位級魔術を発動させます。杖の先端からモヤッとした黒い雲のような塊が飛び出し、モモモモンガの顔面へと纏わり付きま
す。威力はほぼありませんでしたが、急に視界を遮られた魔物は攻撃を中断し、顔に張り付く黒いモヤを振り払おうとします。
「はっ!」
ティエラが"影分"で斬り上げます。捉えたつもりでしたが、直前で身を引いたモモモモンガの左肩を浅く斬るに留まりました。魔物はティエラに背を向けそのまま距離を離し、再び幹へと登って行きました。
入れ替わるように、遠くから彼女らの攻防を窺っていたもう一体が太刀で斬り上げた直後のティエラへと飛び掛かろうとします。
「こっちだっ!」
予兆に気が付いたシエロが叫び、弓を射掛けて牽制します。彼女の位置からは狙いづらかったため、足場の枝へ撃ち込むに留めました。射界を得るため走り出し、更に二射。モモモモンガは素早く別の枝へと飛び移り回避します。魔物の意識が、完全にシエロへと移ります。シエロの射撃を縫って、彼女の側面へと巧みに回り込みます。
シエロの左側面を捉えたモモモモンガが枝を蹴り、彼女へと向かって滑空しま
す。それに気付いたシエロは回避を、
「……この方が狙う手間が省けるかっ!!」
行いませんでした。つがえた弓矢を一気に引き絞り、そのままモモモモンガへと真っ正面から向き合います。視界の中で一気に距離を縮めて来る魔物を、シエロは全く臆する事なく見据えます。
射撃。
モモモモンガの額中央へ命中。
最小限の動きで身を屈め、飛び込んで来るモモモモンガを回避。
シエロの頭上を死体となった魔物が通り過ぎ、落葉を巻き上げながら地面を転がりました。
「仕留めたぞ! あと一体だ!」
残心の姿勢を崩さず、シエロが叫びました。
残った一体も素早く別の枝へと飛び移ります。左肩の体毛には、赤い血が滲んでいます。手傷を負っているとは思えない俊敏さでした。
「――とりゃああああああ〜〜っ!!」
その時茂みから青い影が飛び出し、吶喊を上げて走り出します。戦闘開始からずっと、身を隠して様子を見ていたマールです。両手にメイスを構え、目にも留まらぬ速さで残るモモモモンガが乗る木へと突撃して行きます。
「でやああああああ〜〜〜〜っ!!」
一際大きく叫んでメイスを振りかぶり、木の幹目掛けて思いっ切り叩き付けました。
骨の芯を揺さぶるような轟音が、林の中へと鈍く響き渡りました。鋼鉄の出縁が樹木へ深々と食い込み、叩き割られた樹皮や木片がばっと飛び散りました。
驚いた鳥達が一斉に羽音を撒き散らし、秩序も算段もなく飛び立って行きます。大気を震わす金属と樹木の打撃音に、リオ達も顔をしかめて思わず耳を塞ぎます。
凄まじい打撃エネルギーは樹上を昇って枝を駆け、モモモモンガを激しく揺さぶります。音と振動と衝撃とに襲われた魔物は足を滑らせ、そのままバランスを取る事も出来ず地面へと落下しました。
「……っ! すごいよマールッ!!」
その好機を逃す手はありません。衝撃から立ち直ったティエラが魔物へと一気に駆け寄り、一息に太刀を突き出しました。
回避も反撃も全く出来ず、モモモモンガは切っ先に貫かれます。びくんっ、と一度身体が痙攣し、それから生命力を大地へ流し溶かしたように筋肉から力が抜け落ち、そのまま動かなくなりました。
これで、目標達成です。




