3-02『統率国の計画』
神紀5000年、冬至前50日。
靜国の静岡神社にて、靜と濱竹の二大統率国による井谷戦争の終結に伴う会議が開かれた。
靜連邦は未曾有の内戦を終えて、連邦の中でも最大級の軍事大国であった井谷を滅ぼした。
井谷国の神であった井谷俣治の、神類文明の根本に恭順な性格上、世界が連邦制になろうとも神治制本来の姿を維持して、その国体を臣と巫女に委ねた結果、反統率国的な国家としての性格が強くなってしまった。
かねてより主義主張の相容れない井谷と対立を続けていた靜と濱竹は、当然ながらその井谷国に手を焼いていたわけで、目の上のたんこぶとも言える彼の国を滅ぼせたことは大変意義のある戦争になった。
しかし、井谷という何としても滅ぼしたい存在がありながらも、連邦の平和を揺るがして内戦を起こすという決断は今の今まで出来ずにいたとも言えるのだ。だからこそ井谷は連邦設立から260年余りも存在していたわけであるが、今回なぜその思い切った決断ができたのだろうか。
それには、大連邦協商が、殊に関東統一連邦との関係が、大きく関わっているからであると言えよう。
遡ること3年前。
靜連邦の東隣に位置する関東統一連邦は、北端のサハ列島連邦とサハ大陸連邦を吸収するべく事を構えようとした。その際に、関東の中枢である南四連邦と接する靜連邦から攻撃を受けないようにするために『大連邦協商』を設立し、同盟よりも縁が薄いものの協力を要請できる協商関係に至った。
また、サハ列島およびサハ大陸は、異世界文明に汚染されているとし、酷く対立していた関西にも応援を要請。神類文明をより一層守っていこうという『文明保護協定』というものも設立されることに至った。
サハ列島とサハ大陸は、文明保護協定による汚染調査の結果、異世界文明が入り込んでいると認められた。直ちに異世界文明を排斥せよという命令がサハ列島、サハ大陸に下ったものの、そう簡単に排斥できるはずもなく、両連邦は『世界北部同盟』という同盟を締結して文明保護協定や大連邦協商に対抗する姿勢を見せた。
異世界文明を北端から消し去り、その地を浄化するという名目で、大連邦協商は世界北部同盟に戦争を仕掛けた。それが神類文明最大の世界大戦、『サハ戦争』である。
サハ戦争に勝利した大連邦協商だったが、結局は主義主張の異なる連邦の寄せ集めであったため、その後の団結力は低かった。
靜連邦は、関東統一連邦のエゴによって付き合わされたサハ戦争に見合うだけの対価として、関東が持つ最新鋭技術を欲した。結果として、関東から支援を受け、鉄道の開業や、軍事設備の近代化など、様々な恩恵を受けることになった。
しかし、関東からの甘い蜜を与えられるだけ吸っていては、内部から関東に染め上げられて、いずれ無自覚的に吸収されてしまいかねないと考えた靜連邦統率国は、主に靜の采配の下、関東の技術が靜連邦独自の技術よりも劣っている面があることを証明しようとした。
つまり、関東の技術にも問題があり、靜連邦には靜連邦に似合う技術があり、既に靜連邦はそれを有していることを証明したかったのだ。
そこで用いた指標が、連邦最大級の軍事国家として名が通っていた井谷国だったのだ。
関東の支援の下、関東から投入された世界最新鋭の技術で井谷を滅ぼすと見せかけて、意図的に戦況を悪化させ、最終的に濱竹が開発した靜連邦独自の技術で反撃、状況を一気に好転させて井谷を滅ぼした。
これにより、靜連邦内外に関東統一連邦の最新技術よりも靜連邦が保有する独自技術の方が優れていることを示すことができたのだ。
「はぁあ、一苦労だったね」
やれやれ、と額の汗を拭うような仕草をしたのは靜するがだった。
「これで関東の色を薄くできるといいわね」
靜あおいがコーヒーを片手にそう呟いた。
「そればかりは関東がどう動くか次第だな」
あおいの言葉に、濱竹安久斗が返す。
「向こうがどう動くかとか言う前に、ボクらから綺麗さっぱり追い出してやらないと。連中はしぶといだろうし」
靜しみずが横目で安久斗を見ながらそう言った。
「とはいえ、追い出そうにも言い方に気をつけないと面倒事になりかねないね。何せ相手は関東だ。俺たちにコケにされたと感じれば、北端の二の舞になっちゃうだろうね」
統率神たちの言葉を総括し、するががコーヒーで口を湿らせた後で言った。
「ノコノコと出ていってくれればいいけど……」
「そうもいかないだろうな。奴らがそう簡単に撤退するなどとは思えん」
あおいの懸念に対して安久斗が返す。「そうよね」とあおいがため息混じりに言う。
「とはいえ、まずは連邦諸国に我々の奮闘で井谷を滅ぼしたことを告知して、統率国に対する崇拝度合いを高めるべきだね」
するががそう言って、コーヒーカップを机に置いた。
「そうだね。現状、猪頭諸国を中心に関東を称える一派も出ているもんね。今のままじゃ関東が調子乗ってボクらに不都合な交渉をして来かねない」
しみずが自分の爪を手入れしながら返す。
「今更な気さえするが……」
安久斗がそう呟くと、それを聞いたあおいとしみずが安久斗を睨みつけた。対してするがはアハハと軽く笑うと、
「それは俺たちの交渉次第だね。大連邦協商の規約範囲内で支援を続けさせながらも、まずは猪頭を中心に駐屯している関東の軍を撤退させないと、半島の主権が俺ら統率国から奪われてしまいかねない」
と言う。それを聞いた安久斗が頷いて、
「そしてゆくゆくは連邦全域が関東の手中に落ちてしまいかねないな」
「だね」
安久斗の補足をするがが肯定する。
「軍事力は恐ろしいものね。どれだけ発言力があったとしても、圧倒的な暴力の前では意味を為さないもの」
あおいがそう言う。靜連邦は関東の軍事技術が使い物にならないことを証明したものの、なぜこれだけ関東の軍事力を恐れているのか。
その理由は単純で、関東の技術は本当は非常に優秀なものだったからである。
靜連邦は関東統一連邦を欺くために、その支援から得られた技術を最大限に活かさず、濱竹独自の技術をもって井谷を打ち破ったように見せる工作を行なっていた。
唯一、本気で関東の技術と正面からぶつかった戦闘は“遠州灘制海権奪還戦”であるが、これも濱竹艦隊単体ではなく、中京統一連邦と関西統一連邦の力を借りて関東を撃退したものであった。
靜連邦の独自技術のみで関東の技術より優るものなど、正直何も存在しないのだ。
しかし、あたかも関東の技術は井谷の前で使い物にならず、濱竹の技術にも劣り、そして濱竹の技術であれば井谷を撃破できるということは即ち関東の技術よりも濱竹の、靜連邦の技術の方が優秀であることを証明したように見せたのだ。
だが、関東がそれに気付いていないなど夢物語であり、関東からしたら当然そんな子供騙しは認められないものであり、この茶番は下手をすれば関東の逆鱗に触れ、関東の技術と真正面からやり合わなければならなくなる可能性を秘めているのだ。
それが、あおいが示唆したことである。
統率国が発言力をいくら高めようが、関東の圧倒的な軍事力で蹂躙されてしまえば、発言力など何ら役に立たないものであるのだ。
「技術支援は非常にありがたい。関東の技術が得られてから、この連邦の生活の質は間違いなく向上した。だが、軍を駐屯させ続けることだけは許してはならない。情報の統制、連邦諸国の発言力の低迷、軍事頼みの連邦運営、もっと言えば関東の傀儡化への布石。今起こっている、また今後起きようとしている問題のほぼ全てが、関東が軍を駐屯させていることに起因している」
するがはそう主張した。それに頷く統率神一同。
全会一致で関東への対応が決まった。
「で、関東の軍事勢力は追い払うとして、」
そう前置きしたのはあおいだった。彼女はそのまま安久斗を横目で見やると、
「関東と同じく大連邦協商に属しているにも関わらず、ろくに支援政策を打ち出してこない中京統一連邦にいい加減メスを入れたらどうかしら?」
「いちおう既に大砲やら輸送艦やらの技術支援の約束は交わしているぞ」
「約束しただけで終わっているのが問題なのよ! 実行させなさい。でないと靜連邦が関東の影響下に完全に置かれてしまうと脅してでもやらせなさい! いつまでも待っていられないわよ」
安久斗の反論にあおいが怒る。安久斗はそんなあおいを見て「相変わらず短気だな」とぼやいた後で、
「中京の肩を持つわけではないが、関東の支援政策が早すぎるだけで、普通は支援体制を整えるだけでも半年くらいは要する。そこから相手に渡せるだけの技術や情報を精査して、派遣できる技術者を揃えて送り出すんだから、1年で出来れば優秀な方だと思うぞ」
と現実を突きつけた。それを聞いてあおいは「それでもモタモタしてられないでしょう!?」と怒鳴るが、その隣で冷静に資料を読んでいたするがが「そうだね……」と呟いて、
「中京と会談して支援の約束を取り付けたのは今年の年始。そっから1年は経っていないわけだから、急かすには早すぎるかもしれないね」
と現実を整理した。あおいはその言葉に視線で不快さを訴えたが、意外なことに興味なさげだったしみずが頷いて、するがと安久斗に同意する意思を示した。
だが、その後でしみずが「でもさ、」と口を開く。
一同の視線がしみずに移った。
「尻を叩くのも大事なことだと思うけどね。実際問題、今の靜連邦は関東の影響力をモロに受けすぎてしまっているわけだし。これは西側陣営にとってみても不愉快な事態だろうから、中京を脅して発破をかけるっていう手段は早期支援の実現に良い影響を与えるんじゃないかな」
しみずの発言を聞いて、あおいが「そうよ!」と明るく言う。
「まぁ、それはそうかも」
するがも頷いた。
安久斗もまた、その言葉に対して頷いて理解を示し、
「そうであるなら、名護に早期に支援を実現するよう申し入れをするべきだと思うぞ」
と言った。しかしその言葉には、安久斗が自分から名護と話すつもりはないという明確な意思が読み取れた。つまるところ、要求するなら靜がやれと言ったのだ。
当然それには理由があるし、その場にいる誰もがその理由を察していた。
安久斗は神として台頭できる永神種の中では最弱レベルに位置する皇神種で、その上位種に値する始神種や祖神種を相手に大きく出られないのだ。
ただし、統率国として台頭する靜連邦においては例外で、その発言力は祖神種である靜と同格の権限を有すると定められている上、それ相応の国力や軍事力を持っているため、連邦諸国にとってみれば、濱竹に無闇に逆らうことは危険である。それが靜連邦内の常識だが、そんなローカルルールが他連邦に通用するはずもなく、外交の窓口は基本的に靜が担うのが普通である。
とはいえ、地理的な問題で、中京統一連邦に限っては隣接面積が多い濱竹が窓口となるケースも多くあり、現にこの支援計画についても中京との窓口は濱竹が担っていた。
だから靜は今回も安久斗に任せようとしていたのだが、他連邦の祖神種を相手に要求をしたり、圧力をかけたりするのは、安久斗では難しいのも事実であった。
「あー、悪いけど、安久斗。中京との外交は全て任せたいんだ」
それでもするがは安久斗に仕事を投げた。
「それは良いが、今回ばかりは引き受けられんぞ。この件を済ませてからなら対応するが」
安久斗はそう返す。しかしするがは、「いや、今回も引き受けてくれないかな?」と安久斗に言う。
「だが祖神種相手に強気で出るわけにはいかんだろ。関東方面でも不安定になりかねない現状で、中京まで怒らせてはいよいよ収拾がつかなくなるぞ」
無礼のないように細心の注意を払うべきだと安久斗は主張した。しかし、それに対してするがは首を縦に振らなかった。渋い顔をして、「だからこそでもあるんだよね」と切り出して、
「関東への対応こそ靜がやらないといけないだろう? そうなると、おそらく俺たち三大神は関東の対応に追われて中京や関西には手が回らないと思うんだ。何せ、相手は関東だからね。その点、西側諸国はまだ皇神種に対する権限をかなり残しているし、関東に比べれば祖神種の権限があまり強くない。少なくとも、安久斗を『皇神種だから』という理由で追い返すような連中ではないはずだよ。だから、ここは安久斗にお願いしたい」
そう説得した。
安久斗は渋々了承したが、
「それならば、俺のやり方でやらせてくれ。祖神種同士の外交態度ではどっちにしろ支障が出るだろうからな」
と告げた。靜の三大神は安久斗の申し出を受け入れて、中京との外交窓口は安久斗が担うことで決定した。
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「えー、ぎ、議会を始めます!」
磐田大智です。僕は今、どうしてか隣国である濱竹の議会を仕切っています。
今日は冬至前47日。安久斗様とひくまさん、おなさんは急遽中京の名護様と会談するとか言って昨日いきなり出て行かれたらしい。
濱竹議会は超大国の議会というだけあって、毎日開催なわけだが、僕ら日渡国の臣、巫女の出席は重要決議の行われる下1桁が5、0の日に限られてきた。
なのに今回、議会そのものをいきなり依頼され、47日であるにも関わらず出席しなければならなくなったのだ。
今回の会議はいつもの決議と違って、税制の見直しや予算、軍事に関わることと来た。
いや、分からん。濱竹の税制とか軍事の詳細とか、本当に分からんのだが。
中でも焦点となったのは、井谷戦争によって損失した軍事物資や兵、また部隊の再編などをどう行なっていくかという話が主だった。
それ次第では税を軽くしなければ国民の生活が苦しくなってしまうが、国家の予算を考えるならば今よりも税を取らなければ足りない。
国民を困窮させて国家設備の充実を図るか、戦争に疲弊した国民の回復を優先して国全体のことを後回しにするか。
その決定権が、本来は神、臣、巫女にある。
しかし、今その代役を務めているのは僕と花菜だ。
こんなこと、隣国の上層部が決めてしまっていいの?
それでいいのか、濱竹よ。
色々と突っ込みたいこともあるけれど、決めない限り濱竹の国政が前に進まない。
なんやかんや、サハ戦争の間だって大志やいちかさんが同じ境遇に立たされて、戦時中だった半年間くらい、濱竹の国政を担っていた。
その当時から、僕ら日渡の臣と巫女が濱竹の国政を仕切ることに、濱竹議会としては特に不満を抱いているわけではないことがわかっている。
心の底から信頼されているのか、臣殺しの賠償だから渋々受け入れているだけなのか。
いずれにせよ、こちらとしては気が引けるわけだけど……
あぁぁ、早く安久斗様たち、帰ってきてくださらないかなぁ……
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神紀5000年、冬至前46日。
靜連邦の濱竹から、神、臣、巫女が俺のところへ来た。
大連邦協商の支援関係について、靜連邦代表として話をしたいらしい。
ならば祖神種である靜を連れて来いと思うが、靜連邦の中において濱竹は統率国の一角で、その権限は祖神種と同様に扱われていると聞く。
とはいえ、それは靜連邦内部に限った話であり、我々中京統一連邦がそれを尊重する必要はない。
だからこそ靜を連れて来いと言ってやりたいのだが、奴らにとっては紛れもなく代表であり、バカ真面目に送り込んできているのだからタチが悪い。
また、軍事力や国力は靜と肩を並べ、他の加盟国を圧倒しているわけで、サハ戦争の終戦からわずか2年と少しで巨大な戦艦2隻とそれを中心とする艦隊を2つも作っているのだから、皇神種国家だからと言って侮ってはならないだろう。
おいそれと追い返せないのだ。
今回も、名護まで戦艦で来た。脅しなのか、それともただの移動手段としてなのか、関東の巨大戦艦に匹敵する『新時代』なる戦艦で、丁寧に護衛艦まで率いて。
いわゆる、濱竹第一艦隊というやつか。
来てしまったものは仕方ないから、名古屋港への入港許可を出し、しかし全ての乗組員を船から引き出して名古屋の中心地に移し、船自体を無力化させた。
いきなり港から艦砲でも撃ち込まれたら困るからな。滞在中、目の届く範囲に乗組員を閉じ込めておくのが得策だろう。
濱竹側はこの対応に「紳士的で最も理に適った待遇だ」と言う。皮肉なのか?
かくして、俺は濱竹安久斗との会談を実施した。急なことだったからスケジュールは夜になり、面倒くさいから時間は半刻に限らせてもらったが。
「挨拶もそこそこで悪いが、時間がない。要件だけを手短に頼む」
俺が安久斗に言うと、奴は「それならば」と言って、
「我々靜連邦は、現在、関東からの支援で急速に成長している。生活の質が向上し、移動、輸送、防衛力、世界における発言力などの点で今までよりも強いものを得ることができているが、問題がないわけではない」
「聞く限りでは、靜連邦にとって不利益は無さそうな物だが?」
俺が疑問を呈すると、安久斗は首を横に振って、
「関東の影響を大きく受けていることが問題だ。これではいずれ内側から関東の支配下に置かれてしまいかねない」
などと言い始めた。
「ハッ」
鼻で笑うしかない。俺は安久斗を一瞥して、
「それはお前らが自ら選んで突き進んだ道のように思えるがな。関東からの莫大な支援を得れば、当然それなりに技術が向上する一方、関東に染め上げられるのは分かりきったことではないか。奴らは侵略主義だ。それは先の大戦ではっきりしたことだし、それ以前からその危機に置かれていたお前らにとって分かりきった前提条件に思えるんだが。そうでなければただの愚者だ。お前らは関東との対峙で滅び方を学んだのか?」
そう言うしかない。全く愚かしい連中だと思う。
しかし安久斗は首を傾げ、
「なぜそこまで名護殿が愚かしく思われるんだか、皆目検討が付かぬ次第だな」
と言ってきた。
「おい待てよ、それが分からないからこそ、お前らは愚かしいんじゃないか?」
「実にそうだろうか?」
なんだその言い方は。しかも笑ってやがる。こいつの気味の悪さは相変わらずだな。
俺にそう返した安久斗は、ニヤリと笑いながら右手の人差し指を立てた。そして「ひとつ」と言う。
「ここに来た理由をはっきり申すならば、これは靜が中京統一連邦に対して疑念、及び怒りを抱いているからだと、そう言えような」
「なんだと?」
腹が立って顔を顰めた俺を見て、安久斗はより一層口角を上げた。面白いものを見たとでも言いたげだ。
これだから濱竹安久斗は嫌なのだ。皇神種の分際で。
「靜連邦からしたら、関東の支援を受け入れるというのは当然高い危険性を孕んでいるわけで、それに気付いていないわけではない。だが、それを冒してまで得られる技術があるのも事実で、協商関係がある今だからこそやれるべき賭けでもあるわけだ」
「賭け? 暴挙の間違いじゃないか?」
俺に対して「そうかもしれんな」と安久斗は嗤う。あぁ、皮肉すら通じないのか。なんだこいつは。
安久斗はそのまま続けて、
「しかし俺たちがその賭け、暴挙、どちらとも取れるその戦法を成功させるためには、大連邦協商という枠組み自体が大事になる。つまり、同じく所属する中京統一連邦の支援が同時期に為されない限り、失敗する他なくなるのだ」
はぁ?
これを聞いて、頭に浮かんだ言葉は“知らねぇよ”だった。
「だから靜が怒っていると言うのか?」
「そうだ」
「それでお前がここに来たのか?」
「その通りだ」
「……」
嫌な連中だな。ってか何故そうなる。
「理屈を教えてくれ。なぜ俺たちが怒られねばなるまい?」
「おっと、今の話を聞いてその発言をしてしまえば、名護殿は愚者の枠組みに閉じ込められてしまいかねんぞ?」
「なんだと?」
腹の立つ言い方だったから睨みつけるように安久斗を見たが、奴はそんな俺をまるでバカにするかのように大笑いしていた。
あのなぁ、失礼すぎやしないか?
更に腹が立つが、きっとこれで怒っても奴がもっと笑うだけだろう。つまり、俺が怒れば怒るほど、なぜか俺が恥をかく一方なのだ。
完全に奴に場を支配されてしまっている。なんなんだ、この皇神種は。
「それで、理屈を教えれば良いんだったか?」
安久斗はそう言って、俺の返事も待たずに話し出した。
「割りかし単純な話で、中京という存在はどちらかと言えば西側陣営なわけだ。であれば、靜連邦に関東だけでなく中京も、つまり西側陣営も入り込めば、関東は易々と靜連邦を我が物顔で占領できなくなるわけだ。むしろ、それが唯一我々が生き残れる道筋であり、靜連邦が今まで通り東西の緩衝材としてあり続けられる手段でもあるわけだ」
「とは言うが、ならばもはや手遅れではないか? 既に関東勢力はお前らの中で蔓延し、今更俺たちが参入できる余地もなかろう。残念だが、靜連邦は滅びの道を辿るしかないように見えるが」
俺は諦観してそう言って見せたが、安久斗は首を傾げる。
「では、我々が関東の傀儡になるのも仕方ないと申すと? であれば、新たな緩衝材は中京統一連邦になることを容認し、関東と関西の板挟みに遭い、その狭間で特に関東からの猛威に応戦する覚悟ができているというのか?」
「…………」
はぁぁ、そうなるか。
なるほどな、靜連邦が自滅するだけなら俺としては自業自得だろうと追い返せるものだと思っていたが、奴らが関東の手に堕ちれば次の緩衝材は我々となり、苦しい立ち位置になるのか。
靜連邦の進退は我々にとっても他者事ではない、と言いたいのだな。
追い返したり刺激したりせず、そろそろしっかりと建設的な話し合いをせねばならんか。
安久斗には時間がないと言ったが、別にこの後に用事があるわけではない。
強いて言うなら早く帰ってほしいだけだったわけだしな。
「意図は分かった。支援を催促しているわけだろう?」
「なんだ、いきなり。元から分かっていたくせに。無駄に追い返そうとしやがって。相変わらず面倒極まりないな、名護殿は」
見透かされていたか。
「だが、今の話を聞く限り、既に我々に参入の余地がないのも事実だ。特にお前らは少し前まで内乱して、関東からの支援をゴリゴリに受けていただろう?」
「あぁ、だがあれも関東が恥をかく結果に落としたがな」
「は?」
意味が分からなかったが、おそらくアレか。連合艦隊で追い返したやつか。
「まぁ、そっちは靜に任せてある。このまま何もせずに関東に喰われるわけにはいかないしな」
「だからお前が来たのか」
「それもある」
全く面倒な連邦だ。
そう思っていたら、安久斗が言った。
「で、支援の話だったが、まだ中京が参入する余地は残されている。俺らもそこまで愚かではない。関東に全土を明け渡せば、間違いなく後戻りできなくなるからな」
「そうか」
ならば良かった、と靜連邦のために安堵するわけではないが、西側陣営として言うならばまだ救いがあって「良かった」と言うべきだろう。
安久斗は言う。
「大連邦協商が設立され、その中で支援条項が定められた時点で、関東、中京、双方からの支援は確約されてきた。だからこそ大連邦協商への加盟をしたわけだし、関東へ支援を要請することも躊躇うことなくできた。それは全て、中京からの支援が確約されていたからだ」
それもそうだろうな。そうでなければ、いくら成長できるとはいえ関東勢力を連邦内部に入れる選択肢など取れないだろう。滅びます、と宣言しているようなものだ。
「だが、これはさっきも言った通り、中京からの支援が関東と同時期に為し得なければ失敗するんだ。関東の技術が連邦全土に入れられた時点で、靜連邦は関東統一連邦の廉価版となり、勢力圏に置かれてしまう」
「だが俺たちが支援をすれば、靜連邦には関東勢力だけでなく、関西勢力も入り込むことになり、関東への牽制と、同時に緩衝材としての正しい軌道に戻ることができると?」
「そうだ」
なるほどな。
「だから支援を急かすと?」
「あぁ」
曰く、想定より関東の支援が強く、関東化の進み具合が速いとのこと。
ならばこちらも急がねば、参入の余地がなくなってしまうかもしれない。
「現状、西部地方にはまだ関東の技術が本格導入されていない。そこが主に中京からの技術支援を受ける地域となる。欲を言えば靜連邦全土に中京からの技術を導入し、関東を牽制してほしいところでもある。我々としても、その方が『世界技術が集まる新天地』などと言いやすいしな」
「そうだなぁ……」
『世界技術が集まる新天地』か。いかにも濱竹が好きそうな文言だ。
俺ら中京が支援すれば、自ずと関西もそれに便乗するだろう。中京を経由して関西の技術も入り込み、文字通り世界技術が靜連邦に集まるだろう。
また、関西にとってみれば何としてでも靜連邦を関東へ渡したくないはずだ。となれば技術支援でゴリゴリに関東を牽制するだろう。
しかし、そうなれば靜連邦は東西の緩衝材どころか衝突地に成りかねない気もする。
こちらにしてみれば、靜連邦がどうなろうが知ったことではないが、その結果の皺寄せがこちらに来るのは面倒だ。
それであるならば、関東からの反感は少ない方が良い。勢力圏の争いは既に起こっているが、まだ世界大戦を引き起こす状況とは言い難いだろう。
関東も関西も、おそらくまだ相手の出方を伺っている。だからこそ、関東は靜連邦を併合していないし、靜連邦に対しても強く出ていない。
関東が本気で東西戦争を引き起こそうとしていれば、今ごろ靜連邦は地図から消えているはずだ。
……あぁ、可哀想になぁ。靜連邦は小細工して関東を騙しているつもりかもしれんが、おそらく関東は相手にもしていないぞ。
というか、可哀想なのは靜だけか。きっと濱竹安久斗は気付いている。だからこそ、手遅れになる前にこうして動いてきたのだろう。
「よかろう。支援計画を見直して年末年始ごろに支援できるようにしよう。とはいえ、支援の箇所は連邦西部に限らせてもらう」
「ありがたいが、全土ではないんだな。関東との直接的な利害対立を恐れたか?」
安久斗が俺に小言を言ってきた。小言というか、小心者だと罵りたいのかもしれない。
本当、腹が立つな。仕返ししてやるか。
「まぁ、それもあるが」
俺は安久斗の言葉を肯定して、ニヤリと笑顔を浮かべてみた。
そうして濱竹安久斗を見て言ってやる。
「皇神種である濱竹の権限は限定的だからな。その影響下にある部分しか、現時点では確約できんだろう」
濱竹安久斗は、珍しく何も言わなかった。




