⑨DIVE to Dia
「つまり多くは試さない」
錺のpcを覗き込みながらクロニクル担当部員の3人(恵、新田、山田)が「なるほど」といった顔をする。電子遊戯部創設の翌日のことである。
「本番で敵と被ったらどうする?」
新田が淡々とクールに質問する。
「本番の前日は練習試合がある。そこで頑固に初動争いすれば敵も引いてくれると思ってる。サブシティだし。」
錺は答える。
「まあ、如何せん時間がない。みんなそれぞれクロニクルはプレイしたことあるだろうけど、5人での連携だとか大会だとかっていうのは数を重ねないと上手くいかない。だからチームの中で動き方、接敵時の対処とか実戦を重ねなくちゃいけない。だから同じ場所に降りるんだ。」
「で、あいつがオーダーで大丈夫なのか?」
新田はトイレに行った陽菜に対して不信感を抱いていた。
「陽菜は馬鹿だけど、エイムは確かに天才的だった。前衛を務めるストライカーには適任すぎる。その分、陽菜が戦いやすい状況がこのチームが勝てる状況だと判断した。」
錺はマウスを動かしクロニクルを起動する。
「もしかしたら作戦とか無しでも勝てるかもだな。」
認定堂を起動させながら山田が楽しそうに言って笑った。
◇◇◇
「いつも通り狙っていく。」
錺は南西部中世領域、北の三連の西側に位置する{かじ家}から{領主の館}をスルーして陽菜が物資を漁っていた{教会}を目指す。かけ声と共に東側へ流れるように動き出した5人はやがて1列となり、ストライカー、タンク、オペレーター、ヒーラー、スナイパーの順に大王城にある2つの入り口。その北東側である城門へ侵入を試みる。
「ここら辺は大王城から射線が通るけどアイツら戦闘中だから問題無い、手前の岩まで行こう。」
一行は城門前、唯一の遮蔽物である巨大な岩石の後ろを目指す。ストライカーである陽菜を先頭に5人は線になって走る。歪み縮み、伸びては歪む。操作ミスも特に無くそれぞれが優秀にも同じ動きを段階的に行う。まるで1つの生き物のように。しかしその刹那であった。
――ガチャン、と小教室である部室の扉が開く。
「――ふォオオオオオオ!?ねぇ?」
((うるせぇ!!!))
外から小さな子供が叫びながら入ってくるのを錺たちは横目で捉えた。
――バタン、と扉が閉まると、アレと言った顔で閉まった扉を眺めて少女が佇んでいる。
「待って、敵こっち見てる。」
恵が自慢の動体視力を武器に敵の存在を知らせる。
錺はハッとして画面へ意識を戻した。
「集中‼」
恐らくは意識がそれていたであろう恵以外の3人に、錺は声をかける。少女はそんな錺たちを見て「へぇ、いいね。」と呟いた。
「ようし、遮音性の低いだろうその安そうなイヤホン越しに聞いてくれ。」
少女は腕を後ろで組みながら部屋の奥まで歩いていく。
「私の名前は小鳥遊秋刕だ。今日から君たちのコーチングをしま――」
『逃げてきてる!挟めると思うけど場所が不利』
――バババッ、と乾いた銃声の響く音がする。
「分析者としての役割も果たしたいと思ってい――」
ババババッ、ダララッ!
『おい城上別チームに取られた。アイツら馬鹿か!』
錺はその場から前方の陽菜へスキルを投げる。反重力板から浮かび上がる5人は、追われる側と追う側双方のチームより銃撃を浴びながら城門前の巨大岩石へ、先に辿り着いた追われる側への攻撃を試みる。
「君なんか良いにおいするね…」
秋刕は立ち止まり馬喰田恵のうなじに顔を近づける。
「ひゃあ、なに!? やめてっ」
恵は右クリックでホールドしていたスコープを外して秋刕を睨む。
「ふむふむ。シャンプーはローズマリーかな?お手々はミドルセンシだね。」
秋刕はニシニシ笑いながら話を続けようとする。
「――っていうわけで。」
画面左に表示されたダメージゲージは真っ赤に染まり、後衛の恵だけが辛うじて生き残っていた。
「みんな死んじゃったの?根性ないなー。」
秋刕は横に並ぶ4人を見ながら恵のマウスとキーボードを後ろから手を添えて操作し始める。
「しかしまぁ、先頭の女の子が3人も落としとるよ。良いストライカーだねぇ。」
そういいながら秋刕はカタカタっと、慣れた手つきでキーボードを叩きながら錺の残した{反重力板}目掛けてスライディングを決める。瞬間、ジャンプキーを入れ飛び跳ねた秋刕のワーウルフはスキルを使いながら反重力板にのり一直線に上昇しながら{サーチ}を使った。
――ピコーンと、表記された敵人数は二人。
秋刕は何食わぬ顔で移動キーを左右に振りながら、スコープで岩裏の敵影にレティクルの縦線を合わせそのまま弾丸を放つ。ダォンという音の僅か後、岩裏の敵は胴体に鉛を食らいボックスと化す。
「やばいズレた!!そりゃそうか...」
秋刕は間に挟まる恵の手を退けるとマウスをニギニギと掴み直し、笑いながら反重力板の前方へ体を放り投げ、落下しながら城壁上の敵目掛けてスコープを覗き、刹那に照準を合わせる。
それは全くもってブレの無い機械的に正確な動き。あたかもチートツールを使ったかのような――
「ここ!!」
人間離れした一撃だった。
ダァーンという残響の後、遠く離れた城壁の上へ弧を描いて落ちる弾丸の赤い点が敵の頭へヒットするダメージ表記はスナイパーhpの上限いっぱい、200ジャストであった。
「やっぱりラベンダーかな?」
秋刕はそう言いながら手を離し、恵のうなじへ顔を埋めた。尚も恵は呆然とし、やがてワーウルフは残りの敵から銃弾を浴びて倒れた。恵は自身のうなじから背中にかけてモゾモゾと動く化け物に取りつかれたような感覚を覚え、4人のほうへ振り向く。もはや誰も言葉を発さず、うなじに住み着く化け物はその空気を察したのか恵の肩から首へ巻き着くように腕を伸ばし顔を起こす。
「ぼっ立ちだったからね。本番じゃまずないよ。」
秋刕はキルカメラからワーウルフを打ち抜く敵を見て溜息をついた。
「撃った後もずーっとぼっ立ちだね彼ら。素人が素人追って素人とぶつかって一石二鳥。どうだい?ハッキリ言ってレベルは低いよね。そんでもってマクロの動き(※macro、マクロ=巨大、巨視的であるという意味。転じてFPSではチーム全体の動きを指す。)ですら疑問点が多い…」
秋刕は恵の髪に頬ずりしながら左手で4人に指をさす。
「この程度で勝ちたいとかほざいてるってホントかにゃ~!?」
秋刕はまたニシニシと笑ってスンスン顔を埋め「良いにおい~」と呟いた。
「あんた誰だ?」
真面目な顔で新田が聞いた。
「えぇええ!?説明したじゃん。コーチだよこの部活の。秋刕だよ小鳥遊の。」
「さっきの凄かった!!」
陽菜はキラキラとした目で秋刕を見つめる。それに応えるように秋刕も笑顔で「君も良かった。」と呟く。
「しかし――」
秋刕はワンテンポ置いて陽菜に近寄る。
「さっきのは君のミスが大きい。君の実力で補おうとも余りある失態だった。」
秋刕はニヤニヤしながら言う。
「君が先頭を走ってたんだから君がチームのオーダーなんだろ?敵を察知し引く判断やスキルを使いチームを纏める判断、そして敵へ詰め寄り挑む判断、その何もかも全てを度外視して君は突っ込んだんだ。それをさせた子もいるだろうけども、結果生き残ったのは止まる判断を出来た恵ちゃんのみ。あくまでオーダーは君なんだろ?じゃあ良くないと私は思う。もちろんそれを可能にするプロだって――」
「あんたは何が言いたいんだ。」
横から割り込むようにして陽菜から右横三つ先に座る錺が口を挟む。
「俺たちには時間が無いんだ。悪いけど下らんウンチクを挟むだけの厄介オタクならうちにはもういらない。足りてるからな。」
錺は画面に向き直りreadyのボタンを押す。
「誰のことだよ。」
山田もそれに合わせるようにしてreadyのボタンを押した。秋刕は少しムッとした顔で束ねられた陽菜の茶髪を撫でながら陽菜のマウスでreadyを押す。
「君は真っ当だな。真っ当な意見だ。プレーも真っ当だったしセンシもミドルだった。そんな真っ当な君に一つ聞きたい。」
秋刕は陽菜のキャラピックをムサシに合わせてゲーム内マウス感度を少し上げた。
「これでやってみて」と秋刕は陽菜に呟くと錺に向けて一際真剣な眼差しを向けた。
「君は自分を過大評価してないかい?」
「してない。」
錺は即答する。
「そうかい。それは良かった。じゃあハッキリ言うけど君ド下手くそだよ。」
錺は聞く耳を持たないという顔をしながら眉をひそめる。
「そしてこのままじゃEJC(Esports Japan Cup)は予選で落ちる。保証するよ。元トッププロゲーマーのお墨付き!!」
秋刕はコロコロと笑いながら陽菜を撫でる。しかし五人は全員ムスッとした顔をしている。
「ごめんね~、空気悪くするつもりは無かったんだけどね~。でもさ。」
秋刕は声のトーンを一段下げて、ダイヤモンド・クロニクルの上空を飛ぶ飛行船を眺めながら淡々と言葉を発した。
「君たちの努力が報われないのは残念なんだ。」
秋刕は画面を見つめて、続ける。ディスプレイからは迫力ある世界がいつも通りに広がっている。
「だから君たちは知る必要がある。君たちがこの世界の中で、どれだけ下手で、ヌーブ(※素人)で、ナチュラルトロール(※自覚の無い利敵行為)してる割に愚かな挑戦を始めているのか。君たちの現在地はどこなのか、ゴールはどこなのか。」
秋刕は話しながら、へへっと笑った。
「相手は強いよ。広告効果を狙ってプロを雇い業界のビジネスに足を突っ込もうと、会社総出でプロジェクト化している私立の連中に、プロゲーマー排出校という肩書を狙ってる私立の連中。そもそもが動画配信サイトを後ろ盾に支援されてる私立の連中。わぁ、金に物言わせた奴らばっかりの総力戦だ。このままじゃまず勝てない。それでも君らは...」
秋刕は陽菜から離れると五人全員のゲーム画面と、それを反射する真剣な顔を見渡した。
「趣味で終わるな。稼げる程の力をつけたまえ。稼げてようやくプロが生まれる。稼げてようやく意味を成す。その世界に君らは落され、そして挑むんだろ決勝戦で!!」
Japan cup決勝戦。そこは予選を勝ち抜いた2チームが死線交えるクロニクルの頂点。彼らが狙うはその
学生参戦権枠、二席の一つ。
秋刕はひし形の世界へチームをダイブさせる。
「この世界はバトルロワイアルさ。人気なチームにしかスポンサーは付かない。下手な選手は卒業になる。そんな世界で勝ち抜いてきた人間達に君らは挑む。こんなにおもしろそうなことはない。そしてそれは不可能な事ではない。何故なら今こそが、この世界の黎明だから。」
ダイブ先は同じく西部領域。しかし他に同じ軌道が無いと見るや大王城へ向きを変えた。
「君たちの大事な時間を使うんだ。私には無かった尊い時間をね。」
秋刕はそう言うと武者震いした陽菜の背中を叩いては、ニヤリと笑って全員の顔を覗く。




