4 女騎士編①
「あらブリーゼ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ローゼ様」
あれ以来、ローゼ様とは良好な関係を築けていると思う。お茶会に誘われることもあるし、移動教室で一緒になることもある。時々微笑みを見せてくれたりもする。ローゼ様が嫌でなければ、友人と呼ばせて欲しいくらいだ。
「まあ、せいぜいお幸せに」
いつもそう言って、隣の教室に入っていく。それが皮肉だとはわかっていても、嫌な感じはしなかった。
「やあ、ブリーゼ、おはよう」
「おはようございます、サリエル様」
教室に入ると、すでに登校していたサリエル様に声をかけられる。隣に座って、他愛もない話をする。昨日出た課題や、今日の授業のこと、それからランチは何を食べようか、なんて。穏やかな時間がすぎていく。
そう思っていた、時だった。
「失礼する」
がら、と教室のドアが開いた。凛と通る声が教室に響く。そちらを振り向くと、声の印象とそのままの背の高い女子生徒が居た。私はその方を見て、凍りついた。
「王太子殿下、私を貴方様の側近にしていただきたい」
きゃあ、と黄色い悲鳴が上がる。跪いてサリエル様を見つめる瞳は真っ直ぐだ。
彼女の名前は、イベリア・マルコット侯爵令嬢、「君に送る花」のヒロインの一人だった。
イベリア様は学園在学中に、女の身でありながら騎士団の入団試験に合格するという、異例づくめの方だった。真っ直ぐ伸びた背筋と、涼やかな目元、それに美しく切り揃えられた黒髪のポニーテールが印象的で、特に女子生徒から人気だった。
「やあイベリア嬢、急にどうしたんだい」
驚いた様子もなく、サリエル様が答えた。私はただ、ハラハラと見守ることしかできない。イベリア様がここにきたということは、すでにルートは始まっているということだ。
「昨日、悪漢に絡まれた私たち姉妹を助けてくださったことに感銘を受けました。ぜひ、貴方様の役に立ちたい」
そう、イベリア様ルートではイベリア様とその妹さんが街歩きをしている時に悪漢に絡まれる、つまりナンパされたときにサリエル様がたまたま助けに入るのだ。なぜ王太子殿下が城下にいるのか、と言うのは色々とご都合主義ではあるのだけど、視察という名目だったらしい。
「気持ちだけもらっておくよ」
「いいえ、私は決めたのです。貴方様のためにこの剣を振るうと!」
力強く拳を握るイベリア様に呆然とする。とても引き下がりそうには見えなかった。
「それに」
じろり、とイベリア様が私を見た。その瞳の鋭さに、身が固まる。
「ご婚約者殿では、貴方様を守ることはできないでしょう。隣に並ぶだけが、王太子妃でしょうか」
「なっ……!」
まるで自分ならば王太子妃に相応しいと言わんばかりの言葉に、思わず声が漏れた。確かに私は剣術なんて習ったことはないし、護身術だって最低限のものしか身に付いていない。でも、王太子を守るのは近衛や騎士の役割だ。
「私ならば!騎士として貴方様を守れるとともに、身分も教養も申し分ありません。私こそが貴方様に相応しいと、そう言えます!」
教室の中が騒然とした。イベリア様は今、自ら王太子妃に名乗りをあげたのだ。私という、公式の婚約者がいるにも関わらず。
「……、一度ならば聞かなかったことにしよう」
冷静にサリエル様が言った。しかしイベリア様は自分の言葉に興奮しているのか、なおも続けた。
「いいえ!婚約は幼い頃に結ばれたと聞いています。身分だけならば私も釣り合いが取れます!それならば、より優秀な方を選ぶべきです!」
それは暗に私が優秀ではないと言っているのだけれど、流石にひどくないだろうか。いくら「君花」で蔑ろに扱われるキャラクターだからと言っても、言っていいことと悪いことがあるはずだ。
「そこまでだ、イベリア嬢。それ以上は、ブリーゼへの侮辱とみなす」
「っ!」
サリエル様の言葉に、イベリア様が息を詰める。
「君はそんなに僕の婚約者に自分が相応しいと思うのかい?」
「は、はい、その通りです」
とことんまで諦めない人だ。
はあ、とサリエル様がため息を吐いた。
「それならば、剣術で決めよう」
「……はい?」
「サリエル様……?」
イベリア様と私が困惑の声を上げるのは同時だった。
「僕と戦おう、イベリア嬢。そこで君が勝てば、王太子妃の件は検討しようじゃないか」
「なっ、サリエル様、何を仰っているんですか!」
「大丈夫だよ、ブリーゼ、君は何も心配しないで」
いつもの優しい微笑みで私の方を向くサリエル様に、安心なんてできるわけがなかった。確かにサリエル様は幼い頃から剣術をされているけれど、相手は学生の身でありながら騎士団に合格した強者だ。いくら男女の差があるからと言っても、油断できるはずがない。
「チャンスを頂けて光栄です!必ず勝ち取ってみせます!」
イベリア様は自らの勝利を疑っていないのか、目をキラキラとさせて、教室を出て行った。それと入れ替わるように始業のチャイムが鳴った。
相変わらず穏やかな微笑みを浮かべているサリエル様に反して、私の心は落ち着かなかった。




