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26 シエロと酒場に行きました

「――そこでシエロさん、私は先輩を相手にビシッと言ってやったんですよ。『それじゃまるで、丸豚(ポーキィ)のペンディオ山脈下りみたいなものじゃないですか!』……

って」

「あっはははは! 上手い事言うじゃないかマール!」


「まあおかげで一週間、教会中の廊下という廊下全てを掃除させられる羽目になったんですけどね!」

「〜〜っ! ぷ……くく……っ! もう、マールってば〜! 食事中にそんな爆笑ネタ禁止!」


「ふっふっふ、甘いですよティエラさん。私の話は場の暖まった時ほど冴え渡るものなんですからね! ……さあ、お次は『冷やし車輪回し・地獄遍』の話でもしましょうか!」


「お、それも面白そうだな! 早く聞かせてくれ!」

「止めて……っ! ボクもうそのタイトルだけで無理……っ!」


「さあシエロさん、ティエラさん、お覚悟を!」

「あっはははははははっ!! もう止めて――っ!!」


「…………一体、何でこうなったんだ……」


 酒場『パラトロゴ』の一角にて、テーブルに並ぶほかほか料理を前にリオは頭を抱え込んでおりました。彼ら四人(・・)は突撃鳥駆除クエストの報酬を受け取った後、少し早めの夕食を取っている最中でありました。リオの右隣ではティエラが腹を抱えて笑い転げ、正面ではマールが秘蔵のジョークをノリノリで披露し、斜向(はすむ)かいであシエロが身を乗り出して続きを促しておりました。


 同じテーブルで食事を共にする女性陣三人は、もうすっかり意気投合しておりました。シエロから逃れようとしていたリオの努力は今やただ一輪の徒花(あだばな)と化し、虚しく風に揺らめくばかりでした。


 取り敢えず、シエロに関して分かった事があります。


 一つ。彼女はこのティルノア島の出身である事。


 彼女の祖先は、ティルノア島開拓初期に渡った人々の内、最終的に島へ定住する道を選んだ開拓民達です。ティルノアの大地と空を終世の友とする決意を固めた彼らは、危険な魔物の少ないリバ川以東に村を作り、島の歴史の一部となって次代への礎を築きました。


 アラケル本国から定住権を認められた初期開拓民の子孫達は今でも島内の村や街で農業、畜産業、林業、商業、工業……などを営み、島の生活と開拓とを支えております。祖先達の意思を受け継いだ彼らは、"生まれ故郷"であるティルノア島の開拓事業に対し積極的な協力を行っております。自ら"開拓者"へ志願する者も珍しくなく、シエロもまたティルノア島"地元民"の典型的な一例でありました。


 そして、もう一つ――


「……しかしお前、食う量凄いな……」


 彼女はかなりの健啖(けんたん)家である、と言う事です。今もシエロの眼前には大皿へ山盛りにされた串焼き肉が鎮座しており、話の合間合間、|甘辛いタレの(したた)る肉へとかぶり付き、むさぼるように料理の味を楽しんでおりました。


「そんな食い方で美味いのか……?」

「うみゃい!」


 呆れて尋ねるリオに、シエロは肉を頬張ったまま元気良く答えました。


「まあ良い。……それよりもシエロ」

「ふぁんだ?」

「いや、食うか話すかどっちかにしろ」


「ふぁはった。ふぁなひのふふきをひえ」

「ありがとう。食うより話すのを優先してくれて。おかげで、まず口の中のもんを飲み込ませる事の大切さが良く分かった。さっさと飲み込め」


「ふむ、ふぁはった。……飲み込んだ。さあ、話の続きを言え」

「俺達のパーティーに入るって言うんなら、色々と話を聞かなきゃならない。取り敢えずお前、等級(ランク)はいくつだ?」


「四位だ」

「あれ、思ってたより高いね。確かリオと同じ等級(ランク)だ」


 ティエラが言いました。


「まあ、これまで様々なクエストを成功させて来たからな。得物を見れば分かると思うが、戦闘では弓を使っている。中々の腕前だと自負しているぞ。攻撃役から援護射撃まで、幅広く活躍して見せよう」


「魔術は何か使えるのですか?」

 マールが尋ねました。


身体強化魔術(ストレングスニング)程度だ。しかし私の場合、単純に"力を強める"だけには使ってはいないぞ。必要なら、視力や聴力の強化も行える。斥候役も任せてくれ」

「あ、それ凄いですね。私には出来ない事ですよ」


 仮に身体強化魔術(ストレングスニング)で筋力"だけ"を強化しても、術者の発揮する力に術者自身の肉体が耐えられず、骨折などの怪我を負ってしまう……と言った問題が発生してしまいます。そのためこの魔術は基本、"総合的な身体能力"を強化させております。筋力を高め、それを支える骨格を強靱なものとし、動きに追随するため反射神経や動体視力を鋭敏化させ……と言った具合です。


 しかし、一部の者は応用的に"特定の感覚"のみを強化する、と言った使い方もします。視力を強化すれば常人より遠くを見通す事が出来ますし、聴力を強化すれば小さな足音も拾い取れるでしょう。『高所に登って進行先の地形を探る』『耳を澄ませて周囲に魔物が潜んでいないか確認する』……など、クエスト中の様々な場面で活用出来る技術であり、使い手がパーティーにいれば大変重宝される能力でありました。


「なるほどな。……で、そんな中々の腕前の持ち主さんが、一体何の不都合があってさっきパーティーから追放されてたんだ?」


「…………ごはんおいしい」

「目を逸らすな。こっち見ろ。そして言え」


「……い、嫌だな。そんな個人的な情報を探るのは感心しないぞ」

「あのな。これはお前の面接でもあるんだ。目下のところ俺達は、お前の追放理由が知りたい。それを言わん事には、お前を仲間に入れるのは無理だ」


「……いやまあ、そんな大した出来事じゃなくてだな……」

「それは俺達が判断する。大人しく言え」


 有無を言わさぬリオの言葉に、しばらくの間シエロはあちらこちらに目を泳がせていました。しかし沈黙に耐えかねたのか、やがてボソボソと口を開き始めまし

た。


「……まあ何だ。あのパーティーとは二日前に組んだばかりでな。組んでから早速クエストに出た。街から北西にある丘へと向かい、近くの街道へと危害を加えている魔物達を狩って来る内容だ。結論から言えば、クエスト自体は首尾良く成功させた。


 私達が出向いた丘は、ファインダの街から離れた場所にあった。移動するだけでも結構な時間が掛かったから、魔物を狩り終える頃にはすっかり日も暮れていた。近くに村も宿場もなかったので、私達は安全な場所へと移動した上で野宿を行う事にした」


 クエストを受けた開拓者には良くある話です。むしろグリーンスライムや突撃鳥など、これまでにリオ達が受けて来た"日帰りで達成可能"なクエストは、ファインダの街から近い場所――危険な魔物の少ない場所で行う、難易度の低いクエストなのです。


「倒した魔物も捌き終え、食事も取り終え、後は寝るだけとなった。が、何しろ魔物が出没する可能性のある場所だ。対策(・・)は十分であるとは言え、私達は念を入れて見張りを立てる事にし

た」


 対策――簡単に言えば、専用の魔 具(アーティファクト)を使って野営地に魔物を近付けさせなくする事です。ただし、"絶対に近寄らなくなる"訳ではありませんので、シエロ達パーティーの警戒はごく妥当なものであります。


「まずは私の番からだった。三人の仲間が寝息を立てる中、私は揺らめく焚き火を眺め、時折枝をくべながら時を過ごしていた。……一時間ほど経った頃だろうか。私の身に、とある異変が起こった」

「異変?」


「ああ。小腹が空いたのだ」

「それが異変なら、この世の万事は天変地異に溢れているわ。……で?」


「そこで私は、緊急避難的措置を取る事にした。自分の荷物を漁って、保存食として取っておいた干し肉を食べる事にしたのだ」

「単なるつまみ食いじゃねーか」


「最初は小腹を満たす程度にするつもりだった。……だが干し肉の塩気は、空きっ腹にはあまりにも刺激的だった。悪い事に私の目の前には焚き火がある。肉を軽く火で炙ってやれば、より一層旨味が増す。一口が二口となり、一枚が二枚となり

……気が付いた時には、仲間の荷物をひっくり返して中から全ての保存食料を引っ張り出し、残らず平らげていた」


「…………」


「こうなると、もう止まらん。翌日のために取っておいた夕食の残りものシチューをついでだからと火に掛け、折角だから本日討伐した魔物の肉も焼いて食おうとギルドバッグから引っ張り出した――辺りで仲間の一人に止められた。どうやら交代の時間が来ていたらしい」


「………………」


「そいつが急いで他の仲間達を起こし、全員にこってりと絞られ、挙げ句にクエスト報告完了後のパーティー追放だ。『こんな奴置いとけるか!』……と言う風に。……以上が本日、私が追い出された理由だ」


 話す内に口が乗ったのか、最後の方は何故か快活な口調でした。


「……そうか。そう言う事情があったのか」

「うむ。そう言う事情があったのだ」


「――不採用」


「何故だっ!? 理由を聞かせろっ!!」

「案の定、お前がロクな奴じゃなかったからだよっ!! 俺がそいつらと同じ立場に立たされたとしても、確実に追放しているわっ!!」


「ま、待てっ! 考え直してくれないかっ!? 確かに、私は少々食べ過ぎてしまったのかも知れないっ!! しかし、たった一度の失敗だけで判断するだなんて酷過ぎるじゃないかっ!!」


「前科は?」


「うむ、二桁は下らないだろうな。保存食の干し肉や干し魚なんかも美味かった

し、日が経って固くなったパンもこっそりシチューに浸して食べていたし、ハムやチーズ、サラミやベーコンも大好きだし、ナッツ類なんかもうやめられない止ま」


「常習犯じゃねーかっ!! 不採用っ!!」


「ゆ、誘導尋問なんて卑怯だぞっ!! ……ティエラッ! 私は理不尽にも追い出されようとしているっ! とても可哀想だから、すぐに悲しんでくれっ!!」

「こいつ……っ!! 同情誘うのが下手くそ過ぎる……っ!!」


「……ねえリオ、お願い。考え直そう……?」

「しまった……っ!! ポンコツ娘が釣られた……っ!!」


「……マールッ! フォルト教では確かこう、献身がどうとか……大体そんな感じだろうっ!? 何かフォローしてくれっ!!」

「こいつ……っ!! お粗末な知識片手に突っ込みやがった……っ!!」


「……まあその、私もあまり人の事をとやかく言えない立場ですし……」

「はい、こっちはこっちで図らずも弱み突かれたら一発だったっ!! 一体何故こうなるんだ……っ!!」


 上目遣いでリオを見るティエラに、反対を表明出来なくなったマール。もはや、場の流れは傾き切っておりました。さながら、白い飛沫を上げ迫り来る激流のようでありました。この流れに逆らいシエロを拒めるだけの手札も発言力も、今のリオには持ち合わせておりませんでした。


「頼むリオッ!! 一度でも良い、試しに私と組んでくれっ!! 私の実力を見せてやるからっ!!」

「……ボクからもお願い。ね、リオ……?」

「……ノーコメントで……」


 ここぞとばかりに押して来るシエロ、哀願するティエラ、目を逸らすマールの三人を眺め、詰 み(チェックメイト)を悟り、


「…………ええいくそっ!! 一回だっ!! 一回だけだからなっ!!」


 投了リザインを宣言するゲームプレイヤーの心持ちで、リオは叫びました。


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