嵐の後の静けさ
悪魔祓いという名の嵐が去ったあと、改めて私の取り調べが始まった。
精神的に疲れているから明日以降でいいじゃない、と思ったのよ。でもね、明日にすると私はあのトイレがない特別室に泊まらないといけないんですって。そう言われたら何時間かかっても今日にしてほしいって思うじゃない。
砕かれた床はそのままで、倒れたイスを起こし、とりあえず部屋の中を片付けたわ。
「おい。アルフレッド。お前は王族の自覚がないのか?」
黙々とイスを並べていたアルフレッドに、不機嫌そうなギルバートが声をかけた。
「何のことですか?」
「片付けは王族の仕事じゃないぞ。お前はすぐ平民と同じことをしたがる。大学のように、他人の仕事を奪う気か」
「大学は引き継ぎがいない授業を担当しています。横取りはしていないと以前も説明しました。片付け程度で王族の威厳は無くなりませんよ」
「それはお前の主観だろう。いいか、俺のところには王族が泥まみれで穴掘りをしているという話が届いているんだぞ」
「遺跡調査なんですから、泥ぐらいつきますよ。剣術も乗馬も時には汚れますが、止めろなんて一度も言われませんね」
「相変わらず屁理屈を」
なんだか兄弟喧嘩が始まってしまったわ。
王子らしくないアルフレッドが気に入らないギルバート。自分がやっていることを邪魔されたくないアルフレッド。どちらの言い分も少しだけ理解できるのが厄介ね。
「兄上は何が気に入らないのですか。俺は継承権を放棄していますし、これからも王族として行動する気はありません。どうせ俺が玉座を狙っていると勘繰って出てきたのでしょう? 馬鹿馬鹿しい」
「今まで引きこもっていたくせに、どこの馬の骨か分からん女を連れて出てきたら、裏があると疑われるに決まっているだろう。しかもその女が古代文明の生き残り? お前は騙されているんだよ」
「なるほど。兄上は彼女が気に入らないから、こんな茶番を仕掛けたのですね。意見があるなら俺に直接言ってください。第三者を巻き込むなんて卑怯です」
「あっ……」
アルフレッドは話を切り上げた。まだ話し足りないギルバートが一瞬だけ切なそうな顔を向けたわ。
何よ。その「つい勢いで言っちゃったけど本当は傷つけるつもりはなかった」みたいな顔は。その後に私を睨んでも解決しないわよ。
周囲はそのまま聞こえていないふりをしながら片付けを終えた。
「では改めて呪術の使用疑惑について調査を始める」
代表者の神官が調査の開始を宣言した。彼はグレアムの乱入で呆然としていたけれど、どうやら片付け作業の間に精神の安定を取り戻したようね。何事もなかったかのように、堂々としているわ。
そうそう。悪魔がついていた神官は、大量の札を貼られた状態で運ばれていったのよ。あの人、これから治療されるのかしら。それとも尋問されるのかしら。どちらにせよ、今夜は安静に眠れそうにないわね。
「まず証言者Aは疑惑者が舞台に登場したときから違和感があったと発言している。そして歌が始まると不可思議な高揚と動悸を感じた。歌の終了後は疑惑者のことしか考えられなくなり、日常生活に支障が出ている。家族は魅了の呪いにかけられたと訴えているが、これについて意見は?」
「そう言われても私は呪いなんて使えないし……」
魅了の呪いなんてものが使えるなら、私は元婚約者に冷遇なんてされなかったわ。逆上した愛人に石化させられるのは変わらなかったかもしれないけど。
「呪われたと言っているのは誰なの?」
「証言者保護のため、個人的な情報については教えられない」
「本当に呪われているなら、家族は訴えるよりも呪いを解いてあげるべきなんじゃないの?」
「彼の元へ解呪を心得ている神官を派遣したものの、呪われている痕跡は発見できなかった。この証言については、一旦保留とする」
神官たちは最初から呪いがかかっていないって知っていたのね。なんだか意地悪だわ。
「次に、会場にいた証言者Bが歌に魔力が込められていると気がついた。証言者が知らない魔法言語のため、魔法の解析を断念。証言者Cは会場に何者かの魔力が流れていることに気がついた。疑惑者を中心に濃くなっているが、危険水域ではなかったため、警備に申し出ることはなかった。証言者Cも歌の最中に魔力の高まりに気がついたが、魔法の発動に至らなかったため問題視していない。その他、同様の証言が複数人から集まっている。疑惑者が使用した魔法言語は?」
「魔法言語って何かしら?」
私が生まれ育った時代には無かったわ。本当に知らなかったから聞き返したら、なぜか傍聴している人たちがざわめいた。
なるほど。この時代では知っていて当たり前のことなのね。悪かったわね。子供以下の常識しか持っていないくて。
「発言してもよろしいですか?」
ここでアルフレッドが神官たちに訴えた。
皆の注目が集まっているけれど大丈夫かしら……と思ったら、手がちょっと震えているわ。人前に立つのが苦手なのに、私のために勇気を出してくれたのね。嬉しくて胸の辺りが苦しいわ。
本当はアルフレッドに駆け寄って、大丈夫よ、緊張しないでって言いたかったのよ。でも取り調べの最中は誰にも接触しちゃ駄目なんですって。私が良くない魔法を使って事実を歪めるとでも思っているのかしら。
「許可します」
神官が許可をすると、アルフレッドは深呼吸をしてから話し始めた。
「魔法言語は"力ある言葉(呪文)"で魔法の行使を容易にする、と皆様ならご存知だと思います」
やや説明口調なのは、きっと私に説明するためね。このさり気ない優しさがアルフレッドの長所だわ。
この時代では魔法を使うために、ある決まった言葉を使うんですって。火の玉なら、火の精霊と魔法の状態を表す言葉が入った呪文で出せるらしいわ。威力は本人次第らしいけれど。
以前は本人の才能と魔力だけで使っていたけれど、呪文が開発されてから魔法を使える人と種類が増えたの。
でも万能な言葉じゃないみたいね。呪文を使っても魔法が使えない人もいるらしくて、使える種類にも個人差があるそうよ。それでも才能だけで片付けられていた時代に比べると、便利になったわ。
「この呪文は国や地域ごとに違いがあります。時代でも違う。現在でも呪文ではなく、才能だけで魔法を使っている国もあるそうです。彼女は魔法言語が発見されるよりも前の時代から来ました。十年ほど前の、国立大学の石化に関する論文をご覧になった方は? 石化した人間が呪いの自然消滅により蘇生したという内容ですが。神官の方々も読んでいない? 彼女を取り調べるなら、一読しておくべきでしたね」
やや早口でアルフレッドが言う。緊張しているのね。応援したい気持ちでいっぱいだけど、私の弁護をしてくれている最中だから黙っておくわ。
うっとりとアルフレッドを眺めるぐらいなら咎められないわね。きっと。
「その話題は関係あるように思えませんが」
「いいえ、あります」
神官がアルフレッドを止めようとしたけれど、彼は引かなかった。
「彼女は魔法言語を知りません。そのようなものがあることすら認知していなかったのです。この国では子供ですら知っているのに」
ねえ、アルフレッド。あなたは私を援護してくれているの? それともとどめを刺しに来たの? 無知だと再認識させられて恥ずかしいわ。
「知らないと嘘をついているかもしれないぞ。それとも石化していたから知らなかったとでも言うつもりか? 魔法言語の起源は約五百年前だ。そんなに長い間、欠損することなく、いったいどこにいた?」
背後からギルバートが口を挟んできたわ。
「泥の中です。彼女は約千年ほど石化していました。古代の遺物や遺跡が土の中から発見されることはご存知ですよね? 地中は環境の変化が起きにくいのです。彼女は湖の泥の中にいました。だから体が欠損することなく、蘇生できました。石像だった頃の記録は大学に。呪いと蘇生後の記録はバーソロミュー氏が持っています。兄上もよく知っている御仁ですよ」
私を診断した医者のお爺さんのことね。国王に向けられる呪いを解いているらしいから、ギルバートも当然ながら知っているはずよ。
ギルバートは面白くなさそうに顔をしかめた。公的なところに残っている記録を偽物と断定するには、大量の証拠が必要だわ。もちろんそれらを出すのは、疑っているギルバートよ。
アルフレッドがバーソロミューの名前を出したことで、神官たちの態度が少しだけ軟化したみたい。
「バーソロミュー氏は呪い研究の第一人者。我々も教えを乞いに行くほどだ。石化させられていたという証言は、ひとまず信用できると仮定しよう」
「では次に未知の魔法言語を使っていたという証言についてですが、こちらをご覧ください」
アルフレッドは一冊の本を出してきた。気がつかなかったんだけど、ずっと持っていたみたい。
「ペニントン伯爵が出版した"古代言語の紹介と発音の推移について"という本です。ここに彼女が歌っていた言語が記載されています。歌詞の内容と翻訳はこちらに」
本の間に挟んでいた紙を抜き出したアルフレッドは、神官たちへ本と一緒に渡した。進行役をしていた神官は、右隣にいた神官に見せる。たぶん彼のほうが言語に詳しいのね。
ペニントン伯爵が何者なのか私は知らないけれど、傍聴席にいる人たちは知っているみたい。言語マニアだとか、文字に取り憑かれた男だとか、色々と聞こえてくるわ。言葉や文字の研究者と思えばいいのかしら。
小声で話し合っていた神官たちは、本と手書きの歌詞をアルフレッドに返した。
「この場で分かるのは、書かれている文章に文法的な誤りはなく、現存している碑文や文献に限りなく近いということです」
証拠品を調べていた神官が言った。
「もちろん精査するまで断言はしませんが、アルフレッド殿下の反論を虚偽と片付けられなくなりました。他の証言について意見はありますか?」
「それが……寄せられた証言の一つが勘違いだと証明するために、魔法の研究者に協力を要請したのですが……」
アルフレッドの声が徐々に元気を失っていく。
そういえば悪魔祓いの神官が乱入する前に、似たようなことを言っていたわね。
「あまり時間を気にしない人物ですので、遅刻しているのかと……」
自分が喋っているうちに、来てくれると思っていたのね。
気まずい時間は長く続かなかった。廊下が騒がしくなって、ちょっと乱暴に扉が開いたの。
「遅れて申し訳ない。正面から入ろうとしたら、妨害されて遅刻した」
「……ティンバーレイク。お前、どの面を下げて神殿にやってきた!」
嫌悪感をあらわにしているのは年配の神官たち。特に進行役の左側にいる神官だわ。因縁があるようだけど。
長い黒髪をだらしなく結んでいる壮年の男性ね。服を着崩しているのか、だらしないのか分からない着方をしているわ。なんだか少し前のアルフレッドを思い出させる着こなしよ。また面白い系の人が来たのかしら。
「こっちだって来たくなかったんですがね。アルフレッド殿下に頼まれたんですよ。無実の女性が魔女狩りに遭いそうだから助けてくれってね」
「まだ有罪とも無罪とも確定していない」
「殿下が登場するまで、誰も弁護しなかったようだが? 調査とか言いつつ、やっていることは一方的な断罪だ。相変わらずやり方が古臭い」
登場して早々に神官たちと敵対しているわ。大丈夫なのかしら。
「アルフレッド。彼はいったい誰なんだ?」
ギルバートが傍聴席から尋ねてきた。お前は誰だと直に聞かなかったのは、もし偉い人だったら自分が不利になるから、かもしれないわ。
「元神官で、現在は魔法言語の専門家です。確執があることは知っていますが、どうしても協力してほしいことがあって来てもらいました。魔法言語について証言していた人の同業者ですよ」
「その点については申し訳なかった」
ティンバーレイクは神官たちとの小競り合いを中断して、私に謝ってきた。
「殿下の言う通り、証言者は後輩だった。裏付けができていないことを、事実のように語るなど研究者として失格だ。後から勘違いだったと気がついても、罪を捏造されてからでは遅い。魔術師を代表して謝罪する」
神官たちはまだ納得していないようだけど、とりあえずティンバーレイクを受け入れることにしたみたい。証言だけで罪が確定する雑な取り調べって決めつけられたのが効いたのかしら。
「では、まだ反論されていない証言について語ってもらおうか。歌に魔力が込められていた点と、呪いについて」
「お願いします」
アルフレッドが何かをティンバーレイクに頼むと、彼は手のひらに乗る大きさの筒を出した。中央に透明な結晶がはまっていて、置物のようにも見えるわ。でも特殊な道具なのか、私に近づけると結晶がピンクに色付いて甲高い音がする。
「この結晶は神殿の皆さんのほうが詳しいと思います。悪魔が潜んでいると思われる場所を調べるときに使いますよね? 魔力に反応して色が変わる結晶に、音が鳴る装置を組み合わせただけのものです。国立大学で使用されているものを条件付きで借りてきました」
道具も何も使わずに悪魔の居場所を察知していた、あの悪魔祓いさんは優秀なのね。
大学が出した条件は、専門家が扱うなら大学の敷地外へ持ち出しても良いってこと。アルフレッドは専門家の条件に合わなかったのね。彼は歴史学者であって、魔力測定は専門外。でもティンバーレイクは元神官だったらしいから、大学が出す条件に合格したみたい。
アルフレッドの説明に合わせて私から結晶が遠ざけられる。色は元の透明に戻っていくわ。音もしない。
どうして私の魔力に反応しているのかしら。ここで防壁の魔法を使ったアルフレッドも魔力を持っているはずなのに、彼には反応しないわ。
「エリンドラ。歌って」
「い、今?」
「今だよ」
アルフレッドがそう言うなら、無駄なことじゃないのよね。だから歌ったわ。
歌い始めてすぐに、ティンバーレイクが持っている結晶の色が濃くなった。何もしていない私に近づけた時よりも濃いわ。音も大きい。私が歌うのをやめると、音も色も消えてしまった。
「ご覧の通りです。彼女は魔力の制御方法を知らないだけでした。普段から少量の魔力が漏れていて、歌を歌うときに最も多くなるのです」
「え……私、魔力を垂れ流しながら生きていたの……?」
故郷の魔術師が、才能がないって言うわけだわ。自覚すらしていなかったもの。
「それなら彼女が呪文を知ったなら……」
「魔力を放出させるだけでは魔法は使えません。呪文には日常生活で使う言語も含まれているのですから」
一瞬だけ、私も魔法が使えるようになるのかと期待したわ。でもそう上手くいかないものなのね。勉強と同じで基礎を学んで、実技で練習しないと駄目みたい。
神官たちは頭を寄せ合って相談して、結論を出した。
「……証言のいくつかが否定されたことにより、疑惑者は無実と判断する」
「そんな! 証言者Aは魅了されたと言っているんだぞ」
異を唱えたのはギルバートだったわ。
「ギルバート殿下。大変申し上げにくいのですが、呪いの痕跡は発見できなかったのですよ。そして証言者の自己申告に当てはまる病が一つだけあります」
「病? 呪いではないと?」
「ええ。こちらも神殿の担当ではあるのですが……」
「勿体ぶらずにはっきり言え」
「疑惑者に懸想をしたのでしょう。若い女性に最も多い相談内容と全く同じなのです」
それを聞いた瞬間のギルバートは、激しい頭痛を我慢するような顔になったわ。




