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転生したら原作では殺されている、ロマンス小説のヒーローの姉でした  作者: 彩戸ゆめ


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第10話 すべては炎の中に

「私も、てっきりフランシス様はシャーロットさんを愛しているのかと思っていました」

「今も、そう思っている?」


 フランシスは私の栗色の髪をひとふさ取ると、ゆっくりと、そこに口づけた。背中に甘やかな震えが走る。


「エマ……」


 近づいてくるフランシスを受け入れようと目を閉じたとき、不意に、焦げたような匂いを感じた。


「……何かが、焦げてる?」


 蝋燭が一本灯されているだけの部屋は、薄闇に包まれている。燭台の蝋燭からは、焦げた匂いはしない。


「一体、どこから……」

「僕が見てこよう」


 フランシスは急いで身支度を整えると、匂いの元を辿った。


「シャーロットの部屋からだ。エマ、急いで服を着てもらえるか?」

「ええ、分かったわ」


 私が服を着ている間に、フランシスはシャーロットの部屋との間の扉の鍵を開けた。


 途端に、もうもうとした煙が部屋の中に流れ込んでくる。扉の近くが、もう燃え始めているようだった。


「シャーロット! 無事か? どこにいるんだ」


 白い煙の立ち込める中、フランシスは妹の姿を探す。


「ここよ、お兄様」


 声のする方に向かったフランシスが、何かに躓いて転びそうになった。


「ミセス・ロブソン!?」


 フランシスの足元に、メイド長のミセス・ロブソンが、うつ伏せに倒れていた。


「一体、何が……」


 私は駆け寄ってしゃがみ込み、首筋に指を当てた。強く脈打っているはずのそこからは、何の振動も感じられなかった。


「……死んでる」

「シャーロット?」


 部屋の中央、豪華なソファに、シャーロットが座っていた。女性らしい曲線を描く、ふんわりとしたコバルトブルーのドレス。薄化粧をして髪を下ろした姿は、煙の中でも目を奪われるほど美しい。


「お兄様、絶対に来てくれると思ったわ。やっぱり、私を愛してくださっているのね!」


 まるで私の姿など見えていないかのように、シャーロットはフランシスに抱きついた。


「シャーロット、これは一体……ミセス・ロブソンは、どうしたんだ?」

「聞いて、お兄様。ひどいのよ。ミセス・ロブソンったら、もうお兄様はいらないなんて言うの。質は落ちるけれどケインも一族の男だから、ケインを私の夫にして王家を復活させる、なんて。私がいくら、お兄様は私を愛してるんだって言っても、全然信じてくれなかった。お兄様があの女に子供を産ませたら、今よりも血が薄くなってしまうなんて、おかしなことばかり言うの。だから――『黙らせたい人間がいれば使うといい』ってもらっていた薬を、お茶に混ぜてあげたら、静かになったわ。これでもう邪魔者はいないから、二人で幸せになりましょう?」

「シャーロット、なにを、言って……」


 あまりに常軌を逸したシャーロットの言葉に、フランシスも私も言葉を失った。


 そのとき、ソファの向こう側からうめき声が聞こえた。慌てて回り込むと、そこには、頭から血を流しているケインがいた。


「僕は、一体……そうだ、シャーロット!」


 ふらつきながら立ち上がったケインは、抱き合う兄妹を見て、憎悪に顔を歪めた。


「離れろ! シャーロットは、僕のものだ!」


 日頃はフランシスの影のようにひっそりとしていたケインの激情に、私は思わず一歩、後ずさった。


「何を言っているの? 私は、お兄様のものよ」

「嘘だ……。だって、僕たちはあんなに愛し合ったじゃないか」


 ふらふらとおぼつかない足取りで近寄るケインを、シャーロットは、汚物でも見るような目で見返した。


「計画に必要だったから、利用しただけ。お兄様が手に入ったのだから、あなたも、お腹の子も、もう必要ないわ」

「そんな……。僕を愛していると言ったのは、嘘だったのか!?」


「生まれた子供をお兄様との子だと言って、お兄様に責任を取ってもらうつもりだったのだけれど、もうその必要はないの。お兄様は、私だけを妻にしてくれると約束してくれたのよ」


 うっとりと微笑むシャーロットは、壮絶に美しかった。だが、その目の焦点は、どこか虚ろだった。


「エマ、誤解だ。私は、そんな約束は――」


 シャーロットにしがみつかれたまま、フランシスが顔だけこちらに向けて弁解する。その必死な様子を見れば、どちらが正しいかは一目瞭然だ。


 それに、さっきまでフランシスと愛し合っていたのはシャーロットではなく私で――その事実が、私に自信をくれた。


「分かっているわ、フランシス。あなたを信じる。それよりも、ここは危険よ。早く逃げましょう」

「逃げる……どこへ?」


 シャーロットを振りほどいたフランシスが廊下側の扉に近づいたが、扉は、既に炎に包まれていた。


「私とお兄様は、最後の王族なの。だから、炎に包まれても、ちゃんと復活するわ」


 旧王家の紋章は、不死鳥フェニックスだった。だから旧王家の信奉者たちは、滅びた王家はいつか不死鳥のように蘇ると信じているのだ。


「なにを、馬鹿なことを……」

「フランシス! こっちの部屋も煙が! 廊下側が燃えているみたい」


 主寝室とフランシスの部屋を見に行った私は、そこも煙に包まれているのを見て、引き返してきた。


「フランシス、こうなったら――」


 私が通ってきた通路から逃げましょう。そう続けるはずだった言葉は、シャーロットの悲鳴にさえぎられた。


「きゃああああああああああ!」

「許さない……君は僕のものだ……。一緒に死んで復活するというなら、その相手は、僕だ」


 どこに隠し持っていたのか。ケインはナイフでシャーロットの胸を一突きすると、返す刃で自分の胸を突き、シャーロットの上に倒れ込んだ。


「シャーロット!」


 フランシスは駆け寄ろうとした。だがその瞬間、倒れたシャーロットのドレスの裾に、扉から絨毯を這ってきた炎が燃え移った。鮮やかなコバルトブルーのドレスが、一瞬のうちに炎に包まれる。


「シャーロット!」

「フランシス、ダメ! もう、シャーロットは……」


 燃え盛るドレスに包まれたシャーロットは、身動き一つしない。ケインの凶刃は、シャーロットの心臓を一瞬で止めてしまったのだ。


「私たちも逃げましょう」

「シャーロットを置いてはいけない」


「このままでは、あなたまで死んでしまうわ!」

「だが……」


 シャーロットとケインを飲み込んだ炎は、今にも私たちに届きそうな勢いだった。


 私はフランシスの手をつかんで強引に引っ張り、秘密の通路の前に立った。隠し扉は完全には閉じられておらず、今なら、ここから逃げられる。


「ここから外に出られます。行きましょう」

「私は……行けない」


「何を言って――」

「エマ、君を愛しているよ。どうか、幸せに」

「馬鹿っ!」


 私は、思いっきりフランシスの頬を叩いた。


「あなたがいないのに、私が幸せになれるはずがないでしょう? 生きるの! どんなに辛くても、生きるの! 死んだら、そこで終わりなんだから!」


 絵麻だって、きっと、もっと生きたかった。だけど死んでしまって、エマになった。だから私は、何があっても生き延びるのだ。


 私は放心したようなフランシスの手を引いて、秘密の通路に入った。まだ、通路に煙は回っていない。

 いつもより長く感じる道を進み、やっと裏庭に出た。


 そこからぐるりと正面玄関側へ回ると、燃え盛る炎を、逃げ出した使用人たちが呆然と見つめていた。


 壮麗な屋敷が、真っ赤な炎に包まれていく。

 シャーロットやミセス・ロブソンの恐ろしい計画を礎にして。


「シャーロット……」


 フランシスの掠れた呟きが、夜気に溶けていった。






 こうして、リンド伯爵邸とそこに潜んでいた闇は炎の中に消え、エマ・リンドを殺そうとする陰謀も、なくなった。


 なんとか、生き延びた……。

 原作と同じ展開ではないけれど、もしかしたら裏設定では、これが正しい物語だったのかもしれない。


 だとすれば、私の、エマ・リンドの物語は、本当のエンディングを迎えたということにはならないだろうか。


 あんな形で最愛の妹を失ったフランシスには、きっと一生、心の傷が残るだろう。


 原作に出てくるアリスも、家庭教師になるエマ・テイラーも、これからの物語には登場しないかもしれない。


 でも――これからは、新しい物語を始めればいい。

 私とフランシスの、二人で。


 私はそっとフランシスの腕を取り、燃え落ちる屋敷を、ただ寄り添って見つめていた。


 炎の色が、夜空に滲んでいた。


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