第55話 結論ありきの解決策
レイスさんに協力してもらいつつ、スラム街の問題解決について模索を始めて、二週間後。
私は、自分の見通しが完全に甘かったことを思い知った。
この二週間、私とレイスさんはありとあらゆる解決案を一緒に考えた。
それからエリュア大司教様と詳細を詰め、マティアス殿下を窓口にして、幾度となく王家との交渉を重ねた。
スラム街の人々が王都東側の城壁に沿って住むのが駄目なら、西側、南側、北側はどうか、という可能性が低いものから順に試し、王都から少し離れた場所、いくつかの大きな街の近郊、あるいは廃村になった村の跡地……と徐々に検討を広げていった。
それに加えて、私のスキルで大量のパンを生み出し、王都で売って得た資金を新天地の開拓費用に充てる案も出した。
最後のほうには、私がスラム街の人々としばらく行動を共にし、食料面は全面的に保証するから、その間に王国からも支援を、と考え得る限り最大の条件を掲げて交渉した。
しかし、そのすべてが通らなかった。
そして最終的に王家が示してきたのは――
『スラム街の人々を聖女の和平使節団として帝国に連れて行く』という、荒唐無稽としか言いようのない提案だった。
もちろん、一万人を超える人々をそのまま帝国に受け入れさせるなど、現実的に考えて不可能だ。
提示された理由はあくまで建前で、本来の狙いは別にある。
すなわち、スラム街の人々を和平使節団という名目で国境近くまで移動させ、そのまま定住させる。それが王家の……というより、議会も含めた王国の目的だった。
これはマティアス殿下から直接聞いた話だから、間違いない。
おそらく、これに関してはもし私がいなかったとしても、すでに決定事項だったのだと思う。でなければ、私とレイスさんが出したありとあらゆる穏便かつ、予算の掛からない解決案が却下されるわけがない。
だからこれは最初から、結論ありきの話だったのだ。
……いや、それは言い訳かもしれない。結局のところ、私は王国側が用意していたその結論を、上回る案が出せなかったのだから。
「ごめんなさい……やはり国境付近への移住以外は、認めてもらえませんでした」
王家との交渉最終日の夜。
私はスラム街奥地にあるレイスさんの自宅で、彼に最後の報告をしていた。
小さなランプの光が、質素な部屋に淡く揺らめいている。
レイスさんは真剣な表情を崩さず、やがて重く息を吐きながらゆっくりと目を伏せ、小さく呟いた。
「…………そうか」
「でも、その……初めの話よりは、かなり手厚く王国に支援してもらえることになりましたから、開拓でスラム街の方々が犠牲になるようなことはない、とのことです……」
その支援も交渉の結果でつけてもらえたように見せて、実は最初から王国側のほうで決まった着地点になるよう、誘導されていた気がするけど。
「犠牲になるようなことはない、か……確かに帝国との宥和政策を進める第二王子としては、犠牲者を出すつもりはないだろうな」
「それに関してですが、第一王子……ルシアン殿下は、本当に犠牲者も許容するつもりなのでしょうか?」
今回、王国がスラム街の住民を帝国との国境近くに移住させることにしたのは、国境付近で新しいダンジョンが見つかったからだ。
マティアス殿下の説明によれば、新ダンジョンの近くに新たな街を作り、さらに現在の王国と帝国の緊張状態を解消して人の流れをつくることで二国の融和を図り、同時に経済を活性化させる……という意図があるらしい。
ただレイスさんの話によると、それはあくまで第二王子が掲げている方針かつ対外的なお題目で、第一王子と王国内主流派の考えは違うという。
「世論は『王国内の新ダンジョンを不法占拠している帝国軍を叩き出せ』という風潮で、第一王子はその流れを作り出した張本人だからな。国境近くに俺たちを移住させる時点で、開戦時の犠牲は許容しているも同然だろう。直接的に王国側から仕掛けることはないだろうが……なに、向こうから手を出させる方法はいくらでもある」
「でも、相手は帝国ですよ? 戦力差的に、どう考えても勝てません」
「もちろん王国だけでは戦わず、他の国と連携するだろうが……最悪の場合は、勝てなくても戦うだろう」
「そんなの……」
口から出かかった言葉を、ぐっと飲み込む。
そんな私を見て、レイスさんは少しだけ唇の端を上げた。
「バカげてる、か?」
「……はい。下手をすれば、国が滅びます。正気の沙汰とは思えません」
「俺たちにとってはな。しかし第一王子であれば、緩やかに国が滅ぼされるぐらいだったら、いっそ自分の代で滅ぼしたいとでも思っているかもしれんぞ」
「いっそ自分の代でって、そんな……国は私物じゃないんですから」
そんな理由で滅ぼされたら困る。まあ国が滅んでも名前が変わるだけで、特に兄さんが住んでいる辺境のリースト村なんかだと何も影響はないかもしれないけど。でもそうなるまでに多大な犠牲が出ることは間違いないだろうから到底、受け入れられない。
「でも……帝国側から手を出させるって言っても、すぐじゃないですよね」
「だろうな。王国側が開戦の工作をするにしても、万全に迎え撃てる準備を整えてからが本番だろう」
「それなら私が先に王国と帝国の和平を成立させて、それから第一王子も説得しますから、問題ありません」
「……ふっ、それまで持つかどうか、わからんが。まあ、期待させてもらうとするか」
レイスさんはその言葉とともに肩を軽くすくめた。どこか自嘲めいた笑みを浮かべているけど、それでも私の言葉に納得している様子だ。部屋に流れていた重苦しい空気が、わずかながら和らいだような気がする。
「終わった、しかも暗い話をいつまでもする必要はないな。何か明るい話はないか?」
「明るい話ですか? 急ですね……ええと……あ、そうだ!」
唐突な無茶ぶりに何があるかと少し考えた後、浮かんできたのは子どもたちの賑やかな声と笑顔だった。
「この二週間、毎日パンを配っていたおかげか、ここの子どもたちもすっかり肉付きがよくなって、健康的になったんですよ。もうすごく元気で、会うたび突撃してきて……元から割とみんな元気でしたけど、今はもう一人ひとりが小さな台風並みの騒がしさです」
「小さな台風か。言い得て妙だな」
レイスさんの表情が一気に柔らかくなった。子どもたちの話をしているときの彼の顔は、いつもどこか父親のような温かさがある。
意外だけど、彼はかなり子ども好きなのだ。ただ見た目が怖いからか、子どもにあまり話しかけてもらえないことを少し気にしているらしい。
「あとはですね、実は私のスキルもまた進化して……」
「ちょっと待て」
レイスさんが立ち上がり、隣の部屋から見覚えのある瓶を持ってくる。
例の日本酒に似たお酒が入ったボトルだ。
「せっかくだ。また、例のヤツを召喚してくれ」
「え? いいんですか? それ最後の一本って話でしたよね?」
二週間前は特に話していなかった神食品召喚だけど、一週間ほど経って行き詰まっていたとき、試しにサンプルとして現代日本の日本酒を召喚して、レイスさんに飲んでもらったことがあった。例のヤツとは、そのお酒のことだ。
私は普段あまりお酒を飲まないんだけど、前世でお父さんの古希祝いに兄と弟と一緒に日本酒を贈ったとき、それを自分も飲ませてもらったことがある。その日本酒が驚くほど美味しくて、すごく印象に残っていた。だからもう一度飲みたいなぁと、女神様にお願いしてリクエストしていたのだ。
「だからだ。あれを知ったら、そのまま飲むなど逆に勿体ないからな」
「元のお酒も私は好きでしたけど……わかりました」
私はテーブルの上に置かれたボトルに両手をかざし、意識を集中して祈るようにスキルを使った。するとガラスのボトルが黄金色の光に包まれ、輝く粒子の粒となり、違うお酒へと姿を変えていく。




