8 学園のアイドル編③※アルベルト視点
初めて見たときは、あまりに無礼で唖然としたことを覚えている。
甲高い声に間延びした発音、殿下に無理を言ってランチや街歩きを提案してくる姿。嫌悪の対象だった。
俺が殿下の側近になったのは、殿下から是非にと言われてのことだった。いずれは国を支える役職に就くだろうと思っていたが、まさか側近に指名されるとは思っていなかった。名誉なことに、しっかりと務めようと決意した。
そんな矢先に現れたのが、キャンディ・ラメンディ伯爵令嬢だった。
学園のアイドルと言われているらしく、男子生徒の取り巻きが多かった。しかし当人は彼らを特別扱いもせず、ただ殿下に特攻してきていた。
なんでも、転んだところを助けてもらったらしい。……そんなことで?と思ったのは、きっと俺だけではないだろう。
殿下がやんわりとした態度を取るため、ラメンディ伯爵令嬢は調子に乗り、毎日のように殿下の元を訪れていた。
「サリエルさまっ、勉強を教えて欲しくてぇ……」
「アル、教えてあげて」
「はい」
時折、彼女の対処を振られるようになった。面倒だからだろう。それならばはっきり言えばいいのに。
そう思いながらも命じられたことはこなす。
放課後に勉強を教えたり、必要な買い物があると言われればそれに付き合ったりもした。
信じられないが、次第に彼女に惹かれていく自分がいた。
「んも〜〜、わかんないです!」
「ここの公式が教科書に載っているだろう」
「ん?……ああ〜!なるほど!」
勉強も、殿下を誘うための言い訳かと思っていたが、実際にわからないところがあったらしく、放課後に教えれば、意外と吸収が早く、努力の影が見えた。
「このお店、好きなんです。入りましょうよ!」
「しかし、あまりに、可愛らしすぎるだろう」
「いいんです、可愛いわたしが一緒なんですから!」
街歩きをすれば、彼女のお気に入りのカフェに入り、ケーキを食べたりした。打ちとければ、意外とさっぱりした性格をしていて、話しやすかった。
「……サリエルさまに、また断られちゃった。」
だからこそ、明確な態度を示さない殿下に憤りを感じていた。彼女が断られるたびに落ち込む姿を見るのは耐えられなかった。だからこそ進言した。はっきりと伝えるべきだと。
しかし、それがあんな結果になるとは思っていなかった。
『僕は君に興味はない。近づくのはやめてくれるかい』
いつもの柔和な表情もなく、文字通りはっきりと伝えられた言葉。それは彼女の胸に突き刺さるもの以外の何ものでもなかった。言い放ってから、ブリーゼ様を連れて去っていった殿下の背中を茫然と見送ると、小さな声が、聞こえた。
「……ひっく、わ、わたし、迷惑だったのかなあ……」
目を真っ赤にしてしゃくりあげる彼女がそこにいた。
俺はなんということをしてしまったんだろうという、後悔に苛まれた。殿下は彼女を傷つけないように、やんわりとした態度をとっていたのではないか。いつか彼女から気づいて、離れていくようにと。
「そんなことはない!」
「ア、アルベルトさま……」
「君は可愛らしいし、努力家だ。確かにサリエル様への望みは叶わなかったが、君ならば他のどんな男でも振り向くはずだ」
それは本心だった。サリエル様はブリーゼ様を幼い頃から溺愛されている。相手が悪かっただけだ。こんなに健気な少女を、愛さない男がいないはずがない。
「俺だって……っ」
そこまで言って、言葉を止める。今、俺は何を言おうとした。弱っている少女に付け入るようなこと、男の風上にもおけない。
「俺だって、なんですか?」
「いや……」
「わたし、聞きたいです」
まっすぐと彼女に見つめられて、言葉に詰まる。しかし俺が拒否しようと、彼女の性質ならば言うまでしつこくくい下がるだろう。
「……君はしつこいし、諦めが悪いし、あまり空気が読めない。」
「だが、俺はそれを健気だと思うし、かわいらしいと思う。素直で、ひたむきだとも」
一度覚悟を決めれば、言葉はするすると出てきた。心の奥で、ずっと思っていた言葉だ。言うつもりはなかった、なんて、今更すぎる言い訳だろう。
「アルベルトさま、いつもわたしの勉強を見てくれて、街歩きも、たくさん付き合ってくれましたね」
「ああ、……楽しかった」
「わたしも、楽しかったです」
そう笑って、彼女は俺の方へ一歩近づいてきた。
「わたし、どうして気づかなかったんだろう。こんなに、わたしのことを見てくれる人がいたのに」
ギュ、と手を取られる。その手は温かくて、血が逆流するような感覚に陥った。
「キャンディ・ラメンディ伯爵令嬢、君が好きだ」
「……嬉しい」
「俺の、婚約者になってくれないか」
自分でもことを急いているとは思った。だが、彼女を誰にも譲りたくなかった。どくどくと心臓がうるさかった。つながれた手が、さらに強く握られる。
「わたしで、よければ」
その一言は、これまで生きてきた中で、最も嬉しい言葉だった。ぐい、と引き寄せて抱きしめれば、彼女はくすぐったげに笑った。この腕の中の少女を、必ず俺が幸せにすると、そう誓った。
「いやあ、落ち着くところに落ち着いてよかったね」
「……その節は、失礼なことを言いました。申し訳ありません」
「いいよ、僕ももう少しはっきりしたほうがいいかと思っていたんだ」
殿下に婚約の挨拶をした時に、そう言われた。きっとそんなつもりはなかっただだろう。俺に合わせてくださっているに違いない。
「僕はね、常々君たちは相性がいいんじゃないかと思っていたんだ」
楽しげに殿下が笑う。その言葉の意味を測りかねて、首を傾げる。相性が、いい。
ふと、頭に浮かんだ。殿下は彼女の誘いを断るたびに、俺に対応を振っていた。ただ断って帰ればいいだけだったのに。
「婚約おめでとう、アル、末長く彼女と仲良くね」
ぽん、と肩を叩かれた。そして殿下は、ブリーゼ様のもとに戻って行った。
一体どこからどこまでが、殿下の思惑通りだったのだろう。
俺は、その手のひらの上にいたのか?
つう、と背筋に汗が一筋落ちた。
「アルベルトさま?どうしたんですか?」
キャンディが俺のそばに来て、問いかけた。俺はそれに「いや」と短く返事をしてから、その小さな手を取った。どんなきっかけだろうと、俺は彼女を手に入れた。それだけが、事実だった。




