第5話 ついにラスボスその2とご対面
双子だけあって、フランシスとシャーロットはよく似ている。
だが、太陽と月のように受ける印象が違う。
どちらも目もくらむような美貌だけれど、フランシスが威風堂々とした妖精王であるならば、シャーロットは繊細な美しさを持った、今にも儚く消えてしまいそうな妖精の王女だった。
「シャーロット、起きていて大丈夫なのか」
「ええ、お兄様。お兄様の奥様になる方と初めてお会いするのですもの。ベッドの上でご挨拶するなんて、失礼だわ」
ゆっくりと立ち上がったシャーロットは、薄桃色のドレスの裾を摘んでお辞儀をした。
「初めまして、お義姉様。シャーロットです。これから、どうぞ仲良くしてくださいませ」
その姿は可憐で、素直で愛らしい少女にしか見えない。
これは、原作のエマが騙されるのも無理はないわ。本当は、愛する兄と結婚した私を殺したいほど憎んでいるなんて、まったく分からないもの。
「私のほうこそ、こんなに可愛い妹ができて嬉しいわ。どうぞ仲良くしてくださいね」
表向きは和やかに挨拶を交わす私たちを、フランシスは満足そうに見ていた。
お茶を運んできたミセス・ロブソンが「これ以上はお嬢様のお体に障ります」と止めるまで、私とシャーロットはなごやかに会話を続けた。
フランシスと一緒に部屋を出た私は、シャーロットの部屋の隣の扉の前で足を止めた。
「そういえば、フランシス様のお部屋はどちらに?」
目の前の扉の奥がそうだと知っていながら、あえて尋ねる。
「ここだよ。何もないけれど、入ってみるかい?」
「ぜひ!」
招かれて部屋に入った私は、意外と質素な内装に驚いた。由緒ある家だから、もっと凝った調度品が置いてあると思っていたのに。
「座って、少しお茶でも飲まないか?」
フランシスの誘いに頷く。この部屋のどこかに、客間の本棚の後ろの秘密の通路を開ける鍵があるはず。なんとかして手に入れられないかしら。
メイドにお茶の用意を頼んだフランシスは、吸い込まれそうなほど青い瞳を私に向けた。
「君には……本当に、申し訳ないと思っている」
突然改まって、どうしたのかしら。白い結婚を承知してくれとでも言うつもりだろうか。警戒して身構えると、フランシスが少し眉尻を下げた。
「突然の結婚で、君も心の準備ができていなかったと思う。こちらの事情ではあるけれど、実は妹は……余命いくばくもないと言われていて。もし妹に何かあれば、リンド伯爵家の直系は私一人になってしまう。だから早急に後継ぎが必要なのだが……たった一人の妹に残された、わずかな時間を大切にしたいんだ。君には本当に申し訳ないと思うけれど、あと少しの間だけ、妹を優先させてもらえないだろうか」
「優先というのは……たとえば、どんな?」
「本来であれば、妹の部屋は君が使うはずだった。事後承諾になってしまって申し訳ないが、あの部屋をしばらく妹に使わせてもらいたい」
「それは、構いませんけれど……」
きっとそれだけではないだろうと次の言葉を待ったが、それ以上の「お願い」はなかった。
あれ? 白い結婚とか、そういう話はしなくていいの?
てっきりそういう話があると思っていたので、少し拍子抜けした。微妙な雰囲気のまま見つめ合っていると、メイドがお茶を運んできた。
良い香りの紅茶を口に運びながら、私はふと思った。もしかしてフランシスは、私と普通に夫婦として過ごすつもりでいるんじゃないだろうか、と。
「エマ、私は……」
フランシスが何か言いかけたとき、突然、隣の部屋から何かが割れるような大きな物音がした。
「シャーロットの部屋だ!」
慌てて立ち上がったフランシスは、シャーロットの部屋と繋がっている扉へと向かった。
「すまないエマ、少しここで待っていてくれないか」
「ええ、どうぞ」
「すぐに戻ってくる」
扉が閉まると同時に、私は立ち上がった。
鍵を探すチャンスだ。
秘密の通路の鍵はウォード錠と呼ばれるタイプのもので、原作には、持ち手に意匠を凝らした細工が施され、中央に美しいラピスラズリがついていると書いてあった。
鍵がありそうなところというと、やっぱり机の引き出しよね。
机に近づいて確認すると、一番上の引き出しに鍵がかかっている。他の引き出しに、鍵らしいものは見当たらない。
この鍵のかかった引き出しが怪しい――のだけれど、大事なものをしまう引き出しの鍵は、当主が鎖に通して肌身離さず持ち歩いていることが多い。
フランシスが持ち歩いているとしたら、盗むのは至難の業だ。
お風呂に入っている隙を狙うくらいしか方法がないけれど、入浴中はメイドがそばについているから無理だし、イルマに頼むわけにもいかない。どうすれば……。
視線をさまよわせたとき、部屋に備え付けの本棚が目に留まった。
見覚えのある、赤い背表紙の本が置いてある。
「『ジェーンの選択』、ベル・カラー……あれ? 確か客間にある本の作者って、カラー・ベルじゃなかった? 同じ本なのに作者の名前が逆ということは、もしかして……!」
急いで赤い背表紙の本を手に取り、ページを開いた。
本の中が、くり抜かれていた。そこに収まっているのは、ラピスラズリの宝石で飾られた、細工の美しい鍵だ。
「あった!」
急いで鍵をポケットに入れ、本を元の場所に戻す。すると、ちょうどフランシスが戻ってきた。
「すまない。こちらがお茶に誘ったのに、申し訳ないんだが……」
きっとシャーロットがわがままを言っているのだろう。気にしないで、という思いをこめて、私は微笑みを浮かべた。
「シャーロットさんの具合が悪いのでしょう? 私は大丈夫ですから、そばについてあげてください」
フランシスは、ほっとしたような顔を見せた。今までもこんな調子で妹を優先してきて、婚約者候補に逃げられてきたんだろうなぁ。
でも、なんとなく、微妙な違和感がある。
フランシスとシャーロットは禁断の恋に落ちているはずなのに、フランシスからシャーロットへの「恋情」のようなものが感じられない気がするのだ。
むしろ、私に対して申し訳なく思っているような……。これは単なるポーズ? それとも……。
フランシスの部屋を辞して自室に戻った私は、人払いをして、ひとり考え込んだ。
ここは小説の世界で間違いない。だって、登場人物と名前が全部一緒だもの。
だけど、本当にフランシスとシャーロットは愛し合っているのだろうか。
三ヶ月後の舞踏会までは私と仲の良いふりをしなくちゃいけないんだろうけど、それにしても、あんなに完璧に気持ちを隠せるもの?
原作のエマは、まさか兄妹で愛し合っているなんて夢にも思わないから、多少二人の仲が怪しくても気づかないかもしれない。
でも私は、最初から疑ってかかっている。だからそういう素振りがあれば、すぐに分かるはずだと思うのよね。
これは単なる勘でしかないけれど、なんだか、そういう関係じゃないっぽい気がする。
私は、左手の薬指の指輪を見た。
リンド伯爵家の夫人に代々伝えられている指輪で、小粒ではあるが最高級のピジョンブラッドのルビーの周りに、小さなダイヤが散りばめられている。
確か原作でハロルドが墓を暴いた時、遺体がこの指輪をはめていたから、殺されたのが前妻のエマだと証明できたはず。そんな由緒正しい指輪だとは知らなかったわ。
指輪を灯りに照らして、じっと見る。
フランシスは、どうして埋葬する時に、この指輪も一緒に棺に入れたんだろう。
しばらくの間、赤く燃えるようなルビーを、私はただ見つめていた。




