第62話 素材の美味しさが天元突破
この素材だったら……きっと、『アレ』が召喚できる。
私は意識を集中して、女神様に神食品のリクエストをしながらスキルを使った。
するとナイフに刺さったお肉が黄金色の光に包まれ、みるみるうちに形を変えていく。肉の輪郭が曖昧になり、まばゆい光の中で新たな形状へと変化していった。
そして光が消えて現れたのは――
『伊藤ハム 燻工房 鶏うまチャーシュー切り落とし』だった。
透明な真空パックの中には、薄切りの鶏チャーシューが、何枚も重なって詰まっていた。
しかもありがたいことに、女神様が気を利かせてくれたのか、木の割り箸まで一緒に召喚されている。
私は思わず胸の中で『さすが女神様!』と感謝を叫んでしまった。
「……は?」
ロッシュさんは、肉をかじろうとしていた口を半開きにしたまま固まった。
目を見開いて、手にした自分の焼き肉と、私のナイフに刺さっていたはずの肉とを、何度も交互に見比べる。
「おい……おまえ今、何をした?」
「奇跡の力を使いました。今さっき、私は『食の聖女』だと言ったでしょう?」
そうは言ってみたものの、ロッシュさんがまったく信じてなかったのは、彼の顔を見れば一目瞭然だった。信じてたらそんな、唖然とした表情で口をパクパクさせてないはずだ。
私は苦笑しつつ、パックを開封して割り箸で一枚のチャーシューを摘み上げると、ぱくりと口に入れた。
「くぅ~、これこれ!」
しっとり柔らかくて、燻製の香りがふわりと鼻に抜ける。
ほどよい塩気と甘辛い醤油ベースの味付けが絶妙で、噛むごとに肉の旨味と脂のコクが広がっていく。
野性味だけの焼き肉とは違って、きちんと調理された美味しさに、思わず頬がゆるんだ。
パッケージに『まずはそのまま、素材の美味しさをお楽しみください』と書いてあるだけあって、シンプルにお肉が美味しい。
もちろん薄切りの鶏チャーシューなので、サラダとか麺とかにも合うのは間違いない。間違いないんだけど、前世ではあまりにもそのままで美味しかったから毎回、単品で食べていたのを思い出す。
私が美味しそうに鶏チャーシューを頬張っていると、横から視線をビリビリ感じた。
顔を上げると、ロッシュさんがこちらをガン見している。彼は肉をかじりかけたまま、動きが完全に止まっていた。
「……食べてみますか?」
そう声をかけると、ロッシュさんは小さく、こくりと頷いた。
私は割り箸の反対側を使って鶏チャーシューを一切れつまみ、そっと彼の口元に差し出す。
ロッシュさんは一瞬だけ戸惑ったように眉をひそめたが、そのまま大きな口でぱくりと受け取った。
「…………っ!」
噛んだ瞬間、彼の目が大きく見開かれる。
柔らかい肉の舌触り、燻製の香り、醤油ベースの濃厚な味わい――きっとそのすべてに衝撃を受けたのだろう、言葉も出せずに夢中で咀嚼している。
「……う、うまっ……! な、なんだこれ……!」
興奮で声が上ずっている。
「なあ……おい、その、この肉も、それにしてくれ」
懇願するような目で見てくるので、私は苦笑しつつ頷いた。
彼のナイフに刺さった肉に意識を集中し、再びスキルを発動する。
すると今度は鶏チャーシューのパックだけでなく、フォークまで付いた状態で召喚された。
ロッシュさんは「気が利くじゃねえか!」と言ってフォークを掴み、次々とチャーシューを口に運んでいく。
それを微笑ましく思いながら、こちらも割り箸で鶏チャーシューをつまんで一緒に食べる。
しっとりした肉の旨味に舌鼓を打ちながら、やっぱり『伊藤ハム 燻工房 鶏うまチャーシュー切り落とし』は最高に美味しいなぁと、うんうん頷いていると――
「……おかわりだ!」
あっという間に食べ終わったロッシュさんが、また新しい肉をドゥルドゥーから切り出して突き出してきた。
仕方なく再びスキルを発動すると、今度はなんと三パック一気に召喚される。
「おおおおっ!」
ロッシュさんは歓喜の声を上げ、その三パックをフォーク片手に豪快に平らげていった。
そして最後の一切れを飲み込み、満足そうに息をつくと、ちょうど私が食べ終わったものも含め、空のパックと割り箸、フォークがすべて淡い黄金色の光に包まれ、消えていく。
すると彼は夢から覚めたように目を見開き、私のほうに視線を向けた。
「……おまえ……本当に、聖女だったのか」
その目にはもはや、疑いよりも畏敬と感動が宿っていた。
「信じてもらえました?」
「そりゃあ……こんな、この世のものとは思えねえ美味いもん食わされたら、信じる他ないだろ」
ロッシュさんは当たり前の事実を話すかのように言った。素直だ。
実際はルシアン殿下みたいに、神食品を爆食いしながらも聖女と認めてくれない人もいるんだけど、彼は違うらしい。
「よし、決めた!」
突然立ち上がったロッシュさんが、拳を握りしめて宣言する。
「おまえ、オレ様の専属シェフにしてやる!」
「………………はい?」
何を言っているのか理解できなくて、反応が遅れてしまった。
いや、正確には言っていること自体は理解できるのだが、その意図がわからない。
「聞こえなかったのか? おまえをオレ様の専属シェフにしてやるって言ったんだよ」
「聞こえてはいますけど、意味がわかりません。私、さっき使命があるって説明しましたよね?」
とてもじゃないが、ロッシュさんの専属シェフをしている暇などない。
暇があっても専属シェフとかしないけど。
そもそも私、神食品を召喚しているだけで料理とかしてないからシェフじゃないし。
「んなの、オレ様が手伝ってやるよ。その代わり専属シェフになれよ」
「えぇ……?」
予想外の方向から提案がきた。
うーん……と少し悩んだけど、結論はすぐに出たので返答する。
「お気持ちはありがたいのですが、辞退させていただきます」
「なんでだよ? 給料は弾むぜ?」
「お金の問題じゃありません。私は使命を終えても当分はやることがあって忙しいでしょうし、忙しくなくなったらそれはそれで自由になりたいので、専属シェフにはなれません」
あとは、そもそもロッシュさんが手伝ってくれても和平に関しては何も役に立たなそう……というのが大きい。というよりむしろ、トラブルの種になりそうな気がする。なんとなく。
「なんだよ、そんなことか。んな四六時中ずっと拘束するような、野暮な真似はしねえって。休みも自由も十分やる」
「だとしても、申し訳ありませんが……」
「なんだったら別に、専属シェフは使命とやらを終えた後に考える形でいい。とりあえず、おまえの旅についていかせてくれよ。報酬はさっきみたく、メシを出してくれりゃいい」
「えーと……」
いやでも、そこまでしてもらったら逆に、使命を終えたあと『やっぱり専属シェフはやりません』と言うのも申し訳ないしなぁ……。
「やっぱり、遠慮させていただきます。なる気がないのに手伝ってもらうのも悪いですし」
「遠慮すんなって。オレ様は役に立つぜ? 何しろ最強と名高い炎の属性持ちだからな。どんな魔物もいちころだ。しかも旅に必須の火が自由自在に出せる。火魔石いらずで便利だぜ?」
「いえ、あの……言い方が悪かったです。ごめんなさい、遠慮とかではなく、お断りさせていただきます」
そう言ったところで、自由都市連合の街がある方向から私たちがいるところへ向かってくる多数の馬が見えた。まだ距離は遠いが、全部で十頭ほどいるだろうか。御者さんが二人いて、後ろに大きな台車のようなものを引いている。
「あれ、運送業者さんじゃないですか?」
「ん? ああ、そうだろうな。で、話の続きだけどよ」
「え……?」
その後も、ロッシュさんは運送業者さんがこちらに着くまで、ずっと私の旅についていきたいという話を続けていた。
私は今さっき断ったのが聞こえなかったのかなと思い、色んな言い方できっちりと、勘違いしようがないほどに改めて何度も断った。
しかしロッシュさんが諦める気配はなかった。
どうやらロッシュさんは相当、『伊藤ハム 燻工房 鶏うまチャーシュー切り落とし』が気に入ったらしい。気持ちはわかる。とても、すごくよくわかる。
でも残念ながら、彼の押しの強さや、人の話を全然聞いてくれないところなどを考えると、ますます旅に同行してもらうわけにはいかない気がしてきた。
彼自身の悪意は心配していない。むしろ何かしらの善意が暴走して、トラブルが発生しそうなことを心配している。
私が心配しすぎなのかもしれないけど、最悪の場合は和平失敗、からの戦争勃発、からの『滅びの聖女』ルートで人類滅亡なので、回避できるリスクは回避するに越したことはない。
それをもはや、オブラートに包むことなく直接的に伝えた。
「……ということなので、何度も言いますがお断りさせていただきます。私の使命が失敗するのは人類滅亡に直結するので、不安要素は少しでも入れたくないんです」
「いやいや、押しが強いのも人の話を聞かないってのも……」
「あれ? リシアさんじゃないっすか!」
ロッシュさんの言葉を遮るように、前方から元気な声が聞こえてきた。
顔を上げると、さっきの運送業者らしき人たちが引いている大きな荷台に乗っている黄色に近い金髪の青年が、こちらに手を振っているのが見えた。
その後ろには青年と同じ髪色の女性や、黒髪の大男がいる。
言わずもがな、王都で別れた『黄金の風』パーティーの三人組だ。




