二話
「ねーちゃんマジでラノベ読め」
「はー? 読むかよ。興味もないしぃ、なんか偏ってそう。表紙からしてなんか合わなそう」
「いいから読め! まじでこれ神作だから、一度読んだら絶対はまるから! そんで布教しろ!」
「布教ってなぁ……」
弟から押し付けるように差し出された文庫本をぱらりと捲る。やたらキラキラと可愛い女子が書いてあり、タイトルはやたらと長い。
内向的で内弁慶、そんな弟のオタク趣味は何度か押し付けられてはいるが、メイがはまるかどうかは五分五分である。今回はどうかな……小説は読むコストが掛かるため、外れた場合嫌だなぁというのが正直なところだった。
あまり乗り気でないメイの様子を感じ取ってだろう。弟が顔を真っ赤にして言葉を重ねる。
「読んでねーと異世界行った時困るだろうが!」
「行かねーよ、行けねーよ。バカ?」
呆れたようにその額をペシンと叩いてやったが。いやはや――オタク気質な弟から言われたことが、まさか本当に起こるとは。
◇◆
メイがこの世界に落ちてきたのはもう半年も前になる。
ある日目が覚めたら王都外れの森の中にいた。端的に言えば、本当にそれだけだった。何か前触れがあったわけでも、トラックに轢かれて気がついたら、とかでも、階段やら何やらから落ちそうになり、目を強くつぶったら――とかでもない。
本当にただ、いつも通り目を覚ましたらそこにいたのだ。
目を覚ました瞬間、鼻先をくすぐったのは土と草の匂いだった。
重たい瞼を開けば、視界いっぱいに青空が広がる。眩しさに目を細めながら身を起こして、固まった。
「え?」
地面だった。
アスファルトでも、ベッドでもない。
湿った土と草の上。
慌てて立ち上がり、周囲を見回しても、そこにあるのは木。草。花。
つまり、森の中である。
「は? 待って待って待って」
意味が分からない。
最後の記憶は学校の帰り道。適当に友達と暇を潰し、バイトまでの合間一度家に帰ろうとして――そこから先の記憶がない。何かたちの悪いサプライズか、下手すると事件に巻き込まれたか。
慌てて制服のポケットからスマホを取り出す。
「よし」
とりあえず誰かに連絡を――と思ったのに。
「圏外?」
表示された二文字に嫌な汗が流れた。
もう一度周囲を見る。
電柱もない。
道路もない。
人の気配もない。
風が木々を揺らし、ざわりと葉音が響く。
「……いや、無理なんだけど」
ブレザーの下に白いガーディガン。シャツに大振りなリボン。太腿の半ばしか丈がない、短いチェックのスカート。ニーハイに、ローファー。ありふれた格好。
けれど、誰もいない森の中では、あまりに異質だろうということはいやでもわかった。
普通の女子高生の情けない声だけが響く。
へたり、と膝をついて途方に暮れているとその内にドタバタと人が傾れ込んできた。それがどれくらい時間が経ってからかはわからない。ただ茫然としていたら、彼らは来たのだから。
「久しぶりの異世界人が来たって検知されてなぁ」
そう言いながら、屈み込んでメイと視線を合わせた男が――リヒトだったのだ。
現れた男は、百九十センチ近い長身。
鍛え抜かれた肩幅と厚い胸板は、騎士服の上からでも隠しきれない。
細身に見えるのは無駄な肉が一切ないからで、実際は獣のような筋肉が全身に張り付いている。
くすんだ金髪は少し長めで、手入れはされているはずなのにどこか野性味が残っていた。
風に煽られれば好き勝手に跳ね、本人もあまり気にしていない。
切れ長の金色の瞳は鋭い。
整った顔立ちをしている。
王都を歩けば振り返る女性も少なくないだろう。
だが、その美貌は甘さよりも獰猛さを連想させた。
笑えば格好良い。
黙っていれば威圧感に身が竦む。
気だるげにこちらを見据える、王宮騎士団第三師団長。
だが、――対するメイは半笑いだった。
最早、恐るだとか見惚れるだとか、そんなタイミングを完璧に失っていたのだ。
「めっちゃ外人顔なのに、言葉ふっつーに日本語なんですけど。ウケる。なんで言葉通じちゃってんの?」
人間はある程度のキャパシティを超えるとツッコミもずれるし、驚きもしなくなる。
そんな様子のメイに、リヒトは眉をぴくりと動かして「図太いようで何よりだ異世界人」とため息混じりに頭を掻いた。
その時に、やっとリヒトの頭に獣耳がついていることに気づく。人間の耳はないことも。
気合の入ったコスプレ会場ではないことだけ は確実にわかり、メイはごくんと一度息を大きく飲み込んだ。
歴戦の猛獣。獣人の中でも上位種のライオン。それが、メイを保護した男だった。
――そうして、リヒト率いる第三師団に連れられて王都へ来たメイは、あまりあからさまにならない程度に通りを見渡しながら歩いた。
獣耳をつけた人間。つけてない人間。多くは西洋風の顔をしているが、メイに近い顔立ちをしている者もすれ違い、そこまで顔立ち的には目立ちはしていない。栄えている都市だけあり、種族が様々に入り乱れてるようだった。
念のため聞いたが、獣人だけでなくエルフやドワーフ、人間など本当に多種多様らしい。
世界観がわからんと思いながら、メイは説明を分かった顔をして聞いていく。
ただ、すれ違う人間は第三師団と一緒にいる少女、そして学生服の物珍しさに目を向けてきてはいた。
「異世界人は珍しいが、たまに渡ってくるんだ。俺は会ったのも初めてだが、異世界人が出たら保護することが国として定められている」
「はぁ……」
「お前が何かこの国のためになる有益な情報や、働きをしてくれるってんなら国を挙げた来賓扱いにもなるが」
「……いやぁ、役に立たないんじゃないっすかね?」
メイは道すがら、この世界のことを粗方説明されていた上で、正直な感想として告げた。
一介の女子高生である。弟が面白いと言っていた異世界転生もののアニメのように(結局小説は手をつけなかった)、日本の知識を流用して無双! というのも無理がある。都会の女子高生に、農業の知識や酒造、水の濾過技術諸々、頭に叩き込まれてるはずもない。そもそも見渡す限り、この世界、文明的に日本と似たような進み具合である。つまり、発展しているのだ、すでに。
そしてこの世界には魔法があるとのことだが、早々に魔力検知器? なるもので測られた結果、メイは魔力なしだと測定された。チート能力もゼロ。
何か検査を進めれば他に何か突出した力が出てくるかも知れないが、今のところそんな予兆もない。
なので、浮つくこともなく、かと言って保護はしてくれるという言葉を聞いていたために必要以上に落ち込むこともなく、メイは答えていった。
泣き喚いても事態は変わらない。
「……なら、保護金で生活するか、もしくはこの地で働くかの二択だな。働くってなら、騎士団の目の届くところに居てもらうことになるが」
「じゃあ、働きまーす……」
リヒトはどちらでも良さそうな声だったが、なんとなく穀潰しのような真似は嫌だ。メイが言うと、リヒトは少し考えた後、まっすぐに王宮へ向かう。
そして、突っ切った先にあったのが、アクアリウムレストランだったのだ。
「サミュエル、人が足りねえ足りねえつってただろう? 連れてきてやったぜ」
「は?」
「異世界人だが、……まあ肝は据わってる方なんじゃねえか?」
そう言いながら、開店前らしい店内に勝手知ったる顔で堂々と腰掛けて、金勘定をしていたサミュエルにメイを突き出すように、紹介した。
どうやら、ここで働けということである。
「私、魔力ないけど大丈夫っすか?」
「飲食業は基本、魔力は関係ねえ」
「店内の狭い空間で使える便利な魔法などほとんどないんですよ。人が不規則に動くし、物がごちゃごちゃと多いと狙いも逸れますからね」
リヒトの言葉を補足するようにサミュエルも説明をしてくれる。
意外に考えられた上での職業斡旋だったらしい。まあ、言われてみれば元の世界でも配膳ロボットは居ても、やれることって結構少なかったもんなぁとメイは緩く納得する。
髪色は緑というド派手な髪、そして背についた羽。塩顔ながらも整っているというのに、妙に落ち着いているからか、見た目よりもイケメンさが目立たない人だなぁと、少し失礼なことも思った。
一方でサミュエルは唐突に勃発した採用面接にため息をついた。しかも、連れてきた男は一仕事終えたと言わんばかりに欠伸をしている。
実質的に断れなそうな斡旋だな、とサミュエルは頭を押さえつつもメイに向き直る。
彼の採用面接において、真っ先に聞くことは一つだった。
「あの水槽、なんのためにあると思いますか?」
そう言って、中央に置かれた水槽を指を刺す。
大きなアクアリウムをぼけっと眺めていたメイは、唐突に話を振られ、少し驚いた顔をした。
そして、顎に手をかけて少し考え始める。
ちなみに、この質問で採用の有無を決めたことはない。大体皆、サミュエルが求める答えを言うことはなかったからだ。
ではなぜ聞くかと言えば、人となりがそれで大体分かる。まあ、気軽な心理テストのような感覚だった。
――のだが。
「食欲誘うから?」
「採用」
メイの返答に食い気味にサミュエルが言葉を返す。
パンッ、とどこから表れたのかクラッカーが鳴る。サミュエルの心からの魔法だった。
おしゃれや雰囲気づくりのためと思われがちだが、鳥獣人である彼は純粋に食用の生簀のような感覚で水槽を置いていた。その真意が伝わって、単純に嬉しかったのである。
まさかの一発採用に、メイは驚きながらも素直に「よくわかんないけど、やったー」と言いながら、ノリでその場にいた隊員とハイタッチをしていた。隊員もそんなメイの様子に思わず笑顔だ。
と、まあ……そんな感じで、異世界転移したわりに緩く、しかし怒涛に身の置き場が決まったメイ。
サミュエルは、まあ異世界人ということは保護対象であるし、拒否は難しい。あまり期待もせずに、ただ受け入れたと言うだけであったが。
――思いの外、メイはウエイターとして有能だったのだ。
元より、前の世界でファミレスとコンビニのバイトを掛け持ちしていたのだ。服と化粧代、死ぬほど金掛かる。しゃーないから週五でバイト回してましたぁと後に言われた事実に、無神論者であるはずのサミュエルは初めて神に感謝した。
飲食業は常に人が足りないのである。
その上で客寄せパンダ的、見目もいい若い女性。キビキビ働き、気も利く。その上で、女性ながらに悪質な客のあしらいが上手い。たまに煽りすぎるところはあるが、渡した防犯魔道具を駆使して上手く収める。
はっきり言って需要しかない。
「メイさん、月一くらいで給仕服、メイド服とかにしてみません?」
「際どいのじゃなきゃ考えまーす」
ノリも良く、インセンティブボーナスにも貪欲なため、店への貢献度が高い。
何より、彼女のはっきり物を言うところがサミュエルは気に入っていた。女性特有の構って察してがないのだ。嫌なことはドキッパリと断ってくる。
「んじゃ、今日もおつかれっしたぁ」
そう言って、私服で事務所を抜ける彼女を、サミュエルは今日も機嫌良く見送った。
◆◇
そんなふうに、思いの外あっという間の半年だったし、我ながら周囲への溶け込みが早いと思える生活だった。
ぐっと伸びをして、帰路を歩く。
初めのうちは女性一人、ましてや魔力もないメイに対し、サミュエルは随分心配したものだが、そのうちにリヒトが結構上等な防犯魔道具を渡してからはなんとか落ち着いた。
働いて少し熱っていた頰を冷やす風が、心地いい。
バッグを片手に触りながらなんとはなしに空を眺めた。
月もあった。
星もあった。
海もあった。
空気だって吸える。
雨も降るし、花も咲く。
腹が減るし、眠くなるし、人だって死ぬ。
だから最初は、すぐ慣れると思った。
似ているから、きっと帰れなくても何とかなると思った。
けれど違うのだ。
街灯は電気ではなく魔法で灯る。
バスも電車もない。
コンビニもない。
スマホはただの黒い板になった。
同じ青空の下なのに、ここはメイの知っている世界ではなかった。
似ているのに違う。
違うのに、少しずつ好きになってしまう。それがたぶん、一番たちが悪かった。
一人、夜道を歩いている中で、不意に弱気になる。帰れなかったらどうしよう。このままこの地で生きていくのだろうか。
見たいドラマの最終回も見れず、楽しみにしていたライブにも行けず、友達にも会えず、――家族に何も告げられないまま。
気弱になりそうになった頬を、一度パチンと叩こうとして、……少し考えて、その手をゆっくり下ろした。
どうせ一人の道だ、誰に虚勢を張る必要もないのだから。
いつもより少しだけ背を丸めて、似ている夜空をメイは眺めながらゆっくり歩いていく。
明日から一話ずつ、20時投稿となります。
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たくさん書き下ろしもしておりますので、
良ければこの機会に読んでくださると嬉しいです!




