第61話 ちょっと飛んでみろ
まあでも、ロッシュさんが良い人でよかった。
もし魔物から助けた代金を『金がないなら体で払ってもらおうか』なんて言われたら、困っていたところだ。
そんな私の微かな安堵が伝わったのだろうか、彼は目を細め、訝しげな表情でこちらの顔を覗き込んできた。
「なーんか、怪しいなおまえ。今のもしかして、演技か……?」
「えっ……な、なんでそう思うんです?」
確かにちょっと大げさな感じで迫ったけど、決して演技ではない。
ちゃんと正真正銘、本心から出た金の無心である。
「本気で金に困ってる感じがしねえ。おまえ……もしかして金持ってるけど、隠してるのか?」
「隠してなんかないですよ!?」
予想外の疑いに、両手をブンブン振って否定する。
そりゃ、お金を恵んでもらえなくても自由都市連合の教会に行けば、王都のときみたく泊めてもらえるかなとか思ってたから、心底本気で困ってはいないけど。
スキルで食料には困らないし、そもそも野宿になっても死にはしないと思っていたから、貪欲さも足りないかもだけど。
断じて予備のお金を隠してなんかはいない。
「信じられねえな……おまえ、ちょっと飛んでみろ」
「典型的なカツアゲ不良!?」
まさかリアルで聞くことがあるとは思わなかった。
しかも異世界で。
「なに言ってんだおまえ。……まあいいか」
ロッシュさんはそう言って、私の体に向かってゆっくりと手を伸ばしてきた。
え、ちょっと待って、このままいくと体に触れるんですが。
もしかして、体をまさぐって隠してないか探るつもり?
「動くなよ――」
「――ドントタッチミー!!」
気がつけば、私はロッシュさんの手を左手で跳ね除け、右手で顔をビンタしていた。
スパーン! と大きな音を立て、衝撃とともにロッシュさんが吹き飛ぶ。
「ハッ!?」
やってしまった。割と力入れてビンタしちゃった。
「ロッシュさん!? 大丈夫ですか……きゃあ!?」
く、首が……変な方向に曲がってる!
「死なないで! お願い!」
両手をロッシュさんの首元にかざし、慌てて治癒聖術を発動する。
未だかつてない危機感で放たれた治癒聖術の光はみるみるうちにロッシュさんの頭部を包み、やがて変な方向に曲がっていた首がちゃんとした向きへとゆっくり戻っていく。
うわぁ……この治療過程、なんかグロテスクだ。夢に出てきそう。
「ん……あ……? なんで、倒れて……」
「目が覚めましたか、ロッシュさん!」
私は首を押さえながら起き上がるロッシュさんを見て、ほっと一安心した。
割と反射的にビンタしちゃって力の加減があまりできてなかったから、心配だったけど……本当に、生きててよかった。
しかし、不意打ちみたいなものだったとはいえ、A級に近いB級冒険者の属性持ちですら、ビンタひとつで首が変な方向に曲がるとは。
……彼が一般の人だったら、どうなっていたんだろうか。
「おまえ、なんで……」
「ビンタしてごめんなさい、ロッシュさん。でも、人の体を勝手にまさぐろうとするのは、よくありませんよ」
謝った後に、しっかりと注意する。
ロッシュさんは女性経験が少ないか、もしくはすごい冒険者だから誰も文句を言えないのかもしれないけど、こういったことは改めてもらわなければ。
「ビンタ……そうだ、オレ様はおまえに、ビンタされて……」
頬を押さえながら立ち上がったロッシュさんは、改めて私に視線を向けた。
目が合ったので、とりあえずニッコリと笑っておく。
愛嬌は大事。うっかり殺しかけちゃったから、なおさらね。
「うっ……!?」
ロッシュさんが左胸を押さえ、ズザザッと後ずさる。
目が挙動不審に泳ぎ、その顔は真っ赤に染まっていた。
「な、なんだ……? 心臓が痛いぐらいに鳴って……足も、ガクガク震えてやがる……」
「大丈夫ですか?」
後遺症だろうか。ケガは治癒聖術でバッチリ治せた感じはしたんだけど。
ロッシュさんは荒く上下する呼吸を無理やり抑え込むように、何度か深呼吸して息を整えた。
そして額の汗を手の甲で乱暴に拭うと、唸るように一言、呟く。
「……よし」
「落ち着きましたか?」
「ああ。……しかし、おまえ何者だ? いくら気を抜いていたとはいえ、魔力もないシスターのビンタでオレ様の意識が飛ぶわけないんだが」
少し距離を取ったまま腕を組み、ロッシュさんは警戒するように私を睨みつけてくる。
そういえば、魔力持ちの人からは私って魔力なしに見えるんだっけ。
「女神様の加護です」
「いや、そういうのいいから」
「失礼ですね。本当に女神様の加護です」
細かい事情は話しても信じてもらえないだろうから、あえて口にはしない。
「……まあ、いいけどよ。もう二度と会うこともないだろうからな。ほら、さっさと行けよ」
「あれ? ロッシュさんも帰るんじゃなかったんです?」
「さっきのは帰るフリで、冗談だ。運送業者が来るまでオレ様はここで待ってる。獲物を横取りされないようにな。普通はオレ様の印をつけておけば放置してもまず盗られないんだが、今回はこれだけの大物だ。魔が差す輩がいないとも限らないからな」
「そうなんですね……」
また魔物に襲われたくないから、もし帰るなら私も自由都市連合までついていきたかったけど。うーん……ここで待ってて、運送業者の人たちと一緒に連れていってもらえないかな? でも、文無しだし、迷惑だろうか。
そんなことを考えながらチラリとロッシュさんに視線を向けると、彼はそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
「……別に、一緒に連れていってやってもいいけどよ」
「え……本当ですか? ありがとうございます!」
やっぱり、なんだかんだいってロッシュさんは良い人だ。
悪ぶろうとしてる感じがするけど、根は優しい気がする。
「目で訴えてきただろうが、白々しい。……そういえば、おまえなんでこんな場所に一人でいたんだ?」
「ええと……それはですね、長い話になるんですけど」
「どうせ運送業者が来るまで暇なんだ。話せよ」
そう言いながらロッシュさんは巨大な鶏みたいな魔物――ドゥルドゥーの影に移動してどっかり腰を下ろし、自分の隣を親指で指差した。
話して信じてもらえるかはわからないけど、どっちにしろ待ち時間があるなら別に話してもいいかな。
「実は……」
私は今までの経緯とここにいる事情を簡単に説明した。
女神様から神託を受けたこと、王国から和平の使者として聖教国に出向こうとしたら、裏切られて砂漠の前に捨てられたこと。
そしてここまで徒歩で歩いてきたところで、ドゥルドゥーに襲われたこと。
「……というわけなんです」
話し終えて顔を上げると、ロッシュさんはしばらく無言で私を見ていた。
やがて彼は深刻そうな表情で目を伏せると、ボソッと呟くように言った。
「…………大変、だったな」
私は察した。これ、全然信じてないやつだ。
だってツッコミどころ満載なのに、そのあたりまったく触れないで『大変だったな』って、ありえないからね。
たぶん今、彼の脳内では『思った以上に頭がやべぇシスターだった。話は広げないでおこう』って感じになっているのではないだろうか。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が場を支配する。
「あー……なんつーか、腹減ってきたな」
ロッシュさんはわざとらしく言いながら立ち上がり、鞘に納めていた剣を抜いた。
それからドゥルドゥーの、鶏であればもも肉にあたる部分を、剣で手のひらサイズに四角く切り出し、どこからか取り出したナイフに刺した。
「食うか?」
「え……ありがとう、ございます」
私は肉が刺さったナイフを手渡され、お礼を言った。
ナイフに刺さったドゥルドゥー肉は火魔法でこんがり良い感じに焼かれたせいか、少し……いや、かなり大きめの鶏肉みたいだ。
ふとロッシュさんのほうを見ると、彼もまた自分用の肉を切り出し、どこからか取り出したナイフに刺すと、そのまま豪快に齧りついた。
私も真似して、恐る恐る口に運ぶ。
美味しい。ちゃんと火が通っていて、野生の獣肉みたいな臭みもない。
見た目がほぼ鶏だっただけあって、味も焼き鳥みたいな感じだ。
でも……塩気とか、旨味が足りない。塩も香辛料もなくて、ただ焼いただけだから仕方ないけど。
その瞬間、私の頭にピーン! とひらめきが走った。




