25 弓使いの女と遭遇しました
「是非とも私を君達のパーティーに加えてくれ。期待に添えるだけの働きをしてやろう。どうだ?」
「お断りします」
床へ腹這いになったままの弓使いの女にリオは素っ気なく言い、さっさとカウンターへと向かいます。
「ま……待てっ! まずは話を、話を聞いてくれるだけでも良いんだっ!! ……そう言う訳で、仲間に入れてくれっ!」
「一言前に引いたライン、平然と踏み越えて来るなこの女っ!? 何が"話だけでも"だっ!! ……つーか足離せっ!!」
通り過ぎようとするリオへ女はシャカシャカと機敏な動きで這い寄り、彼の左足首を両手でがっちり掴みました。引き剥がそうとリオは思いっ切り足を引っ張りますが、女は決して離れようとしません。ほんの少しだけ身体が引きずられ、絨毯の擦れる音が軽く立っただけでした。
「……ええいっ、くそっ!! 分かったから、まず足を離せっ!! 次に立ち上がれっ!! 話はそれからだっ!!」
「おお、そうかっ! では足を離そうっ! ……で、今立ったっ! さあ話――」
「――とっとと逃げるぞティエラッ、マールッ!!」
「――待てこらぁ――――っ!!」
女が律儀に足を離して立ち上がる間に、リオは入り口へと向かって全力ダッシュ――しようとする背中に女が飛び掛かって腰へと抱き付き、動きを止める……と言う無駄に目まぐるしい攻防が、ギルドロビー内部で繰り広げられました。熱き勝負を繰り広げる二人にとって、周囲の開拓者達から送られる馬鹿を見るような目線など、なきに等しいものでした。
「何を逃げようとしているっ!? 私の話を聞くんじゃなかったのかっ!!」
「逃げるに決まってんだろっ!! お前と関わるとロクな目に遭わんって気配が濃厚だっ!!」
「ええいっ、待てっ!! 逃がしはせんぞっ!!」
「何が何でも逃げ延びてやるっ!! さっさと腰から手を離せこの馬鹿っ!!」
「女に背後から抱き付かれるなんて、男的にはむしろ役得じゃないのかっ!? さあ、ありがたがれっ!! 口で何やかやと言いつつ、内心で喜べっ!!」
「心の底の隅っこにまで、鬱陶しいって気持ちが満ち満ちてるわっ!! いい加減離せってんだよっ!!」
「いーやーだーっ!! ここで逃げられてたまるか――――っ!!」
「こうなりゃ力ずくでも引き剥がしてやるっ!! ぬぅおおおお――――っ!!」
「意地でも離さないからなっ!! うりゃああああ――――っ!!」
「とっとと諦めろってんだっ!! んぐぐぐぐぅ――――っ!!」
「負けてたまるかっ!! ぐぬぬぬぬぬぅ――――っ!!」
「んぎぎぎぎぃ――――っ!!」
「……お二人共。静かにするか、外に出るか、それとも事務所まで来て職員の方々とたっぷりお話をするか、いずれか好きなものを選んで頂けますか?」
「「…………申し訳ありませんでした」」
建物内部で騒いでいれば、関係者がやって来るのは必定です。笑顔の隅々にまで怒りのオーラを張り巡らせつつ、事務所のある二階階段を親指で指すパティに、リオと女は声を揃えて謝りました。
「……私とした事が、つい取り乱してしまったようだ。悪かったな、君」
「……全くだよ。はあ……」
リオ達は逃げるようにギルドの外へと出て、改めて女開拓者と話をする事にしました。クエスト報告もまだ済ませていませんので、ギルドバッグを肩から下げたままの状態です。
「まだ名乗っていなかったな。私はシエロ。シエロ・ナテュールと言う」
「シエロさんね。俺はリオで、こっちの二人はティエラとマール」
「ど、どうも〜……」
「あの、初めまして……」
あっさり風味な自己紹介するリオに続き、ティエラとマールが引き気味に言います。先ほどまでのやり取りをそばで見届けていた二人にとって、シエロと名乗る目の前の女性に対する印象は既に固まり切っておりました。
即ち、"変な人"です。
なるほど、容姿は美しいものです。
長く美しい金髪に、澄み渡る大洋のような碧眼。整った眉根、すっとした鼻立
ち、健康的な朱色の差した唇……それらが絶妙に配されたかんばせ。服の上からでも見て取れる、メリハリに富んだ抜群のプロポーション。
まず間違いなく美女と冠されるべき、非常に優れた器量の持ち主です。
しかし対面した瞬間露呈した残念な性格が、それらを帳消しにした上で大幅なマイナス補正を掛けておりました。
もはやリオ達に対し、"変な人"と言う評価を返上し、"美女"と言う評価を勝ち取る機会は永遠にないでしょう。
「なるほど、リオにティエラにマール……か。よろしくな」
「ああ。それじゃあ、お元気で」
「待て待て。話はまだ終わっていないぞ」
「俺としては、もうここらで終えたい……ああくそ、分かった。聞いてやる。聞いてやるからさっさと言え」
早速飛び掛かる構えを見せたシエロに、回れ右しようとしていたリオは渋々動きを止めました。逃げても話しても面倒な事になるのなら、話を聞いてあげた方がまだ穏便に切り抜けられる……と判断したためです。先ほどまでのやり取りで、強引に逃げる気力が失せているのも理由の一つでした。
「うむ、実はだな。私は少し以前に、訳あって所属していたパーティーを追放されてしまってな」
「"ついさっき"ね。五分も経ってねーぞ。何でここで要らん見栄を張るかな」
「リオもあんまり人の事言えないよね……」
ティエラの指摘は無視して、
「まあ気を取り直して新たなパーティーでも探そうかと思った矢先、君達の姿に気付いたんだ」
「お前の気は、ひっくり返すだけで簡単に色を切り替えられる表裏兼用生地のマントか何かか」
「その時、私は思ったんだ。『じゃあこいつで良いか』……とな」
「俺は今後悔してるんだ。『何でギルドに着く時間をもう五分ほど遅く出来なかったのか』……とな」
「……と言う訳だ。リオと言ったな、見たところ君がここのパーティーリーダーのようだ。どうか、私を君達のパーティーに入れてくれないだろうか。私を加入させて損はないと思うぞ?」
「そうか。話は分かった。断る」
「な……何故だっ!?」
「これまでのやり取りだけで、お前がアレな奴だって事が完全に把握出来たからだよっ!!」
「そ……そこの二人っ! ティエラにマールだったかっ!? 君達はどうなん
だっ!? 私がパーティーに加わっても良いだろうっ!?」
「あー……いやその、ボクはリオの判断に任せるって言うか……」
「わ、私も新参者ですので、リオさんの判断に従うと言いますか……」
「ほら見ろっ!! 二人共俺に判断委ねる風に装いつつ、遠回しにはっきりと『お断りします』って言ってるぞっ!! 分かるかっ!? 俺の『断る』って判断に
無文句で『従う』のは、つまりそう言う事だからなっ!!」
「待てっ!! 冷静に考え直してくれっ!! まずは、私の実力を見てから――」
シエロの懇願を遮るように、彼女の腹部が『ぐぎゅるるるる〜……』と、間の抜けた音を鳴らしました。ふと空を見上げて見れば、傾く西日が微かに夕焼け色へと染まり、山々の頂へとその身を降ろし始めておりました。
「――お腹空いたっ!!」
「分かってるよっ!! 何を堂々胸を張って答えるんだっ!!」
「そう言う訳で、続きは酒場でっ!! さあ行こうっ! さあっ! さあっ!!」
「引っ張るなっ!! これ以上お前に付き合う義理なんぞ、俺達のポッケにゃ残ってないんだよっ!!」
ティルノア島の片隅で、強引にローブを引っ張り酒場へと向かおうとするシエロと、押し退けようとするリオによる低レベルな争いが始まりました。




