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異世界とギャル  作者: 田山 白
第一部 向こうの世界とギャル
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3/4

三話


メイはロッカールームでエプロンを締めながら、小さく唸った。


「やば。アイシャドウ切れそう」


ホールではすでにサミュエルがレジの準備をしている。

釣り銭を確認しながら、ちらりとこちらを見た。


「買えばいいでしょう」

「今日給料日なんすよねー。帰り寄ろっかな」


そう言いながら前髪を整える。

するとサミュエルが興味なさげに帳簿へ目を落としたまま言った。


「なら誰か連れて行きなさい」

「なんで?」

「高級店は非魔法使い相手だと平然と値段を吊り上げます」

「えっ、怖」


王都では珍しくない話だった。

魔法を使えない者は知識もないと思われがちで、足元を見られることもある。


「パイセンとか連れてけばいい?」

「あの男にそんな親切心があるかどうか」


即答だった。

メイはあのやる気のなさそうな顔を思い出し、けらけら笑う。確かに、メイが頼み込んだところでさらっと断るのも容易に想像ができた。


「ひどーい」

「事実です」

「でもパイセン顔広いっすよ?」

「それは否定しません」


レジを閉めながらサミュエルは肩を竦めた。


「本来なら今頃もっと上にいてもおかしくない人ですから」

「へー? 第三師団長ってそんなすごいんすか?」

「獣人の上位種ですよ。ライオンです。体術は言うまでもありませんし、魔法も一流です」

「へぇー」


メイは少し目を丸くした。

魔法が得意そうな印象はあまりない。

どちらかと言えば拳で全部解決しそうだ。第三師団は体育会系まんまというか、上下の規律がしっかりとしている。

何か問題を起こせば、リヒト自ら鉄槌を下すのもそこそこに見る光景だった。

この前、メイが絡まれる原因となった件のユージンだかなんだかも、リヒト自らが"注意勧告"を行い、頰を腫らした本人が菓子折りと共に謝罪にきたくらいだ。

魔法? と内心で首を傾げると、サミュエルも少し肩をすくめた。


「ただ本人にやる気がない」


サミュエルがばっさり切り捨てる。


「責任を負いたがらない。手が届く範囲しか面倒を見ない。だから上に行く気もない」

「ダメじゃん」

「部下からの信頼は厚いですよ」


思わず笑ったメイに、サミュエルは少しだけ苦笑した。今更のフォローだ。


「ただ、それ以上を望まない。だから他団からは怠惰なライオンなどと言われるんです」


なるほどなあ、とメイは頷いた。

確かにそんな気がする。

優しい。

面倒見もいい。

でも王様になりたいタイプでは絶対にない。


「まあ、パイセンだしなあ」


妙に納得してしまう。

するとサミュエルが呆れたように息を吐いた。


「あなたも大概ですね」

「なにがー?」

「第三師団長をそこまで雑に扱う人間は珍しいです」


話は終わりと言わんばかりに、サミュエルが立ち上がる。メイもそれに倣って、バックヤードを出て開店準備を始めようと背を伸ばした。





「というわけで、パイセン、やっほー。暇?」


王宮騎士団第三師団の詰所に顔を出したメイは、開口一番そう言った。

リヒトは書類から顔を上げる。


「第一声がそれか」

「だって暇そうだったし」

「見ればわかるだろ。忙しい」


机の上には書類が山積みになっていた。それら一枚一枚を、とてもやる気があるようには見えない顔で決済処理をしていくリヒト。

それを数分眺めてみるが、やはり切羽詰まってる様子には見えない。


「へぇ〜まあいいや」

「いいわけねえだろうが」


言いながらもずかずかと執務室に入っていくメイを止める者はいない。大抵は末っ子を見る目でニコニコと好意的に受け入れられるか、もしくは下心を込めた目で見られるかなのだが――後者に関しては漏れなくリヒトの冷たい目線が飛んでくるため、慌てて視線を外している。


そんなリヒトの牽制も知らず、笑いながらメイは近くの椅子に腰掛けた。

半年も経てばこうして気軽に話しかける程度には顔馴染みである。


「で、何の用だ」

「街案内してほしいんす」

「却下」


即答だった。

しかし当然メイはめげない。

足をぷらぷらと振りながら、伺うようにリヒトを見上げる。リヒトは耳をぴくぴくさせながらも、視線を合わせようともしない。


「異世界人への福利厚生」

「そんな制度はない」

「異文化交流」

「もう十分させてもらってるね」

「デート」

「……知らん」

「最後は否定しないんだ」


にんまりと笑うメイに、ついにリヒトはため息を吐いた。

デートなどという言葉にリヒト自身が揺れたわけではないが、その単語が出た瞬間少し室内の空気が浮わついたのを感じたのだ。先ほど、下心を露骨にメイに向けていた若い隊員たちだ。おそらく、リヒトが断ればこれ幸いと立候補するに違いない。


若いもの同士で交流を深めるのが悪いと言ってるのではない。ただ、騎士服を着た上で万が一にでも問題を起こされる可能性と天秤に掛けている。

そして数秒考えた後、勘弁したようにペンを置く。


「……夕方までだぞ」

「やったー!」


メイは両手を上げた。まるで子供だ。

代わりに、一部の者たちが肩を落とした。


◇◆


王都の中心街は今日も賑わっていた。

石畳の道。

行き交う馬車。

露店から漂う香辛料の匂い。

最初は全てが物珍しかった景色も、今ではだいぶ見慣れている。


それでも、魔法によって浮遊する案内板、人を避ける宙を自在に動くランタン、自動で掃除する生き物みたいな箒。

それらを見ると、一瞬ぎょっと目を留めてしまう。


「やっぱ異世界って感じするな〜」


きょろきょろ辺りを見回しながらそう呟けば、呆れたようにリヒトが口を開く。

その口には煙草が咥えられている。匂いはあまりしない。地球にあるのと成分は同じなんだろうか? それとも電子煙草のようなもの?

いやでもここには電気という概念はないしなぁなどと、メイが燻る煙を見ながら考えていると、はっとリヒトが煙草を仕舞う。

仕舞う、というより手から手品のように消えた。おそらくこれも魔法。


「異世界だからな」


煙草吸っててもいいんだけどな、でも今までもあまりメイの前では吸っていることはない。おそらくは気遣いなのだろうと思うと、なんとなく嬉しい。


「……で、異世界からきたお嬢さんはお忙しい隊長様を護衛に、どこに行きたいってんだ?」

「わぁ、嫌味ったらしい……」


言いながらも、なんだか妙に可笑しくてメイは吹き出した。


「メイク道具! たっくさん買うって決めてるんで!」




そうして訪れたコスメショップで、メイははしゃぎ通しだった。店員がおすすめだなんだと持ってくるコスメグッズにいちいち感激して、使い方を逐一聞いている。

魔力が通されたものもあれば、一般的なものもある。当然魔力が通されたものの方が基本的には高価になるのだが、メイは金に糸目をつけていないようだ。

アクアリウムレストランで働いてる給金を頭で算段しつつ、紹介されたものを丁寧に取り扱っている。

その真剣み溢れる顔を観察しながら、斜め後ろに控えるリヒトはそっと呆れたように息をついた。

ちなみに今の彼女は、コスメを存分に試すためとすっぴんである。いつもは顔に色んな色を置いているため気付かなかったが、存外顔立ちはあどけなく少女特有の丸みが残っていた。

それをしげしげと後ろから鏡越しに見ていると、メイが苦笑する。


「乙女のすっぴん、そんなまじまじと見ないでくださいよ」

「お前が連れてきたんだろーが」

「まあ、そうなんすけどぉ」


言って、彼女は店員が少し外した隙にこっそりとリヒトに近寄って「魔力なしとかおのぼりさんぽいのがこういう高級店来ると、足元見られたりぼったくられるってサミュエルさんが言ってたから」と言う。

そういう警戒心があったのか、とリヒトは少し目を瞠った。

気を取りなおすようにテスターの口紅を手に握り、鏡越しの彼女は楽しげに笑う。


「だから、騎士団の誰かを連れて行けば十分かなと思って、デートなんて言い方したんですけど、まさか本当に隊長様が来てくれるとは」


ニシシと笑う彼女に、リヒトはさらに目を丸くしてから、小さく舌打ちした。心配した自分がバカらしく思えたのだ。

この分なら、初心な隊員たちに万が一にも遊ばれるなどということはなかっただろう。変な世話など焼かず、放っておけばよかった。

そんなリヒトの苛立ちが伝わったのか、メイは苦笑する。


鏡の前に立ち、彼女は一つずつ自分を整えていく。下地を塗り、肌を均し、唇に色を乗せるたびに、素顔の弱さが静かに隠れていく。

アイシャドウで覚悟を塗り重ね、マスカラで視線を持ち上げる。チークで頬に生命力を宿し、口紅で最後の仕上げを施す。

少女が女性に羽化していくようだ。

それを、どこか惚けるようにリヒトは見ていた。


「パイセンてこの世界基準でイケメンでしょ?」


唐突な質問だった。

意識を取り戻すように、はっとしながらもリヒトは咳払いする。


「まあ……」

「否定しないんだ」

「客観的事実だからな」

「腹立つぅ」

「聞いたのはお前だ」


メイは軽やかに笑ったあと、少しわざとらしく顎に手をやった。そして、こほん、と咳払いを一つ。


「じゃあこの世界と私のいた世界の美醜ってそんなにかけ離れてないはず」

「はあ」

「ということは相変わらず私はかわいい部類ってわけ」

「すんげー自信……」


思わず呆れた声が出た。

しかしメイは胸を張る。


「だって努力してるもーん」

「努力?」

「かわいくなるために!」


即答された返事には迷いがない。


確かにメイは客観的に見て、顔が整っていた。

蜂蜜色の髪は陽光を受けると柔らかく輝き、腰近くまで伸びた髪が歩くたびにふわりと揺れる。

いつもは高い位置で結ばれたポニーテールは活発な彼女によく似合っていた。


ぱっちりと大きな瞳は淡い桃色。

長い睫毛に縁取られたその瞳は表情豊かで、笑えば三日月のように細くなり、驚けば宝石のようにきらきらと輝く。

小さな鼻筋。

艶のある唇。

白く滑らかな肌。

一つ一つの造形は驚くほど整っていた。


人形のような完璧な美貌ではない。

けれど、それ以上に目を惹く。

愛らしさと華やかさを同時に持った顔立ちだった。笑えばぱっと花が咲くように華やかで、黙っていれば年齢以上に大人びて見える。


だから最初から目立っていた。

騎士団の連中が妙に構いたがるのも分からなくはない。


確かに――そうは思っていたが。

あまりに堂々とした肯定に、リヒトは少し笑ってしまう。

それに、メイは気づかない。

最後にあげていた自分の髪を下ろして、確認しながら続ける。可愛い自分であるために。


「髪もケアするし、服も考えるし、化粧もするし」

「ふむ」

「かわいいって才能だけじゃなくて技術なんすよ」


それはリヒトにとって初めて聞く理論だった。

故郷にも着飾る女性はいた。

だが、彼女たちは美しいから美しいのだと思っていた。

努力の結果だなんて考えたこともなかった。

そういうものは、陰なる努力として隠すものなのだと思ってもいた。けれど、彼女は胸を張る。

服もコスメも何もかも、彼女は異世界だろうと元の世界だろうと等しく楽しむ。

可愛くなるために。理想の自分になるために。楽しさを、自分から掴みにいくために。


キラキラと笑う彼女はいつだって若い。それは、単純に自分より年下なせいかとも思っていたが。

……なるほど。騎士団で少し過剰なまでに末っ子扱いされている気持ちが分かる。

強い女で言葉にも態度にも容赦も遠慮もない。けれど、妙に素直なところがあるのだ。だから――、


「……なんだ」

「ん?」

「確かにお前かわいいな」


つい出た一言。

メイは一瞬ぽかんとした後、「でしょ?」と満面の笑みを浮かべた。


一切照れない。そこは照れるところじゃないのかとリヒトは思ったが、しかしその笑顔があまりにも自然なもので。

だからこそ、少しだけ目を奪われた。


「つーかパイセン」

「なんだ」

「今ナチュラルに口説いた?」

「口説いてない」

「えー、それは残念」


そう言ってカラカラ笑う。

その笑い声を聞きながら、リヒトは小さく息を吐いた。

本当に変な女だ。

けれど、やっぱり嫌いではなかった。


◇◆


随分な時間をかけてコスメを買い漁り、気がついた時にはもうかなりの時間が経っていた。けれど、リヒトは一度も急かしもせず、文句も言わない。そのことに、メイは素直に感謝を口にした。


西へ傾いた陽が街を橙色に染めていた。

仕事帰りの人々が行き交う歩道を、二人は歩く。

昼間の喧騒が少しずつ遠ざかり、代わりに夜の気配が静かに近づいていた。


「この世界コンビニないの不便じゃない?」

「なんだそのこんびにってのは」

「神施設」


とりとめのない会話。

それでも、リヒトは律儀に返事はしてくれる。たまに、呆れたような視線付きだけど。

でもメイにとっては心地よいものだった。


「飲み物買いたい時とかどうすんの?」

「店で買う」

「二十四時間営業してる店ある?」

「逆に………夜中に飲み物買う必要あるか?」

「あるだろ」

「というかだな……夜中に女が出歩くな」


頭痛がする、というようにリヒトは軽く頭を押さえる。それから、ちらりとメイの首元――自身が渡した魔道具のペンダントを見た。

指差し、念を押すようにメイに告げる。


「その魔道具、お前の『助かりたい』って強い生存本能に反応して結界が出るからな。外さない限り……まぁ、図太いお前を守ってくれるだろ」

「ほえー、高性能」


そんなことを話しているうちに、メイが借りている寮のアパートまで辿り着く。

念のためと、騎士団の中でもリヒトとサミュエルしか知らない。

この人、口ではなんとか言いながら面倒見いいよなぁなんてメイが思っていることなど知らず、リヒトはやっと煙草を手に取る。


「悪くない息抜きだった。……また何かあれば、付き合ってやってもいい」


そう言って、片手を上げてリヒトは去っていった。

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