嵐の後の静けさ2
無事に私の無罪が判明して、裁判が終了した。言いがかりをつけられたのはショックだったけど、疑いが晴れたからいいのよ。
「兄上。冤罪が確定したわけですが、まだ疑いますか?」
「これだけ証拠を出されてもなお疑うのは、現実が見えていない愚か者だけだ」
ギルバートは腕組みをして不機嫌そうに立っている。私と視線が合うと、そっぽを向いた。でもね、ぎりぎり聞こえる声で言ったの。
「……悪かったな」
きっと、これが彼にできる精一杯の謝罪なのね。だってものすごくプライドが高いもの。私はだんだんとギルバートのことが理解できるようになってきたわ。
彼は私の元婚約者に似ていると思ったけれど、訂正するわ。私の姉様たちに似ているわね。
あのね、私の五番目と六番目の姉様たちは双子だったの。二人ともお互いのことが嫌いって公言していて、いつも言い争っていたわ。いつも比較されたり、一緒にされるのが嫌だったらしいのよ。
でも本気でお互いを嫌っていたわけじゃないの。本当は誰よりもお互いのことが大切だったけれど、素直になれなかっただけ。私はそれを身近で見ていたわ。なんとなく、今のギルバートと似ている気がするの。彼とアルフレッドは母親こそ違うけれど、誕生日が近いのよ。だから姉様たちと同じように扱われたこともあると思うわ。
「謝罪を受け入れます」
「エリンドラの気が済むなら、俺もこれ以上は何も言いません」
ギルバートが複雑そうな顔をしているわ。もっと責められると思っていたのかしら。
「お前たちはどうかしてるぞ。普通はもっと怒る場面だろう!?」
「何に対して怒るのかしら?」
輿入れした時のように周囲全てが敵だったなら、私が怒っていると見せる必要があるけれど。嫁ぎ先が元敵国なら尚更よ。冤罪をかけられた時は自分に非が一切ないんだって証明して、有利な立場に立たないといけないの。御しやすいと思われたら、政治の道具にされるだけだわ。
でもね、今の私とアルフレッドは政治から遠い位置にいるし、ちょっと疑われただけよ。王族に近づく女を調べるのは当然だわ。
「あなたは怪しい人物を告発しようとしただけで、悪意はなかったのでしょう? 調査不足で動いたぶん、あなたの方が大変なんじゃないの?」
私に言われたことが痛かったのか、ギルバートは嫌そうな顔になった。この人、本当に態度が分かりやすいわね。
こうして話している間に、神官や傍聴席の人たちは帰っていったわ。どうやらこの部屋を私たちのために開放してくれるのか、ギルバートの護衛に鍵を渡している。
ティンバーレイクも借りている道具を持って、さっさと帰っていった。古巣とはいえ仲が良くない神殿に長居したくないのね。
「兄上はどうして、こんなことをしたのですか」
アルフレッドの問いに、ギルバートは答えない。
「俺への嫌がらせですか? それなら直接やればいいのに、エリンドラを巻き込むなんて」
「違う!」
否定したギルバートは、なおも言いたくない様子だわ。このままだと仲が拗れたまま絶縁しそうね。
「アルフレッドのことが心配だったんじゃないの?」
少し前までのアルフレッドは、外見なんて全く気にしてなくて、まともな生活をしていなかったんだから。そんな人がいきなりまともになったら、心変わりをした理由を知りたいはずよ。私みたいな得体の知れない人物が浮上して、驚いたでしょうね。
ギルバートは怒りか羞恥で顔を赤らめて、私を睨んでくる。推測が当たったみたい。
「心配? 兄上が?」
「……悪いか」
面白くなさそうに吐き捨てられた言葉だけれど、今までで一番素直な反応だったわ。
「今まで、王族は要職に就くのが慣例だった。お前も例外じゃない。それなのに用意されたイスを蹴って、勝手に大学へ行っただろう」
「何度も言っているように、王位継承問題に巻き込まれないようにしたかったんです。だから三番目の勢力だと思われないよう、距離を置いてるのに」
「そんなことで解決すると思っているのか? 逆だ。お前には魔法の才能があるんだから、それを活かせ。誰にも文句を言わせない立場になればいいだろう」
「他人を惹きつける才能なんて見せないのが一番良いんです。俺が王になりたくなくても、勝手に王位が欲しいに違いないと思い込んでいる人が一定数いますから。俺のためと言いながら、俺が一番望んでいないことをするんですよ。そんな奴らを制御するために労力を割くぐらいなら、興味を持たれないようにするしかありません」
「だから歴史へ逃げたのか? 昔は魔法の研究がしたいと言っていたじゃないか」
「仕事にしなかっただけで、今も興味はありますよ」
私は口を挟めなかった。
酔っ払ったアルフレッドは、古代文明がかっこいいから研究していると言っていたわ。それだけが理由じゃないと知らされて、少し寂しい気持ちになったの。彼が歴史の道へ来てくれなかったら、私は今も湖の底にいたのよ。
「兄上の……王太子のために働きたいという気持ちは変わっていません。それで十分じゃないですか。歴史の研究だって、長い目で見れば国のためになるんです」
「そう思っていない奴らばかりじゃないか。お前の研究を馬鹿にして、大学へ交付する予算を削減しようとしているんだぞ。自費で発掘調査をしているのを知っているんだからな。予算を回して欲しいなら、お前が学長になればいいのに。毎年毎年、要請通りの額を確保してやっている俺の身にも――」
「えっ」
「あっ……」
なんだか秘密にしている事実のようなものが聞こえたわ。
ギルバートは真顔になって私たちから距離を置いた。
「兄上」
「知らん」
「……去年、匿名で多額の寄付をしてくださった人がいたんですが」
「相当な道楽者がいるようだな。金をドブに捨てるようなものじゃないか」
「寄付金のおかげで湖の中を探索できる機材を導入できました。その機材が最初に発見したのはエリンドラです」
「あら。じゃあ、私は匿名の紳士にも感謝しないといけないわね」
その紳士は今、羞恥心に震えているようだけど。
「今年は研究発表の会場として、劇場を借り上げてくれた方がいたと学長から聞きました。俺が大学に就職した頃から支援してくださっている方だそうですよ」
「そ、それを俺に言ってどうするんだ」
「直接お礼を言いたくても、連絡を取ろうとしたら援助を打ち切ると言われまして」
「もう観念したらどうかしら。察しが悪い私でもアルフレッドを支援していたのが、あなただって分かったわよ」
「なんなんだお前たちは! 匿名でやっていることを明かすんじゃない!」
やっと認めたわ。
「どうしてそんな回りくどいことを?」
「ねえ、アルフレッド。彼はきっと素直になれない性格なのよ。でも兄弟への愛情は人一倍強いみたいね」
アルフレッドへの支援だけじゃなくて、兄の王太子が諍いなく次の王になれるよう尽力しているみたいだから。兄弟のために自分ができることを精一杯やっているけれど、奔走しているところは知られたくないのね。
これでも物語を読み漁って現代の価値観とか心の動きというものを学んでいるのよ。ギルバートのような人のことをツンデレというのよね。
「ふん。俺が支援して何が悪い」
今度は開き直ったわ。
「王家の一員として、国家の利益になる研究に投資するのは嗜みだぞ。王立大学に寄付をして人材育成に役立てているだけだ。その金がたまたまお前の研究室に流れただけだろう」
「……寄付金の使い道は、俺の研究室に指定されていたんだけど」
「アルフレッド。言っちゃダメよ。これ以上追い詰めたら可哀想だわ」
私は小声で関係者しか知らないことを言うアルフレッドを止めた。開き直った時点でギルバートのプライドは瀕死なのよ。虚勢を張っている人間にとどめを刺してはいけないわ。
幸い、ギルバートには聞こえていなかった。
「この際だから言っておくけどな、お前の研究室はみすぼらしい。王族が貧乏くさい場所で働くな。お前のライバルは親の金で設備を整えて、成果を出しているらしいじゃないか。平民期待の星だなどと持ち上げられている輩に負けてどうする」
「兄上がおっしゃる研究者は、俺とは分野が違いますし、彼自身は優れた研究者で」
「うるさい! たとえ分野が違っても、お前は比較されてるんだ。王族が遊びで研究をしている、なんて陰口を叩く連中もいるんだぞ。お前は本気で研究して書いた論文が認められなくてもいいのか?」
「それは……」
経験あるのよね。私がまだ石像だった頃に、研究室で愚痴を言っていたもの。
「お前が歴史研究の道へ進むことに対して、俺はもう何も言わない。だが、目立たず謙虚でいるだけでは中途半端な結果に終わると思え。いいな!」
言いたいことを言い終えたギルバートは、スッキリした顔で部屋を出ていった。
「ねえ、アルフレッド。あの人は兄と弟が大好きということでいいのよね?」
「いつも言い方が厳しいから、嫌われていると思ったんだけど」
「素直になれない思春期のまま大人になった性格なのよ。きっと」
「匿名の出資者が判明したのはいいけれど……またお礼を言えなかったな」
研究を続けるのはお金がかかるのね。研究室の懐事情は知らないけれど、アルフレッドが持っている資産だけだと厳しいみたい。
有耶無耶になったけれど、この出来事はアルフレッドとギルバートの関係を少しだけ変えたわ。手紙のやり取りをするようになって、顔を合わせても険悪そうな雰囲気にならなくなったの。
私に対しては、まだツンツンしているけれど。でも「結婚式は絶対に呼べ」と言っていたから、敵視はされてないわ。
この前なんて、王族なら伝統ある大神殿で結婚式をしろ、拒否されたら俺に知らせろって言ってきたのよ。拒否されたら神殿に直談判する気かしら。
他にも色々あって、ギルバートは結婚式に呼ぶべき来賓のこととか教えてくれるの。この時代の結婚式を知らなかった私には、良い相談相手になりそう。尊大な態度も気にならなくなってきたわ。
これは私の予想だけど、ギルバートは兄としてアルフレッドに頼られたかったのね。でもアルフレッドは数日しか誕生日が離れてなくて、弟って感覚が薄いの。その認識の違いが拗れるきっかけだったのよ。
アルフレッドはまだギルバートに支援してもらうのは抵抗があるみたいだけど、兄弟じゃなくて後援者の一人だと思うことにしたらしいわ。
これで一段落ついたら良かったんだけど。
私、今度は洞窟で置き去りにされて閉じ込められたの。
まだまだ平穏とは縁がないみたい。




