第58話 考え方が過激すぎる
王都を出発して三日後の昼過ぎ。
私は馬車の窓から顔を出し、並走している騎兵さんに問いかけていた。
「あの……何度も聞くようですみません、この馬車、どちらに向かっているのでしょうか?」
「帝国ですよ」
「……王都から帝国への国境って、馬車で一日ぐらいでしたよね?」
「はい。ですが、それは新ダンジョン付近へまっすぐ進んだ場合です」
騎兵さんは丁寧な口調で答えてくれる。昨日と同じ質問をされたことに困惑している様子はない。むしろ、用意していた答えをそのまま口にしているかのような落ち着きだった。
「新ダンジョン付近は現在、帝国軍が展開しており危険なため、あえて遠回りをして国境を訪問することで、帝国の警戒を刺激しない方針となります」
「……そう、ですよね。何度も聞いちゃってすみません」
昨日とまったく同じ返答を繰り返してくれる騎兵さんに恐縮しながら、私は慌てて窓から顔を引っ込めた。
理屈としては、わかる。わかるんだけど……うーん、やっぱり気になる。
遠回りに二日もかかっているというのも気になるけど、それ以上に、馬車から見える光景が昨日からずっと荒野のままなのだ。
王都近くの帝国領は、ほぼ森だと聞いている。だからもし進行方向か右手側に森が見えてくるなら、それはそれで納得できる。
荒野といえば、王都の近くには北のソノラス荒野があるから、ああ北方面から遠回りしているんだな、と考えられるだろう。
けれども進行方向も右手側も、どこまでも広がる荒野で森らしきものは影も形もない。
この状況は――つまり、三日近くただひたすら北へ向かっていることを意味する。
帝国に向かうなら、本来は東だ。
そう考えると……これはやっぱり、おかしい気がしてならなかった。
いくら遠回りするにしたって、限度がある。
「あの……ジャンさん。これって、まだ北に向かってますよね? 帝国に行くなら、もうそろそろ東に向かったほうが良いと思うんですが……」
御者台にいるジャンさんに声をかける。
するとジャンさんはこちらを振り向かずに、淡々と返答した。
「……大丈夫ですよ。自分の予想だと、もうそろそろ着きます」
「えぇ……?」
本当だろうか。全く森なんて見えてこないんだけど。
そんなことを思いつつ、半信半疑で時折、馬車から窓の外を眺めていた。
するとやがて、進行方向に小さく何かが見えてきた。
もしかして、あれかな?
……ん? でもなんかあれ、森って感じの色じゃなくない?
どっちかっていうと、街って感じ……あ。
「いやあれ、もしかして……っていうか、もしかしなくても自由都市連合では!?」
どう見ても森には見えないし、北のソノラス荒野を抜けた先にある街といったら、自由都市連合以外にない。
「ジャンさん! とうとう自由都市連合まで来ちゃいましたよ! これ遠回りにも程がある……」
「着きましたよ」
「……はい?」
ジャンさんは私の言葉を遮るように言いながら、馬車を止めた。
意味がわからなすぎて、頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「あの……ここ、荒野のど真ん中ですよね? 自由都市連合の街はギリギリ見えてますけど、地平線の向こうですし、そもそも本来の目的地とは違いますし……」
「いえ、ここで合っています。どうぞ、降りてください。リシア様」
ジャンさんが言うと、騎兵さんの一人が馬車の扉を開け、私に降りるよう促してくる。
嫌な予感がしつつも仕方なく馬車から降りて荒野に立つと、六人の騎兵さんたちが馬から降りて、私を取り囲むように並んだ。
「あの……皆さん、どうしたんですか? なんだか少し、怖いですよ?」
「ふっ、『少し怖い』で済むあたり、さすが聖女様だな」
私の正面に立つ騎兵さんの一人が兜を脱ぐ。
その顔は、私の良く見知った人物だった。
「レイスさん!?」
「動くなよ」
レイスさんはそう言うと、腰の鞘から鈍く光る黒い長剣――断頭剣グラウフィアを抜いた。
なぜ剣を抜くのか。聞くまでもない。どう考えても使うためだ。
「ちょっと、待っ……!」
制止も虚しく、目にも留まらぬ速さでレイスさんの断頭剣が横薙ぎに振るわれた。
そして次の瞬間、私の首に触れた断頭剣が、まるで脆い陶器のように砕け散る。
それを見たレイスさん以外の騎兵さんたちが、どよめくように声を上げた。
「あぁ……だから、待ってって言ったのに!」
レイスさんには私が女神様の加護で無敵だって話してあったから、こうなるのは目に見えていたはずなのに。
いくら彼の持つ断頭剣が共和国の技術を結集した魔剣とはいえ、女神様の加護に敵うはずもない。
「忠誠の証を見せる必要があってな」
レイスさんは無表情のまま、砕けて短くなった断頭剣を鞘に納めた。
忠誠の証と言われて、思い浮かぶ相手はそう多くない。
「個人的には、聖教国まで送り届けてやりたかったが……悪いな」
「……スラム街の人たちを人質に取られているのですか?」
私がそう言うと、レイスさんは驚いたように目を見開いた。
「まあ、そうだが……よくわかったな」
「わかりますよ、それは」
だってレイスさんが、私利私欲のために私を裏切るとは思えないから。
そんな人なら、今までスラム街に残ってまとめ役などしていない。
「相手はマティアス殿下ですか? それともルシアン殿下ですか?」
「リシア様、これは我々の独断となります」
レイスさんが口を開く前に、今まで控えていたジャンさんが前に出て答えてきた。
「独断……ですか」
どう考えてもそんなわけがないと思う。
でも万が一ということもあるので、念のため確認しておく。
「では、どういった理由でこのようなことを?」
「リシア様が王国の強硬派からも、宥和派からも望まれていない聖女だからです」
「どういうことですか?」
ちょっと意味がよくわからないので、もっと具体的に言ってほしい。
「まず、王国には帝国の諜報員が大量に入り込んでいます。つまりリシア様の存在は帝国にバレています。それはわかりますね?」
「……はい」
帝国の諜報員が王国に入り込んでいる話は、ジャンさんと出会った当初から彼が言っていた話だ。
私は聖女と名乗っても信じてもらうほうが難しい系の聖女だから、仮に帝国が私の情報を得てもそのまま真に受けるかどうかは謎だけど、彼の言っていること自体は理解できるので、とりあえず頷いておく。
「聖女と公表はしていないとはいえ、リシア様が王国からの正式な使者として帝国領に入れば、あなたの正体を知っている帝国は間違いなく、何かしらの理由をつけてあなたを拘束するでしょう」
そんなことをすれば、各国から非難されて最悪は全面戦争……あ、いや、違う。
聖女と公表はしていないから、それを理由に各国から非難されることはないんだ。
「王国の強硬派としては、正式な使者を不当に拘束されたら抗議せざるを得ません。帝国はただでさえ我が王国の新ダンジョンを不当に占拠しているのですから。強硬派に弱気な抗議は許されず、向こうの出方次第では停戦の解除……つまり戦争も辞さない、という態度で挑む必要があります」
ジャンさんの声はいつになく固く、まるで答えが一つしかない問題を読み上げているようだった。
「しかし現状の王国は戦う準備が整っておらず、まだ戦争をできる段階にありません。各国への根回しも済んでいません。つまり戦争をも辞さない強硬派としても、元から戦争を望まない宥和派としても、今あなたが帝国に捕まるのは困るわけです」
「……であれば、それをそのまま私に伝えてくださればよかったのでは?」
私だってそういう事情があるなら、無理に王国からの使者にこだわらず、他の方法を考えたと思う。
「それはそうなのですが、王国も一枚岩ではありませんから……難しかったでしょう」
「わかりました。では百歩譲って私が他国に追いやられるのは仕方ないとしても、首を刎ねようとする必要はなかったのでは?」
「奇跡の力はあれど、首を刎ねられるような中途半端な聖女であれば、大陸に混乱を招くだけなので、この世からいなくなってもらったほうが良い、という考えです。首を刎ねられない本物の聖女であれば……それはもう、我々にどうこうできる存在ではないので、諦める他ありませんが」
考え方が過激すぎる……いや、順当なのかな?
セルジュくんにも氷漬けにされたし、もうなんだか私の感覚も麻痺してきたかもしれない。




