一話
「それで?」
ひどく平坦な声で、メイは吐き捨てるように言った。
彼女はどうでもいいという態度を一ミリも隠さずに、綺麗に巻かれた毛先をくるくると指先で遊ぶ。
アイシャドウとカラーを合わせたジェルネイルは、ラメが多少は入っているがシンプルな青のグラデーションで、最近はとくに愛用していた。
彼女が働いているアクアリウムレストランでは、中央に大きな円柱の水槽が置かれている。その水槽の青さと間接照明の中のおかげで、このネイルは一等綺麗に映えるのだ。
メイは一応所属として、王宮騎士団の一員ということになっている。といっても、名ばかりのもので、剣も魔法も振るえない彼女に任されているのは専ら、騎士団の食堂――というにはあからさまに贅をこらしているため、あまり言葉としてはしっくりこないが――のウエイターや、騎士団の会計などの事務処理、雑務だった。
あ、枝毛。やっぱこの前、無理に連れて行かれた演習のキャンプで使ったシャンプーが合わなかったからだな。ふっと息を吐きながら、少し濃い目に引いたアイラインとマスカラを重ねた瞳を少し伏せると、顔に軽い影が作られる。
朝七時から一時間はかけて入念に身支度をしたのは、こんなに出来の悪い断罪イベントに備えるためではないため、当たり前だが機嫌が悪い。
キャンキャン吠え続けていた子犬のような群れと、庇われるようにいる中央で目を潤ませる女。王宮騎士団の一般公開日を狙って、わざわざメイに文句を言いに来たらしかった。折角の休みだろうに不毛なことだ。
一応は客として、王宮騎士団の福利厚生の一環であるアクアリウムレストランに訪れた彼女らは、しばらくこそこそひそひそとしていた。そして店員として働いてたメイを見つけるなり、明らかに陰口を叩く。が、メイはいちいち取り合わず、私は鈍感だから何も気づいてませーんという顔でいつも通りに働いていたのだが、それが彼女たちの怒りに油を注いだらしい。ついに顔をカッと赤くして喚き立てたのだった。
曰く、そもそもなんで王宮騎士団の中に女性がいるんだとか、この子の彼氏(騎士団にいるらしい)がメイに誑かされて冷たくなっただとか、気になって乗り込んでみれば品の欠片もない派手な女が我が物顔で働いてるのを見てるのは気分が悪いだとか、そもそも淑女たるものメイのようにみだらに男性にベタベタ触るのはマナーがなってないだとか。怒りでひっちゃかめっちゃかに話が飛びながらも、まあ要約するとそのようなことを彼女たちは話してた。
大声できいきいと喚く声はレストランによく響き、今やサーカスの見せ物のように好奇の目が彼女たちへと集まっていた。
一通り話終わってフウフウと獣のように荒い息を吐き出し終えた彼女らに、黙って聞いてたメイは一言だけ返す。それで? と。
その言葉に彼女らはまた顔を真っ赤にして喚き立てようとしたのを見て、メイは今まで浮かべてた無関心そうな顔を一気に歪めて、顔いっぱいに不快感を露わにした。
ばっちりと顔を濃く強調するように化粧された顔、レストランの給仕中に許される程度の大ぶりのアクセサリー類(メイ基準だとだいぶ緩い)をジャラリと鳴らし、ヒールを履くと170センチをゆうに超えるメイがそうやって凄むと、物凄く威圧感がある。多対一でもだ。
メイに気圧されて押し黙った女性達は丸っと無視して、先ほどからずっと瞳を潤ませて困ったようにも悲しそうにも見える中心にいる女だけを見た。
この騒動の当事者兼被害者らしい彼女は、けれどさっきから本人の口からは何一つ文句を言わなかったどころか、口さえも開いてない。ただ小動物のようにふるふると震えて、全身で私は被害者ですと訴えるのみだった。
ごくごく低い確率でこの茶番が彼女は望んでないもので、周りが勝手に祭り上げたものかもしれない。だから、彼女をきちんと真正面から見た。
「なんか、言ったらいージャン」
目をキュッと吊り上げて、メイがいうのに対して、女はブルリとわざとらしく怯えて、手なんか口元に当てて目を慌しく逸らしながら「あの、」と小さくか弱い声を出した。
この時点で、例えば祭り上げられただけだろうとこの女とは仲良くなれないだろうなとメイは思った。
彼女は自分の意見ははっきりシャキシャキ伝えるし、理不尽な要求は自分自身で払い除けるタイプの、屈強なタイプだったので。
「ユージンくんと、仲良くしないでほしい、んです……」
「ユージン……?」
「その、呼び捨てもやめて……貴方が騎士団に来てからユージンくん、連絡しても心ここに在らずになって……この前デートした時、フラれたんです……簡単に体許してくれない女より、貴方みたいに"気持ちよくしてくれる女"の方がいいって」
誰だユージン。という気持ちで呟けば、芝居かかったように顔を覆ってワァと泣き始める。
彼女がユージンと自分の関係を匂わせて、しかも人のことをビッチのように糾弾してきたがもちろんユージンとやらとそんな関係はない。
この騒動でメイが分かったことといえば、この世界でも身持ちが固いのが淑女という風潮あるということだ。騎士団で女性がいない分、あまり女性と接さないため、そういったことに関しては疎かった。
ちなみにメイ的には、別にいつセックスしようが当人たち同士の問題だから勝手にしろと異世界にいた時から一貫して思っている。なんだったらセフレも個人的には否定しないのだが、何故世の女はセフレを持つ女を蛇蝎の如く嫌うのだろう。
昔のメイの周りにもセフレをもつ友達もいたが本人達は合意の上で、周りには迷惑をかけてないにも関わらず非常に同性受けが悪かった。
他人のくせに突っ込んでくるのキモいねで友達は全部流してたし、完全同意したものだ。
と、無理矢理思考を逸らそうとしてもやっぱり怒りは霧散されなかった。メイはいよいようんざりして、大きく舌打ちした。何もかもウザい。この目の前の女も、取り囲むよう女たちも、ワクワクした好奇の目も、全部!全部だ!
これって昔聞いたことある弱者ハラスメントっていうやつでは、とムカムカしてきた。か弱いという皮を着て、こっちを徹底的に陥れようとする奴。いたいた、何度もこんなのに突っ掛かれられたことがあった。けど、何度やられてもこっちだって腹が立つ。
「だから、事情わかったっつうの。ニワトリじゃねえんだから、そこまで言われたらあんたとユージンくんが貞操観念合わなすぎて別れたのも、あんたがヘラ気味なのもわかったつってんだろ。で、それ私に何の関係あって、そんで何してほしーの? もしかしてそーんな恋人同士のしょうもない痴話喧嘩沙汰でこの仕事辞めろとでも? だったら今後の衣食住アンタに補償してもらわないとやってらんないわ」
「…………謝って、ください!」
「はぁ? 小学生かよ……つかそれアンタに何の得あんの? 私が謝ったところでそのカレピが戻ってくるわけでもねえよ。あー話になんないわ。つか私にかまけてる間に音信不通にされた彼氏に突撃すりゃいいのに」
「なんで、音信不通にされたこと、知って……」
「あ、やっぱりブロックされてんだぁ? 私がユージンくんでも同じ対応するわ。はーどうせやだやだ駄々こねて長文メッセ送りまくって既読スルーのブロックコースっしょ。あーあ可哀想!」
手をばあと広げて、メイが飛び切りの笑顔で煽り切れば、女は呆然とした顔から顔を真っ赤にさせた。その衝動のまま、バチン! と大きな音を立ててメイの顔にビンタをする。
もうわざとらしい悲劇のヒロイン面は剥げ落ちて、醜い怒り顔のみになっている。メイはハンと鼻を鳴らしてザマアミロと素直に思った。
一発もらったから正当防衛成立、と意気揚々と怒りで息を荒くする女の胸ぐらを掴んだ。そうすると女は驚いたように目を見開くから、メイこそ驚いた。まさかやり返される度胸もなく手を出したのか?
顔を近づけてニィと笑う。
「つかまじで、私に最初に会いに来るってあんただってユージンくんそんな好きだったわけじゃないっしょ? 私だったら惨めでもバレたら大変なことになってでも、納得できないくらい好きだったら忍び込んで会いに行ってるつの。薄情な女」
最後までわざとらしく、くん付けしながら皮肉たっぷりに言い切り、メイは胸ぐらを乱暴に放す。
女は呆然としながらへたりこんで、メイを眺めてた。
なんで女の敵はいつだって女なのだろう。
周りの女が逆上してメイに杖を向ける。夢も希望も魔法もある――素敵でキラキラな世界。なのにやることが女同士のマウントと男の取り合い。やってることはどこの世界も変わんねーなーとメイは呆れながら、その杖から光が放たれる前に、お留守になった女の足をスパンと横に蹴り払う。予期せぬ物理攻撃に、女がまともに驚いた顔をする。
「喧嘩くらい、ちゃーんと拳できてくんねーかなぁ」
メイはニィッと笑ってやった。
逆光も相まってさぞ悪女のように映ったことだろう。
こちらこそ、魔力なしにも関わらず魔法を放たれそうになった弱者ポジションであったはずなのに。
△▼
「揉め事起こしてサーセンしたぁ。つかこれ労災なる? この世界の労災の保健局どこ?」
「………頬は冷やしてあげますし、本日の賄いには一品好きなデザートもつけましょう……」
自分がいない間の揉め事の報告をバックヤードで聞きながら、サミュエルは頭を抑えた。
彼女が語った今回の騒動の内容は、他の店員から聞いた話と相違はない。
「お咎めなし?」
「まあ彼女たち、ドリンク一杯で一時間近く居座ってたようなので、正直回転率が落ちてたので……」
「女子いると回転率悪いよね〜。その分口コミ書いてもらうとか、チャージ量取るとか、一般公開日の時だけの特別措置とった方がいーと思いマース」
「あなたそんなサラサラと有益な情報を提案するんじゃありませんよ」
彼女はカラカラ笑った。
このレストランを取り仕切るサミュエルの第一は店という姿勢はわかりやすくて好感が持てる。元は寂れた騎士団の食堂をわざわざ買い上げ、レストランへと様変わりさせた商魂逞しい男。ブレない芯があると、下で働く人間としては何がアウトになるかという判断がつきやすいのだ。現金な男ではあるが、メイは嫌いではない。
一方でサミュエルもメイの働きぶりを評価していた。主にホールの担当だが、キビキビ働いて周りをよく見てる。クレーマーの対応もやや過激で叩きのめしすぎる気があるが、まあ他にも血気盛んな店員はわんさかといるため、それらと比べれば許容範囲だ。
異世界でファミレスとコンビニのバイトを掛け持ちしていたらしい。服と化粧代、死ぬほど金掛かるからしゃーないから週五でバイト回してましたぁと面接時に言われ即日採用したのはもう数ヶ月前だ。
サミュエルが魔法で頬を冷やしている間に「つかユージンて誰すか?」「ユージン?」「なんか殴り込みにきた女の元カレらしいっす」「……なるほど」ユージンとは、とサミュエルが頭の中の膨大な記憶から団員の情報を引き出し言葉にする――前、
「俺のとこのバカだなぁ、迷惑かけた」
「あ、リヒトパイセン」
いつの間にいたのか、騎士団第三支部隊長であるリヒトが気だるげに柱に寄りかかりながら顔を出した。
メイは「ヤッホー」と手を振りながらリヒトを迎えたが、サミュエルは「勝手にバックヤードまで来ないでいただきます?」と顔を顰める。もちろん、リヒトは構わずにメイの前まで歩みを進めた。
「一時期彼女ができただどーの、うるさかったが最近なんも言わなくなってたからな」
「はー……、そのクソバカヤリチン野郎に女にまともな断り文句で振れないつっうなら去勢しろって言っといてくれます?」
ぴっ中指を立てて舌をべぇと出すメイに、リヒトは少し笑ってしまった。故郷で気が強い女というのはよく見かけたが、こんなに口が悪い女は珍しかったからだ。痛快さに気分が良くなる。
「伝えとく……。それにしてもアレも見てたが随分弁が立つな」
「見てたら止めてくれりゃいーのに」
「女同士のイザコザに口出す男なんて無粋以外の何者でもねぇだろ」
ニヤニヤしながらだが、なるほど納得はできる言い分だ。メイは軽くため息をついた。
「こーんな自由なナリしてるとまあ同性からのやっかみ多くって。文句あんなら近付いてこなきゃいーのに、あっちが絡んでくるんすよ。んで、黙って聞いてやんのも口でいい負けんのもストレスパねぇから一生懸命お勉強頑張ったんすよ」
「勉強?」
「度胸以外に口喧嘩に勝つには、知識っしょ。まあ副産物としてこっちをバカにしてくる真面目くんたちが実は自分よりも成績がいいって知った時の愕然とした顔、シンプルに気持ちいい」
別にメイだって女友達がいなかったわけじゃない。ただやはり周りは同じような考えの気の強いギャルが多かったし、クラスでも派手なグループだった。今日来た正統派プリンセスみたいな女も、森ガールも近寄ってこない。
彼女らは勝手にギャルに怯えて、こちらを加害者のように扱うか、もしくは派手で好き勝手やってると目の敵にするかのどちらかが多かった。羨ましいんなら校則破んねー程度にそっちもやりゃいいじゃん、と思っていたが、ケンカを売られない限りはこちらも何も言わない。
見えない不可侵条約みたいなものを張ってお互い避けていた。
唯一ギャル以外に仲良くなった、一見するとガリ勉丸メガネという典型的地味な少女がいた。
その子は見た目によらずこざっぱりした性格で、やられたらやり返すを信条とした毒を持つ子だった。ペンは剣よりも強しと教えてくれたのもその子で、口喧嘩で負けたくねぇと喚けば「勉強しろバカ」と冷たく言われたのだ。そんなところが格好良くてメイは好きだった。
ここから帰還したら、とりあえず一番に彼女に会いたいなと少し思った。
「とんでもねぇ女だな」
「あざぁっす」
メイは素直に笑って、「じゃ、そろそろ持ち場戻りますね。サミュエルさん、ありがとうございました」と、身を翻す。
その真っ直ぐ伸びた背をなんとはなしに二人で見送ってから、リヒトがぽつりとこぼす。
「おもしれー女……」
「これ、親切で言うんですが、それ、似合いすぎるからやめた方がいいですよ。多分メイさん、間近で言われたら漫画のセリフかよって笑い転げます」
「うるせえぞ鳥野郎」
メイは異世界、ニホンという聞いたこともない場所から来た女。
彼女の世界にはリヒトのような頭に獣耳がついたライオン獣人や、サミュエルのような背に羽がついた鳥獣人もいない。お貴族社会の常識も、騎士団の中に一人、女性が働いてる異質さも理解していない。けれど彼女は堂々とそこに立っているし、臆さない。
自分で居場所を見つけ、仕事をし、敵を蹴散らす。ピンと伸びた背は、今日も迷いがない。
その背を見ながら、リヒトは一つ口笛を吹いた。
ちなみにライオンは、強い雌に惹かれる動物である。
新連載となります。
本編全16話予定。
初日だけ二話投稿で、以降一日一話の投稿になる予定です。
宜しくお願いします!




