第54話 隠している手札
「断頭剣グラウフィア。魔力を込めるだけで、容易く人の首を斬り落とせる魔剣だ」
レイスさんは一拍置き、目を眇めて魔剣を見る。
「俺はコイツで、無数の首を斬り落とした。その後には先ほどの老人のように現実を受け止められなくなった父親や、泣き叫ぶ母親たち、家が没落して路頭に迷うことになった子どもらが遺された」
感情を入れず淡々と、事実のみ並べるように言葉を続けていく。
「そしてこのスラム街には、俺が関わったことで狂気や貧困に沈んでいった遺族が数多くいる」
そう言いながら、レイスさんは剣を鞘に戻してソファに座る。
黒い刃が鞘に収まると同時に、部屋に漂っていた威圧感が少し和らいだように思えた。
「それが……あなたが、スラム街に残り続ける理由ですか?」
「……俺の父親は元々、地方からの移民でな」
私の言葉には答えず、レイスさんは話を続けた。
「ここにいる連中よりも早く王都に来たから、職につけたが……一歩遅ければスラム街の住民になっていた。当然、俺もな。まあ、処刑をあまりにも多くやりすぎたのが原因で多方面から恨みを買い、結局は没落させられたのだから、大して変わらん」
レイスさんは苦笑いを浮かべ、グラスを手に取った。
新たに酒を注ぎ、音を立てて一気に煽る。
「お前は俺一人ならここを抜け出すなど容易いだろうと言ったが、それは間違いだ。どこに行っても俺の悪評は付きまとう。遠く離れた地で素性を隠し、息をひそめて生きていればバレないかもしれないが……」
そう言ってレイスさんは空になったグラスを机の上に置き、口元を拭った。
「そんな生き方をするぐらいなら、元から処刑人なんていう因果な職業は継いでいない。そうだろう?」
「……そうですね」
私には、レイスさんの本心はわからない。
わかった気になるのも違うと思う。
ただ、彼の言葉にきっと嘘はない。私はそう感じた。
「レイスさん、ひとつ確認させていただきたいのですが」
「なんだ」
「もし仮に、スラム街にいる人たちだけで新天地を開拓することになった場合……どれぐらいの犠牲が出ますか?」
レイスさんは空になったままのグラスを見つめ、しばらく沈黙した。
やがて深いため息をついて、重い口を開く。
「それは場所にもよるが……以前、王国が提示した地で考えれば、少なくとも七割は死ぬ」
「なっ……七割、ですか……」
想像よりも遥かに多い数に驚く。
「言っておくが、あくまで『少なくとも』だ。これでも甘く見積もっている。ここには魔物と戦える人間が少ないからな」
「それは、そうですよね……」
この世界では魔石に凄まじい需要がある。
魔物を倒して得られるそれは、冷蔵庫やコンロ、ランプや水道に至るまで、ありとあらゆる魔道具や設備、そして武具の強化にさえも使える万能のエネルギー源だ。だからこそ、魔物と戦える人間はどこでも重宝されている。
命の危険を承知で魔物の前に立てる健康な成人は引く手あまただし、常人よりも身体能力に優れた魔力持ちならば、なおさらだ。
そんな人材がスラム街に残っているかと言われたら……まずいないだろう。
「ふっ……聖女を名乗るぐらいだ。夢物語を聞かせられるのかと思ったら、いきなり犠牲の話とはな。どうやら頭の中はお花畑じゃないらしい」
「夢物語かどうかはともかく、今のは念のため聞いただけで、犠牲もやむなしと考えているわけではありません。王家の方々と交渉する際に知っておく必要があると思ったから、確認したまでです」
「交渉、ね……」
レイスさんはグラスを指で弄びながら、私を射抜くように見据えた。
「確か、お前は小麦一粒から巨大なパンを生み出すことができるんだったか」
「……よくご存じですね」
レイスさんやさっきの武装していた集団の皆さんはパン配りのとき姿が見えなかったので、まさか知られているとは思わなかった。
「でも、正確には違います。私が女神様から授かった奇跡の力は、『万物を食べ物に変える』というものですから」
「万物を……? ではなぜ、その辺の石ころやゴミをパンに変えないんだ? そのほうがよほど『奇跡』らしいだろうに」
「ゴミはともかく、石は私も試したことがあります。というか、つい何日か前は森の中で遭難していたので、土とか木とかをパンにして食べたりしていました」
あれは本当につらかった。スキルの熟練度が上がったおかげか、昔よりは美味しいパンになったけど、それでもやっぱり小麦とかちゃんとした素材から作ったパンと比べると、何か違う感じだったから。
何が違うと明確に言語化できないから、もしかすると気分の問題かもしれないけど、でも気分って大事だよね。食事は生きるためだけのものじゃなくて、心を満たすものでもあるのだから。
「……にわかには信じ難いな。そもそも、なぜ遭難していた?」
「それはですね……」
私は帝国領のクービエ村での出来事を、できるだけ簡潔に説明した。
帝国軍に治癒聖術使いとして勧誘されたこと、なぜか師団長の陰謀に巻き込まれて殺されかけたこと、氷漬けにされながらも女神様の加護で生き延びて、森の中をさまよっていたこと。
また、その流れで今回スラム街の問題を解決したら教会に聖女として認めてもらい、その後は聖教国や帝国に和平の使者として向かう予定であることも話した。
話を聞き終えたレイスさんは、眉間のシワを深めて腕を組み、目を閉じて考え込んだ。
「聖女うんぬんの部分はともかく、帝国軍の動きに関しては最近の情勢を考えれば、ありえない話ではないが……内容が内容だけに、さらに信じ難くなったな。特に、属性持ちの魔法で氷漬けにされても生きていたというのが信じられん」
「それは、まあ……そうかもしれませんが」
私も女神様の加護を得る前に同じ話を人に聞いたら、まったく同じ感想を抱いただろうから、そこはなんとも言えない。
そう思っていると、レイスさんが立ち上がって隣の部屋へ移動した。
しばらくして、小さな布袋を片手に持って戻ってくる。
「氷魔法は試す術もないが、『万物を食べ物に変える』とやらの力は試せる」
レイスさんはそう言って布袋の口を開け、中身をテーブルの上にざらざらとあけた。転がり出てきたのは、割れた陶器の破片だった。取っ手らしき破片があるから、元はコップの類だろう。
「これをパンに変えてみろ」
「わかりました」
今まで陶器にスキルを使ったことはないけど、石や土、木だってパンに変えられるのだから、たぶん問題はない。
私は深呼吸をひとつして、破片にそっと手をかざした。
そして祈るように念じてスキルを使う。
すると、白色の光が陶器の破片を包み込んだ。
光はみるみるうちに形を変えて大きくなっていき、昨日と今日ですっかり見慣れた巨大な茶色パンに変化した。
レイスさんはその光景を見て一瞬目を見開いた後、真剣な表情で巨大な茶色パンに触れながら、小さく呟いた。
「なるほど……確かに、聖女と自称するだけのことはある。ここの連中にとっては喉から手が出るほどに羨ましい力だな。力の聖女が起こしたという奇跡と比べると、なんとも地味な奇跡だが……」
「それでも、王家の方々と交渉する材料にはなります」
「交渉の内容は?」
「その内容を詰めていくことも含めてレイスさんにご協力いただきたいというのが、私が今回訪問した目的になります」
はっきりと明言はされなかったけど、レイスさんの話を聞く限り、彼は純粋にスラム街の人々を守りたいと思っているはずだ。
であれば私の提案に、きっと耳を貸してくれるだろう。
現状はスラム街の問題を解決する良い案がまったく見つからず、手詰まりになっているのは彼も同じなのだから。
「最初に『相談がある』と言ってから今の話になるまで、随分と遠回りしたな」
「ご協力をお願いするにしても、レイスさんに話を聞いて、私の事情と聖女としての力も見てもらってからでなければ、話にならないと思っていましたから」
「そこは正直に『信用できる相手かどうか確認してから、話そうと思っていた』と言われれば、こちらも気持ちよく協力できるんだがな」
「ぶっちゃけ信用できる相手かどうか確認してから、話そうと思っていました。だから気持ちよく協力してください」
私が間髪入れずに言うと、レイスさんは目をパチクリさせながら固まった。
直後、堪えきれないといったように声をあげて笑い、肩を揺らす。
「調子の良いやつだ。とても聖女とは思えんな」
「誉め言葉だと受け取っておきます。では……」
私は瓶を手に取り、空になったレイスさんのグラスにお酒を注ぐと、自分のグラスにも追加でおかわりを注いだ。
それからグラスをレイスさんの前に掲げる。
「ご協力、よろしくお願いしますね、レイスさん」
レイスさんはにやりと口の端をつり上げ、グラスを持ち上げて応じた。
「言っておくが、こっちはお前を完全に信用したわけじゃない。お前はまだ、手札を隠しているだろうしな。が、目的が一致している間は協力させてもらうとしよう」
グラス同士を軽く触れ合わせ、乾杯する。
澄んだ音が部屋の中に響き、私たちは同時にグラスを口に運んだ。
それにしても、手札を隠してるって……もしかして、神食品召喚のことだろうか。
私はチラリと、テーブルの上にあるお酒が入った瓶を見た。
うーん……特に隠しているつもりはなかったのに、なぜわかったんだろう。
確かにこの日本酒みたいなお酒を飲んだ瞬間ピーンときたから、もし話が難航したら神食品の召喚も試してみようと思ってはいたけど。
でもこれでひとまず、前進だ。
あとはスラム街の問題解決に向けて、レイスさんと一緒に王家との再交渉も含めて、具体的な解決案を練っていけばいい。
私一人じゃ限界があったけどレイスさんの協力があれば、これまで見えなかった突破口が開けるはず。私は改めて彼の表情を窺いながら、次の一手を考え始めた。




